031 森の恵みとなんとやら……
「♪そらは広いなぁ~、大きいなぁ~……あれ? 続きなんだっけ?」
見上げれば、雲ひとつない青空がどこまでも続いている。
道の両脇には緑が広がり、心地よい風が草を揺らしていた。
こんな景色の中を歩いているだけで、なんだか心まで軽くなる。
「ブヒブヒブヒブヒ!」
今日のピートンはいつになくご機嫌だ。
もう少ししたら、そのまま空でも飛べるんじゃないかってくらい尻尾をぶるんぶるん振っている。
それもそのはず、今日はモネの森の立ち入り制限が解除される日。
俺とピートンは、バルガス工房での朝練を終えると、その足でモネの森へ向かっていた。
目的はもちろんベンジョン草採取。
思い返してみれば、この世界に来て最初に目を覚ましたのもモネの森だったな。
まぁー、あの日はケンゲやら黒怪鳥やらに散々な目に遭って、それどころじゃなかったけどね。
今日はのんびり薬草採取といきたいもんです。
当然、ピートンを連れて行くことについては、ティアとドナテロさんからちゃんと許可ももらっている。
村からモネの森までは歩いて1時間ほど。
今日から森へ入れるようになったこともあって、道には俺達と同じように森へ向かう冒険者の姿があちこちに見えた。
みんなベンジョン草狙いなのかな?
いやいや、ベンジョン草は俺達のものだからね!
なんてことを考えながら道行く冒険者たちのバンカーを眺めていると、今朝のバルガス工房での光景が頭に浮かんだ。
そういや聖なる故郷のみんなも念願だったバンカーを手に入れて、今日から朝練に参加してたな。
バンカーを買うために、みんなでコツコツお金を貯めてたんだって。
いやぁ、偉いよねぇ。
シェル代や酒代にバカスカお金を使って、貯蓄なんて言葉とはまるで縁のない俺とは大違いだ。
リーナは拳サック型の火属性バンカー。
クリフは長槍型の風属性バンカー。
ブラはメイス型の月属性バンカー。
みんな慣れない武器に四苦八苦しながら、バルガスさんのしごきを受けていた。
それと、ティアもリーナに誘われて、一緒に朝練へ参加することになった。
まぁー、ティアもいろいろ思うところがあったんだろう。
……あっ、そうだ。
すっかり忘れるところだったけど、今日から朝練に参加した奴がもう1人いたんだった。
ハンスだ。
昨日、あのあとハンスはティアに土下座して、今までしてきたことを謝っていた。
ティアも最初は面食らってたけど、ちゃんと謝る姿を見て、とりあえずは許したみたいだ。
それで、自分が変わったところをみんなに見せるために、朝練に参加することにしたらしい。
さすがのバルガスさんも「あいつが来るとはな」って驚いてたっけ。
そんなこんなで、バルガス工房の練習場も前よりずいぶん賑やかになった。
そうして、朝練も終わりに差しかかった頃だった。
「カトル。お前はもう問題ない。卒業だ」
「……えっ?」
「あとは実戦で覚えろ。それがお前には一番合ってる」
バルガスさんからの突然の卒業通告だった。
もちろん嬉しいことなんだけど、毎朝通っていた場所だけに、少し寂しい気もする。
決して練習用の無料シェルが撃てなくなるのが惜しいとか、そういうわけじゃないからね?
まぁー、あとは自分でコツコツ頑張っていこう。
朝練のことを思い返しているうちに、いつの間にかモネの森へと到着していた。
目の前には、見覚えのある深い森が広がっている。
「さてさて、ベンジョン草はあるかな~?」
俺はモネの森を見回しながら、のんびりと歩き始めた。
「ブヒブヒブヒ!」
先を行くピートンは、慣れた様子で地面へ鼻先を近づけ、フンフンと匂いを嗅いでいる。
その姿はさながら、ブタ型の薬草探知機だ。
俺も観察眼を使いながら、木の根元や茂みの隙間へ目を凝らしていく。
森の中は以前と変わらず、頭上を覆う枝葉の隙間から柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。
どこからか鳥のさえずりが聞こえ、時折吹き抜ける風が木々の葉を揺らしていく。
あの日は周りを眺める余裕なんてなかったけど、こうして歩いてみると案外気持ちの良い場所なんだな。
「ブヒブヒ!」
「んっ? 見つけた?」
ピートンが耳で指した先へ目を向けると、大木の根元に見覚えのある草が2本生えていた。
観察眼で確認してみる。
◇名前 ベンジョン草
◇レア度 2
食べると少しだけ怪我が治る。
「おおっ、早速発見! さすがピートン!」
「ブヒブヒブヒ!」
「はい、どうぞ」
俺はベンジョン草を1本引き抜くと、ピートンへ差し出した。
「ブヒッ!」
ピートンはシャクシャクと美味しそうにベンジョン草を頬張る。
「美味しい?」
「ブヒブヒ!」
残った1本は土を軽く落としてから背嚢へしまった。
幸先の良いスタートじゃないか。
「今日は思ったより楽に集まりそうだな」
「ブヒッ!」
俺達はさらに森の奥へと歩みを進めた。
それからも木の根元や日当たりの悪い場所を中心に探してみたけど、意外にもベンジョン草はなかなか見つからない。
まぁー、森に入ったばかりだし、焦る必要はないか。
そんなことを考えながら茂みを掻き分けたその時だった。
「ギャルルルッ!」
「うおっ!?」
すぐ横の灌木を突き破るように、水色の肌をしたケンゲが飛び出してきた。
しかも1匹だけじゃない。
左右からさらに2匹が姿を現し、俺達を囲むように低い唸り声を上げている。
「ギャルルルル!」
「はいはい。今日も元気そうで何よりです」
俺は背中のカブ改へ手を伸ばし、鞘から引き抜いた。
最初に襲いかかってきたケンゲの爪を半歩下がってかわし、伸び切った腕の下へ潜り込む。
すれ違いざまに胴を斬りつけ、そのまま背後から迫っていたもう1匹の首筋へ刃を走らせた。
「ギャッ!」
「グギャッ!?」
残った1匹が大口を開けて飛びかかってきたところへ、俺は身体を捻り、その勢いのままカブ改を横へ薙ぎ払う。
ケンゲは俺の横を通り過ぎ、その先にあった木の幹へ頭から突っ込んだ。
振り返った俺は、地面でもがくケンゲへカブ改を振り下ろした。
「ふぅー……」
カブ改に付いた血を軽く振り払い、周囲を確認する。
「よし。もういないな。ピートン、大丈夫?」
「ブヒブヒ!」
ケンゲと初めて戦ったときは木の棒を握り締めて必死だったのになぁ。
まさかこんなにあっさり倒せるようになるなんてね。
それもこれもカブ改のおかげだな。
しばらくすると、ケンゲ達の身体が光の粒となって消えていった。
残されたドロップアイテムを適当に拾い集め、背嚢へ放り込む。
「よっこらせっと。さて、ベンジョン草探しを再開しますか」
「ブヒブヒ!」
そう言って立ち上がった直後。
近くの茂みの向こうから、低く荒々しい鼻息が聞こえてきた。
「フゴッ! フゴォッ!」
「んっ? なんだ?」
続けて、地面を何度も蹴りつけるような音が響く。
茂みを掻き分けて姿を現したのは、体長2メートルほどもある巨大なイノシシだった。
大きく反り上がった牙。
土に汚れた分厚い毛皮。
怒っているのか、真っ赤に充血した目でこちらを睨みつけている。
しかも、その後ろからもう1匹が続いて出てきた。
「新顔だな」
俺はすぐに観察眼を発動した。
◇名前 ジンハルA-B
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー1
◇属性 土属性
「ジンハルか。カテゴリー1なら、そんなに強くはなさそうだけど……」
「フゴォォォッ!!」
俺がステータスを確認している間にも、2匹のジンハルは前脚で地面を激しく蹴りつけている。
どう見ても話し合いで解決できる雰囲気じゃないね。
「ピートン、ちょっと下がってて」
「ブヒッ!」
ピートンが近くの大木の陰へ駆け込むのと同時に、ジンハルAが地面を蹴った。
「フゴオオオオッ!!」
「おっと!」
一直線に突っ込んでくる巨体を、俺は横へ跳んでかわす。
すぐ横を通り過ぎたジンハルAは、そのまま勢い余って木の幹へ激突した。
ドゴンッ!!
大木が激しく揺れ、枝から大量の木の葉が舞い落ちる。
「うわぁ……痛そう」
だけどジンハルAは、少し頭を振っただけですぐにこちらへ向き直る。
随分と頑丈らしい。
そう思った直後、今度はジンハルBが突っ込んできた。
俺は再び横へ避ける。
「フゴォッ!」
ジンハルBは俺のいた場所を通過すると、しばらく走ったところで足を止め、向きを変えた。
その間にジンハルAも体勢を立て直している。
「なるほど。交互に突っ込んでくるわけね」
2匹がほぼ同時に地面を蹴った。
今度は左右から挟み込むように迫ってくる。
俺はその場でタイミングを計り、ぶつかる寸前に後方へ飛び退いた。
「フゴッ!?」
「フゴォッ!?」
目標を失った2匹は慌てて進路を変えようとするが、急には止まれない。
お互いの肩をぶつけながら、そのまま左右へ走り抜けていく。
「ふーん……」
速さはそれなり。
身体も頑丈。
でも、攻撃は今のところ突進だけだ。
何度か様子を見ても、やっぱり同じだった。
距離を取り、地面を蹴り、真っ直ぐ突っ込んでくる。
変化球は一切なし。
本当に見事なくらいの猪突猛進だ。
「そろそろいいかな」
再び向かってきたジンハルAを横へかわし、その脇腹へカブ改を叩き込む。
ザシュッ!!
「フゴオッ!?」
分厚い毛皮を斬り裂いた手応えが腕へ伝わった。
振り抜いた勢いのまま身体を反転させ、続けて後脚へもう一撃。
ジンハルAは体勢を崩しながらも、前方へ走り抜けていく。
そこへジンハルBが突っ込んできた。
「次!」
半歩横へずれ、頭を下げたジンハルBの牙をかわす。
すれ違いざまに首筋を斬りつけると、鮮血が地面へ飛び散った。
「フゴォォッ!」
それでもジンハルBは倒れない。
2匹とも身体が大きいだけあって、ケンゲよりはかなり丈夫みたいだ。
でも攻撃が単調なら、怖くはない。
俺は何度か突進を避けながら、すれ違うたびに斬撃を叩き込んでいく。
ジンハルAの肩口。
ジンハルBの前脚。
再び向かってきたジンハルAの首元へ、渾身の一撃。
「せいっ!」
「フゴッ!?」
ジンハルAは数歩よろめいた後、前脚から崩れ落ちた。
残ったジンハルBが、仲間の倒れた姿を見て怒ったように咆哮を上げる。
「フゴオオオオッ!!」
「いや、やることは変わらないのね」
真正面から突っ込んでくるジンハルBを、今度はギリギリまで引きつける。
牙が目前へ迫った瞬間、身体を横へ滑らせた。
そのまま両手で握ったカブ改を、すれ違うジンハルBの首筋へ振り下ろす。
ザシュッ!!
深く入った。
ジンハルBは勢いのまま数メートルほど進み、やがて足をもつれさせて地面へ倒れ込んだ。
しばらく脚をばたつかせていたが、やがて動かなくなった。
「よし! 終わりっと」
あの突進をくらったらひとたまりもなさそうだけど、動きが単調だったから思ったより戦いやすかったな。
さてさて、どんなアイテムがドロップするのかな?
「ブヒブヒブヒ!」
「もう出てきていいよ」
木陰から出てきたピートンは、倒れているジンハルを興味深そうに見つめている。
やがてジンハル達の身体が光の粒となって崩れ始めた。
光が消えた後には、いくつものドロップアイテムが残されていた。
「おっ? なんか肉っぽい物があるぞ」
俺は早速、観察眼を発動した。
◇名前 土魔核(極小) ×2
◇レア度 1
土属性の魔力を帯びた不思議な石。
◇名前 ジンハルの毛皮 ×2
◇レア度 1
硬く丈夫な毛皮。
◇名前 ジンハルの牙 ×2
◇レア度 1
大きく反り返った鋭い牙。
◇名前 ジンハルのぼたん肉 ×4
◇レア度 1
脂の乗った新鮮なジンハルの肉。
「ぼたん肉!」
思わず声が弾んだ。
1つにつき1キロくらいはありそうな、立派な肉の塊だ。
合計で4キロか。
こりゃ、ありがたい。
「ダヴィデ亭に戻ったら、ドナテロさんにぼたん鍋でも作ってもらおう。そんで、これをつまみにベッチと冷えたエールで一杯……」
グツグツと煮えた鍋。
湯気の向こうに浮かぶ、脂の乗ったぼたん肉。
そこへキンキンに冷えたエールを流し込む。
「……最高だな」
「ブヒブヒ」
俺はぼたん肉を水袋へ詰め、残りのドロップアイテムと一緒に背嚢へしまった。
さて、これで今夜の楽しみもできた。
あとは肝心のベンジョン草だな。
本日8月20日はワールドモスキートデーです。
蚊の予防対策には、臭いが出やすい足裏を清潔に保つのが良いようです。
次回は8月21日午前8時20分の投稿です。
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