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023 カメ野郎となんとやら……

今回は途中でティアの一人称視点が入ります。

「よし、この辺まで来れば大丈夫だろ」

 俺は岩場の手前で足を止めた。

 振り返ると、ハシュラファはまだこっちを追いかけてきていた。

 よしよし。

 ちゃんとついてきてるな。

「これ割ったらティアに怒られそうだな……」

 俺は手に抱えていた卵を見下ろすと、近くの岩陰へ駆け込んだ。

 背嚢を下ろして卵を押しこみ、そのまま奥へ隠す。

 これで卵は大丈夫だろう。

 俺はカブ改を抜き、ハシュラファへ向き直った。

「さて……」

 カッコつけたのはいいものの。

 シェルはラフムンの群れに囲まれた時に極小シェルを使い切っちゃったから、手持ちは小シェル1発だけ。

 こんなことになるんだったら調子に乗って使うんじゃなかったな。

「まぁー、なんとかするしかないか」

「グオオオオッ!!」

 そうこうしているうちにハシュラファが地響きを上げながら突っ込んでくる。

 俺は横に飛び退くと、すれ違い様に甲羅へカブ改を叩き付けた。

「くっ!?」

 手に伝わったのは嫌な硬さだった。

 まるで岩でも斬ったみたいだ。

「硬ぇな……」

 さすがに甲羅は無理だな。

 狙うなら首か足か……

 ハシュラファが首を伸ばしてくる。

 俺は真正面から受けずに半歩ずらし、すれ違いざまに首筋へカブ改を走らせた。

「グオッ!?」

 刃は通った。

 でも浅い。

 すぐに横へ回り込み、前脚を狙う。

 怒ったようにハシュラファが身を揺らし、太い尻尾が横から飛んできた。

 しゃがんで躱す。

 今度は別の脚へ斬り込む。

 ハシュラファが大きく口を開いた。

「んっ?」

 次の瞬間、口の中から大量の砂が吐き出された。

「うおっ!?」

 咄嗟に腕で顔を庇う。

 目に砂が入り、思わず足が止まった。

 その向こうから長く伸びた首が飛んでくる。

「やっべ!?」

 慌てて身を沈めた直後、鼻先をかすめるように首が通り過ぎた。

「危なっ……!」

 なるほど。

 あの砂は目潰しか。

 しかも砂に気を取られたところを狙ってくる。

 嫌らしいことしてくるな。このカメ野郎め。

 でも1回見れば十分だ。

 次はもう食わない。

 ハシュラファが再び突っ込んできたので横へ回り込み、伸びてきた首や尻尾を躱しながら距離を取る。

 前脚が振り下ろされる。

 あんなもんまともにもらったら洒落にならん。

 でも、攻撃の癖は大体わかった。

 だったら焦る必要はない。

 無理に攻めなくても、そのうち向こうが先にへばるだろう。

 

◆◆◆

 

「カトル……」

 私は足を止めた。

 遠くから戦う音が聞こえてくる。

 岩が砕けるような音。

 ハシュラファの咆哮。

 やっぱり。

 このまま帰るなんてできない。

「ティア? どうしたん?」

 リーナが振り返る。

「ワタシ、戻る」

「えっ!? でも危ないやん!?」

「うん……。でも、カトル1人なんだよ」

 相手はカテゴリー2。

 私達だけじゃどうにもならない相手。

 それでも、カトルは卵を持ってハシュラファを引きつけてくれた。

 また助けてもらった。

 だから。

 このまま逃げるだけなんてできない。

「行く」

 ブラが短く言った。

「俺も行く」

 クリフも頷く。

「リーナは?」

「い、行くに決まっとるやん!」

 リーナはそう言って、少しだけ震えながらも笑った。

 私達は戦う音のする方へ走り出した。

 草を踏み分け、岩場へ近づく。

 音が大きくなる。

 咆哮が近くなる。

 岩場の前。

 そこではカトルがハシュラファと戦っていた。

 ハシュラファが突っ込む。

 カトルは真正面から受けない。

 半歩ずれて躱し、すれ違いざまに剣を走らせる。

 首を狙い、脚を斬り、また別の脚へと回り込む。

 ハシュラファが甲羅で守ると、無理に追わずに距離を取る。

 砂を撒かれても慌てない。

 むしろカトルが押しているように見えた。

「カトル……」

 私はその姿を見て、ようやくわかった。

 カトルは――本当に強い人なんだ。

「……強っ」

 リーナがぽつりと呟いた。

「すげぇ……」

 クリフも息を呑んでいる。

 ブラは黙ったまま、じっとカトルを見ていた。

「ただのヤバい人じゃなかったんだ……」

 誰が言ったのかはわからなかった。

 でも、きっとみんな同じことを思っていたんだと思う。

 私はカトルを見つめる。

 剣の振り方。

 距離の取り方。

 相手の攻撃をぎりぎりで外す足運び。

 危ないはずなのに、迷わず前へ出るところ。

 どこか少しだけ、誰かに似ていた。

「……お父さん?」

 思わず口から漏れた小さな声に、リーナが私を見る。

「え?」

「ううん。なんでもない」

 私は小さく首を振った。

 お父さんと同じじゃない。

 全然違う。

 でも。

 ほんの少しだけ。

 あの背中に、お父さんの面影が重なって見えた……

 

◆◆◆

 

「くそっ、しぶといな……」

 俺は肩で息をしながらカブ改を構え直した。

 ハシュラファの首にも脚にも傷が増えている。

 動きもかなり鈍くなった。

 観察眼で見る限りダメージは重傷に達している。

 それなのにまだ倒れない。

 むしろ目だけはまだ俺を殺す気満々だ。

「グルルルルル……」

 低い唸り声が岩場へ響く。

 ハシュラファの長い首がゆっくりと甲羅の中へ引っ込んだ。

 

「ん?」

 前脚、後脚、尻尾。

 全部引っ込んだ。

 巨大な甲羅だけが岩場の真ん中に残った。

「おいおい、何なんだ!?」

 直後、甲羅の穴という穴から大量の砂が激しく吹き出した。

 ブシュウウウウウウウッ!!

「うおっ!?」

 砂煙が一気に視界を埋める。

 そして――

 ガラガラガラガラガラガラガラッ!!

 甲羅が猛烈な勢いで回り始めた。

 地面を抉る。

 砂を巻き上げる。

 回転はどんどん速度を増し、そのまま俺へ向かって突っ込んできた。

「いやいやいやいや!! 必殺技までガメラじゃねえか!? ふざけろ!」

 ドガァァァァンッ!!

 咄嗟に横へ飛ぶ。

 回転する甲羅が俺の横を通り過ぎ、そのまま岩場の向こうへ突き抜けていく。

 だが終わらない。

 ギュルルルルルルッ!!

 巻き上がった砂煙の向こうで巨大な甲羅が大きく弧を描いた。

 砂を撒き散らしながら空中で向きを変え、再びこちらへ突っ込んでくる。

「まだ来るのかよ!?」

 砂煙の中から巨大な回転体が再び迫ってくる。

 俺は地面を蹴って飛び退いた。

 ドゴォォォォンッ!!

 今度は真正面から岩壁へ激突する。

 甲羅が半分ほど岩へめり込んだ。

 砕けた岩が降り、砂が舞う。

 ガラ……

 ガラ……

 回転が止まった。

 甲羅の中から首が伸びる。

 

「……今だ!!」

 俺は腰のポーチから小シェルを引き抜き、カブ改の弾倉へ押し込んだ。

 シュコッ――カチン!

 弾倉の奥で固定される音が響いた。

 その流れで重いスターターを力いっぱい手前へ引く。

 ガチャコンッ!!

 ドッドッドッドッドッドッ!!

 エンジンが凄まじい勢いで震え始めた。

 短いマフラーから赤い火花が吹き出し、火の粉が砂の上へ散って熱風が足元を巻き上げる。

「おおっ!?」

 内部のピストンが激しく脈打っている。

 振動が腕を伝い、肩まで突き上げてくる。

 今までと全然違う。

 極小シェルの時とはまるで別物だ。

 俺はアクセルレバーへ指を掛け、そのまま握り込む。

 ボンッ!!

 シェルが炸裂した。

 ブォォォォォォォォンッ!!!

 マフラーから爆音とともに、真っ赤な炎が噴き上がる。

 揺らめく炎がカブ改の周囲を赤く染めた。

 ドローンッ!!

 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ!!

 腕が持っていかれる。

 腰を落とし、両足で踏ん張る。

 それでもカブ改は前へ飛び出そうと暴れていた。

 ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ!!

 エンジンの唸りがさらに深くなる。

 唸り、跳ね回る。

 手の中で獣が暴れていた。

「うははははっ!! すげぇ! すげぇぞ! お前こんなんなるんかよ!!」

 カブ改が行きたがっている。

 前へ。もっと前へ。

 俺は暴れる柄を必死に押さえ込んだ。

 まだだ。

 まだ暴れる。

 もっとだ。

 もっと唸れ……!

 ドゴンッ! ドゴンッ! ……ドゴォォン!!

 その瞬間、全身の感覚が一つに噛み合った。

 暴れ回っていたカブ改の振動が腕から肩へ、肩から背中へと流れ込み、熱を帯びた衝撃が全身を突き抜ける。

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 地面を蹴るのと同時に、カブ改がハシュラファに襲いかかった。

 ドバゴォォォォォォォォンッ!!!!

 凄まじい衝撃が腕を突き抜け、肌を焼くような熱風が全身を叩き付ける。

 噴き上がった爆炎が視界を真っ赤に染め、無数の火の粉が嵐みたいに吹き荒れた。

「グオオオオオオッ!?」

 それでもカブ改は止まらない。

 首を、甲羅を、ハシュラファの身体ごとまとめて叩き砕き、爆ぜた衝撃が岩場を揺らしながら遥か後方まで吹き飛ばした。

 吹き上がった炎は熱風とともに空へ舞い上がり、無数の火の粉がゆっくりと岩場へ降り注ぐ。

 やがて爆炎が消え、揺らめく熱気の向こうに残っていたのは、砕け散った甲羅の破片とハシュラファの残骸だけだった。

 耳の奥ではまだエンジンの唸りが鳴り続けている。

 痺れた手でカブ改を握りしめながら、俺は熱を帯びた息をゆっくりと吐き出した。

次回は本日午後20時20分投稿です。

応援、お願いします。

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