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018 父の形見となんとやら……

「カトル、ご飯冷めちゃうよ?」

「んっ? ああ、ごめんごめん」

 そう言われて顔を上げると、呆れ半分といった感じのティアがスプーン片手にこちらを見ていた。

 

 バルガス工房を後にした俺たちは近くにあったサイゼリナというカフェ&レストランテ風? の食堂で昼食を取っていた。

 ちょうど昼時ということもあって、店内は食事をしにきた村人や冒険者で賑わっていて、俺たちのいるテラス席にも楽しげな笑い声が聞こえている。

 テーブルの上には、トマトソースにたっぷりチーズをかけて焼き上げられたドリアと、見るからに濃厚そうなポタージュスープがホカホカと湯気を立てている。

 ……なのに、俺の視線は料理ではなく、テーブルの端に立て掛けてある相棒へと吸い寄せられていた。

 

 そう……つい今し方俺が手に入れたばかりの愛しのバンカーちゃんである!

 いやぁー……。

 やっぱりカッコイイ。何度見ててもカッコイイ。

 これはアレだね。新しいおもちゃを買ってもらった子供の気持ちがわかっちゃうヤツ。

 絶対、今夜寝る前にも眺めちゃう自信があります。

 いや、さすがに抱いて寝たりはしないよ? 危ないし。

「またニヤニヤしてる……」

「あははは、だってさぁ……。カッコイイんだもん」

「もうっ、本当に気に入ったんだね」

 ティアが呆れたように笑う。

 いやいや、気に入ったなんてもんじゃない。

 むしろ一目惚れですよ。

 ちなみにステータスはこんな感じ。

 

 ◇名前 カブ改

 ◇攻撃力 100

 ◇斬れ味 60

 ◇エンジン

  火属性4ストロークSOHC

  2バルブ単気筒75cc長剣型

 ◇最高出力 220

 ◇対応シェル&倍率

  ・極小 ×1.00

  ・小  ×1.50

 ◇装弾数 1発

 ◇備考

  装弾数削減

  対応シェル強化

 

 バルガスさんの説明によると、通常使用時の攻撃力は100。

 シェル使用時の攻撃力は、エンジン出力×シェル倍率になるらしく、極小シェルなら220、小シェルなら330って感じ。

 でも、これはあくまでもドンピシャで最高出力に合わせられたらの話で、さっきのバルガス工房での1回目の試し振りみたいに出力が不十分だと、当然その威力も目減りするとのことだった。

 というか、上手く合わせられたと思った2回目も、バルガスさんにしたらまだまだらしい。

 そんなわけで明日から毎朝バルガス工房で特訓です。

 でもまぁー、木の棒一本でボシ・ケンゲと殴り合ってた昨日と比べれば、いきなり鋼の剣を手に入れちゃったくらいの大進歩です。

 これで俺もようやく異世界冒険者っぽくなってきたんじゃないかな?

 

 ……と喜びたいのは山々なんだけど、脳裏をよぎるのは俺の手元から巣立っていったラグバ金貨たち。

 いやー、バンカーってお高いのね。

 そのお値段、なんと1500ラグバ!

 いや、これ最初は2000ラグバだったんだけど、ティアが過去にハンスから受けたストーカー被害を引き合いに値切ってくれて、このお値段だからね。

 その時は「安い! 安ーーい!」なんて、何処ぞのテレビショッピングの出演者みたいなリアクションしちゃったけど、それでも1500ラグバだからね。

 いや、マジで高ぇーよ。

 だって所持金2200ラグバだよ。

 その大半が吹っ飛んだんですけど!?

 まあ、剣帯はサービス。

 極小シェル3発と小シェル1発もサービス。

 さらにはなんと保守道具一式までもサービス。

「中古だからな。これくらいは付けてやる」

 なんてバルガスさんは言ってたけど、きっとこれもティアがいてくれたからだろうな。

 ……とはいえ、財布事情がかなり厳しくなったのは事実。

 明日からは本気で稼がないと、割と普通に生活が危うい。

 いや、うん。

 わかってる。わかってるんだけどさ。

 俺はチラリとカブ改を見る。

 うん。後悔はない。

 男ってさ、こういうロマンに弱い生き物なんだよね。

 仕方ない。うん、仕方ない。

 

「ねぇ、カトル?」

「んっ?」

「そんなに見てたら穴開いちゃうよ?」

「あははは、それくらい嬉しいんだよ」

「ふふっ、子供みたい」

 ティアがクスクスと笑ったあと、少しだけ真面目な顔になる。

「でも、カトルってすごいよね」

「えっ?」

「いきなりバンカー使いこなしちゃうんだから。普通、新人ってもっと苦戦すると思う」

 その言葉に思わず苦笑いが漏れた。

「いやぁー、たまたま上手く合わせられただけだよ。バルガスさんもまだまだだって言ってたじゃん」

「うーん……。でもティアはすごいと思う」

 そう言って微笑むティアを見ながら、バルガス工房でのやり取りを思い出す。

「そういやさ、ティアのバンカーって……」

「あっ……ティアのバンカーね。お父さんの形見なんだ……」

 それまで笑っていた表情が、ふっと落ち着いたものに変わる。

 

 テラス席を吹き抜けた風が、ティアの髪をそっと揺らした。

「お父さんね、この村でたった1人の金等級の冒険者だったんだ」

 ティアは誇らしそうに笑った。

「金等級……」

 金等級は冒険者の中でもほんの一握りしかいないって、クラリスさんが言ってたっけ。

 ティアのお父さんって、すごい冒険者だったんだな。

「すっごく強くて、優しくて、お節介で……困ってる人を放っておけない人だったんだ」

「いい人だったんだね」

「うん。お爺ちゃんなんて、「またラルムの奴、面倒ごとに首突っ込みおって……」って、いつも呆れてた」

 ティアは少し懐かしそうに笑った。

「でも、ティアはそんなお父さんが大好きだった」

 ティアの指先が、木のテーブルをゆっくりとなぞる。

「三ヶ月前にね。黒怪鳥っていうカテゴリー4のモスキートがこの村を襲ったの」

 

 ……黒怪鳥。

 その名前を聞いた瞬間、嫌な感覚が背筋を走る。

 頭上を覆う黒い影。

 耳をつんざく不気味な鳴き声。

 踏み潰されそうになった時の絶望感。今思い出しても胃がキュッとなる。

「しかもタイミングは最悪。その日に限って強い冒険者はみんな村から出てて、まともに黒怪鳥と戦える冒険者はお父さんしかいなかったの」

 ティアは静かに続ける。

「だからお父さんは村の人たちの避難を残ってた冒険者のみんなに任せて、自分は1人だけで黒怪鳥と戦ったんだ」

「えっ……」

 すごいな。あんな化け物にたった1人で立ち向かうなんて……

 俺なんてたまたま蚊遣り豚で助かったからいいものの、何も出来なかったもんな。

「最初はね。避難しようとしてる人たちを気にしながら戦ってたから苦戦してたんだけど、避難が進んでからはお父さんが攻めてたんだって」

「おおっ……」

 あれっ? それなら、どうしてティアのお父さんは……?

「でもね。あと少しってところで逃げ遅れた奴隷の子供がいることに気づいたの」

 テーブルをなぞっていたティアの指先が止まる。

「お父さん、その子をかばって、黒怪鳥の攻撃を受けちゃったんだ。お父さんらしいよね……」

 風が吹いてテラス席の木製看板がカタリと鳴った。

「でも、そのまま死んじゃった……」

 震える声。

 少しだけ困ったような、泣きそうな笑顔。

 胸がチクリと痛んだ。

「そっか」

「うん」

 ティアは息を整えてから話を続けた。

 

「さっき、ティアのバンカーは雷属性って言ったでしょ?」

「うん」

「お父さんは雷属性だったんだ。ティアが使ってるバンカーは、お父さんのサブバンカーだったの。でもティアは水属性だからすっごく相性が悪くて、全然出力が出ないんだ」

 ああ……やっぱりそうか。

 バルガスさんも、相性が悪いと出力が出ないって言ってたもんな。

 せっかくのお父さんのバンカーでも、ティアだと本来の力はほとんど出せないんだろう。

 ……冒険者として考えたら、結構しんどいよな。

「みんなには買い替えた方がいいって言われる。でも……」

 一瞬だけ言葉が詰まる。

「手放したら、お父さんとの繋がりまで無くなっちゃう気がして……」

 その言葉を聞いた瞬間、ふと蚊遣り豚だった頃の思い出が頭に浮かぶ。

 

 妻は俺のことをずっと大切に使い続けてくれた。

 黒く煤けて、少し欠けても。

 便利なノーマット式を長男が買ってきても。

 夏になれば蚊取り線香を入れて、冬になれば香を焚いて。

 何年も、何年も……

 そういや、長男に勘違いで捨てられた時なんて、妻は不燃物回収車の荷台にあった俺を見つけて泣きそうになってたもんな。

 たぶん妻にとって蚊遣り豚は俺そのものだったんだろう。

 ただの物じゃなかったんだ。

 もう戻れない日々が、たくさん詰まっていた。

 姿は見えなくても。

 声は聞こえなくても。

 そこに確かにいた証みたいなものがあると、不思議と少しだけ前を向けたりする。

 きっとティアにとってのお父さんのバンカーもそうなんだろう。

「そっか」

「うん」

 こういうのって、きっと誰かがどうこう言うもんじゃない。

 時間を掛けて、自分で折り合いをつけていくものなんだと思う。

 

 遠くから聞こえる村人達の笑い声。

 皿の触れ合う音。

 少し冷め始めたドリアから立ち上る微かな湯気。

「……ごめんね。なんか暗い話になっちゃって」

 ティアが困ったように笑った。

「気にしなくていいよ。そもそもバンカーの話したの俺だし。ごめんね」

「ううん……ドリア少し冷めちゃったね」

「んっ? ああ、大丈夫。大丈夫。俺、実は猫舌なんだ。ほらっ、このくらいがちょうどいい……うわっち!? ななな、なんだこれ!? めっちゃ熱いぞ! み、水! 水!」

「ぷっ……あはははは!」

「わ、笑い事じゃないって! くそっ、このドリア冷めたフリしてたな! 許せん!」

「あはははは!」

 まぁー、ティアも元気になったし、これはこれで良しとしよう。

 ……にしても、異世界のチーズって冷めるの遅すぎだろ。

 笑っていたティアの視線が、ふと通りの先で止まった。

 

「あっ……ウィードさん」

「んっ?」

 ティアの視線を追って通りの方を見ると、昨日会ったチョロい門番さん――チョロモンさんことウィードさんが歩いていた。

 相変わらずボサボサの焦茶色の髪に眠たそうな目。腰には長剣型のバンカー。

 そして、その隣には――。

「げっ! あの人は……」

 要注意人物リスト登録済みの女冒険者さんだ。

 確か名前は……エクレールさん。

 腰には長剣型、背中には大剣型の厳ついバンカー。

 というか、あれ何キロあるんだろ?

 腰の剣だけでも重そうなのに、背中のアレとか絶対ヤバいでしょ。しかも普通に歩いてるし。

 ……なんて思いながら見ていたら、エクレールさんがこっちを見た。

 めちゃくちゃ睨まれた。

 あっ、はい。

 この人、目つきヤバくない?

 そうこうしてるうちに、ウィードさん達がこっちに近づいてきた。

 

 気怠そうに片手を上げながら近づいてきたウィードさんは、俺を見て少しだけ眉を寄せた。

「……お前は昨日の……なんだっけ。ガトーだったか?」

「カトルです!」

 誰ですかガトーって!

 そっちは核弾頭ぶっ放す方ですから!

 俺、まだバスターライフルすら持ってませんけど!?

「そうだったか」

 絶対覚える気ないだろこの人。

「……昨日は、ごめんなさい」

「お爺ちゃんが怒っちゃったの、ティアのせいだから……」

 ウィードさんは気まずそうに頭を掻いた。

「……んなもん気にしてねぇよ」

「……寝てた俺が悪ぃ」

「それより、体はもう平気なのか?」

「う、うん。もう大丈夫」

「そうか」

 短い返事。

 でも、なんというか……この人、不器用なだけで根は優しいんだろうな。

 まぁー、居眠りはどうかと思うけど。

「ウィードさん達、これからどこか行くんですか?」

「モネの森だ」

「モネの森?」

「黒怪鳥討伐の下見だ」

 その言葉に、ティアの表情が少しだけ強張る。

 ウィードさんは小さく息を吐いた。

「……そんな顔すんな」

 ぶっきらぼうなまま。

 でも、なんだか気を遣ってる気がした。

「それじゃ、行くぞ」

「……はいよ」

 エクレールさんは気怠そうに返事をすると、こちらを睨みつけた。

 そして――。

「……次ジロジロ見てたらぶっ飛ばすからな」

 ボソッとそれだけ言い残して歩き出した。

「いや、見てたのバンカーですって!」

 何なの、あの人!

「ふふっ」

「んっ?」

「エクレールさん、ああいう人だけど本当はいい人だよ?」

「本当ぉ? いやぁ……あんな感じなのに、いい人って言われてもなぁ……」

 もう完全に、ガンの飛ばし方が昭和のヤンキーなんですけど。

 ティアはそんな俺の顔を見て、クスクスと笑った。

 俺は手をパンッと合わせる。

「よしっ! それじゃ、ご飯食べちゃって防具屋さん行こうか」

「うん!」

 そうして俺たちは、ようやく冷め始めたドリアを食べながら次の予定を話すのだった。



次回は7月21日午前8時20分の投稿です。

応援、お願いします。

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