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032 隠された家となんとやら……

 それから俺達は、再びベンジョン草を探しながら森の中を歩き始めた。

 木の根元。

 大きな岩の陰。

 湿り気のある窪地。

 観察眼を使いながら探していくと、少しずつではあるけどベンジョン草が見つかった。

「これで6本目っと」

 採取したベンジョン草を背嚢へしまう。

「うーん……」

 全く見つからないわけじゃない。

 でも、前に来たときはもっとそこら中に生えていたような気がするんだよね。

 あの時は黒怪鳥にぶっ飛ばされて、無我夢中で引っこ抜いて食べてたけど、それでもまだまだ残ってたと思うんだけどな。

「どうしたんだろうね?」

「ブヒブヒ?」

 ピートンも不思議そうに耳を傾ける。

 今日は立ち入り制限が解除されたばかりだから、俺達より先に来た冒険者達が採っていったのかな?

 それとも――

「もしかして、前に俺達が食べすぎちゃったせい?」

「ブヒッ!?」

「……いや、さすがにそれはないか」

「ブヒブヒ……」

 なんで少し目を逸らしてるの?

 もしかしてピートン、俺の知らないところでこっそり食べに来てたりとかしてないよね?

「まぁー、犯人捜しは後にして、もう少し探してみようか」

「ブヒッ!」

 俺達はさらに森の奥へ向かって歩き出した。

 

 ピートンが地面の匂いを嗅ぎ、俺は周囲の草を観察眼で確認していく。

 しばらく進んだところで、ピートンが突然顔を上げた。

「ブヒッ!」

 何かを見つけたらしく、勢いよく木々の間へ駆けていく。

「ちょっ、ピートン。急にどうしたの?」

 後を追うと、大きな木の根元に、どんぐりが山ほど落ちていた。

「ブヒッ♪ ブヒブヒッ♪」

 ピートンは目を輝かせながら、その中へ鼻先を突っ込んだ。

 次から次へとどんぐりを口へ放り込み、両頬をパンパンに膨らませている。

 ただでさえ丸い顔が、いつも以上にまん丸だ。

「そんなに慌てて食べたら、喉に詰まらせるよ」

「ブフゥ!」

 返事らしき声を上げたものの、どんぐりを食べる勢いは全く落ちない。

 そのまま地面に落ちているどんぐりを追いかけていき――

「ブヒィッ!?」

 突然、ピートンの姿が地面へ消えた。

「ピートン!?」

 慌てて駆け寄ると、落ち葉に隠れていた浅い穴の中に、ピートンがすっぽりと収まっていた。

「大丈夫か、ピートン?」

「ブフゥ……」

 どんぐりで頬をパンパンにしたまま、困ったようにこちらを見上げている。

「ははっ。そんなにいっぱい頬張って、よっぽど美味しかったんだな」

「ブヒ……」

 しかも、口をモゴモゴ動かしているところを見ると、まだ食べ続けているらしい。

「わかった、わかった。今助けるから、どんぐりを食べるのは穴から出てからにしようね」

 呆れながらピートンの身体を抱え、穴から引っ張り出す。

「ブヒッ!」

 そのまま地面へ下ろしたところで、穴の縁に見慣れない草が3本まとまって生えているのに気づいた。

 細長い葉は淡い緑色で、その先端には小さな青い実が付いている。

「んっ? 綺麗な色の草だな。ちょっと見てみよう」

 観察眼を発動する。

 

◇名前 ルルイース草

◇レア度 2

 食べると一時的にスタミナが向上する。

 

 ルルイース、ルルイース、カールルイ……いや、やめておこう。

 なんか詮索しない方がいい気がする。

 効果はスタミナ向上ね。

 戦闘前に食べれば、疲れにくくなるってことかな?

 そのまま食べていいのかは少し不安だけど、とりあえず持って帰ればギルドで詳しいこともわかるだろう。

「よし、全部採っておこう」

 3本のルルイース草を根元から丁寧に引き抜き、土を払って背嚢へ入れた。

「初めて見る草もあるし、もっと奥へ行けばベンジョン草もたくさん生えてるかもしれないな」

「ブヒブヒ!」

 ピートンも賛成らしい。

 

 そうして俺達は引き続きベンジョン草を探しながら、森の奥へと進んでいった。

 歩けば歩くほど周囲の木々は太くなり、頭上を覆う枝葉も厚くなっていく。

 木漏れ日は少なくなり、昼間だというのに森の中は少し薄暗い。

 時折聞こえていた鳥のさえずりも、いつの間にか聞こえなくなっていた。

「随分奥まで来ちゃったな」

「ブヒブヒ」

 帰り道は大丈夫だよね?

 一応、来た方向は覚えてるつもりだけど、周りは似たような木ばかりだ。

 まぁー、ピートンがいれば大丈夫だろう。

 そんな軽い気持ちで歩いていると、前方から微かに水の流れる音が聞こえてきた。

 

「んっ?」

 川でもあるのかな?

 俺達は音のする方へ進んでいく。

 しばらくすると木々の間から明るい光が差し込み、やがて視界が一気に開けた。

「おおっ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。

 森の奥に広がっていたのは、大きな湖だった。

 湖面は風もないのにわずかに揺らめき、木々の緑と青い空を鏡のように映し出している。

 底まで見えそうなくらい水は澄み切っていて、岸辺では小さな魚が群れを作って泳いでいた。

 湖を囲むように色とりどりの草花が咲き、その向こうには深い森がどこまでも続いている。

「こんなところがあったんだ……」

「ブヒブヒ」

 ピートンも湖を見つめながら、ゆっくりと耳を動かしている。

 モネの森の奥に、こんなに綺麗な湖があったなんて知らなかった。

 いや、待てよ。

「そういや、地図にはこの湖描いてあったっけ?」

 背嚢から例の地図を取り出し、その場で広げてみた。

 東側には、一応モネの森らしき物が描かれている。

 だけど、何度見ても湖らしき印はどこにもない。

 木。

 岩。

 よくわからない線。

 以上。

「いや、このデカい湖が載ってないって、どういうことだよ。木とか岩を描く暇があったら、まず湖を描けよ」

 これで30ラグバ。

 改めて考えると、やっぱりボッタクリじゃないか?

「ブヒブヒ」

「ピートンもそう思う?」

「ブヒッ!」

 ですよね。

 今度、クラリスさんにクーリングオフできるか聞いてみよう。

 俺は役に立たない地図を畳み、ため息交じりに背嚢へ戻した。

 まぁー、地図に載っていないなら仕方ない。

 せっかく見つけたんだし、少し湖の周りを見て回ってみよう。

 

 湖の畔へ向かってゆっくり歩いていく。

 近付けば近付くほど、その水の透明さに目を奪われた。

 岸辺からでも湖底の石がはっきり見える。

 水草がゆらゆらと揺れ、小魚の群れがその間を泳ぎ回っていた。

「いやぁー、綺麗だなぁ……」

 こんな景色、日本でもそうそう見られるもんじゃない。

 なんだかキャンプでもしたくなってくる。

「ブヒブヒ」

「そうだな。水も澄んでるし、その辺の川よりよっぽど綺麗だ」

 試しに手ですくって飲んでみようかとも思ったけど、知らない世界の水をそのまま飲むほど俺もチャレンジャーじゃない。

 腹を壊したら笑い話じゃ済まないしね。

 そう思って湖から離れ、湖畔を歩き始めた、その時だった。

 

『キュイン』

「……んっ?」

 澄んだ音が耳をかすめた気がして、思わず立ち止まる。

「ピートン、今の聞こえた?」

「ブヒ?」

 周囲には木々が立ち並び、風が葉を揺らしているだけで、それらしいものは何も見当たらない。

「気のせい……かな?」

 念のため、観察眼で辺りを見回してみる。

 すると、少し離れた木の枝に、小さなお守りのような物が引っ掛かっているのが見えた。

 木漏れ日に照らされて、僅かに光を反射している。

 

◇名前 認識阻害の護符(タリスマン)

◇レア度 3

 人やモスキートの認識を阻害し、効果範囲内へ近付かせない。

 効果範囲内へ侵入した者を使用者へ知らせる。

 

「認識阻害の護符?」

 魔導具……なのかな?

 でも、あんな所にわざわざ引っ掛けてあるってことは、落とし物ってわけでもなさそうだ。

 魔除けとか、そういう類の物なんだろうか?

「まぁ、考えたところでわかんないか」

 そう割り切って、前へ視線を戻した。

 

「……えっ!?」

 思わず足が止まる。

 さっきまで何も無かったはずの場所に、1軒の家が建っていた。

「こんな所に家?」

 古びたログハウスだった。

 丸太を組んで建てられた素朴な造りだけど、屋根も壁もしっかり手入れされている。

「こんな森の中に人が住んでるの?」

 ログハウスの前には、小さな畑らしきものまである。

 整然と植えられた野菜らしき植物。

 その周囲を囲むように、赤や黄色、青や紫の花が咲き誇っていた。

「家庭菜園……かな?」

 薬草畑というよりは、普通に暮らしている人の庭って感じだ。

 風に乗って花の香りまで漂ってくる。

 森の中とは思えないくらい穏やかな空気が流れている。

 

「ブヒブヒ……」

 その時だった。

 隣にいたピートンが、急に耳をぺたんと寝かせた。

「ん?」

 尻尾もさっきまでみたいに元気よく振っていない。

 むしろ少し後ずさりしている。

「どうしたの?」

「ブヒ……」

 珍しく歯切れが悪い。

「この家の人、知ってるの?」

「ブヒッ」

「えっ、本当に?」

 ピートンは小さく頷くように耳を動かした。

「じゃあ、挨拶くらいしていこうか」

「ブヒブヒッ!」

 慌てたように首を横へ振る。

 しかも俺の脇腹を鼻先で押して、帰ろうと言わんばかりだ。

「どうしたの?」

 もしかして、怖い人でもいるの?

 それとも昔怒られたとか?

「ブヒ……」

「そこまで嫌がるってことは、本当に知り合いなんだな」

 そんなピートンの様子に苦笑し、ログハウスへ視線を戻した。

 煙突からは細い煙がゆっくりと立ち昇っている。

 どうやら、今は家の中にいるみたいだ。

「でも、ここまで来ちゃったし……声だけかけてみようかな」

「ブヒッ!?」

 ピートンは全力で止めようとしてくる。

「そんなに嫌なの?」

「ブヒブヒッ!」

「うーん……そこまで嫌がると逆に気になるんだけど」

 俺がログハウスへ向かって一歩踏み出した、次の瞬間。

 

「ふふっ……」

 どこからともなく、女性の笑い声が聞こえた。

 優しげだけど、どこか俺達の様子を面白がっているようにも聞こえる。

「……えっ?」

 慌てて辺りを見回す。

 だけど、誰もいない。

「き、気のせい……?」

「そっちじゃないよ」

「ひぃっ!?」

 今度はすぐ近くから女の人の声が聞こえた。

 声のした方へ反射的に振り向く。

 だけど、そこにも誰もいない。

「ブヒッ! ブヒッ!」

 ピートンは俺の後ろへ隠れるように回り込み、身体を震わせている。

「いやいや! 何をそんなに怯えてるの!?」

 というか、声は聞こえるのに姿が見えないって……

 も、もしかして、幽霊!?

 ヤダ! めっちゃ怖いんですけど!

「だ、大丈夫だよ! 落ち着いて! ほらっ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……悪霊退散! も、もう大丈夫……」


次回は8月25日20時20分投稿です。

応援、お願いします。

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