037 銅等級試験2となんとやら……
ボシ・キペンベの群れを倒したあと、俺たちは再び森の奥へ向かって歩き始めた。
さっきまでよりも足跡や折れた枝が増えてきた気がするけど、ボシ・ケンゲは見つからない。
なんかここまで見つからないのって、おかしくない?
立ち入り制限が解除されてからモネの森に入ったのは今日を除けば2回。
この世界に来た日を入れたら3回だけど、ボシ・ケンゲはともかく、普通のケンゲくらいなら結構な頻度で遭遇してたんだけどなぁ。
もしかして、トカゲっぽいから冬眠しちゃったとかかな?
「んっ? あんなところに穴が空いてるぞ?」
俺は岩陰にぽっかり空いた穴を覗き込む。
何かの巣穴かな? 大人1人くらいなら入れそうだ。
「ケンゲって、冬眠するのかなぁ?」
「夏に冬眠するわけねぇだろ。バカか?」
「う、うるさいなぁ。そんなのわかってますよ。冗談に決まってるでしょ」
「つまらない冗談言ってねぇでとっとと探せ。日が暮れちまうぞ」
エクレールさんは相変わらず、少し後ろから文句ばかり言ってくる。
だったら探すのくらい手伝ってくれてもよくない?
まぁー、断られるのがわかってるから手伝ってなんて絶対に言わないけどね。
仕方なく別の痕跡を探して、今度は木の幹に付いていた爪痕を頼りに進んでみる。
だけど、その爪痕も数本先の木で途切れていた。
「なんなんだよ、もう……」
「森ん中の痕跡が、全部てめぇの探してるモスキートにつながってるとでも思ってんのか?」
「思ってませんよ。ちょっとくらい独り言を言っててもいいでしょうよ」
「うるせぇ独り言だな」
「エクレールさんがいちいち反応するから、会話になってるんでしょうよ」
俺が振り返ると、エクレールさんは不機嫌そうに顔を背けた。
会話をしたくないなら、放っておけばいいのに。
なんだかんだで、さっきより喋るようになってない?
もちろん口調も態度もまったく変わってないから、仲良くなった気は1ミリもしないけどね。
そうして森の中を進み続けていると、この世界に来た日に黒怪鳥やボシ・ケンゲと戦った大岩のある広場までやってきた。
しかしながら、当然のようにボシ・ケンゲどころか普通のケンゲすら見当たらない。
「あーもう! なんでどうでもいいときに限って出てくるくせに、今日に限って出てこないんだよ!」
「モスキートがてめぇの都合に合わせて出てくるわけねぇだろ」
「それくらいわかってますよ。ちょっと愚痴っただけでしょうよ」
「試験中に愚痴ってる暇があんなら、さっさと探せ」
「はいはい」
「返事は1回でいいっつっただろ」
もう絶対にわざと言ってるよね?
エクレールさんに背を向け、俺はさらに森の奥へ歩き始めた。
しばらく進んだところで、前方の茂みから荒い鼻息が聞こえてきた。
「フゴッ! フゴォッ!」
この鼻息には聞き覚えがある。
続けて、前脚で地面を何度も蹴りつける音が響く。
茂みを掻き分けて姿を現したのは、大きく反り上がった牙と分厚い毛皮を持つイノシシ型のモスキート。
ジンハルだ。
以前戦ったときは2匹だったけど、今回はその倍。
4匹のジンハルが横に広がり、充血した目でこちらを睨んでいる。
「またボシ・ケンゲじゃないのかよ」
「フゴォォォッ!」
俺の言葉が気に障ったのか、4匹のジンハルが一斉に地面を蹴り始めた。
いやいや、君たちを馬鹿にしたわけじゃないからね?
ちょっと今日は探している相手が違うってだけなんですよ。
念のためエクレールさんへ目を向けてみる。
エクレールさんは俺の視線に気づくと、何も言わずに一歩後ろへ下がった。
完全に見物する体勢じゃないですか。
「やっぱり手伝わないんですね」
「何度言わせんだよ」
「少しくらい期待してもいいでしょうよ」
「期待する相手を間違えてんぞ」
「そこまで言い切らなくてもいいでしょうに」
俺はため息を吐きながら、鞘からカブ改を引き抜いた。
4匹のジンハルが鼻息を荒くしながら、前脚で地面を蹴りつけている。
以前戦ったときと同じなら、攻撃方法はほとんど突進だけ。
ただし、今回は4匹が同時に突っ込んでくる。
まともに囲まれたら、前後左右から牙に串刺しにされかねない。
俺は4匹すべてが視界に入るようにしながら、木々の間を横へ移動する。
「フゴォォォッ!」
右端にいたジンハルが最初に地面を蹴った。
その動きにつられるように、残りの3匹も一斉に突進してくる。
「順番くらい守ってほしいんですけど!」
真正面から迫る1匹を引き付け、牙が届く直前に左へ飛び退く。
すぐ横をジンハルが駆け抜けていくけど、立ち止まっている暇はない。
別の1匹が進行方向を変え、そのまま俺へ向かって突っ込んできた。
さらに後ろからも2匹が迫っている。
このまま横へ逃げ続ければ、いずれ木々の間へ追い込まれる。
俺は近くに立っている大木へ向かって走った。
背後から荒い鼻息と、地面を踏み鳴らす音が近づいてくる。
大木の手前で足を止め、振り返る。
目の前には、牙を突き出して迫ってくるジンハル。
「ほらほら、こっちですよ」
ぎりぎりまで引き付け、ぶつかる直前に大木の横へ身を滑らせる。
「フゴッ!?」
ジンハルは急に進路を変えることができず、そのまま大木へ頭から突っ込んだ。
ドゴンッ!
大きな音と共に幹が揺れ、木の葉が降ってくる。
ジンハルは頭を振りながら、その場でふらついていた。
今なら攻撃できる。
だけど、背後から別の鼻息が聞こえた。
振り返ると、残りの3匹が俺を目掛けて走ってくる。
「休ませてくれないねぇ!」
俺は大木へ衝突したジンハルを挟むように位置を変えた。
先頭を走っていたジンハルは仲間を避けようと進路をずらす。
その先へ俺も移動する。
ジンハルが再びこちらへ向きを合わせたところで、俺は反対側から迫っているもう1匹との間に立った。
左右から2匹のジンハルが突進してくる。
あと少し。
もう少し。
2匹がぶつかる直前、前方へ飛び出した。
「フゴォッ!?」
「ブゴッ!」
背後で鈍い衝突音が響く。
振り返ると、2匹のジンハルが正面からぶつかり、地面へ倒れ込んでいた。
「よし。これで少しは大人しく――」
そう言い終わる前に、残った1匹がこちらへ向かってくる。
「全然大人しくならないね!」
俺はカブ改を握り直し、迫ってくるジンハルへ向き直った。
俺へ向かってきたジンハルが、大きく頭を下げて牙を突き出す。
真正面から迫ってくるジンハルを引き付け、横へ一歩踏み込んだ。
牙がすぐ脇を通り過ぎる。
すれ違いざまに肩口へカブ改を振り下ろすと、深く刃が入った。
「フゴォッ!」
ジンハルは勢いを止められず、そのまま数メートルほど走ってから足をもつれさせる。
俺はすぐにあとを追い、動きの鈍ったジンハルの首筋へもう一撃を叩き込んだ。
「せいっ!」
「フゴッ……」
ジンハルは前脚から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
これで1匹。
さっき大木へ頭から突っ込んだジンハルも、まだふらついている。
俺は地面へ倒れている2匹より先に、そちらへ向かって走った。
ジンハルは俺に気づき、頭を振りながら立て直そうとする。
だけど、少し遅い。
俺は横へ回り込み、肩口へカブ改を斬り付けた。
「フゴォォッ!」
痛みに怒ったジンハルが、無理やりこちらへ体を向ける。
その正面には立たず、さらに横へ移動しながら前脚へ刃を振り下ろす。
ジンハルの体勢が大きく崩れた。
俺は両手で握ったカブ改を、その首元へ叩き込む。
ジンハルは地面へ倒れ、何度か脚をばたつかせたあと、動かなくなった。
「あと2匹」
正面衝突した2匹も、ようやく起き上がろうとしている。
片方はまだ足元がおぼつかない。
もう片方は先に立ち上がり、怒り狂ったようにこちらを睨んでいた。
「フゴォォォッ!」
立ち上がったジンハルが地面を蹴る。
俺はふらついているもう1匹を背にする位置へ移動した。
狙いどおり、突進してきたジンハルは仲間が邪魔になり、直前で進路を変えようとする。
その瞬間、動きが大きく鈍った。
「もらった!」
俺は横から踏み込み、ジンハルの胴へカブ改を振り抜いた。
続けて首元へもう一撃。
ジンハルは力なく横倒しになった。
残った最後の1匹も、正面衝突の衝撃が抜けていないのか、まだ頭を振っている。
俺はその横へ回り込み、肩口と前脚へ順番に斬り付けた。
「フゴッ! フゴォォォッ!」
ジンハルは無理やり立ち上がろうとしたけど、傷付いた前脚が体重を支えきれない。
最後に首筋へカブ改を振り下ろすと、ジンハルはその場へ崩れ落ちた。
「ふぅー、今度こそ終わりっと」
周囲を見回しても、立っているジンハルはいない。
4匹を同時に相手にするのはさすがに面倒だったけど、攻撃方法が突進だけなのは変わらなかった。
囲まれないように動いて、突進する方向を少し誘導してやれば、なんとかなるもんだね。
もちろん、1回でもまともに食らったら、なんともならなくなりそうだけど。
カブ改に付いた血を軽く振り払い、鞘へ収める。
振り返ると、エクレールさんが腕を組んだまま俺を見ていた。
◆◆◆
アタシは少し離れた場所から、4匹のジンハルを相手に動き回るカトルを見ていた。
さっきのキペンベ戦で、こいつの剣術が一級品なのはわかった。
だが、今見せているのは剣の腕だけじゃねぇ。
4匹を同時に相手にしながら、どの個体も見失っていない。
目の前の攻撃を避けるだけじゃなく、その先で他の個体がどこへ動くのかまで読んでやがる。
突進の方向を誘導し、敵同士の進路を重ねる。
大木を盾に使い、動きが止まる状況を自分で作る。
そうして生まれた隙を逃さず、確実に仕留められる位置へ移動している。
普通なら、あれだけの巨体が複数迫ってくれば距離を取ろうとする。
だが、こいつは平然と牙が届く寸前まで踏み込んでいく。
一見すりゃ無鉄砲だ。
けど、違う。
突進が届く範囲も、敵同士の位置も、逃げ道も全部見たうえで動いてやがる。
自分が避けるだけなら、もっと安全な方法はいくらでもある。
わざわざ危険な間合いへ入り、敵の動きを利用する必要なんてねぇ。
それでもこいつは、敵が多いほど、その位置関係を自分の武器に変えている。
こいつが慣れているのは、モスキートとの戦いだけじゃねぇ。
複数の敵が入り乱れる戦いそのものに慣れてやがる。
いったい、どこでこんな戦い方を覚えた?
無茶苦茶に見えるくせに、肝心なところでは何一つ勘に頼っていない。
やっぱり、見れば見るほどわけのわからねぇ野郎だ。
◆◆◆
「なんですか?」
「別に」
「またそれですか」
「試験官が受験者を見るのは当たり前だっつっただろ」
「そんな怖い顔で見なくても、ちゃんと戦ってるでしょうよ」
「元からこういう顔だ」
それ、自分で言っちゃうんだ。
まぁー、少なくとも戦い方について怒られたわけじゃないらしい。
しばらくすると、倒れていたジンハルたちの体が光の粒へ変わり、その場にドロップアイテムが残された。
魔核や毛皮、牙に加えて、見覚えのある肉の塊も落ちている。
「おっ、ぼたん肉!」
俺は思わず顔を綻ばせながら、4匹分のドロップアイテムを拾い集める。
当然、ぼたん肉はそのままだと衛生的によくないので、ボシ・ケンゲの水袋改め保存袋に入れておく。
つい最近気づいたんだけど、この袋には冷却効果があるみたいで、生肉の保存にピッタリなんだよね。
これだけあれば、またぼたん鍋を作ってもらえるかもしれない。
いや、今回は焼いて食べるのもいいな。
そうだ。昨日、ドナテロさんにぼたん肉の美味しい調理方法を教えてもらったんだ。
よしっ、今日の昼飯はそれで決まりだな。
うふふ。楽しみ、楽しみ。
「何ニヤついてんだよ」
「ちょっと、この肉をどうやって食べようか考えてただけです」
「試験中だぞ」
「試験中でも腹は減るでしょうよ」
「緊張感のねぇ野郎だな」
まったく、それくらい考えたっていいでしょうよ。
食事は大事なんだからね。
ドロップアイテムをすべて背嚢へと収納した俺は、再びボシ・ケンゲを探すために森の奥へ目を向けた。
次回は9月11日20時20分投稿です。
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