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045 お弁当となんとやら……

ティア一人称視点の話です。

時系列は024から031付近となります。

「カトル、本当にありがとう」

「だから、もういいって。みんな無事だったんだしさ」

 ムルージュ村へ戻る途中、私はもう何度目になるかわからないお礼をカトルへ伝えた。

 そのたびに、カトルは困ったように笑って同じ言葉を返してくる。

 でも、私の中では全然よくなかった。

 キペンベに襲われたときも助けてもらった。

 今日だって、私たちを逃がすために、たった1人でハシュラファを引きつけてくれた。

 あの大きな背中を見ていると、ほんの少しだけお父さんを思い出す。

 強くて、優しくて、お節介で、困っている人を放っておけなかったお父さん。

 もちろん、カトルとお父さんは全然違う。

 だけど、危ないはずなのに迷わず前へ出るところは、やっぱり少し似ている気がした。

「でも、ティアは何もしてないよ」

「卵を盗んだじゃん」

「それは依頼!」

「あははは」

 もうっ。

 私は真面目に話してるのに。

「とにかく、何かお礼させて。ティアにできることならなんでもするから」

「なんでも?」

「あっ、エッチなのはダメだからね!」

「頼まないよ!」

 カトルが慌てたように両手を振る。

 その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。

「それじゃあ、何がいい?」

「うーん……」

 カトルは腕を組んで、本気で悩み始めた。

 しばらく唸ったあと、ぽんっと手を叩く。

「それじゃ、お弁当でも作ってくれる?」

「お弁当?」

「うん。朝練のあと、そのまま依頼に行くことも多いからさ。お弁当があったら助かるかなぁーって」

「そんなことでいいの?」

「そんなことって、お弁当作るのも大変だろ?」

「大丈夫! ティアに任せて!」

 胸を叩いて答えると、カトルは嬉しそうに笑った。

 これで、ようやくちゃんとお礼ができる。

 そう思って振り返ると、少し後ろを歩いていたリーナたちが、なぜか揃って顔を逸らした。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないで」

「うん。何も」

「頑張ってください」

 みんな、変なの。

 

 

「お爺ちゃん! ティアに料理を教えて!」

 翌朝、まだ夜も明けていないうちに厨房へやってきた私は、朝食の仕込みをしていたお爺ちゃんへ声を掛けた。

 そう告げると、お爺ちゃんは手にしていた巨大な包丁を止めた。

「料理だと?」

「うん! カトルにお弁当を作るの!」

「お前、料理はもうしないと言っておったではないか!」

「そんなこと言ったっけ?」

「子供の頃、お前の料理を食ったラルムが腹を壊して3日も寝込んだとき、もう二度と作らないと泣いておっただろう!」

「うーん……そんなこともあったような、なかったような……」

「あったわ!」

「でも、今回はカトルへのお礼なの! どうしてもティアが作ってあげたいの!」

 両手を合わせてお願いすると、お爺ちゃんは難しい顔で唸った。

「……仕方ない。そこまで言うなら教えてやる」

「やったぁ!」

「ただし、ワシの言うことをきちんと聞くんだぞ」

「うん!」

 お爺ちゃんは大きく息を吐くと、厨房の奥から籠いっぱいの食材を運んできた。

「まずは野菜を食べやすい大きさに切ってみろ」

「うん!」

 私は腰へ手を伸ばし、バンカーを引き抜いた。

「待て待て待て待て!」

 お爺ちゃんがものすごい勢いで飛びついてくる。

「何をするつもりだ!?」

「野菜を切るんだよ?」

「なぜバンカーを抜く!」

「こっちの方が早いから」

「厨房でバンカーを使う奴があるか!」

「でも、包丁よりよく切れるよ?」

「そういう問題ではない!」

 怒鳴られてしまった。

 仕方なくバンカーを鞘へ戻すと、厨房の入口から小さな声が聞こえてきた。

「オレ、止めた方がいいと思うんすけど……」

「でも、ティアちゃん、とても張り切っていますから……」

 振り返ると、エイプリルさんとケーシーくんが扉の陰から顔だけを出していた。

「2人とも、どうしたの?」

「な、なんでもありませんよ」

「が、頑張るっすよ、ティアちゃん!」

「うん!」

 2人に応援してもらい、私は包丁を握り直した。

 お爺ちゃんが手伝おうとしたけど、これは私からカトルへのお礼だ。

「お礼なんだから、ティアが自分で作らないと意味ないの!」

 そう言って、作り方を教えてもらうだけにした。

「そうだ。猫の手にして、ゆっくり切れ」

「猫の手?」

「指を曲げるんだ」

「こう?」

「そうだ。慌てなくていい。ゆっくり……ゆっくりだぞ……」

 お爺ちゃんが、今まで見たこともないくらい真剣な顔で私の手元を見つめている。

 慎重に狙いを定め、包丁を一気に振り下ろす。

 ドゴンッ!

 真っ二つになった人参の片方が、ものすごい勢いでまな板から飛び出した。

「あっ」

「きゃっ!」

 人参はお爺ちゃんの頬をかすめ、エイプリルさんが持っていた金属製のお盆へ激突した。

 ガァンッ! と厨房中に大きな音が響き、お盆の真ん中が大きくへこむ。

「ご、ごめんなさい」

「だ、大丈夫ですよ。人参ですから……」

 エイプリルさんは笑ってくれたけど、へこんだお盆を持つ手は震えていた。

 

 それからも料理は大変だった。

 食材を同じ大きさに切ったつもりなのに、大きい物と小さい物で10倍くらい違った。

 塩を一摘みと言われたから、少し物足りない気がして一掴み入れた。

 弱火だとなかなか焼けなかったので、魔導コンロの火力を最大まで上げた。

「ティア! 火が強すぎる!」

「でも、こっちの方が早いよ?」

「だから料理は早ければいいというものではない!」

 ボウッ! と大きな火が上がった。

「きゃあっ!」

「水! ケーシー、水を持ってこい!」

「は、はい!」

「お爺ちゃん、任せて!」

 私は近くに置いてあった水の入った大鍋を持ち上げた。

「待て! いきなり全部かける奴があるか!」

 ジュワアアアアアッ!!

 厨房いっぱいに白い湯気が広がった。

 咳き込みながら窓を開けると、鍋の中には真っ黒な何かが残っていた。

「大丈夫。焦げたところを取れば、まだ食べられるよ」

「全部焦げておるわ!」

 それなら、別の食材で包んで隠せばいい。

 思いついた方法を試していると、エイプリルさんが恐る恐る近づいてきた。

「ティアちゃん……それは、何を作っているんですか?」

「卵焼きだよ」

「卵焼き……」

「たぶん」

「たぶん!?」

 ケーシーくんの声が裏返った。

 もうっ。

 2人とも心配しすぎだよ。

 形は少し変だけど、ちゃんと卵も使ってるんだから。

 

 そうして、夜が明け始める頃、ようやく初めてのお弁当が完成した。

 蓋を閉じる前に中身を確認する。

 少し黒いけど、お肉も野菜も入っている。

 栄養もたぶん大丈夫。

「できたぁ!」

「お、おお……」

 お爺ちゃんは調理台へ両手をつき、ぐったりしながら弁当箱を見つめていた。

「どう? おいしそうでしょ?」

「……」

「お爺ちゃん?」

「あ、ああ。そうだな……」

 エイプリルさんとケーシーくんも、なぜか黙り込んでいる。

 その時、弁当箱の中から黒い何かがもぞりと動いた。

「い、今、動かなかったっすか?」

「気のせいですよ、ケーシー」

「でも、足みたいなのがあったっすよ……」

「気のせいです」

 エイプリルさんが、見たこともないくらい真剣な顔で言い切った。

 少し形は崩れちゃったけど、初めてにしては上出来だと思う。

 早くカトルに渡したいな。

 

 

「カトル!」

 朝練に出かけようとしていたカトルを呼び止める。

「おはよう、ティア。どうしたの?」

「これ!」

 両手で持っていた弁当箱を差し出した。

「昨日約束したお弁当。ティアが作ったんだよ」

「おおっ! ありがとう!」

 カトルは笑顔で受け取ると、その場で蓋を開けた。

 弁当箱の隅では、黒い何かから伸びた足がもぞりと動いている。

 カトルは中身を見つめたまま動かなくなった。

「どう?」

「……」

「カトル?」

「す、すごいな。これ、全部ティアが作ったの?」

「うん!」

「そっか……ありがとう。すごく嬉しいよ」

 カトルは蓋を閉めると、本当に嬉しそうに笑ってくれた。

 よかった。

 朝早くから頑張った甲斐があった。

「それじゃ、朝練に行ってくるね」

「うん。頑張ってね!」

 カトルが弁当箱を持って歩き出す。

 その背中へ手を振っていると、隣にお爺ちゃんが立った。

 エイプリルさんとケーシーくんも、いつの間にか後ろへ並んでいる。

 3人とも、遠ざかっていくカトルを黙って見つめていた。

「どうしたの?」

「……いや」

 お爺ちゃんが低い声で答える。

「無事に帰ってくればいいと思ってな」

「朝練に行くだけだよ?」

「そうだな……」

 変なお爺ちゃん。

 

◆◆◆

 

「これは食べ物。これは食べ物……」

 朝練を終えた俺は、バルガス工房の訓練場の隅に座り、ティアからもらった弁当箱を見つめていた。

 蓋を開けてから、すでに5分くらい経っている。

 黒い。

 とにかく黒い。

 肉らしき物も、野菜らしき物も、全部平等に黒かった。

 しかも、さっきから端っこにある何かが、たまにもぞもぞ動いている気がする。

「いやいや。まさかね。料理が動くわけないでしょ」

 俺がそう言った途端、そいつはピタリと動かなくなった。

「……死んだふり?」

 いや、やめよう。

 考えたら負けだ。

 ティアが一生懸命作ってくれたんだ。

 お礼がしたいって言ってくれた、その気持ちが大事なんですよ。

「いただきます」

 覚悟を決め、黒い塊を1つ口へ運んだ。

「んぐっ!?」

 甘い。

 辛い。

 苦い。

 しょっぱい。

 そして痛い。

 口の中で、味覚という味覚が一斉に殴り合いを始めた。

 目の前が白くなり、意識が遠のく。

「あ、危なっ……今、嫁さんが川の向こうで手招きしてたぞ……」

 まだだ。

 まだそっちへ行くわけにはいかない。

 弁当も残っている。

 俺は水を飲み、ゆっくり息を整えた。

「よし。次だ」

 一口食べる。

 意識が飛びかける。

 水を飲む。

 また一口食べる。

 今度は全身から変な汗が噴き出した。

 それでも、残すわけにはいかない。

 ティアが俺のために作ってくれた、初めてのお弁当だ。

「負けるかぁ……!」

 黒怪鳥に立ち向かったときと同じくらいの覚悟で、俺は最後の黒い塊を口へ放り込んだ。

 瞬間、頭の中で何かが爆発した。

 それでも必死に噛み、飲み込む。

「ご、ごちそうさまでした……」

 空になった弁当箱を見届けたところで、俺はそのまま地面へ倒れ込んだ。

 青い空が、やけに遠く見えた。

 

 

「ティア、これありがとう」

 その晩、俺は空になった弁当箱をティアへ返した。

「全部食べてくれたの?」

「もちろん」

「どうだった?」

「えっ?」

 ティアが期待に満ちた目で俺を見上げている。

 昼間の出来事が脳裏を駆け巡った。

 殴り合う味覚。

 噴き出す汗。

 川の向こうから手を振る嫁さん。

 いや、言えるわけがない。

 こんなに嬉しそうなティアへ、本当のことなんて絶対に言えない。

「おいしかったよ」

「本当!?」

「うん。ありがとう」

 嘘じゃない。

 味はともかく、作ってくれたことは本当に嬉しかった。

 ティアは弁当箱を胸へ抱き、満面の笑みを浮かべた。

「それじゃ、明日も作るね!」

「えっ?」

「これから毎日作ってあげる!」

「ま、毎日……?」

「うん!」

 その笑顔を前にして、嫌だなんて言えるはずがなかった。

「あ、ありがとう。それじゃあ、バルガスさんの朝練通いが終わるまでお願いしようかな」

「任せて!」

 元気よく答えたティアは、弁当箱を抱えて厨房へ戻っていった。

 その姿が見えなくなった直後、背後から肩を叩かれる。

 振り返ると、ドナテロさんが立っていた。

 何も言わず、小さな紙包みを差し出してくる。

「これは?」

「胃薬だ」

「……ありがとうございます」

 紙包みを受け取る。

 俺とドナテロさんはしばらく見つめ合い、無言で頷いた。

 男同士、言葉なんて必要ないときもある。

 

◆◆◆

 

 それから私は、毎朝カトルのお弁当を作るようになった。

 最初は大変だったけど、少しずつ慣れてきたと思う。

 丸焦げになる回数も減った。

 変な足が生えることも、毎日はなくなった。

 お爺ちゃんも、最初はずっと隣で見ていたけど、最近は椅子へ座って遠くから見守ってくれている。

 たまに頭を抱えているけど、きっと私の上達に感動してるんだと思う。

 カトルも、毎日残さず食べてくれる。

 夜になれば空の弁当箱を返して、必ず「おいしかったよ」と言ってくれる。

 ただ、なぜか日に日に顔色が悪くなっている気がした。

「カトル、疲れてる?」

「あははは。朝練がちょっと厳しくてね」

「無理しちゃダメだよ?」

「うん。ありがとう」

 そう答えたカトルは、私と別れたあと、よくお爺ちゃんと何かを話している。

 この前なんて、お爺ちゃんから小さな瓶を受け取っていた。

 きっと朝練に使う特別な薬なんだと思う。

 

 朝練だけじゃない。

 カトルは毎日のように依頼を受け、成果を挙げて帰ってくる。

 全身を泥だらけにして帰ってきた次の日も、朝になればいつもどおりバルガス工房へ向かう。

 そんな姿を見るたびに、ハシュラファへ立ち向かっていた背中を思い出した。

 私も、このままじゃいけないのかもしれない。

 カトルに助けてもらったお礼は、お弁当で返せていると思う。

 でも、私はあの時から何か変わったのかな。

 次に同じことが起きたら、今度は誰かを助けられるのかな。

 考えても、答えは出なかった。

 

 

「なぁ、ティア。今日、暇やったりせえへん?」

 冒険者ギルドで声を掛けてきたのはリーナだった。

 隣にはクリフとブラもいる。

「今日は依頼受けてないけど、どうしたの?」

「うちら、これからバンカー買いに行くんよ」

「バンカーを?」

「はい。ティアさんはもう持っていますし、選ぶときにいろいろ教えてもらえたらと思って」

 クリフの言葉に、ブラも小さく頷く。

「一緒に来て」

「うん、いいよ!」

 私は3人と一緒にバルガス工房へ向かうことになった。

 

 歩きながら、リーナが私の腰へ視線を向ける。

「そういや、ティアのバンカーって、ラルムさんのやったよな?」

「うん。お父さんが使ってたサブバンカーだよ」

 鞘の上から、そっと柄へ触れる。

 名前は『ジャズ』。

 雷属性の短剣型バンカーだ。

 水属性の私とは相性が悪くて、本来の出力はほとんど出せない。

 買い替えた方がいいと言われたこともある。

 だけど、手放したらお父さんとのつながりまでなくなってしまう気がして、どうしても手放せなかった。

 

 お父さんのバンカーといえば、もう1つある。

 大剣型バンカー、カミナリマッパ。

 お父さんが亡くなったあと、お爺ちゃんはカミナリマッパをエクレールさんへ渡した。

 お父さんが生前、自分に何かあったらエクレールさんへ渡すように言い残していたからだ。

 あの時のエクレールさんは、カミナリマッパを前にしても、すぐには手を伸ばさなかった。

「本当にアタシが受け取ってもいいのか?」

 いつも怖い顔をしているエクレールさんが、あんなに迷う姿を見たのは初めてだった。

「うん。お父さんがエクレールさんにって決めたんだから」

 私がそう答えると、エクレールさんはしばらく黙ったあと、カミナリマッパの柄を強く握った。

 あれはただの武器じゃない。

 お父さんが使っていた、大切な形見。

 私のジャズも同じだ。

 持っているだけで、お父さんが確かにいたことを感じられる。

 でも、それだけでいいのかな。

 ふと、そんなことを考えた。

 

「おう、来たか」

 バルガス工房へ入ると、バルガスさんが腕を組んで待っていた。

 リーナたちがバンカーを買いに来たと伝えると、壁に並んだ何本かを指し示す。

「自分で持って確かめろ。見た目だけで選ぶな。重さも長さも、身体に合わなきゃ使い物にならん」

 3人はそれぞれ気になったバンカーを手に取り始めた。

 私は横から持ち方を教えたり、重すぎないか確かめたりしていく。

「そういえば、カトルさんも毎朝ここで練習してるんですよね?」

 クリフが尋ねると、バルガスさんは髭を撫でながら鼻を鳴らした。

「ああ。毎朝来やがる。シェルもすぐに使い切って、また買いに来る」

「毎日?」

「ほとんどな。朝からカブ改を振り回して、そのあと依頼へ行きやがる。どんな身体してるんだ、あいつは」

 呆れた言い方だったけど、バルガスさんはどこか嬉しそうだった。

 やっぱり、カトルはすごい。

 私の知らないところでも、毎日頑張っていたんだ。

「しかも最近は、朝練が終わったあとに毎日毒まで食らってやがる」

「毒!?」

 思わず声が出た。

「ああ。朝から身体が動かなくなるまで鍛えたあと、今度は毒を食って胃の中まで鍛えてやがる」

「カトル、そんなことまでしてたんだ……」

「やっぱり、あいつはただ者じゃねぇな」

 バルガスさんが感心したように頷く。

 隣を見ると、リーナとクリフがなんとも言えない顔で私を見ていた。

「どうしたの?」

「いや……」

「その毒って、もしかして……」

「気のせい」

 ブラが短く言うと、2人は黙った。

 何の話だろう。

 

 しばらくして、3人のバンカーが決まった。

 リーナは嬉しそうに何度も構え直し、クリフは細かい部分まで確認している。

 ブラも自分のバンカーをじっと見つめていた。

「買っただけで使えるようになると思うなよ」

 バルガスさんが3人を見回す。

「今から基礎を叩き込んでやる」

「えぇー! 買ったその日から特訓なん!?」

「当たり前だ。明日からは朝練も来い」

「頑張ります」

「やる」

 3人のやり取りを聞きながら、私は腰のジャズへ触れた。

 お父さんの形見。

 お父さんとのつながり。

 それが大切だという気持ちは、今も変わらない。

 でも、大切に持っているだけでは、このバンカーと一緒に前へ進むことはできない。

 カトルは毎日努力している。

 リーナたちも、これから新しいバンカーを使って強くなろうとしている。

 私だけが、助けられた時のままでいていいのかな。

 次に誰かが危ない目に遭ったときは、私が前へ出たい。

 お父さんみたいに。

「あの、バルガスさん」

「なんだ?」

 私は顔を上げた。

「ティアも、朝練に参加していい?」

 バルガスさんは私の腰にあるジャズへ目を向ける。

 少しだけ黙ったあと、力強く頷いた。

「好きにしろ。ただし、途中で泣き言を言っても帰さんぞ」

「うん!」

 私はジャズの柄を強く握った。

 すぐに強くなれるとは思っていない。

 それでも、少しずつ前へ進みたい。

 いつか私も、誰かを守れるように。

 

 

 翌朝。

「カトル、お待たせ!」

 朝練に出かけようとしていたカトルへ駆け寄る。

 いつもの弁当箱を渡すと、カトルは笑顔で受け取った。

「ありがとう。あれっ? 今日はバンカーも持ってるんだ」

「うん。今日からティアも朝練に参加するの!」

「ティアも?」

「もう助けられてばっかりは嫌だからね。ティアも強くなる!」

 一瞬驚いていたカトルが、嬉しそうに笑う。

「そっか。それじゃ、一緒に行こうか」

「うん!」

 カトルと並んで歩き出す。

 振り返ると、ダヴィデ亭の前でエイプリルさんとケーシーくんが手を振っていた。

「ティアちゃん、頑張ってくださいね」

「カトルさんも……無事に帰ってきてほしいっす」

「朝練に行くだけだって!」

 カトルが笑いながら答える。

 その時、お爺ちゃんが厨房から飛び出してきた。

「カトル! 忘れ物だ!」

「えっ?」

 お爺ちゃんは私から隠すようにカトルへ近づき、何か小さな瓶を握らせた。

 カトルは真剣な顔で頷くと、ぐっと親指を立てる。

 お爺ちゃんも同じように親指を立てた。

「何を渡したの?」

「気にするな!」

「朝練に必要な物だよ!」

 2人が同時に答える。

 変なの。

 でも、今はそんなことより朝練だ。

「カトル、早く行こう!」

「はいはい。そんなに急がなくても大丈夫だって」

 朝の光が差し込む通りを、私たちはバルガス工房へ向かって歩き始めた。


次回は9月25日20時20分投稿です。

応援、お願いします。

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