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048 プレゼントとなんとやら……

ハンス一人称視点の話です。

時系列は035付近となります。

 ティアに謝ってから、何日か経った。

 あの日、アニキにボコボコにされたあと、オレはティアに今までのことを全部謝った。

 最初はものすごく驚いた顔をしてたけど、最後には「もういいよ」って言ってくれた。

 次の日からは、親父の朝練にも参加するようになった。

 口だけじゃなく、変わったところを見せたかったからだ。

 それからは、ティアと顔を合わせるたびネチネチ絡んだり、嫌味を言ったりするのもやめた。

 ……やめたんだけど。

「どうすりゃいいんだよ……」

 冒険者ギルドの酒場スペースで、オレは果実水の入ったグラスを傾けながら小さく呟いた。

 だけど、いざ普通に話そうと思うと、何を話せばいいのか全然わからない。

 朝練で顔を合わせても、挨拶して終わり。

 変なことを言ってまた嫌われたらと思うと、そこから先へ進めなかった。

「アニキ、まだ帰ってこないなぁ……」

 格好をつけてグラスを傾け、ギルドの入口へ目を向ける。

 夕方の冒険者ギルドは、依頼を終えて戻ってきた冒険者たちでごった返していた。

 受付カウンターの前には何人も並び、酒場からはジョッキをぶつけ合う音と笑い声が聞こえてくる。

 そんな中、オレが待っているのはただ1人。

 アニキだ。

 あの夜、オレの話を最後まで聞いてくれた。

 ティアのことだって、オレなんかよりずっとわかってた。

 間違いない。

 アニキは恋愛マスターだ。

 なら、わからないことは聞けばいい。

 そう思って、オレは昼過ぎからずっとここで待っていた。

 

「……おっ!」

 スイングドアが開き、見覚えのある男が入ってくる。

 深緑色の革鎧を身につけ、腰には見慣れたカブ改。

 背中には、いつもの背嚢を背負っている。

「アニキ!」

 思わず立ち上がりかけたけど、すぐに座り直した。

 まだだ。

 依頼の手続きが終わるまでは邪魔しちゃいけない。

 アニキはそのまま受付カウンターへ向かい、受付嬢と何か話し始めた。

 それから背嚢を下ろし、中へ手を突っ込む。

 ドサッ。

 それだけじゃない。

 次から次へと、大量のジャッフルの素材がカウンターの上へ積み上げられていく。

「なんだ、あれ……」

 周りにいた冒険者たちも、いつの間にかアニキの手元を見ていた。

 でも、それで終わりじゃなかった。

 今度は明らかにジャッフルとは違う、見たこともない大きな素材まで取り出し始める。

 受付の奥まで急に慌ただしくなった。

「あんなバカでかいものが、なんで大して大きくもない背嚢に入ってるんだ?」

 背嚢より大きいものが出てきてるじゃないか。

 だけど、そんな細かいことはどうでもいい。

「さすがアニキだぜ……」

 オレは腕を組み、何度も頷いた。

 やっぱりアニキはすごい。

 しばらくして、依頼の手続きと素材の買取が終わったらしい。

 アニキは受け取った報酬の革袋を見ながら、ものすごく嬉しそうな顔をしている。

 そして、そのままこっちへ歩いてきた。

 よし。いよいよ恋愛相談だ。

 オレは笑顔で片手を上げた。

 

「アニキ!」

 アニキは一瞬だけこっちを見た。

 なのに、何事もなかったように顔を前へ戻し、そのまま通り過ぎようとする。

「ちょっ、アニキ!?」

 慌てて席を立ち、前へ回り込んだ。

「ちょっとアニキ、ひどいじゃないですか。無視しないでくださいよ」

「いや、聞こえてたけどさ」

「やっぱり聞こえてたんじゃないですか!」

「俺はお前のアニキじゃないというか、恥ずかしいからその呼び方やめてくんない?」

「いやいや、アニキはオレのアニキですよ」

「なんで当然みたいに言うの?」

 アニキは眉間を押さえ、深いため息を吐いた。

「……で、何か用?」

「はい! 恋愛相談したくて待ってました!」

「声デカいって!」

 周りの冒険者たちが一斉にこっちを見る。

 アニキは気まずそうに頭を下げると、オレの肩を押して酒場スペースへ移動した。

「アニキ、何か飲みます? オレが奢りますよ!」

「いいよ。自分で買うから」

「遠慮しなくていいですって!」

「遠慮じゃないの。こういうのは自分で払うからいいんだよ」

 そう言って、アニキは自分でエールと木の実の入った小皿を買ってきた。

 

 向かいの椅子へ座り、ジョッキを一口飲む。

「それで、恋愛相談って?」

「ティアのことです」

「だと思ったよ」

 アニキは木の実を1つ摘まんで、口へ放り込んだ。

「この前、アニキに言われたあと、ティアにはちゃんと謝りました」

「うん。知ってる」

「一応、許してもらえたんですけど……そのあと、どうすりゃいいのかわかんなくて」

「どうって?」

「今までみたいに嫌味言ったりすんのはやめました。普通に話そうとはしてるんです。でも、何を話せばいいのか全然わかんないんですよ」

 情けない話だ。

 昔は何も考えなくたって、いくらでも話せたのに。

「それで、どうやってティアにアプローチしていけばいいのか、アニキに教えてもらおうと思って」

「俺に?」

「はい! アニキならわかりますよね!」

「……」

 アニキは何も言わず、静かに目を閉じた。

 そのまましばらく考え込んだあと――

 ふいに目を開き、3本の指を立てた。

「3年だ」

「……3年?」

「そう。3年かけてティアにアプローチするんだ」

「3年もですか!?」

 思わず椅子から身を乗り出した。

「もっと短く――」

 ゴトッ。

 アニキがジョッキをテーブルへ置いた。

 さっきまでの軽い雰囲気が消える。

 真剣な目で、まっすぐオレを見た。

「お前、恋愛ナメてないか?」

「……っ!」

 思わず息を呑んだ。

 こ、これが恋愛マスターの圧……!

「す、すみません……」

「3年といっても、何をどうするかが重要なんだよ」

 アニキは木の実を1つ口へ放り込み、腕を組んだ。

 

「まず1年目。ここはパラメーター上げに集中しろ」

「パラメーター?」

「自分磨きのことだよ」

「なるほど!」

 さすがアニキ。

 言い方からして普通じゃない。

「身体を鍛える。勉強する。身だしなみを整える。そうやって自分のパラメーターを上げるんだ」

「わかりました!」

「ただし、上げすぎるな」

「……はい?」

 今、上げろって言ったばっかりじゃなかったか?

「なんでですか? 自分磨きをするんじゃないんですか?」

「するよ。でも考えてみろ」

 アニキは木の実を指先で摘まんだまま、こっちへ向けた。

「お前が必要以上に格好よくなって、他の女の子から声をかけられまくったら、ティアがどう思う?」

「格好よくなってモテるようになったんだな、とかじゃないんですか?」

「甘い。甘いよ、ハンスくん」

 アニキがゆっくり首を横へ振る。

「女の子に囲まれてる男に、ティアが気軽に話しかけられると思うか?」

「……あっ」

「下手したら、自分が入り込む隙はないって思われるかもしれないだろ?」

「た、確かに……!」

 危ない。

 何も考えずに全部鍛えまくるところだった。

「だから必要なパラメーターだけ上げろ」

「必要なパラメーター……」

「そのためには、まずティアがどんな男を好むのか知る必要がある」

 アニキは小皿から新しい木の実を取る。

「ハンス。ティアって、どんな男が好きなんだ?」

「どんな男……」

 すぐには答えが出なかった。

 ティアが誰かを好きだって話なんて、聞いたことがない。

 だけど、昔から誰よりも憧れていた男なら知っている。

「……ラルムさん」

「ああ、ラルムさんか」

「はい。ティア、昔からラルムさんのことが大好きだったんですよ。強くて、なんでも知ってて、いつもティアの自慢だった」

「なるほどね」

 アニキは納得したように頷いた。

「それなら、ラルムさんを参考にすればいい」

「ラルムさんみたいになるってことですか?」

「そのまま真似するんじゃないぞ。参考にするんだよ」

 アニキは指を1本立てる。

「強かったなら身体を鍛える」

 もう1本。

「物知りだったなら勉強する」

 さらにもう1本。

「身だしなみとか、ティアが好ましく思ってた部分があるなら、そこも磨く」

「なるほど……」

「ラルムさん本人になる必要はない。お前はお前なんだから」

 オレは大きく頷いた。

 ラルムさんみたいに強くなる。

 もっといろんなことを知る。

 それなら、何をすればいいのか少し見えてきた気がする。

 

「あと1年目は、焦ってティアを誘いまくるなよ」

「誘わないんですか?」

「今まで散々嫌がられてたんだろ? まずは自分を磨いて、少しずつ印象を変えていくんだよ」

「はい!」

「ただし――」

 アニキが真剣な顔で人差し指を立てた。

「誕生日だけは絶対に忘れるな」

「誕生日?」

「そう。誕生日は別枠だ」

 別枠。

 大事な言葉っぽい。

「ちゃんとプレゼントを用意して渡せよ。高い物じゃなくてもいい。相手のことを考えて選ぶんだ」

「わかりました!」

「収穫祭とか属性神の祝日みたいな、年に1度の特別な機会もな。誘えるなら誘ってみろ」

「断られたら?」

「怒らない。拗ねない。しつこくしない」

 アニキは3本の指を順番に折った。

「次の機会を待つ」

「なるほど……!」

 今までのオレなら、とにかく何度も声を掛けてた。

 でも、それじゃダメだったんだ。

 

「それじゃあ2年目は?」

「2年目も自分磨きだ」

「2年目もですか!?」

「焦るなって」

 アニキはエールを一口飲んだ。

「1年目で上げたパラメーターをさらに伸ばしつつ、足りないところを底上げしていく」

「なるほど」

「ただ、2年目からは別の問題にも気を付けないといけない」

 アニキの顔が急に真剣になる。

「ここから怖いのは、爆弾マークだ」

「……爆弾マーク?」

 なんだ、それ。

 恋愛の話だよな?

「ハンス。ティア以外で、普段よく話しかけてくる女の子とかいる?」

「女ですか?」

「うん」

「ギルドの受付嬢とか、店の女とかなら普通に話しますけど」

「そういう子を完全に無視し続けると、爆弾マークがつく」

「えっ!?」

 思わず周囲を見回した。

「ど、どこにつくんですか!?」

「そういう意味じゃないよ」

「爆発しないんですか?」

「しない、しない」

 アニキが呆れたように手を振る。

「ずっと感じ悪い態度を取ってたら、『あいつ最近冷たい』とか『性格悪い』とか、悪い噂が広がるだろ?」

「ああ……」

「それが爆弾だよ」

「なるほど!」

「その悪い噂がティアの耳に入ったらどうなる?」

「……嫌われる」

 背中に冷たいものが走った。

 それはまずい。

 せっかく少し許してもらえたのに、また嫌われたら全部終わりだ。

「爆弾マークがつきそうになったら、1回一緒に出かけて処理しろ」

「それってデートじゃないですか!?」

 さっきより大きい声が出た。

「違う違う。これはデートじゃない。爆弾処理だ」

「でも、2人で出かけるんですよね?」

「爆弾処理だ」

「それ、デートじゃ――」

「爆弾処理!」

「はい!」

 そこまで言うなら、きっと違うんだろう。

 本命はティア。

 他の女は爆弾がつかない程度に対応する。

「もちろん、ティアの誕生日とか大事なイベントが最優先だからな」

「はい!」

 恋愛って、思ってたより危険なんだな。

 

「それで、3年目は?」

「3年目はラストスパートだ」

 アニキは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。

「ここまでに足りないパラメーターを最終調整。そして、ここからはティアへのアプローチを一気に増やす」

「一気に?」

「食事、祭り、買い物。2人で過ごせそうな機会があったら積極的に誘え」

「おおっ!」

「本命との時間を最優先。ただし、爆弾だけは最後まで注意な」

「はい!」

「3年間かけて自分を磨く。ティアとの関係を少しずつ築く。そして最後――」

 アニキがそこで言葉を切った。

 ゴクリ。

 オレは唾を飲み込んだ。

「最後は、伝説の木の下で告白するんだ」

「……伝説の木?」

「うん」

「そんなの、この辺にありませんよ?」

「えっ?」

 アニキが固まった。

 どうやら、そこまでは考えていなかったらしい。

「……ないの?」

「聞いたことないですね」

「うーん……」

 アニキは腕を組んで本気で悩み始めた。

 しばらくして、ぽんっと手を叩く。

「じゃあ、恋人たちが集まる場所とか、雰囲気のいい場所ならなんでもいい」

「それなら……」

 頭に浮かんだのは、この前アニキを呼び出した丘だった。

 村を見渡せる場所で、夜になると空もよく見える。

「こないだアニキを呼び出した、あの丘の上とかどうですかね?」

「おおっ! それいいじゃないか!」

 アニキが勢いよくテーブルを叩いた。

「伝説の丘の上で告白だ!」

「いや、別に伝説とかじゃないんですけど」

「いいんだよ!」

 アニキは立ち上がり、握り拳を作った。

「自分が伝説だと思えば、伝説になるんだから!」

「な、なるほど……!」

「伝説は自分の手で作るんだよ!」

「はい!」

 アニキの勢いに押され、オレも立ち上がる。

「そして、伝説へ……!」

「おおおっ! オレが伝説を作るんですね!」

 なんかよくわからないけど、すごい話になってきた。

 

「……っと、いけね」

 急にアニキが現実へ戻った。

「どうしたんですか?」

「ベッチとの待ち合わせの時間だ」

 壁に掛かった時計を見て、慌てて残っていたエールを飲み干す。

「続きは今度な。とりあえず1年目は自分磨き頑張れよ」

「はい! アニキ、ありがとうございました!」

 勢いよく頭を下げる。

「だから、そのアニキってのやめてって……まぁ、いいや」

 アニキは諦めたように肩を落とすと、そのまま冒険者ギルドを出ていった。

 

 1人残ったオレは椅子へ座り直し、教わったことを頭の中でもう1度整理する。

 3年。

 正直、長い。

 だけど、あのアニキがあれだけ真剣に教えてくれたんだ。

 間違ってるはずがない。

 まず1年目はパラメーター上げ。

 ただし、上げすぎない。

 誕生日は忘れず、プレゼントを渡す。

 2年目は足りないパラメーターを上げながら、爆弾マークに注意。

 3年目はティアへのアプローチを一気に増やす。

 そして最後は、あの丘の上で告白。

 オレは拳を強く握った。

「待ってろよ、ティア。オレが伝説を作ってやるぜ!」

 周りの冒険者が何事かとこっちを見たけど、気にしない。

 今日からオレの伝説が始まるんだ。

 

 

 翌朝。

「よし……」

 洗面所の鏡の前に立ち、オレは両手で頬を軽く叩いた。

 昨日、アニキに教えてもらった自分磨き。

 まずは身だしなみからだ。

 棚から小さな瓶を取り出す。

 親父が使っている、薬草を漬け込んだ化粧水だ。

 蓋を開け、手のひらへ少し出す。

「まずはアニキも言ってたし、身だしなみが大事だからな」

 両手を擦り合わせ、そのまま頭へペタペタと塗っていく。

 顔じゃない。

 頭だ。

 グラッツェのせいで、今のオレには髪が1本もない。

 だったら、ここを磨くしかないだろ。

「よしよし。なんかツヤも出てきた気がするぜ」

 もう1度化粧水を手に取り、頭全体へ伸ばしていた、その時だった。

「んっ?」

 指先に、いつもと違う感触があった。

 もう1度、頭を撫でる。

 ザラッ。

「……なんかザラザラするぞ?」

 鏡へ顔を近づけ、目を凝らす。

 頭の表面に、ほんの少しだけ黒いものが見える。

「こ、これは……毛が生えてる!」

 思わず大声を上げた。

「やったぁぁぁぁぁっ! 毛だ! オレの毛だぁぁぁぁぁっ!」

 その場で飛び跳ねながら、何度も自分の頭を撫でる。

 ザラザラする。

 最高だ。

「……あっ!」

 そこで、ふと思い出した。

 壁に掛けてあるカレンダーへ駆け寄る。

 今日の日付には、少し前から大きな丸をつけてあった。

「そうだ! 今日で終わりじゃねぇか!」

 グラッツェの懲罰期間。

 髭や髪を大事にするドワーフにとって、頭をツルツルにされるなんて拷問みたいなもんだ。

 でも、それも今日で終わり。

「うおおおおおっ! オレの髪が帰ってきたぁぁぁぁぁっ!」

 ドゴンッ!!

 突然、頭のてっぺんにものすごい衝撃が落ちた。

「ぐえっ!」

 床へ顔から倒れ込む。

 何が起きたのかわからないまま頭を押さえて振り返ると、親父が拳を握って立っていた。

「朝っぱらから何を騒いどる」

「お、親父……」

「うるさい」

「だ、だってよ! 毛が! 毛が生えてきたんだぞ!」

「見りゃわかる」

「グラッツェも今日で終わりだ!」

「そうか」

「もっと喜べよ!」

「朝から騒ぐな」

 親父の拳がもう1度持ち上がる。

「す、すみませんでした!」

 慌てて頭を抱えた。

 親父は鼻を鳴らすと、そのまま出ていく。

 しばらくして、オレはゆっくり顔を上げた。

 頭がズキズキする。

 だけど、指先で触れば――

 ザラッ。

「へへへ……でも毛が生えてる……」

 痛い。

 でも嬉しい。

 今日も最高の朝だ。

 

 

「よし、今日はここまでだ」

 親父の声が訓練場へ響いた。

「ありがとうございました!」

 オレも他の連中と一緒に頭を下げる。

 朝練を始めたばかりの頃は、終わる頃には腕が上がらなくなっていた。

 今だってキツいことには変わりないけど、少しずつ身体が慣れてきた気がする。

 これもパラメーターが上がってるってことだよな。

 そう思うと、疲れも悪くない。

 オレはティアたちから少し離れた訓練場の隅で、使っていた模造バンカーを片付け始めた。

 その時、聞き慣れた声が耳に入る。

 

「そういや、もう少しでティアも誕生日やな」

「えっ?」

 反射的に顔を上げた。

 少し離れた場所で、リーナとティアが話している。

 オレは手を止めないまま、耳だけをそっちへ向けた。

「誕生日プレゼント、何か欲しいもんある?」

「えっ? いいよ。リーナ、バンカー買ったばかりでお金ないでしょ」

「そんなん気にせんでええよ。金は天下の回りもんや。使うからこそ、金は入ってくるんや」

「あははは! なにそれー」

 ティアが楽しそうに笑う。

 その声を聞いた瞬間、昨日のアニキの顔がはっきりと思い浮かんだ。

「……誕生日!」

『誕生日だけは絶対に忘れるな』

『ちゃんとプレゼントを用意して渡せよ』

「これだ……!」

 思わず声が漏れた。

「んっ?」

 ティアがこっちを向きかける。

「な、なんでもねぇ!」

 慌ててバンカーへ視線を落とした。

 危ない。

 でも、やることは決まった。

 ティアの誕生日プレゼント。

 絶対に用意するぞ。

 

 朝練が終わると、オレはそのままジャックさんの道具屋へ向かった。

 誕生日プレゼントなんて買ったことがないから、何を選べばいいのか全然わからない。

 服か、食い物か。花……は、なんか違う気がする。

「とりあえず、品物が多いところだよな……」

 それならジャックさんの店だ。

 何か1つくらい、プレゼントに向いてるものもあるだろ。

 しばらく歩き、見慣れた木造の店の前へ着く。

 扉を開けると、軽やかな鐘の音が鳴った。

 カランカラン――

「いらっしゃいませ」

 カウンターの向こうから、ジャックさんがいつもの穏やかな声を掛けてくる。

「ど、どうも……」

「こんにちは、ハンスくん」

「こ、こんにちは」

 なんだこれ。

 別に悪いことをしに来たわけじゃないのに、妙に落ち着かない。

「今日は何をお探しですか?」

「えっ!? いや、その……ちょっと見て回ります!」

「そうですか。ごゆっくりどうぞ」

 ジャックさんはそれ以上聞かず、にこやかに笑った。

 助かった。

 ティアへのプレゼントを買いに来たなんて、恥ずかしくていきなり言えるわけがない。

 オレは店内を端から見て回ることにした。

 小さなナイフを手に取る。

「……誕生日に刃物ってどうなんだ?」

 戻す。

 綺麗な水筒。

「いや、普通すぎるか……」

 戻す。

 薬草。

「プレゼントで薬草って……」

 戻す。

 何を見ても、これだって思えない。

 気になった物を手に取っては戻すのを繰り返し、何周したかわからなくなった頃、ふとカウンターを見ると、ジャックさんがこっちを見ていた。

 目が合うと、爽やかに微笑む。

 うっ。

 絶対、変な奴だと思われてる。

 それでも決められないまま、さらに店を回った。

 

 やがて壁の時計を見る。

「……1時間?」

 店へ入ってから、もうそれくらい経っていた。

 さすがにこのままじゃ何も買えない。

 オレは覚悟を決めて、カウンターへ向かった。

「あ、あの……ジャックさん」

「はい」

「誕生日のプレゼントに、なんかいいものってあります?」

「誕生日のプレゼントですか?」

「はい……」

 ジャックさんは少しだけ目を細めた。

「お相手は男性ですか? 女性ですか?」

「お、女……です」

 自分で言った途端、顔が熱くなった。

 ジャックさんは一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと柔らかく笑った。

「なるほど」

「な、なんですか?」

「いえ。何か良い物がないか考えていただけですよ」

 絶対なんか察しただろ。

 でも、名前までは聞いてこない。

 そこはありがたかった。

「そうですね……」

 ジャックさんが店内を見回す。

 縄やランタン、水筒に鍋。

 冒険者が使うには便利な物ばかりだけど、女への誕生日プレゼントって感じじゃない。

「すみません。うちは道具屋ですから、普通の装飾品店のような物はあまり置いていないんです」

「やっぱそうですよね……」

 肩を落とす。

 ここでダメなら、また別の店を探すしかない。

「……あっ」

 ジャックさんが小さく声を上げた。

 そして、手をポンッと叩く。

「ちょっと待っていてくださいね」

「えっ?」

 そう言って店の奥へ入っていった。

 

 しばらくすると、小さな箱を持って戻ってくる。

「こちらはいかがでしょう?」

 カウンターへ置かれた箱の蓋が開く。

「おおっ……」

 中に入っていたのは、細いチェーンのついた銀色のペンダントだった。

 ペンダントの丸い部分の表面には、花みたいな模様が細かく刻まれている。

 派手すぎない。

 でも、光を受けると銀色にきらりと輝いて綺麗だった。

「これなら、女の人に贈っても変じゃないですか?」

「ええ。良いと思いますよ」

 ジャックさんはペンダントを手に取ると、丸い部分へ指を掛けた。

 カチッ。

「んっ?」

 ペンダントの丸い部分が開いた。

 中には小さな空間がある。

「開くんですか?」

「はい」

 渡されたペンダントを覗き込む。

「中、何も入ってないけど?」

「そこには、ハンスくん自身で何かを入れてみてはどうでしょう?」

「自分で?」

「ええ」

 ジャックさんは穏やかに笑った。

「贈る相手のことを考えて、ハンスくん自身が選んだ物を入れるんです。そうすれば、同じ物は二つとない贈り物になりますよ」

「ってことは……世界に1つだけ?」

「そうなりますね」

「世界に1つだけ!?」

 思わずペンダントを持つ手に力が入った。

「それ、すげえいいじゃん!」

 店で買ったものを渡すだけじゃなく、オレが選んだものを入れる。

 それなら、アニキが言ってた「相手のことを考えて選べ」ってのにもぴったりだ。

 

「でも……何入れりゃいいんだ?」

 肝心なところが全然思いつかない。

「普通は何を入れるんですか?」

「本来は、特殊な効果を持つ護符などを入れて身につける物ですね」

「護符かぁ……」

「ただ、使い方は人それぞれですよ。家族の似顔絵を入れる方もいますし、小さな形見を入れる方もいます。指輪をなくさないように入れておく方もいますね」

「へぇー」

 どれもオレには用意できそうにない。

 ティアの似顔絵を描いたところで、たぶん見せた瞬間に殴られる。

「ほかには、天然石や綺麗な鉱石を入れる方もいますよ」

「石?」

「ええ。天然の鉱石には、とても綺麗な物がたくさんありますから。中には特殊な性質を持つ物もあります」

「特殊な性質……」

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中に昔聞いた話が浮かんだ。

 草原地帯にある遺跡。

 あそこでは、たまに水晶が採れる。

 しかも、その中にはごくまれに普通とは違う物が混じってるって話を聞いたことがある。

「……あっ」

「何か思い当たったようですね」

「はい!」

 迷いは消えた。

 オレはペンダントを箱へ戻し、ジャックさんへ差し出す。

「これください!」

「ありがとうございます」

 代金を払い、箱を受け取る。

 思ったよりずっといいものが見つかった。

「ジャックさん、ありがとうございました!」

「いえ。喜んでもらえるといいですね」

「はい!」

 

 店を出て、通りを歩く。

 手には小さな箱。

「水晶か……」

 店で買った石を入れることだってできる。

 だけど、どうせティアに贈るなら、オレが自分で見つけたい。

 それなら、本当に世界に1つだけのプレゼントになる。

「よし……決めた」

 箱を握り締める。

 明日、草原地帯の遺跡へ行く。

 自分の手で水晶を見つけるんだ。

 ティアのためなら、それくらいやってやる。

「待ってろよ、ティア」

 ティアのことをちゃんと考えて選んだものを渡す。

 オレは箱を大事に抱え直し、家へ向かって歩き出した。

 帰ったら、つるはしと採掘道具を準備しないとな。


次回は10月6日20時20分投稿です。

応援、お願いします。

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