026 激涙となんとやら……
クラリスさんに案内されて冒険者ギルドの奥へと進んでいく。
受付カウンターのさらに奥。
関係者以外立ち入り禁止っぽい扉を抜けると、その先には立派な部屋が広がっていた。
部屋の中央には大きな木製テーブルとふかふかそうなソファー。
壁にはムルージュ周辺の地図と厳つい戦斧型バンカーが飾られている。
いかにも応接室といった雰囲気だ。
そのソファーの一つには見慣れた男が気怠そうに腰掛けていた。
相変わらずのボサボサの髪に眠たそうな目。
チョロモンさんことウィードさんだ。
そして壁に背中を預けたまま不機嫌そうに立っているのが……
毎度お馴染みパツキンウルフカットのYHEことエクレールさんである。
というか、なんだかんだでこの2人とはこっちに来てから毎日顔合わせてるんだよね。
こんなのでデスティニーとか感じたくないんですけど。
クラリスさんは部屋の中を見回した。
「あら? あの人はどこに行ったのかしら?」
「便所だ」
ウィードさんが耳をほじりながら答える。
「デカい方だそうだ」
「……また?」
クラリスさんは少しだけ顔をしかめてため息をついた。
「仕方ないわね。ギルドマスターはほっといて始めましょう。カトル、そこに座ってちょうだい」
「はい」
俺は空いているソファーへ腰掛ける。
……うおっ。
柔らかっ!
何これ!?
異世界なのにソファーの文明レベル高くない?
俺が感動していると、クラリスさんが微笑んだ。
「一応、面識はあるみたいだけれど紹介しておくわ。そこに座っているのがウィード。あそこに立っているのがエクレールね。2人とも銀等級の冒険者よ」
おおっ、ウィードさんって銀等級だったのか。
そういやウィードさんには挨拶したけど、エクレールさんとはまだだったな。
一応、挨拶しとくか。
「どうも、カトルです」
「ああ、知ってる」
ウィードさんは短く答えた。
エクレールさんは……
「……」
おいおい、無言だよ。
それどころかめちゃくちゃガン飛ばされてるんですけど。
なんだ? やんのか? シュッ! シュッ!
いつも優しいカトルくんだって、いい加減にしないと怒っちゃうぞ?
「それじゃあ、早速話を始めましょう」
クラリスさんが真面目な表情になる。
「カトル、アナタ冒険者登録しにきた時、モネの森へ行っていたって話していたわよね?」
「はい」
「そこで黒怪鳥に遭遇した」
「えっ? あっ、はい」
「でも命からがら助かった。てっきりその話を聞いた時はアナタが逃げて助かったものだと思っていたのだけれど……」
「たぶん逃げたとは言ってないような……」
「そうね。そこをちゃんと聞いておくべきだったわ」
そのあと、クラリスさんは今回俺がここへ呼ばれた理由を話してくれた。
昨日から今日にかけて、黒怪鳥討伐のための事前調査を行っていたこと。
メンバーはクラリスさん、ウィードさん、エクレールさんの3人。
しかし肝心の黒怪鳥は見つからなかったこと。
そして今日村へ戻り、俺の話を思い出したこと。
なるほど。
だから俺が呼ばれたのか。
「逃げていないのなら、あなたはどうやって助かったの?」
「うっ……」
そう聞かれて言葉に詰まる。
どうやって助かったのかって聞かれたら、そりゃヤケクソで蚊遣り豚を投げたら黒怪鳥が飲み込んで暴れ出して……。
……って、あれ?
待てよ?
ウェポンが使えるのって簡単に話しちゃってもいいのかな?
ついさっき過積載のせいでギルドの中があんな空気になったばかりだし、また同じようなことにならないよね?
うーん……
「チッ、何黙ってんだ。とっとと話せ」
イラついたエクレールさんが舌打ちを飛ばしてくる。
そう言われてもなぁ……そうだ。
「クラリスさん、ちょっといいですか?」
「何かしら?」
俺はそっとクラリスさんに近づいた。
「ウェポンを使って助かったんですけど、それってここで話しても大丈夫ですかね?」
「えっ?」
クラリスさんが驚いたように俺の顔を見た。
そのままウィードさんとエクレールさんに視線をやると、少し考えてから頷いた。
「問題ないわ。この2人は信用できる」
その言葉を聞いて肩の力が抜けた。
「わかりました」
そこから俺は一昨日の出来事を話し始めた。
黒怪鳥に襲われたこと。
一方的にボコボコにされたこと。
ピートンに助けられたこと。
ベンジョン草で何とか回復したこと。
そして、ウェポンを使ったこと。
話を進めるにつれて、3人の表情はどんどん真剣になっていく。
特に黒怪鳥が暴れ始めた辺りからは誰も口を挟まなかった。
「――で、そのまま逃げるみたいに飛んでいったんです」
部屋の中に静寂が落ちた。
「そのウェポンってのはどんなもんだ?」
ウィードさんが口を開く。
「見せてみろ」
「あっ……」
そこでふと思い出した。
そういやウェポンってあれ以来、1度も使ってなかったな。
というか、あれ飲み込まれちゃったけど、また使えるのかな?
「あの、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「俺のウェポンって黒怪鳥に飲み込まれちゃったんですけど、また出せるんですかね?」
ウィードさんが少しだけ眉を上げた。
「問題ねぇよ」
「ウェポンは破壊されたり一定距離離れたりすると、勝手に消える。それを強制解除と言ってな。最悪、お前みたいに気絶したりもするが時間をおけばまた使えるはずだ」
「そうね。個人差はあるけれど、普通なら1日も経てば使えるわ。でもだからといって、使いすぎると体内魔力が枯渇してしまうから気をつけてね」
クラリスさんも補足する。
ほっ、よかった。
便利仕様だった。
俺の蚊遣り豚、黒怪鳥の胃袋に置き去りじゃなかったんだ。
「それじゃ、やってみます」
俺は意識を集中する。
蚊取り線香、蚊取り線香、蚊取り線香……
すると、目の前に光の粒が現れ始めた。
淡い光はゆっくりと集まり、テーブルの上で丸い形を作っていく。
やがて光が消えると、そこに現れたのは煤けた陶器製の丸い身体。
死んだ魚みたいなつぶらな瞳。
申し訳程度に開いた鼻の穴。
そしてやたら大きく開いた口からは、ぷかぷかとのん気に煙を吐き出している。
うん。どこからどう見ても蚊遣り豚だ。
「……」
「……」
「……」
いや、そんな真顔で見ないで。
なんか自分の黒歴史をテーブルの上に置いて品評会されてる気分なんですけど。
ウィードさんが興味ありげに身を乗り出す。
「設置系のウェポンか。しかもこの匂いは毒か」
「そうね」
クラリスさんが頷く。
「モスキートに有効な神経系麻痺毒を含んだ煙を発生させるみたいね」
「えっ? なんで2人とも見ただけでわかったんですか?」
「俺は直感っていうスキルを持ってんだ」
ウィードさんが蚊遣り豚の口の中を覗き込みながら答える。
「だからなんとなくわかる」
「なんとなくでそこまで?」
「そういうスキルだ」
なるほど。
だから初めて会った時も先回りして色々言ってきたのか。
んっ? だとすると、心の中でチョロモンさんって連呼してたのも気づいてたのかな?
ちょっと試してみよう。
チョロモンさん、チョロモンさん、チョーロモンさーん……
うわっ!? こっち向いた!
直感スキル半端ねぇな……
「あれっ? それじゃクラリスさんは?」
「私は鑑定というスキルを持ってるの」
「おおっ、鑑定スキル」
そういや買取の時も今日の受付嬢さんたちと違って、アイテムを見ただけで色々わかっていたもんな。
あれも鑑定のおかげだったのか。
「……んっ? でも俺がウェポン使ったって言った時、驚いてましたよね? 鑑定で見えたんじゃないんですか?」
「鑑定は人には使えないの」
「あっ、なるほど」
よかった。
いや、何がよかったとは言わないけど。
俺のステータスって結構ツッコミどころ多いし。
クラリスさんが楽しそうに笑う。
「フフッ、そんな安心した顔をして。何か見られてはいけないことでもあったのかしら?」
「い、いえ、ありません」
「そんなことはどうでもいいだろうがよ」
エクレールさんが口を挟んだ。
「そもそも、そんなもんであの黒怪鳥を追っ払ったなんて、冗談にもほどがあるんだよ!」
まぁー、そうだよね。
その気持ちはわかる。
俺だってこの蚊遣り豚だけ見せられて、これでカテゴリー4を追っ払いましたって言われたら絶対信用しない。
だって蚊遣り豚だもん。
「確かにそうね……」
「そうだな。カテゴリー4をこれで追っ払ったって言われても、誰も信用しねぇな」
クラリスさんもウィードさんも難しい顔をしている。
そうは言われましても、別に嘘をつく理由もないんですけどね。
「あっ、そういえば」
俺はソファーから立ち上がると、入り口の近くに置いていた背嚢をごそごそとあさる。
えーと、確かこの辺に入れておいたはず……
「おっ、あった。あった」
◇名前 黒怪鳥の激涙
◇レア度 4
怪鳥が苦悶の末に流した涙の結晶
俺は黒怪鳥の激涙を持って席へ戻ると、それをテーブルの上に置いた。
「これなんですけど何かわかりますか?」
その瞬間、クラリスさんの目が見開かれる。
ウィードさんは再び身を乗り出し、エクレールさんも壁際から近づいてきた。
テーブルの上に置かれた小さな黒い結晶は魔導ランプの明かりを受けて妖しく輝いている。
「これは間違いなさそうね」
クラリスさんが静かに言う。
「ああ、激涙だ。間違いねぇ」
ウィードさんもうなずいた。
「エクレールもこれなら文句ねーだろ?」
「……ああ、文句ねぇよ」
エクレールさんは少しだけ苦々しそうに答えた。
さっきまで「そんなもん」扱いだった蚊遣り豚とはえらい違いだ。
でも俺だけ話についていけてないんですけど?
「カトル、これはね」
クラリスさんが俺の方を見る。
「激涙といって、脅威度の高いモスキートが大きなダメージを受けた時に落とすものなの」
「へぇー……」
そんな意味があったのか。
俺としてはいつの間にかピートンが肩掛け袋の中に入れといてくれたもので、観察眼で見たところでよくわからないし、ヘソクリ代わりに取っておこうくらいの認識だったんだけどな。
「3ヶ月前にこの村を黒怪鳥が襲ったということは話したでしょう?」
「はい」
「その時はラルム……1人の冒険者が黒怪鳥を撃退したのだけれど、同じく激涙が確認されているわ」
ラルムさん……ティアのお父さんだ。
ムルージュ村でたった1人の金等級冒険者。
改めてあんなのと1人でやり合うなんて、本当に強い人だったんだな。
「もっと言うと、激涙はギルドへのモスキート撃退報告の際に重要な証拠として扱われるの。だからこれを持っているということは、私達もアナタの話を信じざるを得ないということね」
「そうなんですか?」
だとすると、ピートンには感謝しないとな。
ダヴィデ亭に帰る前に何かご褒美を買っていこう。
「とにかく黒怪鳥がモネの森から離れている可能性はかなり高くなったわ。もしもまだ森にいるのなら、私たちの調査で痕跡くらいは見つかっていたはずよ」
「つまり、どこかへ移動したってことですか?」
「その可能性が高いわね。取り急ぎ近くの村や町の冒険者ギルドには通達を出さないといけないけれど、これでモネの森への立ち入り制限も解除できるでしょう」
うーん、それはそれでどこに行ったのか気になるけど、願わくば他所に行って人を襲ったりしてませんように。
というか、どこか遠くでのたれ死んでてくれますように。
「カトル、ありがとう。話が聞けてよかったわ」
「あ、はい」
なんだかむず痒い。
俺はほとんど何もしていない。
ボコボコにされて、ベンジョン草を食べて、ヤケクソで蚊遣り豚を投げただけだ。
それなのに感謝されると妙な気分になる。
「だがよ。鉄等級になったばかりの冒険者が黒怪鳥を撃退するほどのウェポンを持ってることが知れたらギルド本部も黙ってねぇだろうな」
「うーん、それもそうねぇ。カトルは有名になりたいのかしら?」
「有名になるとどうなります?」
「馬車馬のように働かせられるでしょうね。特に本部の強行派なんかに目を付けられたりでもしたら、それこそ寝る間も与えられずに高脅威度のモスキート討伐に駆り出されるわ」
クラリスさんはそう言いながらチラリとウィードさんを見る。
「それが嫌でずっと等級を上げずにいる冒険者もいるくらいだもの」
「うるせぇよ」
んっ? なんだ? ウィードさんって只者じゃないとは思ってたけど、そんなに強い人だったのか。
それにしても派閥かぁ。
人間3人集まれば派閥が出来るなんて言うけど、そんな自由もへったくれもなさそうな奴らに目を付けられるのは勘弁だな。
「あれっ? でもその言い方だとクラリスさんは何派なんですか?」
「私というか、ここにいるウィードもエクレールも含めて自由派ね……とは言っても、どこの派閥にも入っていない人たちをそう呼んでいるだけで、組織立った何かがあるわけではないわ。それでカトルはどう有りたいのかしら?」
「自由がいいですね。戦うのは嫌いじゃないですけど、やっぱりそういう厄介そうな人たちに目を付けられるのは嫌ですね」
それを聞いたクラリスさんはウィードさんとエクレールさんに何やら目配せすると、俺を見て優しく微笑んだ。
「フフッ、わかったわ。今回の件は上手く報告しておくわ。でも撃退報酬は出せなくなるけれど、それでもいいかしら?」
「はい! それでお願いします!」
よしよし。
報酬はちょっと惜しい気もするけど、お金があったところで自由がないんじゃ、それこそ宝の持ち腐れだもんな。
せっかく異世界にきたんだ。
目一杯、楽しんで生きてかないと勿体ないでしょ!
それにしても、最初に辿り着いたのがムルージュ村でよかったな。
そんじゃ、ティアたちも待ってることだし、ピートンへのご褒美を買ってからダヴィデ亭に帰ろう。
「それじゃ、俺はそろそろ失礼しますね」
そう言って立ち上がろうとした……その時だった。
応接室の扉がゆっくりと開いた。
「悪ぃ。長引いた」
低く太い声が部屋に響く。
俺は思わず振り返った。
そこに立っていたのは、見上げるほど大きな男だった。
でかい。とにかくでかい。
身長は2メートルを軽く超えていそうだ。
服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉。
長く伸びた厳ついドレッドヘアー。
薄い茶色の丸いサングラス。
……って、あれ?
「遅いわよ、ベスター」
クラリスさんが呆れたように言う。
「悪かったって。腹の具合がな」
「聞いていないわ」
「だろうな」
ベスターと呼ばれた大男は肩をすくめると、都合が悪そうに鼻の頭を掻きながら部屋の中に入ってきた。
困った時に鼻の頭を掻く癖……
思わず心臓がドクンと跳ねる。
どうして……?
「で、話はどうなった?」
「ちょうど終わったところよ。黒怪鳥の件はひとまず片付きそうね」
「ほう?」
「激涙まで持っていやがった」
ウィードさんが両手を頭の後ろに組みながら付け加える。
「ほう……そりゃ大したもんだな」
大男は感心したようにニヤリと笑った。
その渋すぎるニヒルな笑い方……
いつの間にか強く握りしめていた掌が手汗で濡れている。
なんでお前がここにいるんだ……?
「それでそこにいるのが例の新人冒険者……!?」
大男が俺を見た途端に言葉を飲み込んだ。
サングラスの奥の目がこれでもかと見開かれ、その表情がみるみるうちに変わっていく。
驚き。
困惑。
喜び。
そして、信じられないものを見るような顔。
いや、それは俺も同じだったのかもしれない。
思わず声が漏れる。
「威雄……?」
「千ちゃん……?」
次回は8月14日午前8時20分の投稿です。
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