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039 銅等級試験4となんとやら……

 茂みの奥へ入った俺は、ようやく一息ついた。

 いやぁー、危なかった。

 あと少しインナーを脱ぐのに手間取ってたら、別の意味で昇級試験どころじゃなくなるところだった。

 このインナー、ピタッとしてて動きやすいんだけど、もうちょい脱ぎやすいと助かるんだよなぁ。

 そんなことを考えながら用を足していると、少し離れたところから複数人の話し声が聞こえてきた。

 

「あははは。さすがに今回は死ぬかと思ったぜ」

「あんな数がいるなんて聞いてないわよ」

 男と女の声だ。

 声の大きさからして、それほど離れてはいないらしい。

 俺は気配を探りながら、耳を澄ませる。

「荷物も全部置いてきちまったな」

「命が助かっただけマシでしょ」

「そうそう。荷物なんて、また用意すりゃいいんだから」

 どうやら森の奥でモスキートに襲われ、逃げてきた冒険者たちらしい。

 話し声は全部で4人分。

 聞いている限りでは、全員無事みたいだ。

 大きな怪我をした様子もなさそうだし、わざわざ声をかける必要もないか。

 そう思ったときだった。

「あの奴隷を置いてきたおかげで、こっちまで追ってこなかったんだからな」

 ……んっ? 今、なんて言った?

「だけど、まだ子供だったし、ちょっとかわいそうだったかしら?」

「かわいそう? おいおい冗談だろ? むしろ小汚い奴隷の分際で、俺たちが助かるために役立ててやったんだ。感謝してもらいたいくらいだぜ」

「わははは! そりゃそうだ!」

「でもさ。あの子、運搬ギルドから借りたシェルパだよ。どうやって説明するの?」

「そんなもん、勝手に逃げ出したって言えばいいだろ」

「そんなので通るの?」

「奴隷の言うことなんて、誰も信じねぇよ」

「ふふっ、生きて帰ってくればの話だけどね」

「あー、無理無理。あれだけのケンゲがいたんだ。とっくに喰われてるって。つーか、死んでないと困るだろ」

「それもそうね。せめてケンゲたちに美味しく食べられるのを祈ってあげましょう。ああっ、神よ。どうか哀れな奴隷の子が美味しく天に召されますように……」

「あははは! 何それ!」

 4人の笑い声が聞こえてくる。

 聞くに耐えない話に、頭の中が一瞬で沸騰する。

 子供を置いてきた? 自分たちが逃げるために?

 いや、違う。

 置いてきたんじゃない。

 子供を囮にしたのか。

 ……理解できない。

 子供なんて、本来は大人が守る側だろ。

 ……それだけはダメだろうが。

 しかも、運搬ギルドには自分たちに都合のいいように報告するつもりなのか?

 ……許せん。

 俺は急いで身支度を整えると、話し声のする方へ向かって茂みを掻き分けた。

 

 木々の間を歩いていたのは、男2人と女2人の冒険者。

 装備に汚れは付いているものの、誰も大きな怪我はしていない。

 首から下げている冒険者タグは、全員銅色。

 4人は突然現れた俺を見て、驚いたように足を止める。

 俺はそのまま進路を塞ぐように立った。

「今の話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」

「なんだ、てめぇは?」

 先頭にいた短髪の男が、警戒した様子で俺を睨む。

 その視線が俺の首元へ移り、鉄色の冒険者タグを見た瞬間、露骨に表情を緩めた。

「なんだよ。鉄等級か」

「あれ? こいつ、ギルマスのお気にじゃねぇか? ほらっ、最近噂になってる奴だよ」

「……ああ。言われてみりゃ、そうだな」

「ギルマスのお気にだからって、調子こいてんじゃねぇぞ」

「てめぇには関係ねぇ話だ。失せろ」

「子供を囮にして逃げたって聞こえたんですけど」

 4人の顔から、わずかに笑みが消えた。

 だけど、すぐに長い髪の女が呆れたように肩をすくめる。

「盗み聞きなんて趣味が悪いわね」

「聞き間違いだろ。そんな話はしてねぇよ」

「いえ、確かに聞こえました。運搬ギルドで借りた子供のシェルパを囮にしたって」

 誰も答えない。

 短髪の男が面倒そうに舌打ちすると、俺の前まで歩いてきた。

「だから、てめぇには関係ねぇっつってんだよ」

「関係があるかどうかは、俺が決めます」

「あ?」

「その子を置いてきた場所を教えてください」

「聞こえなかったのか? 失せろって言ってんだよ」

 男が俺の胸を強く押した。

 だけど、俺は一歩も動かない。

 今すぐこの男の腕を掴んで、そのまま地面へ叩きつけてやりたい。

 拳にも自然と力が入る。

 それでも、今は喧嘩をしている場合じゃない。

 早く置き去りにされたその子を助けに行かなきゃならない。

「どこへ置いてきたんですか?」

「しつけぇな!」

 男が腰の武器へ手を伸ばした。

 俺も仕方なくカブ改に手を掛ける。

 残りの3人も表情を険しくし、こちらを取り囲むように動き始めた。

「いつまでトイレに行ってんだよ。腹でも壊し――」

 後ろから聞き慣れた声が近づいてくる。

 振り返ると、茂みを掻き分けながらエクレールさんが姿を現した。

 

 エクレールさんは俺と4人の冒険者を見比べ、眉間のしわをさらに深くする。

「なんだ、この状況は」

「あ? なんだ、てめぇは?」

「ちょ、ちょっとよしなよ! この人、銀等級のエクレールだよ!」

「げっ!? な、なんでエクレールさんがこんなところに……」

 短髪の男が、慌てて武器から手を離した。

 他の3人も、明らかに態度を変える。

「この人たち、運搬ギルドから借りたその子を、ケンゲたちから逃げるための囮にしたみたいなんです」

「ち、違いますよ!」

「い、いやぁ、エクレールさん。これは誤解でして……」

「オレたちも助けようとはしたんですよ」

 さっきまでの威勢はどこへやら、突然現れたエクレールさんを前に4人は明らかに動揺している。

 それに構うことなく、エクレールさんは静かに問いかけた。

「お前ら、運搬ギルドのシェルパを、モスキートの囮にしたのか?」

「違います! あの子が混乱して、勝手に動かなかったんです!」

「オレたちは逃げろって言いました! でも、あの子が付いてこなかったんですよ!」

「助けようとはしたんです! だけど、あの数じゃオレたちまで死ぬところで……」

「置いてきたんじゃありません。逃げている途中ではぐれただけです」

 さっきまで笑いながら話していた内容とは、随分違う。

 エクレールさんは4人の言い訳を黙って聞いたあと、低い声で尋ねた。

「お前ら、言ってることがバラバラじゃねぇか」

「えっ?」

「勝手に動かなかったのか、付いてこなかったのか、それとも逃げている途中ではぐれたのか。どれが本当なんだ?」

「そ、それは……」

「状況が状況だったんで、みんな混乱してたんだよ!」

「そ、そうよ! 少しくらい話が違ったって仕方ないじゃない! 言いがかりはよしてよ!」

「運搬ギルドには勝手に子供が逃げ出したって報告すればいいって言ってましたよね?」

 俺が口を挟むと、4人は気まずそうに目を逸らした。

「それから、その子が死んでくれてないと困るとか、美味しく喰われますようにとか言いながら笑ってましたよね?」

 エクレールさんの目が、さらに鋭くなる。

「荷物持ちとして借りたシェルパを故意に危険にさらすのは、そいつが奴隷だろうが関係なく違法行為だ。ましてや、モスキートの囮として置き去りにしたとなりゃ、知らなかったじゃ済まねぇぞ」

「だから、置き去りになんてしてません!」

「そうです! あの子が勝手に――」

「まだ、そんな言い訳が通ると思ってんのか?」

 4人の顔色が変わった。

 いつも怒ってばかりの嫌な試験官だと思っていたけど、今のエクレールさんからは、さっきまでとはまるで違う迫力を感じる。

 感情に任せて怒鳴るんじゃなく、ただ淡々と冷静に相手を追い詰めていく。

 こんな一面もあったのか。

 

「その子を置いてきた場所はどこですか?」

 俺はもう一度、4人へ問いかけた。

「だから、置いてきたんじゃねぇって言ってんだろ!」

「じゃあ、はぐれた場所でいいから教えてください」

「森の奥の水場よ」

 女の1人が、諦めたように答えた。

「ボシ・ケンゲが何匹かいて、周りにも数え切れないくらいケンゲがいたの」

「ボシ・ケンゲが複数?」

「ああ。あんな大群を相手にできるわけねぇだろ」

「その子は、いつ置いてきたんです?」

「だから、置いてきたんじゃ――」

「いいから答えろ! いつだ!」

 思わず声を荒らげると、4人が一斉に口を閉じた。

 短髪の男が目を逸らしながら、小さく答える。

「それほど時間は経ってねぇよ」

「どれくらいだ?」

「知らねぇ。必死で逃げてきたんだ」

 まだ、それほど時間は経っていない。

 それなら、その子が生きている可能性はある。

 ケンゲたちがすぐに襲いかからなかったかもしれない。

 どこかへ逃げ込み、身を隠しているかもしれない。

「とにかく、オレたちは悪くねぇからな!」

「そうよ! あんな状況じゃ、誰だって逃げるしかなかったわ!」

「うちらは悪くないもん!」

「これ以上は付き合ってらんねぇよ! 行こうぜ!」

 4人は話をはぐらかしながら、少しずつ後ろへ下がっていく。

 エクレールさんが、その背中へ冷たい声を投げかけた。

「顔は覚えた。運搬ギルドの貸出記録を調べりゃ、てめぇらの名前もすぐにわかる」

 4人の足が一瞬止まった。

「冒険者ギルドにも報告する。逃げられると思うなよ」

 誰も言い返さない。

 4人は互いに顔を見合わせると、そのまま逃げるようにやってきた方向とは逆へ走り出した。

 今すぐ捕まえなくても、運搬ギルドの記録を調べれば、誰がその子を借りていたのかはわかる。

 エクレールさんも4人を見逃したわけじゃない。

 今は、あいつらを追いかけることよりも、その子を助ける方が先だ。

 俺は冒険者たちがやってきた方へ視線を向けた。

「あっちか」

 見れば、いくつもの足跡とへし折れた草木が森の奥へ向かって続いている。

 残された痕跡を頼りに、迷わず駆け出した。

「待て! 勝手に動くんじゃねぇ!」

「待ってたら、間に合わないかもしれないでしょう!」

「状況もわからねぇまま突っ込むな!」

「それでも、行かないわけにはいきませんよ!」

 足は止めない。

 背後から大きな舌打ちが聞こえ、すぐにエクレールさんの足音も追いかけてきた。

 その時にはもう、昇級試験のことなんて頭から完全に消えていた。

 

◆◆◆

 

 アタシは舌打ちをしながら、前を走るカトルの背中を追いかけていた。

「チッ……」

 速ぇ。

 こっちもかなり飛ばしてるってのに、少しでも気を抜けば見失いそうになる。

 さっき戦っていたときも思ったが、こいつの身体能力は普通じゃねぇ。

 なんでこんな奴が今さら鉄等級の冒険者なんてやってやがる?

 いや、今はそんなことはどうだっていい。

 それよりも、問題はこの先だ。

 

 走りながら、カトルの向かっている方角を確かめる。

 こっちの方角にある水場といえば――

「嘆きの滝か!?」

 あの4人組の話が本当なら、その周辺にはケンゲの大群がいる。

 しかも、ボシ・ケンゲが複数。

 ただ群れてるだけならまだいい。

 だが、ボシ・ケンゲが何匹も同じ場所に集まってるって話は、嫌な予感しかしねぇ。

 ……まさか。

 いや、まだ決まったわけじゃねぇ。

 だが、もしアレがいたら――

「クソッ……!」

 

 アタシは懐へ手を突っ込み、小型の魔導端末を取り出した。

 親指で発信ボタンを押し、そのまま耳に当てる。

 呼び出し音だけが響く。

 まだ出ねぇ。

「早く出ろよ……!」

 走りながら木の根を飛び越え、前を走るカトルから目を離さない。

 やっぱり、向かっているのは嘆きの滝で間違いねぇ。

 あのバカ、状況も確認せずにそのまま突っ込むつもりかよ。

 ……ったく。

 もし最悪の予想が当たってたら、あいつ1人じゃどうにもならねぇ。

 その時だった。

『――エクレール? どうしたの?』

 ようやく聞き慣れた声が返ってくる。

「クラリスか。緊急事態だ!」

『何があったの?』

「嘆きの滝にケンゲの大群がいる! 運搬ギルドのシェルパを囮にして逃げてきやがった冒険者パーティからの情報だ!」

『……どういうこと?』

「細かく説明してる暇はねぇ! カトルの奴が、そのシェルパのガキを助けに向かってる!」

 アタシは荒く息を吐きながら走り続ける。

「敵の数はわからねぇ! だが、ボシ・ケンゲが複数いるらしい!」

『……それって、まさか』

「ああ! アレがいるかもしれねぇ! 最悪、アタシらだけじゃ手に負えねぇ!」

『わかったわ。すぐに応援を向かわせる』

「それと、逃げた冒険者パーティは男2人、女2人の銅等級だ! そっちも頼む!」

『任せて。運搬ギルドとも連携して、すぐに手配するわ。エクレール、くれぐれも無茶はしないでちょうだいね』

「知らねぇよ! 無茶するなってんなら、前を走ってるバカに言ってやってくれ! クソッ、切るぞ!」

 

 通信を切り、端末を懐へしまう。

 前では、カトルが少しも速度を緩めることなく森の奥へ駆けていく。

「……頼むから、最悪の予想だけは外れてくれ」

 アタシはさらに地面を蹴って、その背中を追った。


次回は9月18日20時20分投稿です。

応援、お願いします。

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