046 受付嬢となんとやら……
クラリス一人称視点の話です。
時系列は030付近となります。
「いつも悪いわね」
「てやんでぇ! 気にすんな!」
冒険者ギルドの入口で、威勢のいい声とともに金槌が振り下ろされた。
カンッ、カンッと小気味のいい音が響くたび、閉まらなくなっていたスイングドアの金具が少しずつ元の位置へ戻っていく。
修理してくれているのは、村で大工をしているゲントさんだ。
何日か前からお願いしていたのだけれど、木を切っている最中に腰を痛めたらしく、今日まで待つことになっていた。
「それより、腰は大丈夫なの? この間、木を切っていたら腰が砕けたって聞いたけれど」
「んっ? こんなもん、唾でもつけときゃ治る! ……と言いてぇところだが、まだ重い物は持てなくてな」
ゲントさんは床へ片膝をついたまま、悔しそうに腰を叩いた。
「切り倒したピノキも、そのままになっていたんでしょう?」
「おう。だが、それなら今朝片づいたぜ」
「今朝?」
「細っこい兄ちゃんが依頼を受けてきてよ。最初は、こいつに運べんのかって心配したんだが……運搬用の腰巻きを貸したら、切り倒してあったピノキを軽々と持ち上げやがった!」
両手を広げながら、ゲントさんが興奮気味に話す。
細身の身体でピノキを軽々と運べる人なんて、この村には1人しか思い当たらない。
「ああ、カトルね」
「知ってんのか?」
「ええ。うちのギルドに登録した冒険者よ」
「ありゃあ、すげぇ奴だぜ。ピノキを何本運んでも、涼しい顔してやがる。こっちの仕事も手伝ってくれりゃあ助かるんだがな。弟子に欲しいくらいだ!」
「そんなに簡単に運んだの?」
「おうよ! 最初の1本を持ち上げた時なんざ、俺も目を疑ったぜ。腰巻きが壊れちまったんじゃねぇかと思って、何度も確かめたくらいだ」
「壊れていなかったのね」
「どこも壊れちゃいねぇ。あの兄ちゃんが、見た目からは想像もできねぇ馬鹿力ってだけだ!」
ゲントさんは楽しそうに笑っている。
「フフッ、駄目よ。カトルには冒険者として期待しているんだから」
「わははは! そりゃあ残念だ!」
豪快に笑いながら、ゲントさんは最後の釘を打ち込んだ。
続いてスイングドアを何度か押し、元の位置へ戻ることを確かめる。
「よし、これで完璧だ!」
「ありがとう、ゲントさん。助かったわ」
「よしてくれ! クラリスちゃんのためなら、いつでも飛んでくるからよ!」
「今度は腰が治ってからお願いするわね」
「てやんでぇ! このくらい、なんともねぇよ!」
そう言いながら立ち上がったゲントさんは、顔をしかめて腰を押さえた。
「……本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だ! それじゃあな!」
大工道具を担ぎ、ゲントさんがギルドを出ていく。
その背中はいつもどおり頼もしかったけれど、数歩進むたびに腰を叩いていた。
無理をして、また寝込まなければいいのだけれど。
「あの、副ギルドマスター。少しよろしいですか?」
背後から声を掛けられて振り返る。
書類を胸に抱えて立っていたのは、受付嬢のエイミーだった。
茶色い髪をポニーテールにまとめた、そばかすのある女の子だ。
「エイミー。受付に立っているときは、いつもどおりクラリスでいいのよ」
「あっ、すみません。クラリスさん」
「それで、どうしたの?」
役職は副ギルドマスターだけれど、普段はほかの受付嬢と同じようにカウンターへ立っている。
それでもエイミーは、仕事について質問するときは、緊張して役職名で呼ぶことがあった。
「ここの処理の仕方が、よくわからなくて……」
エイミーが差し出したのは、買い取った素材を倉庫へ移すための書類だった。
私は受付カウンターへ戻り、空いている場所に書類を広げる。
「これはね、最初に買い取りを担当した人の名前を書いて、その下に素材の種類と数量を記入するの」
「はい」
「魔核が含まれているときは、こちらにも印をつけてちょうだい。そうすれば、倉庫へ運ぶ前に担当者が確認してくれるわ」
「なるほど……この欄はどうすればいいですか?」
「そこは保管場所ね。今は空欄のままで大丈夫よ」
順番に説明すると、エイミーは何度も頷きながら聞いていた。
説明を終えると、書類を見直して明るく顔を上げる。
「わかりました。ありがとうございます!」
「どういたしまして。わからないことがあったら、いつでも聞いてね」
「はい!」
エイミーは尊敬のこもった眼差しを向けてくる。
少しくすぐったい気持ちになりながら微笑むと、その視線がギルドの入口へ移った。
「スイングドア、直ったんですね」
「ええ。ゲントさんが、きちんと直してくれたわ」
「そうですか……」
エイミーはギルドの中を見回すと、私へ顔を寄せて声を潜めた。
「でも、あの人、ハンス君に何度もスイングドアをぶつけていましたよね。それで壊れちゃったんじゃないですか?」
「あの人?」
「カトルっていう、鉄等級の冒険者です」
「そうねぇ。カトルのせいで壊れたのかはわからないけれど、今度本人に会ったらきつく言っておくわね」
「クラリスさんは、あの人が怖くないんですか?」
「怖い?」
「だって、初めてギルドへ来た日に、いきなりハンス君を殴り倒したんですよ。この間もスイングドアをぶつけたあと、また殴っていましたし……」
確かに、事情を知らない人から見れば、カトルだけが一方的にハンスを殴っているように見えるかもしれない。
毎回先に絡んでいるのは、ハンスの方なんだろうけれど。
「それに、あの人は普通じゃありません」
「何かされたの?」
「い、いえ! ワタシは何もされていませんけど……この間、買い取りを担当した時だって、おかしかったんです」
エイミーの顔が強張る。
「小さな背嚢から、ラフムンの肉が次々と出てきて……それだけでも驚いたのに、20匹分の素材まで全部あの中に入っていたんですよ」
「あの日は大変だったわね」
「まだ終わりじゃなかったんです! 最後にはハシュラファの素材まで出してきて、カウンターの上がいっぱいになって……ワタシ、途中から何を数えているのかわからなくなりそうでした」
あの日の騒ぎは、私も覚えている。
調査から帰ってきた時には、受付の奥まで素材で埋まっていた。
それでもカトルは、自分が騒ぎの中心にいるとは思っていないような顔で、買い取りが終わるのを待っていた。
「ラフムン20匹分なんて、本当なら1人で持ち帰れる量じゃありません。それに、ラフムンやキペンベの依頼だって、鉄等級の冒険者なら何人かで受けるものですよね?」
「そうね」
「それを毎回1人で片づけて、何事もなかったような顔で帰ってくるんです。やっぱり、怖い人なんじゃ……」
「カトルは、とてもいい子よ」
「いい子……ですか?」
「少しずれているところはあるけれど、普通に接していれば怖くないわ。理由もなく誰かを傷つけるような人でもないもの」
「でも、ハンス君はいつも殴られています」
「エイミーは、ハンスが心配なのね」
「えっ!?」
エイミーの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「ち、違います! 受付嬢として、ギルドに所属している冒険者を心配するのは当然です!」
「私は何も言っていないわよ?」
「うぅ……」
俯いたエイミーの耳まで赤くなっている。
なるほど。
ハンスを心配して、カトルをあれほど警戒していたのね。
「フフッ、わかったわ。カトルには、それとなく注意しておくわね」
「本当ですか!?」
「ええ。ただし、ハンスにも喧嘩を売らないように言わないといけないわね」
「はい! ありがとうございます!」
エイミーは嬉しそうに頭を下げると、書類を抱えて仕事へ戻っていった。
その足取りは、先ほどよりも随分軽く見える。
ハンスを心配するエイミーの気持ちはわかる。
だけど、カトルが理由もなく人を傷つける人ではないことも知っている。
問題があるとすれば、別のところだ。
ラフムン20匹分の素材。
ハシュラファの討伐。
本来ならパーティーで請け負う規模の依頼を、鉄等級のカトルは1人で達成し続けている。
受付嬢としては、頼もしい新人の活躍を喜んであげたい。
けれど、副ギルドマスターとして考えれば、その異常な記録を放置するわけにはいかなかった。
今夜、ベスターと話す必要がありそうね。
「ベスター、どう思う?」
その日の夜。
ギルドマスターの執務室で、私はベスターと並んで魔導板を見ていた。
表示されているのは、カトルが冒険者登録をしてから今日までに受けた依頼と、ギルドへ提出された討伐記録だ。
「そうだなぁ……」
ベスターは椅子へ深く腰を下ろし、腕を組んだ。
「ちょっと目立ちすぎだな」
「やっぱり、そう思う?」
「思うも何も、鉄等級の新人が出す記録じゃねぇよ」
魔導板へ指を滑らせ、記録を順番に表示していく。
ラフムンの大量討伐。
ハシュラファの討伐。
キペンベの群れに、ボシ・キペンベ。
そして、この間はボシ・ケンゲを2匹同時に倒している。
「カトルが冒険者登録をしてから、それほど日が経っていないわ。それなのに、これだけのモスキートを討伐している」
「しかも、全部1人だ」
「ええ。カテゴリー2の討伐だけじゃないわ。本来ならパーティーで請け負う依頼を、あの子は全部1人で片づけている。それに、ラフムン20匹分の素材なんて、普通なら1人で持ち帰れる量じゃないもの」
複数人で達成した記録なら、ここまで目立つことはない。
けれど、そのすべてがカトル1人の実績だった。
「冒険者登録の時も、あの子の属性は火属性として処理したけれど……これ以上目立つ記録が増えたら、誤魔化しきれないわ」
本来、魔導板に表示されていたのは、火属性ではなく『か属性』。
そんな属性は、私も見たことがなかった。
強行派の目を避けるため、私はそれを火属性として処理していた。
「あの時は、それで十分だと思っていたんだけれど」
「普通の新人なら、それで終わってたんだろうけどなぁ」
「カトルは、冒険者登録をする前に黒怪鳥を追い払っているものね」
「そりゃそうだ」
ベスターが呆れたように笑う。
カトル本人には、自分がどれほど目立っているのかという自覚がほとんどない。
危険な相手を探しているわけではないのに、気づけば強力なモスキートを倒している。
そのうえ、本人はそれを特別なことだと思っていないのだから困ってしまう。
「黒怪鳥の件は、本人の希望もあって記録には残していないわ」
「記録に残さなきゃ、誰にも知られねぇってわけじゃないぞ」
「ええ。一部の冒険者の間では、もう噂になっているみたい」
ムルージュ村を襲った黒怪鳥。
それをカトルが撃退したという話は、少しずつ村の外へ広まり始めている。
公式の記録を伏せても、人の口まで止めることはできない。
「このままじゃ、強行派に目をつけられかねねぇ」
「そうね」
「あの爺さんは、特に鼻が利くからな」
「ザガードさんね。確かに、あの人に嗅ぎつけられると厄介だわ」
「噂だけなら、まだ本当かどうかわからねぇで済む。でも、このまま何もしなかったら間違いなく食いつくだろうな」
「ええ。本人が望んでもいない危険な依頼へ、無理に駆り出されるようなことにはしたくないわ」
「俺もだ。カトちゃんが何をするかは、カトちゃん自身が決めることだからな」
ベスターは普段、細かなことを気にしない。
けれど、誰かが他人の人生を勝手に決めようとすることだけは嫌う。
それは、元の世界から来た人たちを探しているときも変わらなかった。
「さて、どうするかなぁ」
ベスターが難しい顔で頭を掻く。
「いっそのこと、銅等級への昇級試験を受けさせたらどうかしら?」
「銅等級に?」
「カトルなら、もう十分その段階に達しているわ。むしろ、それ以上かもしれない」
「それは間違いねぇな」
「鉄等級の新人だから、今の記録が異常に目立つのよ。銅等級なら、パーティーでカテゴリー2を討伐することは珍しくないでしょう?」
カテゴリー2を倒す冒険者が多い等級へ上げれば、記録上の不自然さを多少は抑えられる。
完全に隠すことはできなくても、鉄等級のまま活動を続けるよりはいい。
「あなたも、鉄等級から銅等級へ上がるまで3日だったでしょう?」
「ああ。あの頃は俺も若かったからなぁ」
「そんなあなたと比べても、今のカトルの方が目立っているわ」
「否定できねぇな。俺だって、鉄等級の頃にカテゴリー2を何匹も倒したり、パーティー向けの依頼を片っ端から1人で終わらせたりはしてねぇよ」
「あなたが3日で銅等級へ上がったと聞いた時も、随分無茶をしたと思ったけれど」
「カトちゃんを見てると、俺が普通に思えてくるだろ?」
「それは言いすぎよ」
「即答かよ!」
不満そうな顔をするベスターがおかしくて、思わず笑ってしまう。
ベスターはしばらく魔導板を眺めたあと、大きく頷いた。
「よし。銅等級への昇級試験を受けさせよう」
「それで決まりね」
「ああ。いつかは強行派に目をつけられるだろうが、今はまだ早すぎる。できるだけ目立たねぇようにしてやらねぇとな」
「試験官の予定も確認しておくわ」
「頼む」
方針が決まり、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
私は魔導板の表示を消し、隣に座るベスターへ目を向ける。
「それにしても、随分カトルのことを買っているのね」
「それはお前もだろ?」
「フフッ、そうね」
否定するつもりはなかった。
カトルには、不思議と先を見てみたいと思わせる何かがある。
「あの子を見ていると、あなたに初めて出会った時のことを思い出すわ。次は何をするのかしらって、ワクワクするの」
「そりゃあ、訂正しねぇとな」
「何を?」
「カトちゃんは、俺の憧れだぜ。俺なんか足元にも及ばねぇよ」
「元の世界にいた頃の話ね」
「ああ」
ベスターは、少しだけ遠くを見るような表情を浮かべる。
「カトちゃんは、必ず白金等級までたどり着く。いや、もしかしたら黒金等級にだって届くかもしれねぇ」
黒金等級。
白金等級を上回る、冒険者の最高等級。
現在、その席に就いている者は誰もいない。
「あなたがそこまで言うなら、楽しみね」
「だろ?」
得意げに笑うベスターの横顔を見つめる。
仕事の話もまとまり、執務室には私たち2人だけ。
私は椅子から少し身を乗り出し、ベスターへ顔を近づけた。
「……んっ?」
私の顔を見たベスターが、壁の時計へ視線を移す。
途端に、その目が大きく見開かれた。
「やべっ! カトちゃんとの待ち合わせの時間だ!」
「……また飲みに行くの?」
カトルと再会してから、ベスターは毎晩のように飲みに出かけている。
長い間会えなかった友人との時間が楽しいことは、私にもわかる。
それでも、帰りを待っている妻のことを、もう少し思い出してくれてもいいはずだ。
「あ、ああ。今日はちゃんと早く帰るから――」
最後まで言わせず、その口を私の唇で塞いだ。
「んっ!?」
驚いて固まったベスターから、ゆっくりと顔を離す。
「早く帰ってきてね」
「……おう」
ベスターは少し呆けた顔で頷いたあと、いそいそと立ち上がった。
机の上に置いてあった上着を掴み、扉へ向かう。
「それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ベスターが執務室を出ていく。
私はその大きな背中が扉の向こうへ消えるまで、笑顔で見送った。
次回は9月29日20時20分投稿です。
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