004 ドロップアイテムとなんとやら……
ボシ・ケンゲの口の中で作り出された水球は、バスケットボールくらいの大きさになると、ものすごいスピードで俺に向かって飛んできた。
「マジかよ!? ウォーターボールって、ファンタジー過ぎるだろ! くそっ!」
俺は驚きながらも迫り来る水球を横に飛んでかわして、近くにあった少し細めの木の影に転がり込むように身を隠した。
それでもボシ・ケンゲは俺の隠れている木に向かって執拗に水球を飛ばしてくる。
その度に爆発の衝撃で木がミシミシと揺れ、大量の木の葉が舞い落ちる。
「この木も長くは持たなそうだ。さて、どうするか……」
水球自体は、飛んでくるのがわかっていれば避けられるけど、問題は最初の水球で負った怪我の状態だ。
全身の至るところが痛いけど、特に痛むのは右手首だな。
爆発の衝撃を受け流し切れなかったのがまずかった。さすがに骨は折れてはいなさそうだけど、かなり腫れてるぞ。
「これじゃ、木の棒を両手で振るうのは厳しいな……」
直撃もしてないのにこの怪我じゃ、まともにくらってたら骨の何本かは折れてたんじゃないか?
一応、ステータスでも状態に変化がないか見ておこう。
◇名前 カトル 軽傷!
◇種別 人間
◇年齢 20歳
◇属性 か属性
◇職業 無職
◇スキル
・観察眼
・過積載
・蚊遣り豚の本懐
◇ウェポン
・第1解放 蚊取り線香
◇装備
・ピノキの棒
・ダウンベスト
・トレーナー
・ジーンズ
・革のベルト
・トレッキングシューズ
おっ? 年齢の所にあった調整中の表示が消えてるぞ!
ふぅー、よかった。どうやらベンジャミンさんと同じ数奇な人生は送らなくて良さそうだ。
でも、それとは異なる数奇な人生はもう十分歩んでたりするんだけどね。
それにしても20歳か……。まさか子供達よりも若くなっちゃうなんてね。もう1回、成人式に出席しないとな。
前は普通にスポチャンの大会装備で出席したから、次は少し趣向を凝らして甲冑なんかで出席したいなぁ……
おっと、今は現実逃避してる場合じゃなかった。
やっぱり名前のところに軽傷の表示が出てるぞ。ピートンは擦り傷があっても軽傷にはなってなかったから、俺はそれなりに怪我してるってことか。
おっ? 水球の威力が少し弱くなってきたぞ。もしかして、へばってきたんじゃないか?
そういやボシ・ケンゲって重傷だったよな?
今は元気に水球飛ばしてるけど、このまま木陰に隠れてやり過ごしていれば、そのうち勝手にポックリ死んでくれるんじゃ……
「ミシッ! ミシミシミシ……!」
なんて都合よくはいかないよね。ボシ・ケンゲよりも先にこの木の方が倒れそうだ。
木が倒れて後手に回るくらいなら、こっちから仕掛けたほうがいいな。
でも全身の痛みはともかく、さすがに片手でこの木の棒を扱うとなると、威力が低下するから仕留めきれるか不安だな。
うーん、仕方ない。本当は嫌なんだけど試してみるか。
俺はベルトに引っ掛けていたベンジョン草の束から何本か引き抜くと、それをまじまじと見た。
◇名前 ベンジョン草
◇レア度 2
食べると少しだけ怪我が治る。
見た目はほうれん草とか小松菜によく似ているけど、その臭いは明らかに昔から売ってるあのトイレ洗剤そのもの。
嗅げば嗅ぐほど絶対に食べちゃいけないモノに思えてくる。
……思えてくるけど、挑戦しなければ何事も始まらない。
春菊だって、ニラだって、パクチーだって。みんな、みんな、とても臭いんだ。食べ物なんだ。
よーし、いくぞ……。
「い、頂きます……!」
俺は大きく深呼吸してから鼻を摘まむと、意を決して口の中にベンジョン草を押し込んだ。
直後、劇物特有のヤバい刺激臭とセンブリ茶を濃縮したような凄まじい苦味が口の中を蹂躙する。
拒絶反応で顔面から脂汗が吹き出して、全身が小刻みに震え出す。
それは咀嚼する度にどんどん激しくなって思わず吐き出しそうになるが、俺は涙を流しながらも何とか口の中のベンジョン草を飲み込んだ。
「はあっ、はあっ……。うぷっ!? クソまずい。まるで便所味そのものだ。やっぱりこれって食べちゃダメなやつなんじゃ……。おっ? おおっ!? 全身の痛みが無くなってきたぞ! それに右手首の腫れも引いてきた! すげー! あはははは! すげーぞ!」
ハッ!? イカン。イカン。浮かれている場合じゃなかった。
ステータスの状態はどうだ? よしっ、軽傷の表示も消えてるな。これなら両手で木の棒も振れそうだ。
「ミシッ! ミシッ! ミシミシミシ……!」
そろそろ木の方も限界だな。
木陰から飛び出すタイミングは、ボシ・ケンゲが次の水球を発射した瞬間だ。
「……3・2・1、今だ!」
俺は木陰から右斜め前方に飛び出すと、すぐさま左斜め前方へと進路を変更。
通過した水球の弾道と交差するように反対側に出る。
直後、水球の爆発で倒れる木を尻目に、再度右斜め前方へと進路を変更。
ボシ・ケンゲはジグザグと接近して来る標的に狙いを定めることができず、2発目の水球をあらぬ方向へ発射。
俺はそのままボシ・ケンゲの懐に飛び込んで、3発目の水球を作り出そうと大きく開いていた下顎を思い切りカチ上げた。
「うおりゃあ――!」
「ぐぎゃ!」
その瞬間、行き場を失った水球が口の中でボンッという音を立てて爆発。
たまらず口を押さえて前屈み(まえかがみ)になるボシ・ケンゲを好機と見るや、俺は木の棒を振り下ろす勢いを利用して身体をその場で急旋回。
「もう一丁!!」
「……!?」
遠心力を乗せた渾身の一撃を、ボシ・ケンゲの顔面に叩き込んだ。
これ以上ない手応えと共に顔面を潰されたボシ・ケンゲは、声を上げることなく仰向けに倒れてそのまま動かなくなった。
「はあっ、はあっ、はあっ……! おっしゃあ――!! 勝ったぞ――!! やってやったぜ! こんちくしょう! わはははは! ざまぁー味噌漬けってんだ! 一昨日来やがれ! 馬鹿野郎! わはははは!!」
おっと、ついついテンション上がっちゃいました。こんなんだから走る人間殺虫剤とか1000人殺し(サウザンドキラー)なんて言われちゃうんだよな。反省、反省っと。
それにしても、水球をぶっ放してきた時はマジでビビったけど、馬鹿の一つ覚えみたいに水球一辺倒になってくれたから最後は案外楽だったな。
いろいろと考察したいところだけど、ボシ・ケンゲがちゃんと死んでるのか観察眼で確認しておこう……。
よしっ、死亡になってるな。
「そういや、ケンゲAは死んでるか確認してなかったな」
あれっ? さっきまでそこら辺にぶっ倒れてたはずのケンゲAがいないぞ。うーん、それにケンゲBもいなくなってる。
もしかしてボシ・ケンゲとやり合ってる間に逃げちゃったのかな?
いや、ケンゲAはともかくケンゲBは死亡になってたはずだから、逃げちゃったってことは……。
「んっ? ケンゲBの倒れていた所に何か落ちてるぞ。あんなの落ちてたっけ?」
近くに行ってみよう。どれどれ……。
これはケンゲの皮と爪っぽいな。皮はハンカチくらいの大きさで、まるでレザーショップに売ってる革みたいだ。
爪は10センチくらいで、パッと見は動物の牙みたいだ。
それと、このビー玉みたいな丸い玉は何だろう? とりあえず観察眼で見てみよう。
◇名前 水魔核 極小
◇レア度 1
水属性の魔力を秘めた不思議な石。
◇名前 ケンゲの皮
◇レア度 1
しっとりとした薄手の皮。
◇名前 ケンゲの爪
◇レア度 1
刃物のように尖った爪。
相変わらず情報が少ないけど、もしかしてこれってゲームとかでお馴染みのドロップアイテムなんじゃないか?
よく見たらケンゲAを倒したところにも何か落ちてるぞ。見に行ってみよう。こっちは水魔核と皮だけだな。
ドロップアイテムは一律で同じ物が落ちる訳じゃないのか。死亡してから時間経過でアイテムに変化するのかな? だとしたら、ボシ・ケンゲも……。
「おおっ!? ボシ・ケンゲの身体が少しずつ崩れて消えていくぞ! 本当にゲームみたいだな……。あっ! 何か落ちてるぞ!」
ボシ・ケンゲのドロップアイテムは、ケンゲと違うみたいだ。
◇名前 水魔核 小
◇レア度 2
水属性の魔力を秘めた不思議な石。
◇名前 ボシ・ケンゲの鶏冠
◇レア度 2
ボスの証の立派な鶏冠。
◇名前 ボシ・ケンゲの皮
◇レア度 2
しっとりとした厚手の皮。
◇名前 ボシ・ケンゲの爪
◇レア度 2
刃物のように鋭く尖った爪。
◇名前 ボシ・ケンゲの水袋
◇レア度 2
水の入っていた丈夫な袋。
さすがはボスだけあって、魔核も皮も爪もケンゲの物より大きいな。それに鶏冠とか水袋とか初めての物もあるぞ。
何に使えるかわからんけど、こういうのって人のいるところに行けば買い取ってくれたりするのかな?
とにかく、このままだと持ち運ぶのも難しいから、この水袋の中にまとめて入れてっと。そんでベルトで口を縛っておけば……。よしっ、できた。これで肩に背負っていけるぞ。
「ブヒブヒブヒブヒブヒ!」
「うおっ!? ピートン、そんなに激しく鼻先を押し付けられると鼻水が付いちゃうからやめなさい!」
「ブヒブヒブヒブヒ!」
「あははは。怪我は大丈夫そうだけど、念の為にこれでも食べてなさい」
「ブヒブヒ! モグモグモグ……」
これでベンジョン草は残りが3本になっちゃったな。まぁー、沢山生えてたから機会があればまた採りに来ればいいか。
さてと、何はともあれここがどこなのか知るためにも人のいる場所にいかないとな。
「ピートン、人がいるところに行きたいんだけど案内してくれるかな?」
「ブヒッ!」
おっ? OKみたいだ。耳で指してる方角に行けばいいんだな。よしっ、行くか。……んっ?
歩き出したピートンを追って一歩踏み出した、その時。
それまで辺りを優しく照らしていた木漏れ日を遮るように、何か大きな影が上空を通り過ぎたかと思いきや、まるで嵐のような強風が吹き荒れる。
森の木々は悲鳴を上げているかのように騒めき、巻き上がる木の葉や砂埃が視界を奪う。
「くっ……!? いきなり何だってんだ!?」
俺は吹き荒れる強風に耐えながら空を見上げた。
視界の先に映ったのは風切り音を立てて大空を滑空する漆黒の鳥……いや、もはや鳥と言って良いのだろうか?
その大きさは例えるなら航空ショーなんかで見たことのあるジェット機と同等かそれ以上。
そんな巨大生物が翼を羽ばたかせながら大空を飛び回る光景に、俺は驚きのあまり息を呑んだ。
「……!?」
上空を旋回していた漆黒の鳥は、ゆっくりと円を描くように高度を落としてくる。
間もなくして、その巨体は近くの岩の上へと舞い降りて来た。
不意に我に戻った俺は観察眼を発動。
◇名前 黒怪鳥 《バタ・ムジンガ》
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー4
◇属性 風属性
ステータスを見たのは、ほんの一瞬。
だが、目の前の黒い鳥が、自分にとって最悪をもたらす存在だと理解するには十分過ぎる時間だった。
「ピートン! 逃げろ!」
俺は咄嗟にその場から逃げようと駆け出すが、それと同時に、森の中に黒怪鳥バタ・ムジンガの耳を貫く咆哮が響き渡った。




