041 嘆きの滝の攻防2となんとやら……
「カトル、てめぇはそっちだ!」
「はい!」
俺は左から迫ってきたケンゲへ向かって駆け出した。
「ギャルルルル!」
正面から2匹。
さらにその奥では、4匹のボシ・ケンゲがそれぞれ口元に水球を作り出している。
まずは目の前のこいつらを片付けたいところだけど、ボシ・ケンゲからも目を離せない。
水球は直撃しなくても、着弾したときの衝撃だけで身体を持っていかれる。ましてや、あれが4方向から立て続けに飛んでくるとなれば、1匹に意識を集中するのは危険だ。
最初のケンゲが振り下ろした爪を横へかわし、すれ違いざまに太腿へカブ改を叩き込む。
「グギャッ!」
ケンゲが体勢を崩してよろめく。
とどめを刺そうとしたところで、奥にいたボシ・ケンゲが大きく口を開いた。
「っ!」
俺は地面を蹴り、横から飛び込んできたもう1匹のケンゲをかわしながら、射線の外へ跳んだ。
直後、水球がさっきまで俺のいた場所に着弾した。
爆発に似た衝撃が背中を叩き、抉れた地面から土砂と大量の水が噴き上がる。
まともに食らえば、ただでは済まない。
そう思ったときには、別の方向から次の水球が迫っていた。
身体を沈めて1発目をかわし、続けて飛んできた2発目から逃れるように斜め前へ踏み込む。
その先で、通常のケンゲが鋭い爪を振り下ろしてきた。
「くっ!」
咄嗟にその爪を左腕の小手で払いながら、身体を半回転させる。
流れのまま首筋へ刃を走らせたものの、浅い。
「ギャルルルッ!」
ケンゲは止まらず、反対の腕を横薙ぎに振るってきた。
上体を反らしてかわし、伸び切った腕の内側へ踏み込む。
今度はその脇腹を切り裂いた。
「グギャ――!」
ケンゲが地面へ倒れる。
だけど、息を整える暇なんてない。
左右に散らばったボシ・ケンゲがまるで示し合わせたかのように、次から次へと水球を飛ばしてくる。
右から1発。
正面奥から2発。
さらに左から少し遅れて、もう1発。
飛んでくる間隔がバラバラなせいで動きが読みづらい。
しかも、その合間を縫うように通常のケンゲが距離を詰めてくる。
水球だけを見ていれば爪や体当たりを食らうし、目の前のケンゲに集中すれば、次の瞬間には水球が飛んでくる。
自分から飛び込んでおいてなんだけど、女の子を守りながらこの数を相手にするのは、やっぱり簡単じゃない。
右側では、エクレールさんが迫ってきたケンゲの爪をバンカーで受け流し、そのまま懐へ踏み込んで胴体を斬り裂いていた。
さらに背後へ回り込もうとした別のケンゲへ振り返りざまに蹴りを叩き込み、距離を取らせる。
「そっちへ行かせるな!」
「はい!」
俺たちの間を抜けようとしたケンゲへ斬りかかる。
そいつは身をひねってかわすと、急に進路を変え、女の子を寝かせている大木へ向かって走り出した。
「まずい!」
すぐに追いかけようとしたところで、ケンゲの足が止まった。
蚊取り線香の煙へ近付いた途端、嫌そうに顔を背けて、煙から逃げるように後ずさる。
「効いてます!」
俺の声を聞いたエクレールさんも、大木の方へ一瞬だけ目を向けた。
「なら、ここに張り付く必要はねぇ。少し前へ出るぞ!」
「了解!」
俺たちは大木を背に、ケンゲの群れへ数歩踏み込んだ。
煙のおかげでケンゲが近付けないのなら、俺たちへ注意を引き付けた方が、水球の射線も女の子から逸らしやすい。
群れの進路を塞ぐように身構えた。
「ギャルルルル!」
正面から3匹のケンゲが迫ってくる。
その奥から、さらに水球。
俺は射線から外れるように左斜め前へ走った。
3匹のケンゲが一斉に向きを変え、俺を追ってくる。
先頭の1匹が爪を振り下ろしてきたところで、ぎりぎりまで引き付けてから右へかわす。
勢いを止められなかったそいつが、後ろから来ていた別のケンゲとぶつかった。
その間に俺はさらに左へ回り込み、近くにいた2匹の前を横切る。
「ギャルルルッ!」
「ギャルルルル!」
俺を狙うケンゲが増える。
水球を避けながら、別のケンゲへ斬りかかるふりをして手前で進路を変える。
飛びかかろうとしていたそいつは、後ろから押し寄せてきたケンゲにぶつかり、群れの動きがわずかに乱れた。
全部倒す必要はない。
今は、こいつらの動く方向を揃えればいい。
俺は横から迫ってきた爪をかわし、エクレールさんの斜め前へ抜ける。
そこで一瞬だけ視線を送った。
「人をいいように使いやがって!」
そう吐き捨てながらも、エクレールさんは俺の意図をすぐに理解したらしい。
すでに長剣型バンカーのスターターを引き、アクセルへ手を掛けている。
俺を追ってきたケンゲの爪をかわし、固まった群れから離れるのを見計らって、エクレールさんがアクセルを握り込んだ。
エンジンの唸りと振動が一気に高まり、マフラーから迸った紫電がバチバチと剣身にまとわりつく。
「どけっ!」
俺が最後の1匹の進路から飛び退く。
エクレールさんは踏み込みと同時に、バンカーを横薙ぎに振り抜いた。
その軌道に沿って、眩い雷光が走る。
ズガァァァンッ!
雷鳴のような爆音と共に紫電が弾け、空気を震わせるほどの衝撃が広がる。
「グギャアアアッ!」
狭い範囲に固まっていたケンゲたちがまとめて弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられた。
何匹かは動かず、大きく崩れた群れの向こうに1匹のボシ・ケンゲが姿を現す。
遮るものはない。今なら真っ直ぐ進める。
狙うなら今だ。
俺は迷わず地面を蹴った。
「ギャルルルル!」
こちらに気づいたボシ・ケンゲが水球を放つ。
最初の1発を左へかわしながら、腰のケースから極小シェルを取り出す。
カブ改へ装填して、スターターを引いた。
エンジンが待機状態に入り、低い振動が柄を通して腕へ伝わってくる。
続けて飛んできた水球を、身体を沈めてかわし、そのまま距離を詰める。
さらに正面から通常のケンゲが飛び出してきた。
俺はそのケンゲを肩口から切り捨てる。
「グギャッ!」
崩れ落ちるケンゲをすり抜け、すぐにアクセルを握り込む。
エンジンの唸りが高まり、短いマフラーから熱を帯びた排気が噴き出す。
その先では、ボシ・ケンゲが新しい水球を作り出している。
まだ距離がある。
だけど、止まるわけにはいかない。
右奥から別の水球が飛んできた。
肩をひねってかわす。
さらに正面のボシ・ケンゲが放った水球を避けるため、地面を蹴って斜め前へ跳ぶ。
着地と同時に膝へ衝撃が走ったものの、構わず踏み込む。
エンジンの出力が一段高くなり、マフラーから赤い火花が散った。
ボシ・ケンゲが大きく口を開く。
新しい水球が完成するより、こっちの方が早い。
「せいやっ!」
踏み込みと同時に、カブ改を斜め上へ振り抜く。
ドゴォォォンッ!
刃がボシ・ケンゲの顎へ深く食い込むと、短いマフラーから真っ赤な炎が噴き上がる。
「グギャァァァッ!」
ボシ・ケンゲは後方へ吹き飛び、岩壁へ叩き付けられて動かなくなった。
これで、残るボシ・ケンゲはあと3匹。
◆◆◆
カトルは、目の前の敵だけを見て動いているわけじゃない。
ボシ・ケンゲの水球、通常のケンゲの位置、アタシの間合い。
その全部を見ながら、必要な相手だけを斬って、それ以外は攻撃の向きや進路をずらして、アタシがまとめて片付けられる場所へ誘導していた。
アタシが意図を読み切れなければ、あいつはその場で敵を斬って流れを変える。自分で戦場を動かしながら、味方の動きにも合わせてくる。
こいつ、1人で戦うことに慣れているだけじゃねぇ。
共闘にも、集団戦にも慣れてやがる。
指示されるのは気に食わねぇが、その判断が間違っていないのは認めるしかない。
それにしても――
アタシは、倒れたボシ・ケンゲとカトルが握るバンカーへ目を向けた。
今、あいつが使ったのは極小シェルだった。
見間違えるはずがねぇ。
あの威力、アタシがスパーダで極小シェルを撃った時とほとんど変わらねぇじゃねぇか。
普通のカブへ極小シェルを装填したところで、あんな出力にはならねぇ。
あのバンカー、一体どうなってやがる?
「エクレールさん、右奥!」
カトルの声に反応して視線を向けると、通常のケンゲの間に、右奥のボシ・ケンゲまで続く道が開いていた。
あいつが敵の動きをずらしながら作った隙だ。
「次から次へと、人を使いやがって!」
「無理なら俺が行きます!」
「誰が無理だと言った!」
アタシは目の前のケンゲを斬り払い、開いた道へ飛び込んだ。
「ギャルルルル!」
ボシ・ケンゲが大きく口を開き、水球を続けて放ってくる。
最初の1発を右へかわし、少し遅れて飛んできた2発目の軌道から身体を外す。
足を止めず、構え直した。
ボシ・ケンゲとの間に通常のケンゲが割り込んでくる。
「邪魔だ!」
振り下ろされた爪を外側へ弾き、すれ違いざまに脇腹を斬り裂く。
「グギャッ!」
倒れかけたケンゲの横を抜けながら、スパーダのアクセルを握り込む。
次のシェルから魔力が流れ込み、震えるエンジンが雷を帯びる。マフラーからは紫色の電光が弾けた。
ボシ・ケンゲが鋭い爪を振り上げる。
だが、もう遅い。
「くたばりやがれ!」
出力が高まる瞬間に踏み込みを合わせ、刃をボシ・ケンゲの胴体へ叩き込んだ。
ズガァァァンッ!
弾けた紫電がボシ・ケンゲを跳ね飛ばす。
「グギャァァァッ!」
吹き飛ばされた身体は何度も地面を跳ね、最後には滝壺の中へと沈んでいった。
これで、残るボシ・ケンゲは2匹。
「ギャルルルル!」
アタシは背後から迫ってきた通常のケンゲの首筋を、振り返りざまに斬り裂いた。
◆◆◆
滝壺に沈んでいったボシ・ケンゲはもう浮かんでこない。
さすがは銀等級。やっぱり強い。
試験官がエクレールさんだと知ったときはどうなることかと思ったけど、いざこうなってみると頼もしい。
「カトル! 後ろだ!」
エクレールさんの声が飛ぶ。
反射的に身体をひねると、背後から迫っていたケンゲの爪が胸当てを掠めた。
ザリッ!
硬い革を引っかく音が響き、胸当ての表面に浅い引っかき傷が残る。
あと一瞬反応が遅れていたら、まともに食らっていた。
危ない。
通常のケンゲも数を減らしてきたとはいえ、まだ十分に脅威だ。
飛び退いたのも束の間。
右奥から複数の水球が飛んでくる。
それらをかわしつつ、迫ってきたケンゲの首筋を斬り裂く。
「グギャッ!」
倒れ込んできたケンゲの爪が頬をかすめる。
さらに別の1匹を蹴り飛ばしたところで、右腕に鈍い痛みが走った。
「クソッ! いつの間に……」
傷は確実に増えているけど、痛みを気にしている暇はない。
ふと右へ視線を向ける。
エクレールさんは2匹のケンゲを相手にしていた。
「チッ!」
振り下ろされた爪をバンカーで受け流し、もう1匹の噛みつきを身体をひねってかわす。
そこへ別の2匹が飛びかかる。
エクレールさんはそいつらをバンカーで薙ぎ払う。
だけど、避け切れなかった爪が左腕を掠めた。
「くっ……!」
エクレールさんの身体がわずかによろめく。
その奥で、ボシ・ケンゲが大きく口を開いていた。
口の中で水球が膨れ上がる。
「エクレールさん!」
「っ!?」
水球が放たれる。
エクレールさんが振り向く。
遅い。
俺は地面を蹴り、エクレールさんの手首を掴んで引き寄せた。
直後、水球がすぐ横を通り過ぎる。
背後で轟音が響き、流れ弾を食らったケンゲが吹き飛んだ。
エクレールさんから手を離して、すぐに体勢を立て直す。
ボシ・ケンゲが口を開いた。
また水球を作るつもりだ。
俺はカブ改に極小シェルを装填すると、駆け出しと同時にスターターを引いた。
ボシ・ケンゲがこっちを向く。
狙いを俺に変えたらしい。
距離を詰めながらアクセルを握り込む。
カブ改の振動が一気に重くなり、熱い排気が足元へ吹き付けた。
次の瞬間、水球が放たれた。
俺は地を這うように姿勢を低くして、それをかわす。
水球が頭上スレスレを通り過ぎる。
「ギャルルルッ!」
ボシ・ケンゲが鋭い爪を振り下ろしてくる。
俺は振り下ろされる爪を掻い潜り、その懐に飛び込んだ。
「はぁっ!」
踏み込みと同時に、カブ改を斜め上へ振り抜いた。
ドゴォォォンッ!
真っ赤な炎がマフラーから勢いよく吹き出し、水色の鱗と血飛沫が周囲へ弾け飛ぶ。
「グギャァァァッ!」
胸部を大きく抉られたボシ・ケンゲは、周囲にいたケンゲを巻き込みながら地面へ倒れ込んだ。
残るボシ・ケンゲは、あと1匹。
通常のケンゲも、残り5、6匹。
「……助かった」
振り返ると、エクレールさんが左腕を押さえながらバンカーを構え直していた。
「お互い様ですよ」
ようやく先が見えてきたけど、まだあっちにはパシャ・ケンゲがいる。
でもエクレールさんとならこのまま一気に押し切れるかもしれない。
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
群れの奥。
これまで動かなかったパシャ・ケンゲが、ゆっくりとこちらへ顔を向けていた。
その目は、今までとは明らかに違っていた。
「エクレールさん……」
「ああ」
短く返事が返ってくる。
エクレールさんも何かを感じ取ったらしい。
そんな俺たちを見据えたまま、パシャ・ケンゲが低い唸り声を滝壺に響かせた。
「グルルルルル……」
パシャ・ケンゲが戦斧をゆっくりと持ち上げる。
その瞬間、滝壺の水面が不自然に波立つ。
流れ落ちる滝の水とは別に、水が吸い寄せられるように集まり始めた。
「来るぞ!」
エクレールさんが叫ぶ。
パシャ・ケンゲの周囲に集まった水は、1つ、また1つと球体へ姿を変えていく。
頭上に2つ。
左右に3つずつ。
さらに地面すれすれにも幾つもの水球が浮かび上がる。
10個近い水球が、パシャ・ケンゲを中心に静かに漂っていた。
「今までのとは桁が違う……」
思わず息を呑む。
ボシ・ケンゲが放つ水球とは比べものにならない。
1つ1つが大きい。
それ以上に、不気味だった。
どの水球も、すぐには飛んでこない。
まるで、俺たちが動くのを待っているように、その場に浮かび続けている。
「ギャオオオオオオッ!」
咆哮と同時に、頭上に浮かぶ水球のうち、1発だけが射出された。
一直線。
速い。
「っ!」
俺は横へ飛ぶ。
水球は紙一重で横を抜け、背後の岩肌に激突した。
轟音と共に岩が砕け、水飛沫と石片が周囲へ弾け飛ぶ。
その爆風が頬を打った。
直撃じゃない。
それでも、この威力。
「まだ終わってねぇ!」
エクレールさんの叫びと同時に、今度は右側に浮かんでいた水球がゆっくりと動き始めた。
さらに地面すれすれに浮いていた1つも、少し遅れて軌道を変える。
速さが違う。
角度も違う。
最初の1発を避けた先へ、次の水球が回り込むように迫ってくる。
「こいつ……!?」
シルバーウィークということで、9月19日から9月23日までは毎日投稿です。
次回は9月19日20時20分投稿です。
応援、お願いします。




