003 モスキートとなんとやら……
ピートンの鳴き声を頼りに森を進むことしばし……ようやく木々の隙間から、何かに怯えるピートンの姿を確認できたのも束の間、俺はその何かを見た瞬間、思わず木陰に身を隠した。
「マジかよ……ありゃ一体何なんだ?」
それは水色の肌に紫色の斑点模様が特徴的な、二足歩行のトカゲのような生き物だった。
数は体長3メートル近くあるボスっぽいのが1匹と、体長2メートルほどの子分っぽいのが2匹の計3匹。
それが、大きな岩を背に怯えるピートンへ、よだれを垂らしながらにじり寄っていた。
明らかにピートンを食べる気満々だ。さすがにピートンの飼い主ってわけじゃなさそうだな。
いやいや、ダメだよ。ピートンは俺の非常食なんだからね!
……なんて冗談はさておき、ここから黙って見ているのも後味が悪いよな。
とにかく、助けるにしてもこのまま突っ込むのは危険すぎる。なんでもいいから、あのトカゲ共の情報が必要だ。
そうだ! 観察眼で見てみよう。
まずはボスっぽいヤツからだ。
◇名前 ボシ・ケンゲ 軽傷!
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー2
◇属性 水属性
くそっ、やっぱり情報量が少ないか。
名前の後ろに「軽傷」って表示されてるけど、どこか怪我でもしてるのか?
あっ! よく見たら右目を怪我してるぞ。
傷の深さはわからないけど、あの出血じゃ右目は見えてなさそうだ。
んっ? 分類がモスキートって、どういうことだ?
ありゃどう見たって爬虫類だぞ。
そういや、スキルの説明にもモスキートって書いてあったよね。
もしかして、モスキートって「蚊」じゃなくて、このトカゲみたいなのを指してるのか?
いや、そもそも俺のステータス自体が怪しいのに、そんな簡単に紐付けちゃうのはどうなんだ?
それに例えそうだとしても「蚊遣豚の本懐」ってショボかったような……。
えーい、今は考えてる暇なんて無いぞ。
残りの2匹はどうだ?
◇名前 ケンゲA 中傷!
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー1
◇属性 水属性
◇名前 ケンゲB 重傷!
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー1
◇属性 水属性
コイツら、名前にはボシが付いてないな。
もしかして、ボシにはボスとかの意味があるのかな?
それに脅威度もカテゴリー1か。
ボシ・ケンゲはカテゴリー2だったから、コイツらはそれよりも弱いってことだろう。
ケンゲAは右肩辺りの肉が抉れてかなり血が出てるし、ケンゲBは全身傷だらけで今にも倒れそうだ。
コイツらどうしてこんなに怪我してるんだ?
まさかピートンがやったってわけでもなさそうだし、ピートンを巡って仲間内で喧嘩でもしてたのか?
まぁー、弱ってるなら好都合だ。
あとは何か武器になりそうな物があれば……
おっ? そこに落ちてる木の枝なんていいじゃないか。
こうして邪魔な細い枝を取り除けば、木の棒の完成だ。
長さはスポチャンの長剣と同じくらいか。
少し太くて重いけど、両手だったらなんとか振れそうだ。
一応、観察眼で見ておこう。
◇名前 ピノキの棒
◇攻撃力 30
◇斬れ味 0
おおっ! なんかそれっぽいパラメータが表示されたぞ!
数値の良し悪しはわからないけど、今は武器として扱えるだけで十分だ。
他に使える物はさっき採取した薬草だけか……。
木の棒と薬草って、ずいぶんと貧相なラインナップだな……。
昔遊んだRPGですら、もう少しまともな初期装備をしてたぞ。
さて、この際贅沢は言ってられないか……
「ふぅー、さぁ始めようか……」
俺は足元に落ちていた手頃な石を拾うと、ケンゲ達を挟んで反対側にある一際大きな木に向かって思いきり放り投げた。
石は放物線を描きながらケンゲ達に気づかれることなく、その真上を通過して狙った木の幹に命中。辺りに甲高い音を響き渡らせた。
「カーン!」
「ギャルルー?」
まんまとケンゲ達が音のした方向に振り向いたのと同時に、俺は木陰から飛び出した。
ケンゲ達までの距離は目測で30メートル。
最初の標的は一番手前にいるケンゲBからだ。
俺は体勢を可能な限り低くしたまま、一気に距離を詰めると、石の音に気を取られて反応の遅れたケンゲBの右側頭部に、横薙ぎの一閃を叩き込んだ。
「グギャッ!」
今までに体験したことのない、頭蓋骨が砕ける嫌な手応えと共に、思いのほか吹っ飛んだケンゲBはさておき、俺はそのままの勢いでボシ・ケンゲの塞がっている右目の死角に回り込んで跳躍。
大上段に振りかぶった木の棒を、その鼻面めがけて振り下ろした。
「グギャ――!」
ボシ・ケンゲは盛大に鼻血を吹き出しながら、大きく身体をのけぞらせると、そのまま後ろへと倒れた。
ほとんどの動物は鼻が急所なんて言うけど、どうやらそれはコイツも同じだったらしい。
そういや、熊と闘った時も鼻面を潰してやったんだっけ。
あの時はこっちも怪我してたからその場で仕留めきれなかったけど、今は違う。
反動で少し離れた位置に着地した俺は、すぐさまボシ・ケンゲとの距離を詰め、その頭や腹に木の棒を振り下ろす。
ボシ・ケンゲは必死に手足をバタつかせて抵抗するが、俺はそれを掻い潜りながら的確に急所を狙い打っていく。
その甲斐あって、次第に抵抗する力や動きもなくなり動きを止めたボシ・ケンゲに対して、俺は観察眼を発動。
状態が「重傷」になっていることを確認した俺はトドメを刺そうと大上段に木の棒を振りかぶるが、そこへケンゲAが飛びかかってきた。
「ギャルルル!」
「チッ! そうは問屋が卸さないってか!?」
俺は咄嗟にボシ・ケンゲへの振り下ろしを中断。バックステップからの薙ぎ払いに切り替え、ケンゲAを迎撃。すぐさま起き上がったケンゲAを牽制しつつ、そのまま距離を取ってピートンの横へと移動した。
「はあっ、はあっ、はあっ……! ピートン、助けに来たよ。大丈夫かい?」
「ブヒィー! ブヒブヒブヒ!」
声を掛けながら横目でピートンのステータスを確認。
所々にすり傷はあるものの、ステータス上は軽傷にもなっていないみたいだ。これなら大丈夫だろう。
俺は視線をケンゲ達に戻してステータスを確認した。
◇ボシ・ケンゲ 重傷!
◇ケンゲA 中傷!
◇ケンゲB 死亡!
ボシ・ケンゲを仕留めきれなかったのは残念だったけど、ここまでは上出来だ。ただ、いくら弱っているとはいえ、2匹を相手にピートンを守りながらの戦闘は避けたい。
「ピートン、俺が動いたらあっちの木陰に隠れるんだ。いいね?」
「ブヒッ!」
めっちゃ耳で頷いているから意味は伝わってるっぽいな。
「それじゃ行くよ……今だ! 行け!」
俺はケンゲAに向かって駆け出すと、鋭い爪を木の棒で受け流し、その怪我をしている右肩に木の棒を叩き込んだ。
そこを殴られたのがよっぽど痛かったのか、ケンゲAは絶叫。
「グギャ――!」
俺はその無防備に伸びた首を、逆袈裟の一撃でへし折った。
首の折れたケンゲAはビクビクと身体を震わせてから、力なくその場に崩れ落ちた。
残るは重傷のボシ・ケンゲだけ……
「うわっ!?」
視線をボシ・ケンゲのいる方へ移した、次の瞬間。
俺は目前に迫る何かを木の棒で受け止めようとするが、それは木の棒に接触した瞬間に爆発。
まるで至近距離で爆弾が炸裂したかのような衝撃が全身を襲い、俺は後ろへと吹き飛ばされた。
「がはっ……げほっ! くそっ、痛てぇな! 今のは何なんだ? ……って、全身びしょ濡れじゃないか! おわっ!?」
なんとか上半身は起こせたものの、再び先程と同じ何かが飛んでくるのが見えた俺は、地面を這いながらもその場から飛び退いた。
直後、その何かは俺のいた場所に着弾すると地面を抉り、激しい水飛沫を撒き散らす。
それを尻目に、慌てて木の棒を杖代わりにして立ち上がった俺は、飛んできた何かの出どころを睨みつけた。
その先では……
ガバッと大きく開いた口の中で、禍々しい水球を作り出すボシ・ケンゲの姿があった。




