044 嘆きの滝の攻防5となんとやら……
俺は痛む脇腹を押さえながら、腰のポーチへ手を伸ばした。
回復薬を引っ張り出し、栓を抜いて一気に喉へ流し込む。
「っ……」
身体の奥からじわじわと熱が広がり、脇腹を中心に走っていた痛みが少しずつ引いていく。
これなら、まだ動ける。
空になった瓶を放り捨て、カブ改に極小シェルを装填する。
どうせ通常斬撃でダメージを与えられないなら、いつでもシェル斬撃を放てるようにしておくまでだ。
俺はスターターを引いた。
「ギャオオオオオッ!!」
パシャ・ケンゲが戦斧を持ち上げる。
また水球か。
そう思って身構えたが――
「……?」
いつものように水球が生成されない。
その代わりに大きく開かれた口の奥で、水が激しく渦巻いた。
次の瞬間。
ズバァァァァァッ!!
「なっ!?」
細く絞られた水流が、一直線に吐き出された。
咄嗟に身体を沈める。
頭上を通り過ぎた水流が、後方の岩壁に突き刺さった。
バガァンッ!
岩肌が弾け、細かな破片が降り注ぐ。
「ウォータージェット!?」
水流は止まらない。
パシャ・ケンゲが首を振る。
「くっ! そんなことまでできんのかよ!?」
横薙ぎに迫ってくる高圧の水流から逃れるように地面を蹴った。
俺のすぐ後ろを水流が走り抜け、地面を一直線に抉っていく。
水球みたいに飛んでくる場所を見てから避けるんじゃ間に合わない。
首を振られれば、そのまま辺り一帯を薙ぎ払われる。
だけど――
俺は走りながらパシャ・ケンゲの頭を見る。
首を振り切った。
今だ。
高圧水流が通り過ぎた直後、一気にパシャ・ケンゲへ向かって踏み込む。
距離を詰める。
あと少し。
そのとき、視界の端で青い影が動いた。
「っ!」
太い尻尾が地面すれすれを横薙ぎに迫る。
俺は両足で地面を蹴った。
尻尾が足元を通り抜ける。
着地した瞬間、今度は頭上から戦斧が振り下ろされた。
「くそっ!」
前へ転がるようにしてかわす。
ドゴォンッ!!
背後で地面が大きく揺れた。
すぐに立ち上がって距離を取る。
「ギャオオオオッ!」
パシャ・ケンゲが戦斧を引き抜きながら、こちらを睨み付けていた。
……こいつ。
やっぱり、ただ攻撃方法を変えただけじゃない。
これまで俺が水球をかわして懐へ飛び込んでいたのを覚えてやがる。
だから水球みたいに隙間を抜けられる攻撃じゃなく、広い範囲をまとめて薙ぎ払える水流に変えた。
それでも近付けば尻尾。
さらに抜ければ戦斧。
完全に俺を近付かせないための戦い方だ。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!
遠くから凄まじい雷鳴が響いた。
パシャ・ケンゲから視線は外さずに、横目で音のしたほうを確認する。
エクレールさんが白紫の雷をまとったバンカーを振るい、ケンゲの群れを薙ぎ払っていた。
何匹ものケンゲがまとめて宙へ吹き飛ばされていく。
両足を踏ん張りながら、暴れる剣身を力ずくで押さえ込んでいる。
あっちはもう少しかかりそうだ。
俺はパシャ・ケンゲに向かってカブ改を構え直す。
「ギャオオッ!!」
再びパシャ・ケンゲが口を開いて、その中に水が渦巻く。
俺は地面を蹴って、斜め前へ走った。
ズバァァァァァッ!!
高圧水流が放たれる。
パシャ・ケンゲが俺を追うように首を振った。
全速力でさらに横へ。
水流がすぐ後ろを追いかけてくる。
まだだ。
もう少し――
パシャ・ケンゲが首を限界まで振り切った。
「今だ!」
進行方向を変えるのと同時にアクセルを握り込む。
地面を強く蹴り、真正面からパシャ・ケンゲへ飛び込んだ。
水流が止まる。
すぐに尻尾が動いた。
わかってる!
横から迫った尻尾をぎりぎりまで引き付け、身体を低く沈める。
頭上を太い尻尾が通り過ぎた。
その下を抜ける。
目の前にはパシャ・ケンゲの巨体。
今度こそ届く。
エンジンが唸りを上げる。
その音に反応して、パシャ・ケンゲが戦斧を引き戻した。
「遅い!」
狙うのは胴体。
全力で刃を叩き込む。
だが――
「ギャオッ!!」
戦斧が割り込んだ。
ドゴォォォンッ!!
「ぐっ!」
凄まじい衝撃が両腕を突き抜ける。
カブ改の刃が戦斧の腹に叩き付けられ、炎と衝撃が一気に弾けた。
パシャ・ケンゲの身体がわずかに後退する。
戦斧の表面に走っていた傷が広がり、新しい亀裂が何本も刻まれた。
それでも、砕けない。
「くそっ!」
戦斧に押し返される前にカブ改を引き、すぐ横へ飛ぶ。
直後、戦斧の刃が俺のいた場所を薙ぎ払った。
そのまま後方へ下がりながら、最後の極小シェルを装填。
スターターを引く。
やっぱり正面からじゃ駄目だ。
どれだけ懐へ入っても、あの戦斧で止められる。
それに、近付く前にはあの尻尾まで飛んでくる。
高圧水流、尻尾、戦斧。
どれか1つでもなんとかできれば、もっと攻撃を通しやすくなるんだけど……
「ギャオオオオオッ!!」
パシャ・ケンゲが再び口を開いた。
俺は横へ走り出す。
ズバァァァァァッ!!
高圧水流が地面を削りながら追ってくる。
その射線から逃れ、すぐに前へ踏み込む。
尻尾。
戦斧。
立て続けに迫る攻撃をかわして、また距離を取らされる。
このままじゃ攻撃を通せない。
そのときだった。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!
滝壺に雷鳴が轟く。
直後、視界の左から何かが飛んできた。
「……っ!?」
ボシ・ケンゲだ。
白紫の雷を全身から散らしながら、一直線に宙をぶっ飛んでくる。
その進行方向には――パシャ・ケンゲ。
「ギャオッ!?」
パシャ・ケンゲも気づいた。
こちらへ向けていた視線をボシ・ケンゲへ移し、戦斧を振り上げる。
その瞬間。
俺はアクセルを握り込んで走り出した。
吹き飛ばされたボシ・ケンゲが迫る。
パシャ・ケンゲが戦斧を振り下ろした。
ズバァンッ!!
飛んできたボシ・ケンゲが斬り裂かれ、血を撒き散らしながら地面へ落ちる。
だけど、そのときにはもうパシャ・ケンゲの横まで来ていた。
戦斧はすぐには戻らない。
俺はそのまま背後へ回り込む。
目の前には、無防備になった太い尻尾の付け根。
パシャ・ケンゲが振り返る。
遅い。
「さっきのお返しだ!」
全身の力を込めて、唸るカブ改を振り下ろす。
ズバァァンッ!!
「ギャアアアアアアアアッ!!!」
青い鱗が砕ける。
刃が肉へ食い込み、そのまま一気に走り抜けた。
切断された尻尾が宙を舞う。
鮮血を撒き散らしながら地面へ落ち、何度か転がって止まった。
これで極小シェルは使い切った。
残っているのは、小シェル2発だけ。
パシャ・ケンゲが動きを止める。
ゆっくりと振り返り、地面へ落ちた自分の尻尾へ視線を向けた。
そして、俺を見た。
真っ赤に血走った目が大きく見開かれる。
「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
空気が震える。
パシャ・ケンゲが戦斧を振り上げ、地面を蹴った。
その巨体に見合わない速度で距離を詰める。
振り下ろされた戦斧を後ろへ飛んでかわす。
ドゴォンッ!!
地面が大きく抉れた。
戦斧をかわした俺へ、今度は高圧水流が襲いかかる。
「ちいっ!」
俺は身体を投げ出すように横へ飛ぶ。
ズバァァァァァッ!!
高圧水流が地面を薙ぎ払い、後方の岩壁まで削ぎ落とす。
「ギャオオオオオッ!!」
滝壺の水面が波立ち、今までに見たことのない数の水球が浮かび上がる。
パシャ・ケンゲが戦斧を振り下ろす。
それを合図にするように、視界を埋め尽くすほどの水球が一斉に飛んでくる。
逃げ場はない。
「だったら……!」
俺はパシャ・ケンゲに向かって突っ込んだ。
最小限の動きでかわしつつ、避け切れない1発を岩甲亀の小手で弾く。
「うおおおおっ!」
なんとか水球の弾幕を突破したのも束の間。
今度は水飛沫の中から鋭い牙を剥き出しにしたパシャ・ケンゲの口が迫る。
「ぐっ!」
咄嗟にカブ改の剣身を横にして、その口へ押し込んだ。
ガキィンッ!!
大きな顎がカブ改をがっちりと挟み込む。
パシャ・ケンゲは勢いよく首を振り、俺の身体ごとぶん投げた。
「うおっ!?」
俺はなんとか空中で体勢を立て直して着地すると、地面へカブ改を突き立てて残った勢いを殺した。
さっきまでの、俺を近付かせないための動きはもうない。
水球も、戦斧も、高圧水流も、牙も。
使えるものを全部叩きつけるように、なりふり構わず襲いかかってくる。
攻撃パターンが読めない分、今の方が厄介だ。
直後、パシャ・ケンゲが口を開く。
横へ飛び、地面を転がる。
ズバァァァァァッ!!
高圧水流がすぐ後ろを薙ぎ払った。
立ち上がりざまに小シェルをカブ改へ装填し、スターターを引く。
無駄撃ちはできない。
だけど、それ以前に、次から次へと攻撃が飛んできて、こっちから仕掛ける隙がない。
身体も重い。
ここまで戦い続けた疲れで、確実に動きが鈍ってきている。
「ギャオオオオッ!!」
再びパシャ・ケンゲが突っ込んでくる。
振り下ろされた戦斧をカブ改で受け止める。
ガキィンッ!!
「ぐっ!」
衝撃を殺し切れず、身体が吹き飛ばされた。
その着地点へ、今度は水球。
「っ!」
身体を捻ってどうにかかわしたものの、体勢が崩れた。
パシャ・ケンゲの大きく開いた口の中で水が渦巻く。
まずい。
高圧水流が放たれた。
かわし切れない。
「カトルゥッ!!」
「……!?」
聞き慣れた声と同時に、俺の横を白紫の雷光が駆け抜ける。
バリバリバリバリバリバリッ!!
次の瞬間、エクレールさんのバンカーが迫る高圧水流を薙ぎ払った。
ズバァァァァァッ!!
真っ二つに引き裂かれた高圧水流が俺の左右に着弾し、激しい水飛沫を撒き散らす。
エクレールさんは足を止めることなく、パシャ・ケンゲへ突っ込んでいく。
走りながら両手でバンカーを大きく振りかぶる。
「おおおおおおおっ!!」
そのまま稲妻と化したバンカーを、パシャ・ケンゲへ叩き込んだ。
「ギャオオオオオッ!!」
パシャ・ケンゲが戦斧で迎え撃つ。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!
エクレールさんのバンカーと戦斧が激突する。
弾けた白紫の雷光が、一瞬で視界を塗り潰した。
耳をつんざく雷鳴とともに、凄まじい衝撃が辺りを駆け抜ける。
戦斧に走っていた亀裂が蜘蛛の巣のように一気に広がる。
バキィィィンッ!!
甲高い金属音が響き、巨大な戦斧が砕け散った。
「うがっ!?」
エクレールさんはその反動で弾き飛ばされ、地面を転がっていく。
パシャ・ケンゲも大きくよろめき、体勢を崩す。
今だ。
これで決める。
俺はパシャ・ケンゲへ駆け出すと同時に、アクセルを握り込む。
ブォォォォォンッ!!
マフラーが爆音とともに真っ赤な炎を噴き上げ、エンジンが暴れ出す。
「うおおおおおおっ!!」
パシャ・ケンゲの目前で地面を強く蹴り、大きく跳び上がった。
唸りを上げるカブ改を、その右肩口から左脇腹へ一気に振り下ろす。
ズバァァァァァンッ!!
「ギャアアアアアアアアッ!!」
青い鱗が弾け飛び、胴体に深い斜め傷が走った。
鮮血が噴き出す。
それでも、倒れない。
パシャ・ケンゲが大きく口を開いて、俺へ腕を伸ばしてくる。
だけど、止まるつもりはない。
振り抜いたカブ改から空シェルが弾き出される。
間髪入れず、最後の小シェルを叩き込んでスターターを引く。
赤熱したエンジンの出力は落ちてない。
いける。
俺は一気にアクセルを握り込んだ。
ボンッ!!
小シェルが炸裂する。
ブォォォォォンッ!!
マフラーが一段高い唸りを上げ、真っ赤な炎を噴き出した。
カブ改が手の中で激しく暴れる。
俺は身体を沈め、地面を蹴った。
足から腰へ、腰から肩へ。
全身を捻りながら跳び上がる。
「うらぁぁぁぁぁぁっ!!」
その勢いを全部乗せて、カブ改を右下から左上へ逆袈裟に振り抜いた。
ズガァァァァァァァンッ!!!
振り抜いた両腕に、骨まで痺れるような衝撃が走る。
青い鱗をまとめて砕きながら刃が肉を斬り裂き、一撃目と交差する深い傷をパシャ・ケンゲの胴体に刻んだ。
振り抜いた勢いに合わせるように炎が爆発的に膨れ上がり、無数の火の粉が辺りへ飛び散る。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
断末魔の咆哮が嘆きの滝に響き渡った。
パシャ・ケンゲは傷口から鮮血を噴き出しながら大きく仰け反り、数歩後ろへよろめく。
俺は着地と同時にカブ改を構え直した。
それでもパシャ・ケンゲは倒れまいと踏ん張る。
だが、それも長くは続かなかった。
巨体がゆっくりと傾いていく。
ズズゥゥゥン……
地面を揺らして倒れたパシャ・ケンゲは、もう動かなかった。
舞い散っていた火の粉が、静かに消えていく。
「はぁ……はぁ……」
張り詰めていたものが一気に切れたように、全身から力が抜けた。
カブ改を杖代わりにして、どうにかその場に立ち続ける。
「ったく……とんでもねぇ奴だったな」
声のしたほうを見ると、エクレールさんもバンカーを地面に突き立て、肩で大きく息をしていた。
「ですね……もう当分、あんなのとは戦いたくないですよ」
「奇遇だな。アタシもだ」
エクレールさんが疲れた顔のまま笑う。
俺もつられて笑った。
しばらく顔を見合わせたあと、エクレールさんが片手を持ち上げる。
「……?」
「何ぼさっとしてんだよ」
「ああ、そういうことですか」
俺も手を上げる。
パァンッ!
乾いた音が、静かになった滝壺に響いた。
「やりましたね」
「誰のおかげでこんな目に遭ったと思ってやがる」
「いやいや、最後はちゃんと俺が倒したじゃないですか」
「アタシが戦斧をぶっ壊してやったからだろうが」
「あはは……それは否定できませんね」
「ったく」
エクレールさんが呆れたように笑った。
その顔を見ていると、ようやく戦いが終わったんだという実感が湧いてくる。
「……っと、あの子」
俺は大木のほうへ目を向けた。
「行くぞ」
「はい」
俺たちは重い身体を引きずるようにして、大木の根元へ向かって歩き出す。
太い根の間には、女の子が変わらず横たわっていた。
俺はすぐに観察眼を使う。
「……よかった」
状態は重体から重傷まで回復している。
どうやら、傷口に振りかけた回復薬が効いてくれたみたいだ。
これなら、ひとまずは大丈夫そうだ。
ほっと息を吐いた、そのとき。
隣にいたエクレールさんの足が止まった。
「……まさか、このガキ……」
「エクレールさん、この子を知ってるんですか?」
エクレールさんは女の子の顔をじっと見つめたまま、低い声で答える。
「このガキは……ラルムが助けた奴隷のガキだ」
「えっ?」
一瞬、何のことかわからなかった。
だけど、すぐに以前ティアから聞いた話が頭に浮かぶ。
「それって、黒怪鳥が村を襲ったときに、ラルムさんがかばったっていう――」
ドドドドドドッ!
「んっ?」
俺の言葉をかき消すように、森の向こうからいくつもの蹄の音が響いてきた。
音はどんどん大きくなっていく。
やがて木々の隙間から、何頭もの馬と冒険者たちの姿が飛び出してきた。
「カトちゃーーーん!!」
「……この声」
聞き覚えのありすぎる声に、俺は思わず苦笑する。
ようやく応援が来てくれた。
俺は今度こそ、心の底からほっと息を吐いた。
シルバーウィークということで、9月19日から9月23日までは毎日投稿です。
次回は9月23日20時20分投稿です。
応援、お願いします。




