035 昇級試験となんとやら……
「ベッチ、離せよ」
「カトちゃんこそ、いい加減自分で育てろよ」
そのまま手元へ引っ張るけど、ベッチも意地になって引っ張り返してくる。
肉は鍋の上を行ったり来たりするばかりで、ちっとも俺の方へ寄ってこない。
くそっ、こうなったら……
「あっ! クラリスさん!」
「えっ?」
ベッチが慌てて振り返り、箸が肉から離れる。
もちろん、クラリスさんなんていない。
その隙に、俺は肉をかっさらって口へ放り込む。
「嘘だよ。おほほっ、やっぱ美味い!」
「あっ! 大人げねぇぞ! カトちゃん!」
「ベッチにだけは言われたくないな」
「こいつ……」
悔しそうに睨むベッチに向けて、俺は新しく運ばれてきたジョッキを持ち上げた。
ベッチは納得のいかない顔をしながらも、俺に応えるようにジョッキを持ち上げる。
カツンッと乾いた音が響いた。
「そういや、クラリスさんといえば、今朝、昇級試験がどうとか言ってたな。混んでたからあんま詳しく聞かなかったけど、何か知ってる?」
「ああ。知ってるも何も、クラリスに伝えておくよう頼んだのは俺だからな」
「そうなの? でも俺は別に等級とか興味ないんだよね。今のままでも食うには困らないし」
「ははっ、カトちゃんらしいな」
ベッチが声を上げて笑う。
「それって、絶対に受けなきゃ駄目なの?」
「強行派に目を付けられてもいいなら、受けなくてもいいぞ」
「えっ?」
思いがけない言葉に、鍋へ伸ばしかけていた箸が止まった。
「なんで昇級試験を受けないだけで、強行派に目を付けられるの?」
「今のカトちゃん、鉄等級のくせに、ここ数日でカテゴリー2を何度も倒してるだろ?」
「まぁ、結果的には」
「その結果が問題なんだよ」
ベッチは空になった器を脇へ避け、俺の方へ身を乗り出した。
「ギルドの記録だけ見れば、鉄等級の新人が次々に格上のモスキートを倒してることになる」
「それって、まずいの?」
「かなり目立ってる」
「マジで?」
うーん。俺としては受けた依頼を普通にこなしているだけなんだけど。
ハシュラファもボシ・ケンゲも、向こうから襲ってきたから討伐しただけだしね。
「なるべく目立たないように静かに冒険者をやってたつもりなんだけどなぁ」
「カトちゃんの静かは、昔から全然静かじゃねぇんだよ」
「失礼だな!」
「事実だろ」
否定したいけど、ベッチが妙に自信満々なので、なんか腹が立つ。
ふと見ると、ベッチのジョッキはちょうど空になっていた。
よし。テーブルのおかわりベルを鳴らす。
へべれけに酔っ払って、クラリスさんに怒られるがいい。
「それで、なんで銅等級に上がると目立たなくなるの?」
「銅等級なら、パーティを組んでカテゴリー2を倒すのは珍しくないからだよ。鉄等級のままでいるより、そっちに混ざった方が討伐記録も目立たなくなるんだわ」
「木を隠すなら森の中ってやつ?」
「ちょっと違くない?」
「意味は大体合ってるからいいんだよ」
要するに、カテゴリー2を倒す冒険者が多い等級へ紛れ込ませようということらしい。
等級を上げた方が目立たなくなるっていうのも、なんだか変な話だな。
「でも、俺が冒険者になってから、まだ10日くらいしか経ってないだろ?」
「そうだな」
「そんなに早く昇級したら、それはそれで目立たない?」
「鉄等級から銅等級なら、1週間くらいで上がる奴もたまにいるぞ」
「そんなに早く上がれるもんなの?」
「俺は3日だった」
「早っ!」
ベッチは得意げに胸を張る。
「ベッチこそ、めちゃくちゃ目立ったんじゃないの?」
「多少はな。でも、早く銅等級へ上がったからって、そのあとも順調に上がれるとは限らねぇんだわ。そこで伸び悩む奴だっているし、それだけで将来有望だとは思われないよ」
「なるほど」
「カトちゃんの場合も、銅等級になった方が今より目立たなくなる。強行派に目を付けられる前にな」
「さっきのマリーさんの話からしても、強行派とは関わりたくないな」
「だったら、素直に昇級試験を受けとけ」
そう言いながら、ベッチは新しい肉を鍋へ入れた。
俺も続けて数枚の肉を入れ、重ならないよう箸で広げていく。
その中でも一番大きな肉を、自分の近くへ寄せておいた。
これなら取られないでしょう。
「それで、昇級試験って何をするの?」
「ボシ・ケンゲ1匹の討伐」
「えっ? それだけ?」
「ああ。それだけ」
なんだ。
もっと難しいことをやらされるのかと思った。
「それなら、この世界に来た日に1匹討伐してるし、なんならついこないだも2匹まとめて討伐してるんだけど」
「聞いてるよ」
「討伐証明も提出してるんだし、それじゃ駄目なの?」
「駄目」
「なんで?」
「正式な試験じゃ、試験官が同行して、本人が1人で倒すところを確認する決まりなんだわ」
「お役所仕事だなぁ」
「まぁ、決まりだからな」
倒せることはもう証明しているのに、わざわざもう一度倒さなきゃいけないらしい。
こういう融通の利かなさは、どこの世界も同じなんですねぇ。
「ちなみに、試験官って誰?」
「それは秘密」
「なんで?」
「事前には教えない決まりなんだよ」
「ベッチ、ギルドマスターだろ? ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」
「駄目なものは駄目」
「けち」
「上位の冒険者だってことだけ教えといてやるよ」
「上位の冒険者ねぇ」
誰が来るのかは気になる。
だけど、やることはボシ・ケンゲを1匹倒すだけだ。
今の俺なら、大きな問題はないだろう。
「それじゃあ、受けてみようかな」
「おっ、受けるか?」
「うん。強行派に目を付けられるのも嫌だし、そっちの方が目立たないなら受けとくよ」
「よし。それなら、帰ったらクラリスに話しておく。試験官の都合も確認しねぇとな」
「よろしく」
等級そのものには興味ないけど、受けられる依頼が増えるなら悪いことでもないだろう。
銅等級になったら、どんな依頼が受けられるようになるのかな?
そんなことを考えながら、さっきから育てていた肉へ箸を伸ばす。
何度も裏返しながら、ちょうどいい具合になるまで大事に育てた、とっておきの1枚だ。
ところが、俺の箸が届く寸前。
横から伸びてきたベッチの箸が、肉を素早くさらっていった。
「あっ!」
「うん。ちょうどいい火の通り具合だな」
ベッチは俺が育てていた肉を、満足そうに噛み締めている。
「あっ! それ、俺が育ててた肉!」
「肉に名前は書いてねぇだろ?」
「それ、さっき俺が言ったやつ!」
「ご馳走さま」
「こいつ……!」
慌てて鍋の中を探す。
だけど、残っているのは野菜ばかりで、肉はもう1枚も見当たらない。
どうやら、昇級試験で倒すボシ・ケンゲよりも、まずは目の前の手強い奴をなんとかする方が先みたいだ。
◆◆◆
ベッチとぼたん鍋をつついてから、3日が経った。
今日は銅等級昇級試験のある日だ。
「♪ふんふふーん、ふふふーん」
俺は上機嫌で鼻歌を歌いながら、冒険者ギルドへ向かって歩いていた。
かといって、別に試験が楽しみだからご機嫌なわけじゃないんだよね。
えっ? じゃあなんで機嫌がいいのかって?
うふふ。よくぞ聞いてくれました!
理由は……これです!
ジャーン! 岩甲亀の小手!
実は何日か前に防具屋のおばちゃんに注文してたんだけど、それができたからついさっき受け取ってきたんだよね。
素材はハシュラファを討伐したときに手に入れた逆鼈甲。
いやぁー、こうして実際に着けてみると、思っていた以上に格好いい。
腕を曲げたり伸ばしたりしてみるけど、動きの邪魔になる感じもない。
しかも、今装備している深緑色の鎧とも色合いがピッタリというか、めっちゃ馴染んでていい感じだ。
ちなみにステータスはこんな感じ。
◇名前 岩甲亀の小手
◇防御力 39
◇耐久力 52
◇備考
反射 小
防御力も耐久力も、革鎧より高い。
さらには『反射 小』なんていう特殊効果のおまけ付き。
防具屋のおばちゃん曰く、逆鼈甲ならではの効果らしくて、小手で受けた攻撃をときどき弾き返してくれるとのこと。
1200ラグバもしたけど、お値段以上の大満足だ。
何はともあれ、これでようやく小シェルをぶっ放してもインナーが焦げなくなるのが嬉しい。
実は、ここ最近の戦闘で水蜥蜴のインナーを2着も駄目にしていたりするんだよね。
最初の1着は、ハシュラファとの戦いで小シェルを使ったとき。
カブ改から噴き出した熱と火花で、前腕部の袖が見事に焦げた。
まぁー、あれだけの威力だったし、多少焦げるくらいは仕方ない。
そう思って新しいインナーを買い直したんだけど、それも一昨日のガラ・アファルとかいう蛇型モスキートとの戦闘で同じ目に遭った。
同じ理由で2着も駄目にするなんて、我ながら学習能力がなさすぎる。
いやいや、違うんですよ。
あんな20メートル近い蛇が大口を開けて襲ってきたら、そりゃあ思わずぶっ放しちゃうでしょうよ。
インナーは焦げたけど、命の方が大事だからね。
まぁー、防具屋のおばちゃんには「また買いに来たのかい?」って呆れられたけどね。
だけど、この小手さえあればインナー代を気にせず、思う存分小シェルをぶっ放せる。
財布にも優しく、火力も出せる。
まさに一石二鳥ってやつだ。
なんて考えながら歩いていると、後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。
「アニキーーーっ!」
振り返らなくても、誰だかわかる。
そんなウゴウゴルーガの『あにき』みたいな呼び方をするのは1人しかいない。
ムルージュ村のマルコメくんこと、ハンスだ。
「アニキ! おはようございます!」
後ろから駆けてきたハンスが、満面の笑みを浮かべながら俺の隣へ並んだ。
その頭はグラッツェの刑期が終わったのをきっかけに、スキンヘッドから五厘刈りにクラスチェンジしている。
今ならピタッとタオルもくっつきそうだ。
「はいはい。おはよう」
「今日も最高の朝ですよ、アニキ!」
「そうだね。朝から大声で呼ばれなければ、もっと最高だったんだけどね」
「何言ってるんですか! 挨拶は元気よくするのが一番でしょ!」
一体、こいつは誰なんだ?
ついこの間まで、顔を合わせるたびに殴りかかってきていた男とは思えないぞ。
敵意がなくなったのはいい。
それは本当にいいんだけど……
今度は別の意味で面倒臭くなってない?
「おおっ! アニキ、その腕に着けてるの、なんですか!?」
ハンスが目を輝かせながら、俺の小手を覗き込んでくる。
「ハシュラファの逆鼈甲で作ってもらった小手。今朝、完成したんだよ」
「めちゃくちゃ格好いいじゃないですか! さすがアニキ!」
「小手が格好いいのと、俺がさすがなのは全然つながってないからね」
「アニキが着けてるから、もっと格好よく見えるんですよ!」
「そ、そう?」
「はい!」
そこまで真っ直ぐ褒められると、悪い気はしない。
仕方ない。あんまり邪険にするのも可哀想だし、小手を見せてあげようじゃないか。
「……んっ?」
そうして腕を差し出していると、ふとハンスの格好が目に入る。
大きな背嚢を背負い、肩にはつるはしを担いでいた。
よく見れば腰には採掘用の道具がいくつもぶら下がっている。
なかなかの大荷物だ。
「ハンスはそんな格好でどこ行くの?」
「今日は草原地帯にある遺跡まで、鉱物採取に行くんですよ!」
「へぇー。なんか面白そうだね」
「アニキは依頼ですか?」
「依頼じゃなくて、今日は銅等級への昇級試験」
「昇級試験!?」
ハンスが大声を上げ、その場で立ち止まる。
朝から何回叫ぶつもりなんだろう。
「さすがアニキ! もう銅等級になるんですね!」
「まだ試験を受けるだけだからね」
「アニキなら余裕ですよ!」
「はいはい。ありがとう」
そんな話をしているうちに、冒険者ギルドの前へ到着。
ハンスはこのまま草原地帯へ向かうらしい。
「それじゃあ、アニキ! オレ、行ってきます!」
「うん。気を付けてね」
「アニキも昇級試験、頑張ってください!」
「そっちも鉱物採取、頑張ってこいよー」
「はい!」
ハンスは大きく手を振ると、元気よく通りを走っていった。
あの勢いなら、鉱物どころか遺跡そのものを掘り起こして帰ってきそうだ。
俺はハンスを見送ってから、冒険者ギルドのスイングドアを押し開けた。
朝のギルドは、依頼へ出る準備をしている冒険者や、掲示板の前で依頼書を選ぶ連中でごった返している。
俺は冒険者たちの間を縫うように奥へ進むと、受付カウンターで書類整理をしているクラリスさんに声をかけた。
「クラリスさん、おはようございます」
「あら、カトル。おはよう」
俺の声に気づいたクラリスさんが、書類から顔を上げて柔らかく微笑む。
相変わらずのべっぴんさんだ。
あのベッチの奥さんだなんて、いまだに信じられない。
というか、信じたくないんですけど。
くそっ、ベッチめ。今日もベロンベロンに酔っ払わせてやる。
「昇級試験を受けに来ました」
クラリスさんは壁に掛けられた時計をちらりと確認した。
「ええ。時間どおりね。同行する試験官を呼んでくるから、あそこで待っていてちょうだい」
「わかりました」
言われた通り酒場スペースへ向かい、適当に空いている椅子に腰をかける。
試験官は上位の冒険者だってベッチは言ってたけど、いったい誰が来るんだろう?
せっかくなら馬が合う人がいいな。
もしかしたら、今後もお世話になるかもしれないしね。
あー、それはそうと、早くこの小手を戦闘で試したいなー。
小シェルも試してみたいけど、やっぱり反射の効果も見てみたい。
ボシ・ケンゲの水球くらいなら弾けるかな?
楽しみ。楽しみ。
そんなことを考えていると、カウンターのほうから足音が近づいてきた。
振り返ると、クラリスさんがこちらに向かってくるのが見えた。
そして、その後ろには腕を組んだまま、不機嫌そうに歩く1人のハーフエルフがいた。
いつものように腰には長剣型バンカーをぶら下げ、背中には厳つい大剣型バンカーを背負っている。
……エクレールさんじゃん。
マジかー。よりにもよって、この人か……
さっきまでの上機嫌な気分が、一瞬で消し飛んだ。
クラリスさんが俺の前で足を止める。
「待たせたわね。今日の試験官を務める、銀等級冒険者のエクレールよ」
「……どうも」
俺は立ち上がると、なるべく平静を装って軽く頭を下げた。
エクレールさんは腕を組んだまま、俺を睨んでいる。
俺は笑顔を作ってみたけど、歓迎していない気持ちまでは隠しきれなかったらしい。
「なんだ、その顔。アタシが試験官じゃ文句でもあんのかよ」
「いえ。思っていたより頼もしい方が来たなと思いまして」
大ありだよ!
なんで朝っぱらから、このヤンキーハーフエルフと2人で出掛けなきゃいけないんだよ!
これじゃあ1人でボシ・ケンゲを10匹討伐してこいとか言われた方がまだマシだよ!
ああー、さっきまでのご機嫌な気分を返してほしい。
「……てめぇ、その言い方がムカつくんだよ」
「気のせいじゃないですか?」
そう言って肩をすくめると、エクレールさんの目つきがさらに鋭くなる。
「ああん? ナメてんのか?」
怖い、怖い。そんなに睨まなくたっていいでしょうよ。
まったく、若いうちから眉間にシワを寄せてると取れなくなっちゃうよ?
もちろん、そんなことを口に出したら余計に面倒なことになるので、心の中だけで言っておく。
俺とエクレールさんがバチバチやり合っている横で、クラリスさんだけはいつも通り涼しい顔をしていた。
「それでは、準備もできているようだし、そろそろ出発してちょうだい。2人とも気を付けてね」
「はい……」
「ほら、さっさと行くぞ。グズグズするんじゃねぇ」
そう言うとエクレールさんは周囲の冒険者たちを押しのけながら出口に向かって歩き出した。
「はいはい。行きますよ」
俺は深いため息を吐きながらエクレールさんの後を追った。
その時、頭の中ではなぜか「誰にも優しく愛に生きる人」というあにきのテーマソングが流れていた……
次回は9月4日20時20分投稿です。
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