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042 嘆きの滝の攻防3となんとやら……

ベスターの一人称視点から始まります。

 ドドドドドドッ!

 何頭もの馬が大草原を駆け抜け、蹄が蹴り上げた砂埃が長い尾のように後方へ流れていく。

 見渡す限りに広がる草原の向こうには、モネの森が黒い帯のように横たわっていた。

 俺たちはムルージュ村を飛び出してから、ずっと馬を走らせている。

 

「クラリス! エクレールから応答はあったか?」

 馬の蹄と風の音に負けないよう、少し後ろを走るクラリスへ声を張り上げる。

「いいえ、まだないわ! さっきから何度か呼び出してるんだけど、全然応答がないの!」

「つーことは、戦闘中の可能性が高いな」

 まぁ、そうなるよな。

 あのカトちゃんのことだ。

 囮にされた子供を見つけて、応援が来るまで大人しく待っていられるとは思えねぇ。

「きっと子供を見つけて、我慢できずに飛び込んだんだろうな」

「私もそんな気がするわ……」

「それに、エクレールまで応答できねぇくらいだ。十中八九、パシャがいるな」

「そうね。無茶はしないでって言ったのだけれど……」

「ははっ! カトちゃんの性格じゃ、まず無理だろうな!」

「……ベスター」

「んっ?」

「なんだか嬉しそうね」

 クラリスが呆れたような目を向けてくる。

「それに、さっきからちょっと飛ばしすぎじゃない?」

「仕方ねぇだろ。急がねぇと間に合わなくなる」

「それはそうだけど――」

「早くしねぇとカトちゃんの戦ってるところが見れねぇ」

「……えっ?」

 クラリスが一瞬だけ目を丸くした。

 俺は思わず口元が緩むのを感じながら、手綱を握り直す。

 そう。

 そこが一番の問題なんだわ。

 こっちの世界で再会してから、黒怪鳥をどうしただの、カテゴリー2を倒しただの、いろいろ話は聞いてる。

 だけど、話で聞くのと実際に見るのは別だ。

 あのカトちゃんが、若返った身体で、バンカーなんて武器まで持って戦ってる。

 そんなもん、見たいに決まってんだろ。

 

「……もしかしてアナタ、カトルが心配だから急いでるんじゃないの?」

「心配?」

 思わず聞き返す。

「だって、カテゴリー3なのよ。カトルが強いことは私だって知ってるわ。でも、パシャ・ケンゲが相手となれば話は別でしょう?」

「そうかぁ?」

「そうよ。それにエクレールだっているのよ。あの子も無茶するところがあるんだから……」

「まぁ、エクレールの方はちょっと心配だな」

「カトルは?」

「カトちゃん?」

 俺は少しだけ考えて、すぐに笑った。

「大丈夫だろ」

「……どうしてそこまで言い切れるの?」

「そりゃあ――」

 前方から吹き付ける風に目を細める。

 何十年も前の光景が、不意に頭の中へ蘇った。

 

 あれは、俺たちが高校生だった頃だ。

 当時の魔神我は、俺を含めても15人くらいしかいなかった。

 そんな俺たちが、近隣一帯を仕切っていたデカい暴走族と大揉めしたことがある。

 相手は、およそ200人。

 15人対200人。

 どう考えたって勝ち目なんてなかった。

 それでも引くわけにはいかなくて、俺たちが腹を括って集合場所へ向かうと――なぜかそこにカトちゃんがいた。

「千ちゃん、なんでここにいるんだよ!」

「なんか今日、威雄たち喧嘩するんだろ?」

「するけどよ! 千ちゃん、魔神我じゃねぇだろ!」

「別にいいじゃん。なんか大変そうだし」

 そんな調子だった。

 頼んでもいねぇのに、話を聞きつけて勝手に助っ人に来やがった。

 そして抗争が始まった。

 そこから先は、もう無茶苦茶だ。

 何しろ相手は200人。

 俺だって目の前にいる奴をぶん殴るのに精一杯だったから、ずっとカトちゃんを見てたわけじゃねぇ。

 ただ――

 最初に見たとき、あいつは何十人もの中へ1人で突っ込んでいた。

 しばらくしてもう一度見たときには、その周りに人が山ほど転がっていた。

 そのくせ本人は、もう別の集団の中で暴れてやがる。

 次に見たときも同じだった。

 またその次も。

 気づけば、200人近くいた相手は完全に戦意を失って逃げ出していた。

 俺たち15人だって相当ぶっ倒した。

 だけど――

 たぶん、100人くらいはカトちゃん1人でやったんじゃねぇかな。

 数えてたわけじゃねぇから、本当のところは知らねぇけどよ。

 ただ、倒れた連中の向こうから、何事もなかったみたいな顔で歩いてきたカトちゃんの姿だけは、今でもよく覚えている。

 

「……ベスター?」

「んっ? ああ、悪い悪い」

 クラリスの声で我に返る。

「だから大丈夫だって。あのカトちゃんだぞ?」

「その根拠、また昔のカトルの話でしょう?」

「はははっ! よくわかったな!」

「アナタから何度聞かされたと思ってるのよ……」

「おーい、ベスター!」

 後ろから野太い声が飛んできた。

 振り返ると、リックスとマータフが馬を並べて追いついてくる。

 2人ともいい歳したおっさんだが、これでも銀等級のベテランだ。

「さっきから聞いてりゃ、ずいぶんあの新人を買ってるじゃねぇか」

「まぁ、確かに面白ぇ奴だったけどな!」

 マータフが豪快に笑う。

「前にギルドでハンスを一発でぶっ倒したときは笑わせてもらったぜ!」

「ああ! ありゃ傑作だったな!」

 リックスまで思い出したように笑い出した。

「入ってきたと思ったら、いきなりハンスが白目剥いて倒れてんだからよ!」

 ああ、そういやクラリスがそんなこと言ってたな。

 昔からカトちゃんは喧嘩売られたら容赦しねぇんだわ。

「でもよ、ベスター。あいつ、そんなに強ぇのか?」

「ああ」

 俺は迷わず答える。

「強ぇよ。カトちゃんは」

「へぇ……」

「お前がそこまで言い切るのも珍しいな」

 2人が顔を見合わせる。

 リックスがニヤリと笑った。

「『黄金の翼』なんて呼ばれてた元白金等級のお前がそこまで言うんなら、ちょっと見てみたくなってきたぜ」

「俺もだ。カテゴリー3相手に何やるのか、楽しみじゃねぇか」

「アナタたちまで……」

 クラリスが深いため息を吐いた。

 その時、前方へ目を戻すと、モネの森がさっきよりも大きく映る。

「おっ! もうすぐ森だな!」

 やべぇ。

 なんか本当に、俺たちが着く前に終わっちまいそうな気がしてきた。

 カトちゃんなら、やりかねねぇ。

「よしっ!」

 俺は手綱を強く握り、馬の腹を蹴った。

 一気に速度が上がり、蹄が乾いた地面を激しく蹴り付ける。

 巻き上がった砂埃が後方へ舞った。

「ちょっと、ベスター! これ以上飛ばすつもり!?」

「おいおい、待てって!」

「ヒャハハハ! ギルマスが一番張り切ってやがる!」

 後ろからクラリスたちの声が飛んでくる。

 だけど、速度を落とす気なんてない。

 久しぶりなんだ。

 あのカトちゃんが戦ってるところを、この目で見られるかもしれねぇんだからな。

「頼むから、まだ終わってんなよ! カトちゃん!」

 俺はさらに馬を走らせ、迫ってくるモネの森へ向かった。

 

◆◆◆

 

 右から迫る水球を避けようと踏み込んだ瞬間、地面スレスレを進んでいた別の水球が軌道を変えた。

「っ!」

 咄嗟に後ろへ跳ぶ。

 水球が目の前を横切り、少し遅れてもう1発が俺のいた場所を通り過ぎた。

「ギャオオオオッ!」

 さらに2つの水球が動く。

 片方は速く、もう片方は遅い。

 先に来た水球をかわすと、遅れていた方が移動先へ軌道を変えた。

「くっ!」

 その横を抜けたところへ、今度はパシャ・ケンゲ自身が飛び込んでくる。

 戦斧が横薙ぎに振るわれ、身体を沈めてかわす。

 頭上を分厚い刃が通過した直後、また水球が迫ってきた。

 休む暇がない。

 水球を避ければ戦斧。

 戦斧から離れれば、その先へ別の水球。

 反撃へ移る瞬間まで狙われている。

 さっきまで戦いを眺めていたのは、俺たちの動きを覚えるためだったのか。

「カトル! 右だ!」

 エクレールさんの声と同時に、通常のケンゲが飛び込んでくる。

 だけど俺は剣を向けず、その場から大きく横へ飛んだ。

「ギャッ!?」

 直後、俺を追ってきた水球がケンゲに直撃する。

 轟音と共に吹き飛ばされた姿を横目に、すぐパシャ・ケンゲへ向き直った。

 少し離れた場所でも、エクレールさんが水球をかわしながら戦っている。

 俺たちは反撃へ移る隙さえ掴めない。

 完全に主導権を握られていた。

 

「ギャオオオオッ!」

 パシャ・ケンゲが大きく踏み込む。

 狙いは――エクレールさん。

「エクレールさん!」

「わかってる!」

 横へ逃れようとした先へ、水球が回り込む。

「チッ!」

 足を止めたところへ戦斧が振り下ろされた。

 エクレールさんは長剣型バンカーを両手で構え、その一撃を正面から受け止める。

 ガギィィィンッ!

「ぐっ……!」

 両足が地面を滑る。

 一瞬は耐えた。

 だけど、パシャ・ケンゲはそのまま力任せに戦斧を振り抜いた。

「ぐあっ!」

 エクレールさんの身体が宙へ投げ出される。

「エクレールさん!」

 ドガァンッ!

 背負っていた大剣型バンカーごと岩壁に激突し、砕けた石片と共に地面へ崩れ落ちた。

「くそっ!」

 駆け寄ろうとした俺へ水球が飛んでくる。

 1発目を横へかわす。

 だけど、その先にはもう1発。

「しまっ――」

 ドゴォォンッ!

「がっ!」

 胴体に水球をまともに受け、身体が後方へ吹き飛ばされた。

 地面を何度も転がって、ようやく止まる。

「ぐっ……」

 痛む身体を起こそうとした、その時。

「ギャオオオオッ!」

 顔を上げると、次の水球がもう目の前まで迫っていた。

 避けるのは間に合わない。

「くっ!」

 咄嗟に左腕を上げ、顔と胸を守るように岩甲亀の小手を構える。

 水球が小手にぶつかる――その瞬間。

 バシュッ!

「……えっ?」

 水球が不自然な角度で斜め横へ弾かれた。

「ギャッ!?」

 その先にいたケンゲを巻き込み、まとめて地面に激突する。

 ドガァァンッ!

 大量の水と土が巻き上がった。

 

「今の……」

 左腕の小手を見る。

 そういえば、こいつには低い確率で攻撃を弾き返す効果があった。

「運が良かったな」

 巻き上がった水飛沫が、一瞬だけパシャ・ケンゲの姿を覆い隠す。

「エクレールさん!」

「ああ……!」

 岩壁の下から声が返る。

 エクレールさんがバンカーを支えに立ち上がり、俺も痛む身体を起こした。

 観察眼で確認すると、2人とも中傷状態。

 ここまでの傷に、さっき受けたダメージが重なったせいだ。

 俺は回復薬を2本取り出し、そのうち1本をエクレールさんへ投げた。

 エクレールさんが片手で受け取ったのを確認してから、手元に残した1本の蓋を開けて一気に飲む。

 エクレールさんも回復薬を片手で開け、一気に飲み干した。

 言葉を交わす暇はない。

 水飛沫の向こうから、パシャ・ケンゲが姿を現す。

 周囲には、また新しい水球が作られ始めていた。

 

 エクレールさんがバンカーを構え直す。

 俺もカブ改へ極小シェルを装填し、スターターを引いた。

 地面を蹴る。

「うおおおおっ!」

 正面から飛んできた水球をかわし、そのまま距離を詰めた。

 別の水球が軌道を変える。

 だけど、何度も見せられれば少しずつタイミングもわかってくる。

 前へ抜けた俺の横から、エクレールさんが飛び込んだ。

 バンカーが唸りを上げ、剣身を紫電が駆け巡る。

 ズガァァァンッ!

 パシャ・ケンゲは戦斧で受け止める。

 紫電と衝撃が弾け、パシャ・ケンゲがわずかに後退した。

 すぐに俺も反対側へ回る。

 唸りを上げるカブ改を押さえ込みながら、脇腹を狙う。

 パシャ・ケンゲは水球を盾のように割り込ませた。

 ドゴォォンッ!

 水球が弾ける。

 押し切った刃先が脇腹を掠め、青色の鱗が砕けた。

「ギャアッ!」

 反撃の戦斧をかわして離れる。

 そこからは、俺とエクレールさんで左右から攻撃を重ねた。

 水球に防がれ、戦斧に止められ、時折ダメージを受けながら、それでも何度か刃を届かせた。

 残っていた通常のケンゲも、俺たちがかわした水球や戦斧に巻き込まれ、次々と数を減らしていった。

 パシャ・ケンゲの身体には少しずつ傷が増えていく。

 だけど、どれも浅い。

 動きもほとんど鈍っていない。

 

 その間に、エクレールさんは残っていた極小シェルを使い切ったらしい。

 一度距離を取ると、腰元から数発のシェルを取り出し、素早くバンカーへ装填していく。

 最後の1発を押し込むとスターターを引き、すぐに構え直した。

 地面を蹴るのと同時にアクセルを握り込む。

 バチィッ!

 剣身を走っていた紫電が一気に膨れ上がる。

 ドドドドドドッ!

「……!?」

 エンジン音が跳ね上がり、白紫の雷光がバンカーを包み込んだ。

 エクレールさんが雷光を引きずるように加速する。

「喰らえぇっ!」

 パシャ・ケンゲが戦斧を正面へ構えた。

 その瞬間――

 ズガァァァァァンッ!!

 目が眩むほどの閃光が弾け、遅れて耳を打つような雷鳴が滝壺に轟いた。

「ギャアアッ!」

 戦斧を中心に無数の紫電が飛び散り、パシャ・ケンゲが地面を削りながら大きく押し戻される。

「威力が上がった……?」

 さっきまでとは明らかに違う。

 どうやら、シェルを替えて威力を上げたみたいだ。

「何見てる! 来るぞ!」

「はい!」

 振り下ろされた戦斧をかわし、横へ走る。

 俺たちの背後で地面が大きく抉れた。

 確実に傷は増えている。

 それでも、まだパシャ・ケンゲを止めるには足りない。

 

 俺は一度距離を取り、残っているシェルを確認する。

 極小シェルは残り4発。

 小シェルは残り3発。

「……出し渋ってる場合じゃないか」

 ケースから引き抜いた小シェルを装填して、スターターを引く。

 ドッドッドッドッドッ!

 極小シェルのときとは比べものにならない振動が、柄から腕へ伝わってくる。

 俺はパシャ・ケンゲへ向かって駆け出すと同時に、アクセルを握り込んだ。

 ボンッ!

 カブ改が大きく跳ね、マフラーから赤い火花と炎が噴き出す。

「ぐっ……!」

 暴れる柄を押さえながら前へ出る。

 水球をかわすたびにエンジンの唸りが深くなり、熱風が身体を叩いた。

「ギャオオオオッ!」

 パシャ・ケンゲが戦斧を正面へ構える。

 まだだ。

 もう少し――

 ドゴォォォンッ!

 腕から肩へ突き抜ける振動が、一気に噛み合った。

「はぁぁっ!」

 地面を強く蹴り、カブ改を叩き込む。

 ドバゴォォォォンッ!!

 爆炎が視界を真っ赤に染め、無数の火の粉と熱風が周囲へ吹き荒れた。

「ギャアアアッ!」

 刃は戦斧に止められる。

 それでも爆ぜた衝撃までは殺し切れず、パシャ・ケンゲが地面を削りながら大きく後退した。

 戦斧を握る腕も大きく揺れている。

「通った……!」

 極小シェルとは明らかに違う。

 小シェルなら、こいつにも効く。

 だけど、それでも動きを止めるほどじゃない。

 残りは2発。

 無駄にはできない。

 俺が再び構え直したところへ、パシャ・ケンゲが怒りの咆哮を上げた。

「ギャオオオオッ!」

 戦斧が横薙ぎに振るわれる。

「カトル!」

「はい!」

 俺とエクレールさんが左右へ飛んだ。

 分厚い刃が俺たちの間を通り抜ける。

「ギャルッ!?」

 その先にいた最後のボシ・ケンゲは、避ける間もなく戦斧に斬り飛ばされた。

「ギャオオオオオッ!」

 パシャ・ケンゲが戦斧を振り戻す。

 小シェルは通る。

 エクレールさんのバンカーも、明らかに威力が上がった。

 簡単じゃない。

 それでも、2人で攻撃を重ねれば――

 ザバァァァンッ!

「……え?」

 突然、滝壺の水面が大きく盛り上がった。

 波打つ水の中から、何かがゆっくりと身体を起こす。

「まさか……」

 水を滴らせながら岸へ這い上がってきたのは、ひと回り大きなケンゲだった。

「ボシ……!?」

 ザバンッ!

 また水面が弾ける。

 今度は別の場所。

 さらに、その横でも。

 1匹じゃない。

 ボシ・ケンゲが次々と水中から姿を現し、その後ろから通常のケンゲまで続々と岸へ這い上がってくる。

「ギャルルルル!」

「ギャアアアッ!」

 その時――

 ガサガサガサッ!

「……っ!」

 背後の森から、大量の鳴き声と足音が響いた。

 枝が折れ、草木を掻き分ける音が一気に近付いてくる。

 振り返る。

 木々の間からも、増援のケンゲが次々に姿を現す。

 滝壺からも。

 森からも。

 目立つボシ・ケンゲだけでも7匹。

 通常のケンゲは、ざっと見ただけでも40匹近い。

 最初にここへ来た時より、明らかに多い。

「……嘘でしょう」

 そんな言葉が、思わず口から漏れた。


シルバーウィークということで、9月19日から9月23日までは毎日投稿です。

次回は9月21日20時20分投稿です。

応援、お願いします。

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