027 再会となんとやら……
威雄との出会いは、俺が中学3年生の夏だった。
当時の俺は、県内屈指の進学校を目指し、夏休みを丸ごと返上して寝る間も惜しんで受験勉強に明け暮れていた。
……とは言っても、別にその高校に行きたかったわけでも、勉強が好きだったわけでもない。
事の発端は爺ちゃんだ。
スポーツチャンバラに専念したいから剣道を辞めたいと相談したところ、爺ちゃんは腕を組んでしばらく考えたあと、こう言い放った。
「あの進学校に受かったら辞めてもいい」
今思えば、剣道ではもう俺に無理難題を押し付けても勝ち目がないと悟った爺ちゃんが、最後にひねり出した苦肉の策だったんだろう。
おかげで俺は、人生で一番勉強した。
そして、その日も地獄だった。
連日の猛暑日。
しかも部屋のエアコンは絶賛故障中。
冷えピタをおでこに貼って、汗だくになりながら参考書と格闘していると――
ブォォォォン!!
ブォンッ! ブォォォォン!!
突然、家の隣の公園から爆音が響いてきた。
「……うるせぇな」
窓から外を覗くと、10人近い暴走族が公園に集まって、これでもかと言わんばかりにバイクを吹かしまくっていた。
暴走族『魔神我』。
最近になって隣町から勢力を広げてきた連中だ。
……まぁ、そんなことはどうでもいい。
ただでさえエアコンが壊れてイライラしてるところに、この爆音である。
俺の堪忍袋は、見事にブチ切れた。
俺は一番分厚い参考書を片手に家を飛び出した。
突然現れたのは、おでこに冷えピタを貼り、合格祈願Tシャツを着たガリ勉少年。
しかも、その手に持っているのは参考書。
一瞬キョトンとした暴走族たちだったが、すぐにニヤつき始めた。
「おいおい、ガリ勉くんが喧嘩売りに来たってよ!」
「参考書で俺たちとやる気かよ!」
ゲラゲラと笑いながら、次々と俺に向かってくる。
バゴッ!!
最初の1人が参考書の角で沈んだ。
そこから先は早かった。
右、左、正面。
襲ってくる奴を片っ端から参考書で叩き伏せていく。
鈍器としての参考書は思った以上に優秀だった。
気がつけば、公園には転がる暴走族たちだけが残っていた。
「あースッキリした!」
ストレス発散もできたし、勉強に戻るか。
そう思った、その時だった。
遠くから、一際大きな爆音が近づいてきた。
ゴォォォォォォォォッ!!
1台の大型バイクが公園へ滑り込み、俺の目の前で止まった。
ゆっくりと降りてきた大男は、倒れた仲間たちを見回すと、俺に視線を向けた。
「……お前がやったのか?」
「ああ、だったらどうなんだ?」
「ぶっ殺す」
それだけ言うと、大男は静かに拳を握った。
威雄だった。
魔神我を率いる頭。
隣町では向かうところ敵なしといわれていた男だ。
そこから始まったのは、意地と意地のぶつかり合いだった。
拳で殴り、拳で殴り返す。
勝った負けたなんて単純な話じゃない。
お互い、相手の生き様を拳で確かめ合っていた。
……まぁ、最後に立っていたのは俺だったけどね。
その日を境に、俺と威雄は親友になった。
その後、俺は自分だけ勉強するのも癪だったので、威雄をはじめ魔神我の連中もまとめて受験勉強に巻き込んでやった。
そして数か月後――
俺も。
威雄も。
魔神我の連中も。
揃って県内屈指の進学校に合格した。
その時ばかりは、威雄の親も魔神我の連中の親も、俺に向かって何度も頭を下げてきた。
……まぁ、当の本人たちは「受験より喧嘩の方が楽だった」とぼやいてたけどね。
それから、威雄との腐れ縁は、俺が熊とやり合って死ぬまで続いた。
◆◆◆
「あははは! ベッチは相変わらずだなぁ!」
「いやいや、カトちゃんこそ最後に会ったときより若返ってんじゃん!」
ここはダヴィデ亭の2階席。
あれから俺たちは再会を喜び合い、クラリスさんの計らいで、そのままダヴィデ亭へ移動してきていた。
もちろん、全部を正直に話したわけじゃない。
クラリスさんは何か察してくれていたみたいだけど、ウィードさんとエクレールさんは涙ながらに抱き合う俺たちを見て、終始「何がなんだ?」という顔をしていたので、とりあえず「昔、アッチ村で知り合った」ということにして、その場を切り抜けた。
その後、先にダヴィデ亭で待っていたティアたちの打ち上げにも合流した。
ピートンにもご褒美のどんぐりをあげると、しっぽをブルンブルン振って大喜びだった。
ただ、さすがに厳ついギルドマスターがいるとリーナたちや店の中の冒険者たちも落ち着かないらしく、俺たちはドナテロさんに言われて2階席へ移動していた。
ちなみに呼び名については、昔のままだとさすがに怪しまれるので、今は俺は威雄を「ベッチ」、威雄は俺を「カトちゃん」と呼ぶことになった。
「それにしても、本当にビックリしたぜ。まさか異世界でベッチに会うなんて思わなかったよ」
「それは俺のセリフだって。まさか呼び出した新人がカトちゃんだったなんて、腰抜かすかと思ったわ!」
ダヴィデ亭へ来るまでに聞いた話によると――
ベッチは俺より20年も前に、この世界へやって来ていたらしい。
しかも、今の俺と同じように、この世界で目を覚ましたときには20歳の身体になっていたという。
ベッチは元の世界では、俺が熊に殺されたあとも70歳まで生きていて、最後は車にはねられそうになっていた子供を助けて死んだそうだ。
つまり、俺が蚊遣り豚として最後を迎えてから、さらに10年後にベッチも死んだことになる。
どうやら元の世界と、この世界では時間の流れが違うみたいだ。
その後、冒険者になったベッチは持ち前の腕っぷしで金等級よりも上の白金等級まで上り詰めた。3年前には、ラグバ王国東方のとある街でギルドマスターになった。
そして1か月前、この村の冒険者ギルドを任されることになり、ムルージュ村へやって来たということだった。
「そういや、俺たちみたいなのは他にもいるのか?」
ふと気になって聞いてみると、ベッチはジョッキを片手にニヤリと笑った。
「いるいる。カトちゃんだけじゃねぇって」
「マジか」
「マジマジ。魔神我の連中も何人か来てるぞ」
「えっ!? 魔神我の連中も!?」
思わず身を乗り出す。
いや、ベッチがいる時点で可能性があるのはわかっていたけど、実際に聞くとやっぱり驚く。
「寿も来てる」
「寿って……副頭の寿か?」
「そうそう。あいつ、今は王国の首都で冒険者クランを率いてる。しかも等級は金等級だ」
「金等級!?」
あの寿が金等級か。
いや、あいつも昔から腕っぷしは強かったし、妙に面倒見も良かったからな。
あいつなら冒険者クランを率いてても不思議じゃねぇか。
「他にも冒険者で活躍してる奴もいるし、商会を経営してる奴もいる。そういや、魔導具技師になった奴もいたな」
「へぇー……」
でも、よく考えたらあいつら元の世界でも結構なエリートだったもんな。
暴走族だったくせに、俺と一緒に進学校に進んだ後はいい大学出て、医者や弁護士、大手企業の役員なんかになった奴もいたし。
ベッチだって、こんな見た目のくせにレンジャー隊の隊長だったし。
そう考えると、商会を経営してようが、魔導具技師をやってようが不思議じゃないか。
んっ? でもだとすると……
「スポチャンの連中もいたりするのか?」
「ああ、そっちもいるぞ。紳一なんか今は騎士団の副団長やってる」
「紳一が副団長!?」
思わず声が裏返った。
いや、あいつ元の世界でも警察官だったしな。
騎士団の副団長って言われても妙に納得できる。
「……でも、似合いすぎてなんか腹立つな」
「だろ?」
ベッチが腹を抱えて笑う。
「他にも何人か来てるけどな」
「へぇー……」
まさか、あいつらまでこの世界に来ていたとは思わなかった。
元の世界で別れたはずの連中が、この世界のどこかで普通に生きている。
そう考えると、なんとも言えない不思議な気分になる。
……んっ?
待てよ。
「そういや……あいつは来てねぇよな?」
「あいつ?」
ベッチが首を傾げる。
「ほら、あいつだよ」
「ああ……蘭花か」
その名前を聞いた瞬間、思わず肩がピクリと跳ねた。
「俺が知る限りじゃ来てねぇな」
「そうか。よかった」
「カトちゃん、あいつ苦手だったもんなぁ」
「まぁね」
魔神我の特攻隊長。
別に嫌いだったわけじゃない。
嫌いだったわけじゃないんだけど……なんというか、こう、圧がすごかったんだよね。
なんかこう物理的にも精神的にも……
うん。これ以上思い出すのはやめておこう。
「でもな、カトちゃんがみんなに会ったら、多分ビックリするぜ」
「なんで?」
「転生してきたときの年齢はみんなバラバラなんだわ。俺やカトちゃんみたいに20歳とは限らねぇし、80歳で死んだ爺さんが5歳になってたりもする」
「マジで?」
「マジマジ。中には元の世界のことをすっかり忘れちまってる奴もいるしな」
「えっ? 記憶がないのか?」
「ああ。実は俺も最初の1年くらいは元の世界の記憶が思い出せなかったんだわ。でもまぁ、大抵は何かの拍子に『あっ!』って思い出すんだけどな」
なるほど。
俺は最初から元の世界の記憶があったけど、ベッチみたいに後から思い出す奴もいるらしい。
年齢までバラバラで、おまけに記憶まで無い奴がいるとなると、元の世界の知り合いが目の前にいても、お互い気づかないなんてことも普通にありそうだ。
でも、そのうちみんなの顔を見に行く旅に出るのも悪くないかもしれない。
それに……もしかしたら、嫁さんもこの世界のどこかで生きているのかもしれないしな。
「でもさ、そういう奴らってどうしてわかるんだ?」
「元の世界から来た奴って、変わった属性とかウェポンを持ってることが多いんだわ。だから冒険者登録すれば魔導板に情報も出るし、クラリスみたいな受付から話が回ってくることもある。各地に知り合いもいるからな」
「なるほど」
「でもな、そういう奴らを面白がって便利に使おうとする連中もいるんだわ」
ベッチの声が少しだけ低くなった。
「便利に使う?」
「ああ。本部の強行派は、変わった属性や珍しいウェポンを持ってる奴を見つけると放っとかねぇんだ。高脅威度のモスキート討伐なんかにも平気で駆り出そうとするしな」
「ああ……クラリスさんが言ってた連中か」
「そうだ。だから俺は、そういう奴を見つけても必要以上の情報は上に流さねぇようにしてる。クラリスにも、そういう奴を見つけたら俺に話を回してくれって頼んである。困ってたら横からちょっと手ぇ貸すくらいはするしな。結局どう生きるかは本人次第だからよ」
「ベッチらしいな」
「いやいや、大したことはしてねぇよ」
そう言って、ベッチは照れ臭そうにジョッキを傾けた。
「実際、カトちゃんが冒険者登録しに来たときも、クラリスから『カトルっていう変わった属性の新人が来た』って話は聞いてたんだわ。でも、名前も違うし、まさかカトちゃんだとは思わなかったけどな」
「変わった属性……」
冒険者登録のときのことが頭をよぎる。
最初に魔導板へ表示された俺の属性は『か属性』。
でも、クラリスさんは何事もなかったように『火属性』として扱っていた。
あの時は俺の見間違いか、魔導板の不具合かと思っていたけど……。
「もしかして、クラリスさんが俺の属性を火属性ってことにしてくれてたのか?」
「だな。あいつもその辺の事情わかってる。あのまま『か属性』なんて登録してたら、本部の強行派が食いついてきてもおかしくねぇ」
「ああ……そういうことだったのか」
俺を守るためだったんだな。
「ところでさ」
「んっ?」
「さっきからクラリス、クラリスって妙に親しげに呼んでるけど、お前らどういう関係なんだ?」
「ああ、クラリス?」
ベッチはなんでもないことのように言った。
「嫁だけど?」
「……は?」
思考が止まった。
今、なんて言った?
嫁?
嫁って言った?
クラリスさんが?
ベッチの?
「嫁って……奥さん?」
「そりゃ嫁だからな」
「クラリスさんが?」
「ああ」
「お前の?」
「ああ」
「……」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「ん? カトちゃん?」
「この野郎ォォォ!!」
「ぐおっ!?」
俺の蹴りがベッチの太ももに炸裂した。
「痛ってぇ!? 何すんだよ!?」
「うるせぇ! クラリスさんみたいな美人さんを嫁にしてるなんて聞いてねぇぞ!」
「いや、言ってねぇもん!」
「そこは言えよ!」
「いつ言うタイミングあったんだよ!?」
「再会した瞬間に言え!」
「無茶言うなって!」
俺たちがギャーギャー騒いでいると、階段の下からドナテロさんの声が飛んできた。
「おーい、上で暴れるなら床を抜くんじゃねぇぞー!」
「あっ、すみませーん!」
慌てて返事をすると、ベッチが腹を抱えて笑い出した。
「あはははは! カトちゃん、本当に変わってねぇなぁ!」
「ベッチこそ、相変わらず腹立つなぁ!」
そう言いながら、俺たちはまたジョッキをぶつけ合った。
会えなかった時間は長かった。
世界も変わった。
姿も変わった。
それでも、こうして酒を飲んで馬鹿みたいに騒いでいると、不思議とあの頃に戻ったような気がした。
次回は8月18日午前8時20分の投稿です。
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