038 銅等級試験3となんとやら……
その後もキペンベやジンハルとは何度も遭遇した。
だけど、いくら倒しても目的のボシ・ケンゲは見つからない。
そうして探索と戦闘を繰り返しているうちに、気づけば太陽はとっくに真上を通り過ぎていた。
感覚的には、もう午後2時くらいだろうか。
「ダメだ。全然見つからない……」
朝から森の中を歩き回って、最初に倒した分も合わせると、キペンベは18匹、ジンハルは12匹も倒している。
当然ながら、その間もエクレールさんは一度たりとも手を貸してくれなかった。
少しくらい手伝ってくれたっていいのに、とんだスパルタ教官ですよ。
ああ、さすがに疲れてきた。
それに――
ぐぅぅぅぅ……
静かな森の中に、俺の腹の音が盛大に響き渡った。
思わずお腹を押さえる。
いやぁー、我ながら見事な鳴りっぷりだね。
「腹まで緊張感がねぇな」
後ろから呆れた声が聞こえてきた。
「お腹が減るのは仕方ないでしょうよ。エクレールさんはお腹が減らないんですか?」
「減ってても、てめぇみたいに盛大には鳴らさねぇよ」
「別に好きで鳴らしてるわけじゃないんですけど」
朝飯はちゃんと食べてきたんだけどなぁ。
森の中をこれだけ歩き回ったうえに、モスキートを30匹も倒したんだから、さすがにもう限界ですよ。
「ということで、昼飯にしましょう」
「試験中だぞ」
「試験中でも飯は必要でしょうよ。このまま腹ペコで歩き続けて、いざボシ・ケンゲが現れたときに力が出なかったら困るじゃないですか」
「休むための言い訳だけは、次から次へと出てくんな」
「言い訳じゃなくて、立派な体調管理です」
エクレールさんは眉間のしわを深くしながらも、それ以上は何も言わないで、近くの倒木へ腰をかけた。
どうやら昼飯を食べること自体は、許可してくれたらしい。
俺は周囲を見回して、背中を預けられそうな大木のそばに背嚢を下ろした。
「よっこらせっと。この辺でいいかな」
さっそく、背嚢の中から折りたたみのテーブルと椅子を取り出して組み立てると、テーブルの上に調理道具一式と必要な調味料を並べていく。
テーブルの横には魔導コンロを2台セットして準備完了。
うんうん。こうして見ると調理道具も結構揃ってきたな。
ちょいちょいジャックさんの店で買い足していったかいがあるってもんだ。
特にお気に入りなのは、この蛇口のついたウォータータンク。
なんと水魔核をセットするだけで水がジャブジャブ出ちゃうという優れもの!
まぁー、結構高かったけど衛生面は大事だからね。
まずはこうして手をよく洗ってっと。
さてと、調理開始といきますか。
よーし! 今日の主役はお前だ!
いでよ! ぼたん肉!
俺はパンパンに膨らんだ保存袋からぼたん肉を取り出した。
まずは下ごしらえからだ。
「はいはい。お化粧しましょうね」
そう言いながら、ぼたん肉の塊に調味料やハーブをペタペタと塗っていく。
その肉を休ませてる間に、今度は別のぼたん肉を取り出して食べやすい大きさにカット。
ドナテロ特製スパイスをもみ込んでから、鉄串にブッ刺していく。
「てめぇ、何しに森へ来てんだ?」
「昇級試験ですけど?」
「これから宴会でもおっ始める気かよ」
「昼飯を作ってるだけですよ。宴会ならエールも出します」
「出す気だったのかよ」
「試験中なので、さすがに我慢します」
「当たり前だ!」
そんなに怒鳴らなくてもいいでしょうに。
ちゃんと我慢するって言ってるんだから、むしろ褒めてほしいくらいなんですけど。
俺は串に刺した肉を魔導コンロの遠火で焼き始めると、もう1台の魔導コンロにフライパンを置いて火をつける。
油を引き、熱くなったところへ先ほど休ませておいた塊肉を投入。
ジュウゥゥゥ……
肉が焼ける小気味いい音と共に、香ばしい匂いが周囲へ広がった。
「くぅーっ! いい匂いだなぁ!」
時折ひっくり返しつつ、滲み出た肉汁を表面にかけながら焼いていく。
そのままかぶりつきたいのをぐっとこらえて、全体がこんがりと焼き上がったところで塊肉をまな板の上へ移し、ひと休みさせる。
そうこうしているうちに、遠火で焼いていた串焼きの表面にもこんがりとした焼き色が付いてきた。
「おほほ。こっちもいい感じに焼けてきたぞ。これ、絶対美味しいじゃん」
少し離れた場所へ目を向けると、エクレールさんは茶色くて硬そうな携帯保存食をかじっていた。
ポリッ。
ポリポリッ。
なんだか食べているというより、木の皮でも齧っているように見える。
俺の視線に気づいたのか、エクレールさんが鋭い目を向けてきた。
「なんだよ」
「いやぁー、ずいぶんと美味しそうなものを食べてるなと思いまして」
「喧嘩売ってんのか?」
「褒めただけじゃないですか」
「どこが褒めてんだよ!」
エクレールさんは携帯保存食をポリッと強く噛み砕いた。
さっきより音が大きくなった気がする。
まぁー、怒りん坊のハーフエルフはほっといて……いざ、実食!
「いただきます!」
俺はほかほかと湯気を立てる串焼きにかぶりついた。
「熱っ!? はふっ……」
噛むたびに肉汁が口の中へ広がる。
しっかりとした弾力はあるけど、硬くはない。
ドナテロ特製スパイスが脂の甘さを引き立てていて、いくらでも食べられそうだ。
「うん! 美味しい!」
やっぱり、ぼたん肉は鍋にしても焼いても美味しいね。
もう一切れ口へ運びながら、ちらりとエクレールさんを見る。
エクレールさんも、ほんの一瞬だけ焼けた肉へ視線を向けた。
だけど、俺と目が合いそうになると、すぐに顔を背けて携帯保存食をかじり始める。
別に意地悪してるわけじゃないからね?
欲しいなら欲しいって言えば、少しくらい分けてあげるつもりではいるんですよ。
でも、エクレールさんは何も言わない。
俺から勧めたところで、
「いらねぇよ」
とか言われるのが目に見えているからね。
「いやぁー、美味しいなぁ。焼きたては最高だなぁ」
「いちいち声に出して食うな。うるせぇ」
「独り言くらい好きに言わせてくださいよ」
「森中のモスキートを呼び寄せる気か?」
「これくらいの声で寄ってきませんよ」
「匂いの話もしてんだよ」
「あっ」
言われてみれば、ぼたん肉の香ばしい匂いはかなり周囲へ広がっている。
料理へ夢中になって、そこまで考えてなかった。
「ちゃんと周囲は確認しましたし、むしろボシ・ケンゲが寄ってきたらラッキーじゃないですか」
「後から言い訳すんな」
「言い訳じゃなくて、状況説明です」
「次から次へとよく出てくんな」
エクレールさんはもう一度、携帯保存食を強く噛み砕いた。
バキッ。
今度はポリッじゃなくて、明らかに何かが砕けたような音がした。
歯、大丈夫なのかな?
あんなに強く噛まなくても食べられると思うんですけど。
「……食べます?」
「あ?」
「ぼたん肉。まだありますけど」
つい気になって声をかけると、エクレールさんは一瞬だけ黙った。
だけど、すぐに不機嫌そうな顔で鼻を鳴らす。
「いらねぇよ」
「はいはい。そうですか」
「なんだよ、その言い方は」
「別に何も」
やっぱり言うと思った。
まったく意地っぱりなんだから。
俺は串焼きを食べ終えると、まな板の上で休ませていた塊肉にナイフを入れた。
余熱で火を入れたかいもあって、薄くスライスした肉の断面はしっとりとしていて、つやつやのピンク色。
「おおっ! 完璧!」
昨日、ドナテロさんに教えてもらったんだけど、案外上手くいくもんだな。
そのまま塊肉を全て薄くスライスし終えると、背嚢に手を突っ込んだ。
中から取り出したのは、ドナテロさんが持たせてくれた大きなパン。
続けて、レタスみたいな葉野菜とオニオンみたいな野菜も取り出す。
「なんでそんなもんまで持ってんだ」
「ドナテロさんが持たせてくれたんですよ」
「つーか、さっきからどんだけ物が出てくんだよ」
「これくらい普通でしょうよ」
「普通なわけあるか! さっきからキペンベやジンハルのドロップアイテムを散々入れてただろうが! その背嚢、どれだけ物が入ってやがる!」
エクレールさんは眉間へ深くしわを寄せながら、俺の背嚢を睨み付けた。
ふっふっふ。
ついに気づいてしまいましたか。
エクレールさんへ向かって得意げに笑う。
「それは……秘密です」
「もったいぶってんじゃねぇよ!」
「秘密は秘密なんですよ」
「気持ち悪ぃ笑い方してんじゃねぇ!」
そんなに悔しがらなくてもいいでしょうに。
教えてあげるつもりはないけどね。
俺は大きなパンへ横から切り込みを入れ、レタスみたいな葉野菜と薄く切ったオニオンみたいな野菜を挟んでいく。
そして、さっきスライスした肉を野菜の上にたっぷりと重ね、最後にパンで挟む。
ローストボアサンドの完成だ。
「おおっ、いい感じじゃないですか! ではでは……」
両手で持ち上げ、大きく口を開けてかぶりつく。
「んんっ! 美味しい!」
香ばしく焼けたパンと、しっとりやわらかなぼたん肉。
そこへ葉野菜の瑞々しさと、オニオンみたいな野菜の辛味が加わっている。
焼いた肉だけで食べるのもいいけど、こうしてパンや野菜と一緒に食べるのも美味しいね。
「んっ?」
ふと視線を感じて顔を上げると、エクレールさんが俺の食べているローストボアサンドをガン見していた。
というか、「ゴクリ」って聞こえたんですけど。
「何、見てんだよ」
「いや、その言葉ならそっくりそのままお返ししますよ」
はぁー、しょうがないなぁ。
俺は手際よく同じものを作ると、それを持って倒木に腰かけるエクレールさんの元へ向かった。
「あんだよ」
「これ、どうぞ」
「い、いらねぇよ!」
「いいから食べてください」
そう言って、ローストボアサンドを差し出した。
「お腹減ってたら試験官もちゃんと務まらないでしょ? それだと俺も困るんで、しっかり食べてください」
「ちょ、ちょっと待て……!」
俺は拒むエクレールさんにローストボアサンドを押しつけると、足早にテーブルに戻って食事を再開した。
エクレールさんは食べるかどうか迷っていたものの、しばらくしてから「まぁ、食いもんは粗末にしちゃいけねぇしな」とか言いながら食べ始めた。
「う、うめぇ……」
なんかめちゃくちゃ幸せそうに頬張ってるけど、余計なことを言ったら面倒臭くなりそうだから見なかったことにしておこう。
「ごちそうさまでした! あー、食った食った!」
食べ終えたところで、汚れた調理道具を洗って拭いて、片付け終了っと。
ウォータータンクは本当に買ってよかったな。
おかげで片付けもすっごく楽になったしね。
「ずいぶんのんびりしてたな」
「昼休みなんだから、これくらい普通でしょうよ」
「誰が昼休みだっつった」
「今のが違うなら、なんだったんですか?」
「試験中の休憩だ」
「言い方が違うだけで、ほとんど同じじゃないですか」
「全然違ぇよ」
どこが違うんだろう?
どうでもいいけど、エクレールさんはその口の周りについてる肉汁を拭いたほうがいいと思うんだよね。
などと思っていると、今度は別の問題が出てきた。
食べたら、出るものも出る。
こればっかりはしょうがない。ビッグなベンだ。
うん。人間の体って、実によくできてるよね。
俺は膝に手をつきながら立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
エクレールさんが、すぐに鋭い声を飛ばしてくる。
「トイレですけど、何か?」
「……チッ」
「トイレに行くだけで舌打ちされる意味がわからないんですけど」
「勝手に遠くまで行くんじゃねぇぞ」
「わかってますよ。それと、付いてこないでくださいよ?」
「誰が行くか!」
「念のため言っただけでしょうよ」
「さっさと行け!」
怒鳴られなくても行きますよ。
俺は休憩場所から少し離れると、木々の奥へ向かって歩き始めた。
あまり遠くへ行くと、またエクレールさんに怒られそうだ。
かといって、近すぎる場所でするわけにもいかない。
見えなくなる程度に離れたところで、ちょうどよさそうな茂みを見つけた。
念のため周囲に人やモスキートがいないことを確認し、その奥へ入っていく。
次回は9月15日20時20分投稿です。
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