051 湖畔のキャンプ下となんとやら……
焼き魚に肉、野菜。
網の上では次の肉がジュウジュウと音を立てて、表面に浮いた脂がパチパチと弾けている。
外で食べるだけで、なんでこんなに美味しそうに見えるんだろうね。
湖から吹いてくる風に香ばしい匂いが乗って、さっきまで魚を追い回していたときより腹が減ってきた。
「カトル、はい!」
ティアが樽型サーバーからエールをジョッキへ注いで、俺に差し出してくれる。
「ありがと」
受け取ったジョッキには、黄金色のエールの上に白い泡がふわっと乗っていた。
「ほな、みんな飲み物は持った?」
リーナの声に、それぞれコップやジョッキを掲げる。
「兄さんの銅等級昇級を祝って、かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
「乾杯!!」
俺もジョッキを掲げて、みんなと軽くぶつけ合う。
そのままエールを一口あおる。
「くぅー! うまい!」
「兄さん、ええ飲みっぷりやな」
「そりゃ、こんな綺麗な湖見ながら飲むエールは最高だからねぇ!」
「ブヒブヒ!」
「はいはい。ピートンの分もあるよ」
焼けた野菜をいくつか皿へ取り分けて、ピートンの前へ置く。
「まだ熱いから、火傷しないでね」
「ブヒッ!」
俺も焼き魚へかぶりつく。
「うまっ!」
「塩だけなのにうまいっすよね!」
「やっぱり捕れたてだからかな」
表面は香ばしく、中はふっくら。
余計な味付けなんて何もないのに、これだけで十分うまい。
自分で捕ったという補正も入っているのかもしれない。
食材を自分で獲るところから始める昼飯。
なんかすごくアウトドア上級者っぽいぞ。
今度は網の上から焼けた肉を一切れ取る。
「兄さん、それうちが狙っとった肉!」
「早い者勝ち!」
「ずるっ!」
リーナが俺の皿へ箸を伸ばしてくる。
その横ではブラが無言のまま、焼き上がった肉を自分の皿へ次々確保していた。
「ブラ! いつの間にそんな取っとんねん!」
「早い者勝ち」
「兄さんの真似せんでええ!」
「ケーシーくん、こっち焼けてる?」
「もうちょいっす。ティアちゃん、その砂糖はもうしまってくださいっす!」
「えっ? お肉にかけないの? 誰かが甘みは旨味って言ってたよ」
「だとしても、今は使わないっす!」
実に平和だ。
こうしてみんなで騒ぎながら飯を食ってると、嘆きの滝での出来事がずっと前のことみたいに感じる。
「エクレールさんもこっち来て食べればいいのに」
少し離れた大木の方へ声を掛ける。
「アタシは護衛だ」
「護衛でも腹は減るでしょ?」
「減ってねぇ」
ぐぅぅぅぅ……
「……」
「……」
全員の視線がエクレールさんへ集まる。
「聞くんじゃねぇ!」
「誰も何も言ってませんよ」
「顔が言ってんだよ!」
結局、ティアたちに椅子を引かれて、そのままテーブルへ加わった。
「護衛なのに食べていいんです?」
「うるせぇ!」
「この肉うまいですよ」
「寄越せ」
「食べるんじゃん!」
エクレールさんは不機嫌そうな顔のまま肉を口へ放り込んで、数回噛んだところで一瞬だけ目を見開いた。
おっ。
今、美味しいって顔した。
言ったら殴られそうだから黙っとこう。
気づけば、エクレールさんはエールの入ったジョッキまで握っていた。
いや、もう普通にキャンプ楽しんでるじゃん。
……鼻の下に白い泡の髭ができてるけど、それは黙っておこう。
そんなことを考えていると、森の方から聞き慣れた声が響いた。
「悪ぃ、遅くなった!」
「んっ?」
振り返る。
木々の間から姿を現したのはベッチだった。
だけど、その姿を見て思わず固まる。
派手な柄のアロハシャツ。
膝までのハーフパンツ。
足元はサンダル。
ただでさえドレッドヘアーにサングラスなのに、その格好が加わると完全にヤバそうなおっさんだ。
……本人は湖へ遊びに来た普通のおっさんのつもりなんだろうけど。
「ベッチ……何その格好?」
「湖来るんだから普通だろ?」
「いや、似合ってるけどさ」
「だろ?」
妙に得意げに胸を張る。
こいつ、絶対どこかで今日のために選んできたな。
それより気になるのは、両手に抱えている大量の肉。
「ベッチ、何それ?」
「来る途中でジンハルの群れに会ってよ。ちょうどいいから狩ってきた」
「ジンハル!?」
リーナたちまで反応する。
「何匹くらい?」
「10匹くらいかな」
「10匹!? ……ベッチ、バンカーなしでどうやって倒したの?」
「普通に殴って」
「普通に!?」
思わず声が裏返った。
アロハシャツとハーフパンツとサンダルで、ジンハルの群れを素手で殴り殺してきたの?
何それ怖い。
「別にジンハルくらいならバンカーいらねぇだろ。カトちゃんだって素手で倒せるじゃん」
「できるわけないだろ!」
「えっ?」
「なんでそこで驚くんだよ!」
「いや、カトちゃんなら普通にいけると思ったんだけど」
「俺をなんだと思ってるの!?」
こいつの普通は絶対に信用しちゃダメだ。
ベッチが持ってきた肉をテーブルへ置く。
「ほら、ぼたん肉。これうめぇぞ」
「おおっ! ぼたん肉!」
前にドナテロさんが作ってくれたぼたん鍋の味が、一瞬で頭に蘇る。
「カトちゃん好きだったろ?」
「好き好き!」
「俺が育てた肉だからな」
「またそれ言う!?」
「さっき仕留めるときに愛情込めた」
「殴り殺したのを育てたとは言わないからね!?」
ケーシーくんが笑いながらぼたん肉を網へ載せる。
ジュウウウウッ!
香ばしい匂いが広がる。
「ベッチ、エール飲む?」
「飲む飲む!」
ベッチは俺の隣へ椅子を寄せて、樽型サーバーからジョッキいっぱいにエールを注いだ。
「くぅー! やっぱ外で飲むと違うなぁ!」
「わかる!」
ジョッキを軽くぶつける。
カツンッと乾いた音がした。
「そういやベッチ」
「んー?」
エールを一口飲んだところで、ふと思い出す。
「嘆きの滝の方、調査どうなってるの?」
「ああ、それな」
ベッチがエールのジョッキを手に取る。
さっきまで肉しか見ていなかったのに、その顔つきがほんの少しだけギルドマスターらしくなった。
「まだ調査中。けど、ケンゲどもがどっから来たかはもうわかってる」
「どこ?」
「滝の裏だ」
「滝の裏?」
「嘆きの滝の裏側に洞窟が見つかったんだわ。その奥がモネの森の地下洞窟につながってた。あいつらはそこを通って滝まで出てきたと見て間違いねぇ」
「へぇー……」
あの滝の裏にそんなものが隠れてたのか。
「じゃあ、なんで急にあんな数が出てきたん?」
リーナが聞く。
「そこがまだわかんねぇんだわ。なんであれだけの数が一気に出てきたのか、今も調査中だ」
「パシャ・ケンゲもそこから?」
「ああ。パシャも含めて、あの群れはあそこから出てきたと見てる」
ベッチは話の途中でジョッキへ口を付ける。
真面目な顔で話していても、エールはしっかり飲むらしい。
まぁー、人のことは言えないけど。
「それじゃ、あの戦斧は地下洞窟で手に入れたのかな?」
俺がジョッキをテーブルへ戻すと、ベッチが「ああ」と頷いた。
「あれも厄介なんだわ」
今度はエクレールさんも顔を上げる。
「武器使うパシャなんて、少なくとも今まで正式に確認されたことはねぇ」
「初めてなんだ」
「そうそう。カトちゃんら、地味にとんでもねぇもん引き当てたぞ」
「嬉しくない当たりだなぁ」
「俺も現場見たときは笑えなかったわ」
ベッチが肩を竦める。
「それに、あの戦斧。エクレールがぶっ壊しただろ?」
「ぶっ壊したとは人聞きが悪ぃな。敵の武器を破壊しただけだ」
「同じだろ」
「違ぇよ」
「はいはい。まぁー、残った破片を調べたら、ただの戦斧じゃなかった」
「どういうこと?」
「魔導具らしい」
「魔導具?」
あのパシャ・ケンゲが魔導具を使ってた?
戦斧を振り回していただけでも十分異常だったのに、さらに話がややこしくなってきた。
ベッチが頷く。
「詳しいことは本部に送って調べてもらってる。クラリスが見た感じじゃ、何かを封印するような仕組みが入ってるかもしれねぇって話だ」
「封印?」
箸を止める。
「何を封印するんだ?」
「それがわかんねぇから調べてんだよ」
「なるほど」
「わかんねぇことだらけで嫌になるんだわ」
そう言って、ジョッキをテーブルへ戻す。
地下洞窟。
突然現れた大量のケンゲ。
武器を使うパシャ。
何かを封印するための魔導具らしい戦斧。
全部が関係しているのか、それともたまたま重なっただけなのか。
うーん。
なんか、嫌な感じだな。
「カトちゃん」
「んっ?」
「考え込むのはいいけど、肉焦げるぞ」
「あっ!」
慌てて網の上の肉をひっくり返す。
危ない危ない。端っこが少し黒くなってる。
考えるのはあとでもできるし、今はせっかくのキャンプを楽しもう。
それからしばらく、みんなでワイワイしながら肉をつついていると、エクレールさんがジョッキを片手に口を開いた。
「そういやベスター。あのガキを置いて逃げた4人、どうなった?」
「ああ。運搬ギルドの貸出記録からすぐ割れて捕まったよ」
「処分は?」
「降格。それと、もうムルージュ村じゃ冒険者としてやってけねぇ。今は別の村へ移ってる」
「それだけかよ」
エクレールさんが不満そうに舌打ちする。
「甘ぇくらいだ」
「まぁー、処分はギルド本部の規約で決まってるからな。俺の一存でそれ以上重くするわけにもいかねぇんだわ」
ベッチが肩をすくめて、ジョッキを傾ける。
あの4人がどう思っているのかは知らない。
だけど、少なくとも何もなかったことにはならなかったらしい。
それならいい。
エクレールさんはしばらく黙っていたけど、もう1度ベッチへ目を向けた。
「……で、あのガキは?」
ベッチの表情から笑いが消える。
「ああ……まだ眠ってる」
エクレールさんが言っているのは、嘆きの滝で助けた奴隷の女の子のことだ。
名前はオルシテ。
あのあと運搬ギルドと話し合った結果、オルシテの奴隷契約は解除されて、今はベッチが引き取って自分の家で預かっている。
運搬ギルドとしても、いつ目を覚ますかわからない奴隷の面倒を見続けるより、引き取り手がいるならその方が都合がよかったようで、話は思ったよりすんなりまとまったらしい。
なんというか、向こうからすれば厄介払いできたってところなのかもしれない。
「まだ目ぇ覚まさねぇのか?」
「そうなんだわ」
「原因はわかってんのか?」
エクレールさんが聞く。
「いや。治療できる奴何人かに見てもらってんだけどな。それでもまだ原因がわかんねぇ。今は他に治せそうな奴がいねぇか、あちこち声掛けてるところなんだわ」
「そうか……」
エクレールさんが短く答える。
その向かいでは、ティアが手にしていたコップを静かに置いた。
顔を上げないまま、しばらく何も言わない。
ティアはコップを見つめたまま、1度だけ小さく息を吐いた。
「……リーナ、ブラ」
「ん?」
「ちょっと湖行こ?」
ティアが立ち上がる。
リーナは一瞬だけティアの顔を見ると、すぐに笑って立ち上がった。
「ええで!」
「行く」
ブラも続く。
「オレも行くっす!」
ケーシーくんも食べる手を止めて、3人のあとを追っていった。
「僕は……もう湖には入りませんからね」
クリフはきっぱり言って、少し離れた岩場へ釣り竿を持って戻っていく。
さっき溺れかけたばっかりだし、そりゃそうなるよね。
「おい、あんまり沖まで行くんじゃねぇぞ」
エクレールさんもジョッキを置いて、ティアたちの方へ歩いていった。
どうやら、まだ護衛という建前は継続してるらしい。
気づけばテーブルに残ったのは、俺とベッチだけ。
俺はエールを飲んでいるベッチへ目を向けた。
「……ベッチ」
「ん?」
ベッチがジョッキをテーブルへ置く。
「オルシテって……本当に蘭花だと思う?」
嘆きの滝の戦いが終わって、ベッチが合流した時のことを思い出す。
「あーあ、久しぶりにカトちゃんの戦ってるところが見れると思ったのにな」
「いやいや、見てるつもりだったのかよ。助けろよ」
「あははは。んで、そこにいるのがシェルパの子供か。なんだ? 女の……子……!?」
「ベッチ?」
大木の根元に横たわる女の子の顔を見た瞬間、ベッチの動きが止まった。
その顔は信じられないものでも見たかのように驚きで染まっている。
そして、少しの沈黙の後、絞り出すようにつぶやいた。
「こいつ……もしかして蘭花じゃねぇか?」
「……え?」
蘭花。
元の世界で、魔神我の特攻隊長だった女だ。
その名前を聞いて、俺もオルシテの顔を見直した。
年齢も姿も俺が知っている蘭花とは全然違う。
だけど、言われてみればその幼い顔には蘭花の面影がある気がした。
「わかんねぇけど、もし本当に蘭花だったらさ」
ベッチの声に顔を上げる。
「ん?」
「目ぇ覚ましてカトちゃん見たとき、どんな顔するかな」
「……それ、楽しみにするところ?」
「楽しみだろ」
ベッチがニヤニヤし始める。
「やめろよ。急に起きてほしいのか怖いのかわかんなくなってきたじゃん」
「あははは! カトちゃん昔からあいつ苦手だったもんなぁ!」
「笑い事じゃないんだって!」
まったく。
こっちは真面目に聞いてるっていうのに。
オルシテが本当に蘭花なのかは、まだわからない。
今はただ、目を覚ましてくれることを願うだけだ。
「カトルー!」
「んっ?」
湖の方からティアの声が飛んでくる。
「話終わったー!? 一緒に遊ぼー!」
「俺はさっき感電したばっかりなんだけどー!」
「大丈夫大丈夫ー!」
湖ではリーナとブラ、それにケーシーくんまで手を振っている。
少し離れた岩場のクリフだけは、こっちを見て全力で首を横に振った。
うん。君はそのまま釣りしてていいよ。
「行ってこいよ、カトちゃん」
「ベッチは?」
「俺はここでエール飲んでる」
「完全にくつろぐ気じゃん」
「湖来たんだから普通だろ?」
「さっきも聞いたよ、それ」
俺は笑いながら立ち上がって、水辺へ向かった。
エクレールさんはティアたちの近くに立って、相変わらず護衛の顔をしている。
でも足元はもう水に浸かっていた。
そこまで入ってるなら遊べばいいのに。
「カトル! いくよー!」
「えっ?」
バシャァッ!
「冷たっ!」
ティアが両手ですくった水を思い切り掛けてくる。
「やったな!」
俺も負けじと水を掛け返す。
「きゃあっ!」
「兄さん、こっちもや!」
「うわっ!」
「カトルさん、隙ありっす!」
「ケーシーくんまで!」
あっという間に全員入り乱れての水掛け合いになった。
ブラまで無言で正確に顔面を狙ってくる。
「ブラ! 顔はやめよう! 鼻に入った!」
「狙った」
「狙うな!」
「カトちゃーん! 年甲斐もなくはしゃいでんなぁー!」
岸からベッチの笑い声が飛んでくる。
「うるさい! 見てないでベッチも来いよ!」
「嫌だよ! 俺まで巻き込まれるだろ!」
「もう十分参加してるだろ!」
「俺は飯食ってエール飲みに来ただけ!」
「目的変わってんじゃん!」
そのとき。
バシャッ!
リーナが大きく振った腕から、水が勢いよく飛んでいった。
俺たちの横を通り過ぎ――
ピチャッ。
「……あ」
少し離れた浅瀬に立っていたエクレールさんの後頭部に直撃した。
全員が固まる。
「……」
ゆっくりと振り返る。
濡れた髪から水滴が落ちた。
「……テメェら」
「ち、違うんです! 今のは事故や!」
「リーナ、逃げろ!」
「待ちやがれ!」
ザバァァンッ!
「うわあっ!」
そのまま湖へ入って、両手で思い切り水を跳ね上げた。
「ちょっ! エクレールさん!?」
「喰らいやがれ!」
「護衛じゃなかったんですか!」
「うるせぇ!」
バシャバシャと水飛沫が上がる。
ティアの笑い声。
リーナの叫び声。
ケーシーくんの楽しそうな声。
少し離れた岩場では、クリフが絶対に近づくまいと釣り竿を抱えたままさらに後ろへ下がっている。
「おーおー、やってんなぁ」
岸ではベッチが呑気に笑いながら、樽型サーバーから新しいエールを注いでいた。
その瞬間。
エクレールさんが跳ね上げた水が、きれいな弧を描いて岸まで飛んでいく。
バシャッ!
「……」
ベッチの頭から水が滴る。
今エールを注いだばかりのジョッキにも、飛んできた水が見事に入った。
「……ベッチ?」
ゆっくり顔を上げる。
「カトちゃん」
「なんで俺!?」
「俺のエールに何してくれてんだ!」
「エクレールさんの水だろ!」
「うるせぇ! まとめて喰らえ!」
「ちょっ、ベッチまで!?」
ベッチはサンダルを脱いで、そのまま湖へ飛び込んできた。
ザバァァァンッ!
「うわああっ!」
「あははは! カトちゃん、逃げんなって!」
「大人げないぞ!」
「カトちゃんにだけは言われたくねぇよ!」
結局、護衛だったはずのエクレールさんに、岸でエールを飲んでいたベッチまで加わって、水掛け合いはさらに酷くなった。
笑い声と水飛沫が、陽の光を受けてキラキラと湖の上に弾けていく。
そんな騒ぎにも構わず、ピートンは少し離れた木陰で丸くなって気持ちよさそうに眠っていた。
うん。やっぱり平和って最高だね。
次回は10月16日20時20分投稿です。
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