043 嘆きの滝の攻防4となんとやら……
滝壺から次々と這い上がってくるケンゲども。
森の奥からも、新手が押し寄せてくる。
その向こうには、傷だらけになりながらも、まだほとんど動きの鈍っていないパシャ・ケンゲがいる。
……冗談じゃねぇ。
ようやくパシャ・ケンゲにダメージを与えられるようになったってのに、またこの大群を相手にしなきゃならねぇのか。
スパーダに残っているのは、装填済みの小シェル3発だけ。
カトルもこの様子じゃ、残りのシェルはそんなに多くねぇだろう。
ザコだけならなんとかなる。
だが、パシャ・ケンゲまで相手にしながらこの数を捌くのは、さすがにキツい。
アタシは手にしたスパーダに目を落とした。
こいつはいいバンカーだ。
取り回しがよく、狙った場所へ刃を運びやすい。
カトルみてぇに動き回る奴と並んで戦うなら、こいつの方がずっと使いやすい。
ただ、この数を相手にするにはスパーダじゃ殲滅力が足りねぇ。
1匹ずつ斬ってたんじゃ、押し切られる。
必要なのは、目の前の大群をまとめてぶった斬れるだけの力だ。
たとえそれが、暴れ狂うじゃじゃ馬でもな。
アタシは背負っている大剣型バンカーを意識する。
カミナリマッパ。
アタシの師匠だったラルムから受け継いだバンカーだ。
ラルムと初めて会ったのは、アタシがムルージュ村へやってきて、冒険者になったばかりの頃だった。
あの頃のアタシは、今以上に気が短かった。
気に入らねぇことがあれば、相手が誰だろうと食ってかかって、依頼先でも仲間と何度も揉めた。
自分が強くなれば、全部どうにかできると思っていた。
そんなアタシへ、呆れながらも声を掛け続けたのがラルムだった。
モスキートとの戦い方も、引くべきところで引くことも、仲間と一緒に戦うってことも、あいつから叩き込まれた。
アタシが聞く耳を持たなくても、あいつは懲りずに同じことを言い続けやがった。
最初は、うるせぇだけのオヤジだと思っていた。
それでも、一緒に依頼へ出るたびに助けられた。
気づいた頃には、アタシもあいつを師匠だと思うようになっていた。
依頼から戻れば、よくダヴィデ亭で一緒に酒を飲んだ。
酒が進むたびに、あいつは昔の冒険話を始めた。
同じ話を何度聞かされたかわからねぇ。
けど、カミナリマッパを傍らに立て掛けて、得意げに笑うあいつの顔を見るのは嫌いじゃなかった。
このバンカーを振るえば、何匹ものモスキートがまとめて吹き飛ぶ。
雷をまとった巨大な剣身を、ラルムはまるで自分の腕みてぇに扱っていた。
正直、めちゃくちゃカッコ良かった。
まぁ、本人には絶対言わなかったけどな。
酒の席で、何度か言ったことがある。
「お前が引退したら、そのカミナリマッパはアタシに寄越せ」
あいつはそのたびに大声で笑った。
アタシだって、本気でもらえるとは思っていなかった。
そんな日が来るのは、ずっと先のことだと思っていた。
だけど、ラルムが冒険者を引退する日は来なかった。
アタシが遠方の依頼で村を離れている間に、ムルージュ村は黒怪鳥に襲われた。
村へ戻ったときには、もう全部終わったあとだった。
黒怪鳥はラルムが撃退した。
だけど、ラルムは死んだ。
ダヴィデ亭へ駆け込んで、ベッドの上で眠るように横たわるあいつを見ても、すぐには理解できなかった。
村を出る前まで当たり前のようにいた奴が、もういない。
アタシがいない間に、全部終わっていた。
あいつの隣で戦うこともできなかった。
最後に言葉を交わすことすらできなかった。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて。
アタシはその場で、みっともなく泣き崩れた。
そんなアタシの前へ、ドナテロのジジイが持ってきたのがカミナリマッパだった。
ラルムは生前、自分に何かあったら、こいつをアタシへ渡すよう言い残していたらしい。
酒の席で何度も言った冗談を、あの野郎は覚えてやがった。
もっと違う形で寄越しやがれってんだ。
引退したあと、自分の手で渡せよ、バカヤロー……
そんなことを思いながら、アタシは泣いたままカミナリマッパを受け取った。
だから、こいつは単に強力なバンカーってだけじゃねぇ。
ラルムが使っていたバンカー。
あいつとの記憶が残った、大事な形見だ。
だからって、使わなかったわけじゃねぇ。
アタシはまだ、このカミナリマッパを扱い切れていない。
厄介なのは、エンジンが生み出す爆発的な加速だ。
一度アクセルを握れば、剣身だけじゃなく、握っているアタシの身体まで前へ引っ張られる。
振り始めたあとで軌道を変えるのは難しい。
止めようとしても、簡単には止まらねぇ。
ラルムは踏み込みも、腰の回転も、大剣に引かれる力すら全部利用して、カミナリマッパを操っていた。
アタシには、まだあいつみてぇに操ることなんてできねぇ。
暴れる大剣を力ずくで押さえ込んで振るのがやっとだ。
しかも、攻撃範囲が広すぎる。
近くに味方がいれば、敵と一緒に巻き込む危険がある。
だから、カトルと並んで戦っている間は抜かなかった。
スパーダなら、カトルの動きに合わせられる。
だが、カミナリマッパじゃ、急に飛び込んできたカトルを避けることなんてできねぇ。
こいつまで巻き込んで斬り飛ばすなんて笑い話にもならねぇからな。
だけど、今は違う。
本当なら、まずパシャ・ケンゲを潰したいところだ。
アタシとカトルであれだけ攻撃しても、ほとんど動きを鈍らせられていねぇし、倒し切るまであの大群を放っておくわけにもいかねぇ。
それに、カミナリマッパはああやって攻撃をかわしてくる相手を追い回すための武器じゃねぇ。
こいつの本領は、まとめてぶった斬ることだ。
アタシが増援を片付け、その間はカトルにパシャ・ケンゲを食い止めてもらう。
終わったら、今度こそ2人で仕留める。
それが一番早い。
アタシは視線を横へ動かした。
カトルは押し寄せる増援を見ながらも、カブ改を構えて、パシャ・ケンゲとの間に立っている。
「カトル」
「なんですか?」
「増援はアタシが片付ける。それまでパシャを頼む」
「俺がですか?」
「倒せとは言ってねぇ。アタシがこいつらを片付けるまで食い止めろ」
カトルが押し寄せる大群へ視線を向ける。
「でも、あの数を1人で……」
「すぐ終わらせる」
「簡単に言いますね……」
「てめぇなら、それまで持たせられんだろ」
「……了解!」
カトルはカブ改を構え直して、パシャ・ケンゲへ向き直った。
それを確認して、アタシはスパーダを鞘に収める。
そして、背中へ手を回した。
指先がカミナリマッパの柄に触れる。
「ギャオオオオオッ!」
パシャ・ケンゲが吠える。
それに応えるように、滝壺と森から現れたケンゲたちも一斉に鳴き声を上げて、こちらとの距離を詰めてくる。
アタシは柄を強く握って、カミナリマッパを背中から引き抜いた。
巨大な剣身が地面を掠めて、ゴリッと重い音を響かせる。
スパーダとは比べものにならないほど分厚い剣身。
そこへ取り付けられた、無骨な大型エンジン。
柄を握る両腕へ、ずしりとした重量が伝わってくる。
それでも、今はこの力が必要だ。
アタシはカミナリマッパの切っ先を下げ、押し寄せてくるケンゲの大群を睨み付けた。
ラルムなら、こんなときにどう振るう。
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
だが、すぐに振り払った。
今こいつを握っているのは、ラルムじゃねぇ。
アタシだ。
アタシのやり方で、この状況をひっくり返してやる。
「見てろよ、ラルム」
誰にも聞こえない声で呟きながら、スターターを引く。
エンジンがその時を待っていたように、掌の下で腹に響く振動を刻み始める。
アタシは大剣を低く構え、アクセルを握り込んだ。
ボンッ!
大シェルが炸裂すると同時に、大出力のエンジンが凄まじい唸りを上げる。
バリバリバリバリバリバリッ!!
3本のマフラーから、激しい排気音と共に白紫の雷光が噴き出した。
荒れ狂う光が剣身を駆け巡る。
次の瞬間、その雷光が柄を握る両腕を伝い、アタシの全身を包み込んだ。
肌がひりつき、逆立った髪が頬を撫でる。
さらに行き場を失った電光が地面へ弾け、土や小石を激しく跳ね上げた。
空気が焼けたような匂いが鼻を突く。
「ギャッ!?」
「ギャオッ!」
迫っていたケンゲたちの動きが、一瞬止まった。
カミナリマッパが爆発的に加速する。
「ぐっ……!」
剣身に引っ張られ、身体ごと前へ持っていかれる。
アタシはその加速に逆らわず地面を蹴り、暴れる剣身を両腕と腰で力ずくに横へねじ伏せる。
「おおおおおおおっ!!」
その勢いで横薙ぎに振り抜き、先頭にいたボシ・ケンゲに叩き込む。
その瞬間――
ズガァァァァァァァァァンッ!!!
目が眩むほどの稲妻が弾けた。
「ギャアアアアッ!!」
ボシ・ケンゲの巨体が、胴から真っ二つに裂ける。
弾け飛んだ身体が周囲のケンゲたちへ突っ込み、何匹ものケンゲを巻き込んだ。
「ギャッ!?」
「ギャギャアアアッ!!」
さらにカミナリマッパは加速する。
続けて剣身が別のボシ・ケンゲを捉え、水色の鱗と肉をまとめて斬り裂く。
その周囲にいたケンゲたちも衝撃に巻き込まれ、次々と弾き飛ばされていく。
白紫の残光を引く剣身に、アタシの身体まで引きずられる。
「ぐっ……! このじゃじゃ馬がっ……!」
足が地面を滑る。
片足を強く踏み込み、腰を捻るが、それでも勢いを殺し切れない。
「止まれっ……このっ!」
全身の力を込めて、暴れる剣身を無理やり押さえ込む。
地面を削りながら何歩も引っ張られ、ようやくカミナリマッパが止まった。
「はぁっ……!」
息を吐きながらカミナリマッパを持ち上げる。
巻き上がった土煙の中を、土や小石、斬り裂かれた肉片が舞う。
土煙の向こうにある森へ目を向けた。
木々の間からは、まだ何匹ものケンゲが押し寄せてきていた。
上等だ。片っ端から薙ぎ払ってやる。
アタシは森から迫るケンゲたちを睨み付け、もう一度カミナリマッパを構え直した。
◆◆◆
「……な、なんだ、ありゃ!?」
間近に雷が落ちたかのような轟音に、思わず振り返る。
目に飛び込んできたのは、白紫の光に染まった辺り一面。
その中心で、エクレールさんが大剣型バンカーを構えていた。
その周囲には何匹ものケンゲが倒れている。
さっきまで使っていた長剣型バンカーとは、まるで威力が違う。
あれがエクレールさんのメインバンカー……?
「ギャオオオオオッ!!」
パシャ・ケンゲの咆哮に、すぐ意識を引き戻される。
奴も今の一撃に気づいたらしく、エクレールさんの方へ顔を向けていた。
戦斧を握り直し、身体の向きを変える。
「行かせるか!」
すかさずアクセルを握り込む。
極小シェルが炸裂し、魔力が流れ込んだエンジンが唸りを上げる。
俺はパシャ・ケンゲの背後へ回り込み、大きく跳躍する。
ガラ空きの背中にカブ改を叩き込んだ。
ドゴォォォンッ!!
「ギャオッ!?」
硬い鱗が弾け、パシャ・ケンゲの身体が前へよろめいた。
「こっちだ、馬鹿野郎!」
パシャ・ケンゲが振り返り、怒りに満ちた目で俺を捉える。
よし、そのままこっちへ来い。
俺はすぐに距離を取った。
「ギャオオオオオッ!!」
パシャ・ケンゲが追ってくる。
エクレールさんから離れる方向へ走りながら、後ろを確認する。
戦斧を手にしたパシャ・ケンゲが、完全に俺に狙いを戻していた。
これでいい。
エクレールさんがあの大群を片付けるまで、こいつは俺が食い止める。
十分に距離を取ったところで足を止め、振り返った。
パシャ・ケンゲも立ち止まり、戦斧をゆっくりと持ち上げる。
その頭上で、水が集まり始めた。
1つ、2つ、3つ。
大きな水球が次々と形作られ、あっという間に10個近くまで増えていく。
またそれか。
パシャ・ケンゲが戦斧を振り下ろした。
それを合図に、水球が飛んでくる。
一斉じゃない。
時間をずらしながら、俺の逃げ道を潰すように次々と迫ってくる。
俺は地面を蹴り、水球をかわしながら走る。
そこへ、戦斧が横薙ぎに迫った。
「くっ!」
咄嗟に顔を逸らすと、戦斧の刃先が右頬を掠めた。
地面を蹴り、パシャ・ケンゲの懐へ飛び込む。
カブ改を振るう。
ガキンッ!
青色の鱗に弾かれた。
すぐに離れる。
その直後、さっきまで俺がいた場所に水球が叩き付けられた。
ドゴォンッ!!
水飛沫と土が背中に降りかかる。
振り返る暇もなく、再び水球が横から飛んでくる。
かわして、潜って、走り抜ける。
隙を見つけて斬り込むが、簡単には傷を付けさせてくれない。
走りながら極小シェルを装填して、スターターを引く。
パシャ・ケンゲの戦斧が地面に食い込んだのを見逃さず、アクセルを握って懐に飛び込む。
「ぶっ飛べ!」
ドゴォォォンッ!!
「ギャアッ!」
パシャ・ケンゲが砂煙を巻き上げながら後方へ転がる。
今までにない有効打。
チャンス!
そう思って、距離を詰める。
そのときだった。
「っ!?」
視界の端で、何かが動いた。
太い尻尾。
次の瞬間には、もう目の前まで迫っていた。
ドゴォッ!!
「ぐはっ!?」
身体が宙へ浮き、数メートル先まで吹き飛ばされる。
そのまま背中から岩壁に叩き付けられた。
「がはっ! げほっ、げほっ……!」
衝撃で、肺の中の空気が無理やり押し出された。
ほんの一瞬、身体が動かない。
その隙にパシャ・ケンゲは体勢を立て直し、こちらを睨み付けていた。
頭上には、また水が集まり始めている。
寝てる場合じゃない。
歯を食いしばって身体を起こすと、全身に激痛が走った。
特に尻尾をまともに食らった脇腹がズキズキと痛む。
……これ、あばら何本かいってんじゃねぇか?
あの野郎……。
完全に油断した。
俺はカブ改を握り直した。
パシャ・ケンゲの太い尻尾が、地面を叩くように大きく揺れている。
クソッ、覚えとけよ。
次はそいつを叩き切ってやる。
シルバーウィークということで、9月19日から9月23日までは毎日投稿です。
次回は9月22日20時20分投稿です。
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