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030 果たし状となんとやら……

今回は途中でハンスの一人称視点が入ります。

 モネの森の立ち入り制限が解除されるまで、いよいよあと1日。

 明日になれば、ようやくベンジョン草も採りに行ける。

 せっかくだし、ピートンを誘ってみようかな。

 そんなことを考えながら、その日の木材運搬依頼を終えた俺はダヴィデ亭へと戻ってきた。

「カトルさん、お帰りなさい」

 入口で出迎えてくれたのは、いつものように柔らかな笑みを浮かべたエイプリルさんだった。

「ただいまです」

「今日はティアちゃんと一緒じゃなかったんですね?」

「今日はリーナたちがバンカーを買いに行くって言ってたので、それについて行ってるみたいです。俺は依頼の予定が入ってたので別行動でした」

「そうだったんですね」

 エイプリルさんは納得したように頷くと、何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。

「そういえば、カトルさん宛てにお手紙が届いてますよ」

「手紙ですか? 誰からです?」

「それが……差出人のお名前が書いてないんです」

 そう言って差し出されたのは、少しくたびれた茶色い封筒だった。

 表には大きな文字で『カトルへ』とだけ書かれている。

 ……うん。

 お世辞にも綺麗とは言えない字だ。

 というか、字そのものは読めるんだけど、妙に力任せというか、勢いだけで書いたような文字をしている。

 なんだろう。

 この字だけで嫌な予感しかしない。

「失礼します」

 俺は封を開け、中に入っていた紙を取り出した。

 そこには……

『果たし状』

 という4文字が、デカデカと書かれていた。

「うわっ!? なんすかそれ!?」

 いつの間にか後ろへやって来ていたケーシーくんが、俺の肩越しに覗き込む。

「えっ!? 果たし状じゃないっすか!」

「うん、俺もそう思う」

 その下へ視線を移す。

『今日、日が暮れる頃。

 村外れの丘の上で待つ。

 男なら逃げずに来い。

 来なかったら一生腰抜けと呼んでやる。

         ハンス』

「あー……やっぱり」

 思わず深いため息が漏れた。

 文章から溢れ出る、このハンス感。

 差出人が書いてなくても、多分当てられたと思う。

 というか、日の暮れる頃って書かれてるけど、俺が帰って来なかったらどうしてたんだ?

「カトルさん……これって」

 心配そうにエイプリルさんが声を掛けてくる。

 俺は苦笑いしながら便箋を差し出した。

「エイプリルさん、お手数ですが、これ捨てといてもらえますか? ちょっと行ってきます」

「えっ?」

「もしベッチが来たら、すぐ戻るから先に飲んでてって伝えといてください」

 そう言い残すと、俺はダヴィデ亭の扉を開けて外へ出た。

 

 村外れの丘へ着く頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 丘の上には、1人の男が夕日へ向かって背中を向けたまま立っている。

 赤い鎧に、背中には大きなハンマー。

 その背中だけ見れば、歴戦の戦士って感じなんだけど……。

 夕日に照らされたツルツルの頭が妙に赤く光っていて、なんというか、タコさんウィンナーみたいだ。

 せっかくキザっぽく決めてるのに、全部台無しである。

「来たか……」

 ハンスはゆっくりと振り返る。

 その動きも、やたら勿体ぶっていて無駄にカッコつけている。

「逃げずに来たか、カトル」

「まぁー、断ったらもっと面倒そうだったしね」

「フッ……。威勢がいいのも今のうちだ」

「いや、それハンスじゃなくて俺のセリフじゃない?」

 ハンスは鼻を鳴らすと、背中のハンマーを肩へ担いだ。

「今日こそ決着をつける!」

「決着も何も勝手に絡んできてるだけじゃん」

 俺は小さくため息を吐く。

「うるせぇ!」

 俺はもう1度ため息を吐いた。

「もういいから、とっとと始めよう」

「望むところだ!」

 俺達はゆっくりと間合いを詰めていく。

 そして――。

「うおおおおおっ!!」

 ハンスが雄叫びを上げながら一気に突っ込んできた。

 

「うぅ……」

 丘の上には、仰向けに寝転がったハンスが涙目で夜空を見上げていた。

 赤い鎧は泥まみれ。

 顔はボコボコに腫れ上がって見る影もない。

「いやぁー……」

 俺は思わず遠い目になる。

「最初の1発で終わったと思ったのになぁ……」

 結果は俺の完全勝利。

 だけど今日のハンスはひと味違った。

「くそっ! もう1回だ!」

 殴る。

 倒れる。

 立ち上がる。

「ま、まだだ! まだ終わらねぇ!」

 殴る。

 倒れる。

 立ち上がる。

「ま……まだだ。も、もういっちょ……」

 殴る。

 倒れる。

 立ち上がる。

「オ、オレは……まだ……負けてねぇ……」

 そんなやり取りを何度繰り返したことか。

 そのたびに秒で終わるんだから、俺としても大概疲れる。

 んっ? 起き上がってこないぞ。終わりかな?

 

◆◆◆

 

「……もう気は済んだ?」

 カトルのうんざりした声が聞こえる。

 だけど、オレは答えられなかった。

 夜空を見上げたまま、昔のことを思い出していた。

 オレとティアは、物心がついた頃からの幼馴染だった。

 ティアは昔から、よく笑う奴だった。

 その笑顔を見ると、オレまで嬉しくなった。

 だから、オレが守ってやらなきゃって思ってた。

 ティアの父親のラルムさんからも、家を留守にする時にはティアを守ってやってくれと頼まれていた。

 あんなに強くてカッコいい人から頼りにされるのが嬉しかった。

 だからオレとティアは、ずっと一緒にいるもんだと思ってた。

 ティアだって、あの頃はオレのことが大好きだった。

 小さい頃には、大きくなったら結婚しようって言ってくれたこともある。

 だから3年前、オレがティアに告白したときも、当然受け入れてくれるもんだと思ってた。

 だけど、ティアは断った。

 意味がわからなかった。

 あんなにいつも一緒だったのに。

 大きくなったら結婚するって言ってたのに。

 どうにか振り向いてほしくて、何度も話しかけた。

 それでも足りなくて、しつこく後をついて回った。

 気づけば、ティアの嫌がることまで繰り返すようになっていた。

 だけど、あの頃のオレは、それが嫌がらせになっているなんて考えもしなかった。

 ただ必死だった。

 それなのに、ティアはどんどんオレを煙たがり、遠ざけるようになった。

 どうして離れていくのか、それでもオレにはわからなかった。

 そのうちティアは親父に相談して、オレはドワーフ族三大懲罰の1つ、グラッツェを受けた。

 自慢だった髪を全部剃られた。

 悲しかった。

 悔しかった。

 腹も立った。

 ティアに裏切られたような気がして、何もかもがむかついた。

 その頃には、ティアがオレを見る目も、昔とは完全に変わってしまっていた。

 それから何年か経って、3ヶ月前。

 ラルムさんが死んだ。

 黒怪鳥から村を守り、逃げ遅れた子供をかばって命を落とした。

 いつも明るかったティアは、まるで別人みたいに沈んでいた。

 そんなティアを見ているのは辛かった。

 だけど、なんて声をかければいいのかわからなかった。

 昔みたいに守ってやることも、もうできなかった。

 そんなある日、ティアがピートンを捜しにモネの森へ向かったと聞いた。

 黒怪鳥が現れてから立ち入り制限がかかっている森だ。

 ティアが、もし黒怪鳥と出くわしたら。

 そう考えたら、いてもたってもいられなかった。

 オレはティアを捜しに行く前に冒険者ギルドへ寄り、何か新しい情報が入っていないか聞いた。

 だけど、何もわからなかった。

 そのままギルドを出ようとしたときだった。

 コイツが現れた。

 勢いよく開けた扉をオレの顔にぶつけて、文句を言おうとしたオレをいきなり殴り倒しやがった。

 目を覚ましたのは次の日だった。

 そして、風の噂で聞いた。

 コイツがキペンベからティアを助けたこと。

 傷ついたティアを背負って村まで連れて帰ったこと。

 ドナテロさんにも気に入られ、ダヴィデ亭に泊まっていること。

 気に食わなかった。

 どこの馬の骨ともわからねぇ奴が、オレの代わりにティアを助けた。

 オレが守るはずだったティアを。

 その日のうちに、ティアはコイツをオレの家へ連れてきやがった。

 楽しそうに話しながらな。

 バンカーを買いにきたらしい。

 ふざけるなと思った。

 こんな奴がティアを助けたなんて認めたくなかった。

 それからオレは、顔を合わせるたびにコイツへ突っかかるようになった。

 だけど、いざ決着をつけようとすると、いつも親父が邪魔をしてきやがる。

 殴られたり、ハンマーで吹き飛ばされたりして、気づけば勝負どころじゃなくなっていた。

 親父さえ邪魔しなけりゃ、コイツなんかいつでも倒せる。

 本気でそう思ってた。

 なのに、コイツはまたティアを助けた。

 今度はハシュラファ相手に、1人で囮になってティア達を逃がしたって聞いた。

 気づけば、毎朝ティアがコイツに弁当まで作るようになってた。

 あろうことかコイツは、その弁当をわざわざオレに見せびらかしてきやがる。

 気に食わなかった。

 何もかも気に食わなかった。

 だから今日、誰にも邪魔されない場所へコイツを呼び出した。

 ここで倒せば、全部はっきりするはずだった。

 だけど、蓋を開けてみりゃこのザマだ。

 親父なんて関係なかった。

 何度向かっていっても、まるで歯が立たねぇ。

 ティアを助けるのもコイツ。

 ティアが楽しそうに笑う相手もコイツ。

 毎朝、弁当を作ってもらえるのもコイツ。

 オレがどれだけ頑張っても、ティアとの距離は離れていくばかりだった。

 悔しかった。

 情けなかった。

 気づけば、夜空がぼやけて見えなくなっていた。

「なんでだよ……」

 声が震える。

 もう止められなかった。

「なんでオレじゃダメなんだよ……」

 目尻から涙がこぼれ落ちる。

「なんでティアは、お前なんだよ!」

 とうとう堪えきれなくなって、オレは子供みたいに泣きじゃくった。

 しばらくして、すぐ近くで草を踏む音がした。

 カトルが呆れたような顔をしながら、オレの隣へ腰を下ろす。

 そのままカトルは、何も言わずに一緒に夜空を見上げていた。

 

◆◆◆

 

 吹き抜ける夜風が火照った頬を撫でる。

 さっきまであれだけ威勢よく向かってきたハンスも、今は子供みたいに泣きじゃくっている。

 なるほどね。ここまで話を聞けば、だいたい事情はわかったかな。

「それで、ひとつ言っておくけどさ」

 ハンスが涙を拭いながら俺を見る。

「お前、なんか勘違いしてないか?」

「……何がだよ」

「ティアは俺のことを男として見てないと思うよ」

 ハンスが怪訝そうに眉をひそめる。

「初めて会ったときなんて、『お父さんっていうか、お爺ちゃんと話してるみたい』って言われたし、昨日なんて、ベッチ……ギルドマスターと飲んでたら、『お父さん、飲み過ぎだよ』なんて言われちゃってさ。俺もちょっとびっくりしたよ」

「いや、お前、オレと歳そんな変わんねぇだろ!」

 思わずって感じでハンスがツッコんできた。

 俺は苦笑いする。

「あははは。大人の隠し切れない魅力ってやつ?」

「なんだよ、それ!」

 さっきまで泣いてたクセに、ちゃんとツッコむ元気はあるらしい。

 そのくらいの方がハンスらしいか。

「まぁー、冗談はさておき」

 俺は少しだけ表情を引き締めた。

「ティアは俺のことをそういう目で見てないと思うし、俺もそういう目でティアを見てないよ」

 ハンスは少し俯くと、小さく呟いた。

「……それじゃあ、オレはどうしたらいいんだよ」

 うーん、それじゃあどうしたらいいんだよって言われてもなぁ。

 俺自身、そんなに恋愛経験が豊富ってわけでもないんだよね。

 学生時代はスポチャンばっかりで、恋愛どころじゃなかったし。

 まともに付き合ったことがあるのも嫁さんだけだったしなぁ。

 恋愛で人に偉そうなことを言えるほどの経験なんて……。

 ……いや、待てよ?

 あるじゃないか!

 ときメモ大先生!

 中学生の頃には随分お世話になったっけ。

 女の子はみんな同じじゃないってことだけは、嫌というほど教えてもらった。

 よし。

 久々に先生の教えを思い出すか。

「ハンス」

「……なんだよ」

 俺は夜空を指差した。

「あの星の光はさ、何億年も前に放たれた光なんだ。そう思うと、なんだかロマンチックだと思わないか?」

「な、なんだよ。急に……」

 ハンスは怪訝そうな顔で夜空を見上げると、鼻で笑った。

「あんなの、ただの光だろ」

 俺は小さく笑った。

「ほら、そういうところだよ」

「……はぁ?」

 ハンスは意味がわからないって顔で首を傾げる。

「女の子ってさ、人それぞれなんだ。星を見るのが好きな子もいれば、興味ない子もいる。花が好きな子もいれば、剣が好きな子だっている」

 俺は夜空を見上げたまま続けた。

「もし星が大好きな子に、『あんなのただの光だろ』なんて言ったらどう思われる?」

 ハンスは腕を組んだまま少し考え込む。

「……そりゃ、嫌な気分になるだろ」

「だろ?」

 俺は頷いた。

「自分が大事にしてるものを、わかろうとしてもらえなかったら、誰だって寂しいんだよ。だから相手を見ること。何が好きなのか。何を嫌いなのか。何を大切にしてるのか。それを知らないまま、自分の気持ちだけ押し付けても上手くはいかないよ」

 ハンスは黙ったまま俺の話を聞いている。

 夜風が静かに吹き抜ける。

 少しだけ間を置いて、俺は続けた。

「でもさ、昔のお前は違ったんだろ?」

 ハンスがゆっくり顔を上げる。

「……え?」

「その頃のお前は、ティアをどうしたかったんだ?」

 長い沈黙が流れた。

 やがてハンスが、小さな声で答える。

「……守ってやりたかった」

「それだけか?」

「……泣いてたら笑わせたかった」

 俺は静かに頷いた。

「じゃあ今のお前は?」

 ハンスは言葉を失う。

 虫の鳴き声だけが夜に響いた。

 しばらくして、握り締めていた拳を見つめながら、かすれた声で呟く。

「……違う」

「オレは……」

「ティアに笑っててほしかっただけなんだ……」

 その声には、もう意地も強がりもなかった。

 俺はふっと笑った。

「そういうことなんだと思うよ」

 ハンスがゆっくり顔を上げる。

「……まだ間に合うのか?」

「さぁ?」

 俺は肩を竦める。

「でも、変わろうとするのに遅いなんてことはないと思うよ」

 ハンスはしばらく俯いたまま黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。

「……そうか」

 その声は、さっきまでとは違ってどこか吹っ切れたように聞こえた。

「……なぁ」

「ん?」

「ありがとな」

「なんだよ。急に素直じゃん」

「う、うるせぇ」

 頭を掻きながら視線を逸らしたハンスは、なんだか落ち着かない様子でもじもじしている。

「……何もじもじしてんだよ。ウンコか?」

「ち、違えーよ!」

「じゃあ何だよ」

「……あのさぁ」

「ん?」

「お前のこと……アニキって呼んでもいいか?」

「……は?」

「やめろよ。気持ち悪い」

「へへへっ! 照れるなって! アニキ!」

 ハンスは嬉しそうに笑った。

「だから照れてねぇし、やめろって」

 まったく、人の話を聞かないところだけは相変わらずだ。

 だけど――。

 そんな顔で笑えるようになったなら、それでいいか。

 そんなことを思っていると、丘の下から聞き覚えのある声が響いた。

「カトルーーっ!」

「あっ、いたー!」

 振り返ると、ティア達が慌てた様子でこちらへ駆け上がってくる。

「よかったぁ……」

 ティアは俺達の姿を見るなり胸を撫で下ろした。

「決闘って聞いて心配したんだから!」

 リーナも息を切らしながら俺とハンスを見比べる。

「……って、あれ? なんで仲良うなっとるん?」

 クリフも不思議そうに首を傾げた。

「決闘じゃなかったんですか?」

 ブラは一言だけ呟く。

「和解」

 するとハンスが胸を張って叫んだ。

「紹介するぜ! オレのアニキだ!」

「誰がお前のアニキだ」

「えぇぇぇぇぇーーっ!?」

 ティアの驚きの声が、静かな夜空へと響き渡った。

本日8月20日はワールドモスキートデーです。

蚊の予防対策には、明るめの服を着用して露出を避けると良いようです。

次回は本日午後10時20分の投稿です。

応援、お願いします。

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