017 ロマン砲となんとやら……
「よく聞け。まずはシェルを入れる。そこに穴があるだろう?」
そう言うと、バルガスさんはバンカーの手元を指差した。
よく見れば、ナックルガードの根元付近に筒状の小さな穴が空いている。
「そこが弾倉だ。チューブマグやチューブなんて呼ぶ奴もいる」
「ここに入れるんですね。何発入るんですか?」
「1発だ」
「1発しか入らないんですか?」
「訳ありの中古品でな。本来、その型なら3発入るんだが、前の持ち主が弾倉を削っとる。今は1発しか入らん」
「えっ!? それ大丈夫なんですか!?」
「壊れてはいない。代わりにだ」
バルガスさんはそう言いながらエンジンを指で軽く叩いた。
「こいつはここをボアアップしてあってな。本来なら極小シェルしか使えん型だが、こいつは小シェルまで扱える」
「へぇー……」
「よっぽど愛着があったんだろ。普通なら威力を上げたければ買い換える。わざわざボアアップなんざせん」
バルガスさんは鼻を鳴らした。
「まあ、嫌いじゃないがな。そういう馬鹿は」
「でも、1発だけなんですよね?」
「ああ。1発ありゃ充分だ」
「充分?」
「そもそもバンカーはフィニッシャーだからな」
「フィニッシャー?」
「ああ。往生際の悪いモスキートに対して、ここぞという場面で最大火力の一撃を叩き込む武器だ。シェルを何発も炸裂させながら戦うなんざ、頭のいかれた冒険者ぐらいだ」
「おおっ! なるほど……」
1発だけ、最大火力の一撃、フィニッシャー……
何それ……? それって、まるで必殺技じゃん!
アニメや漫画で最後に出てくる切り札的なアレだ。
「これで決める!」って時の一撃必殺のロマン砲。
めちゃくちゃカッコイイじゃん!
「ニヤニヤしてないで入れろ」
「はい!」
俺は火属性の極小シェルを受け取った。
赤い紋様の刻まれた筒状のシェルは、見た目以上にずっしりと重い。
その小さな筒の中に火属性の力が詰まっていると思うと、なんだかそれだけで胸の奥がわくわくしてくる。
俺は教えられた弾倉にシェルを差し込んだ。
シュコッ――カチン。
吸い込まれるように収まったシェルが、奥で小さく固定される。
「次はエンジンを起動させる。そこにあるスターターを手前に引いてみろ。エンジンがかかる」
バルガスさんがナックルガードの外側にある可動式の部品を指差す。
「これですね?」
俺は右手で柄を握り直し、左手でナックルガード横のスターターを掴んだ。
……重い。
思ったより抵抗がある。
中の機構を無理やり動かしているような、金属の重さが腕に伝わってくる。
「ぐっ……!」
ガチャコンッ!
引き切った瞬間……
ドッドッドッドッ……
それまで静かだった魔導燃焼機関が、まるで目を覚ましたように震え出す。
一定の鼓動が掌へ伝わり、細かな脈動とともにほんのりとした熱が滲んでくる。
短いマフラーからは、ふっと熱を帯びた空気が漏れた。
「おおおっ、動いた! バルガスさん、動きましたよ!」
「はしゃぐな。今が待機状態だ」
いやいや! はしゃぐなって言われましても、そりゃあ無理ってもんでしょう!?
おじさん、これだけで白飯3杯いけちゃいます!
「カトル、すごい顔してるよ?」
「いや、だってこれ……男の子の夢が全部詰まってるじゃん! もう夢がMORIMORIじゃん!」
「よくわからないけど、嬉しそうだね!」
「浮かれるのは後だ」
バルガスさんが訓練場の丸太を指差した。
「まずはあれを叩け。狙いは胴の中心だ」
「了解です!」
「まだ振るな。先にアクセルレバーを握れ」
「アクセルレバー?」
「ああ。そこにあるレバー式のアクセルだ。握り込むと、シェルが炸裂する。中のピストンが走って、エンジンが唸り出す。そこから出力が乗る」
「出力が乗る……」
「音と振動を感じろ。1番強く噛み合った瞬間が最高出力だ。そこに踏み込みと刃を合わせろ」
「早すぎても遅すぎてもダメってことですか?」
「そうだ。どっちにしても威力は落ちる。自分の身体で感じ取れ」
「……はい!」
ドッドッドッドッ……
俺はナックルガードの内側にあるアクセルレバーに指を掛けた。
「……いきます」
ゆっくりと握り込む。
ボンッ!
エンジンの中でシェルが炸裂した感覚が手に伝わった。
次の瞬間……
ブォォォンッ!!
エンジンが一段深く唸りを上げる。
同時に掌に伝わる振動が一気に重くなった。
ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ……!
さっきまでの待機音とはまるで違う。
ガンガンと上下運動するピストンからくる低く重い鼓動が腹に響く。
短いマフラーから火花混じりの熱い排気が吹き出す。
「あはははは! すげぇー! すげぇーぞ!」
やばい! テンション上がる!
もうこれ完全にジェノブレイカーじゃん!
ハッ!? イカン。イカン。
バルガスさんが音と振動を感じろって言ってたじゃないか。
俺は丸太へ向かってバンカーを構え直す。
ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ……!
今か?
……いや、まだか?
ドゴッ、ドゴッ……!!
振動がさらに重くなる。
いつだ?
……えーい!
「今でしょ!!」
俺は勢いよく踏み込んだ。
剣が走り、刃が丸太に食い込んだ、その瞬間……!
ドゴォンッ!!
「うおおおっ!?」
凄まじい衝撃が腕から肩へ突き抜ける。
短いマフラーから炎が吹き上がり、丸太の表面が大きく弾け飛んだ。
抉れた木片が辺りに散らばり、弾倉から空になったシェルが斜め後方へ弾き出される。
だが、それらを認識する間もなく、俺の身体は反動に負けて後ろへ吹っ飛んでいた。
「どわぁぁぁっ!?」
足が浮き、視界が回る。
地面が迫った。
背中から転がり、勢いのまま土の上をゴロゴロと転がった。
「いてててて……っ!」
「カ、カトル!? 大丈夫!?」
ティアが慌てて駆け寄ってくる。
「イテテ……だ、大丈夫、大丈夫……って、ああーっ!?」
俺は慌てて身体を見下ろした。
「ティアとエクレアさんに選んでもらった、おニューの服がー!!」
「えぇっ!? そこ心配するとこ!? ……あはははっ!」
「いや、だって今さっき新調したばっかりなんだぞ!? 破けたりしたら泣くって!」
慌てて土を払って起き上がる。
ほっ、どうやら服は汚れちゃったけど、破けたりはしてないみたいだ。
「よ、よかったぁ……」
「踏ん張りが足りなかったな。身体は大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっとビックリしただけで……」
「吹っ飛ばされても手放さなかったか」
「あっ……」
言われて初めて気づいた。
確かに、俺はバンカーを握ったままだ。
「出力は7、8割ってところだな。初めてにしては上出来だ」
丸太を見ると、完全に真っ二つとはいかないものの、胴の部分が大きく抉れていた。
表面は煤けたように黒ずみ、抉れた断面からは白い煙が細く立ち上っている。
「威力、やばっ!? こ、これで7、8割……?」
「出力が乗る前に少し焦ったな」
「えっ?」
「握ってすぐ叩き込もうとしただろ」
「あははは、ついついテンション上がっちゃって、待ちきれませんでした」
「だろうな。少し早い。次はもう半拍だけ待て」
「半拍……」
「音を聞け。振動を感じろ。バンカーが行きたがる瞬間がある。そこに身体を合わせろ」
バンカーが行きたがる瞬間。
さっきの違和感と同じだ。
普通の剣みたいに、こっちが一方的に振るんじゃない。
こっちが合わせる。
……やっぱり、めちゃくちゃ面白い。
「もう1度やってみろ」
バルガスさんが指差した先には、ボロボロの鉄鎧を着せられた木人形が立っていた。
胸当ては錆びつき、ところどころ凹んでいるが、見るからにさっきの丸太と比べても頑丈そうだ。
「えっ、あれに?」
「そうだ」
バルガスさんは新しいシェルをこちらへ放ってきた。
「次は説明なしでやってみろ」
「はい!」
俺は深呼吸を一つすると、弾倉へシェルを差し込み、その流れでスターターを引いた。
シュコッ――カチン。
ガチャコンッ!
ドッドッドッドッドッ……
再びエンジンが目を覚ます。
俺はそのまま木人形へ向かってバンカーを構える。
呼吸を整え、腰を落とす。
肩の力を抜き、重さに逆らわない。
バンカーに合わせるんだ。
「すぅー、はぁー……」
深呼吸を1つ入れてからアクセルレバーを握り込む。
ボンッ!
シェルが炸裂するのと同時にエンジンが唸りを上げる。
ブォォォンッ!! ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ……!
掌に伝わる重い振動も、頬に触れる熱い排気も、今は落ち着いて感じられる。
いや、むしろそれを楽しめる余裕が出てきたのかもしれない。
まだだ。まだ早い。
バンカーが前に行きたがっているのがわかる。
ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ……!
もう少し待ってろ。今、行かせてやる。
もうちょい…… ドゴッ、ドゴッ、ドゴンッ!!
「今だ!!」
俺は一気に踏み込んで、上段からバンカーを振り下ろした。
刃が走り、鉄鎧の胸へ吸い込まれる。
ドゴォォンッ!!
ガァァンッ!!
凄まじい衝撃が全身を揺らすのと同時に、マフラーから真っ赤な炎が吹き出した。
「うぐぐっ!?」
だが、今度は油断しない。
腰を落とし、足で踏ん張り、全身で反動を受け流す。
鉄鎧の胸部が大きくひしゃげ、空シェルがガシャンッ! と勢いよく弾き出される。
赤熱したシェルが地面を転がる頃には、木人形は土台ごと後方へ吹っ飛んでいた。
鈍い金属音を響かせながら地面へ叩きつけられ、ひしゃげた鉄鎧からは黒っぽい煙がふわりと立ち上った。
砕けた木片と土埃が辺りへ舞う。
「はあ、はあ、はあ……す、すげー……」
俺は痺れる手を握り締めながら、吹っ飛んだ木人形を見つめた。
「……ほう」
バルガスさんが感心したように目を細める。
「2発目でそこまで合わせたか」
「たまたま上手く合わせられただけですよ」
「たまたまで鎧人形を吹っ飛ばされちゃ困る」
「カトル、すごい! 今のすごかったよ!」
ティアが目を輝かせながら駆け寄ってくる。
「いや、すごいのはバンカーだよ。俺、ほとんど振っただけだし……」
「その“振っただけ”ができねぇ奴が多いんだ」
バルガスさんは短く笑うと、俺の手元のバンカーを見た。
「気に入ったか?」
「めちゃくちゃ気に入りました!」
即答だった。
だって仕方ない。
こんなの、気に入るに決まってるじゃん。
「そうか」
バルガスさんは口の端をわずかに上げた。
「なら、売ってやる。新品を用意するから待っていろ」
「えっ!? これじゃないんですか!?」
「そいつは試し振り用だ。売り物じゃない」
いやいや! この流れならこれを売ってくれると思うでしょうよ!
ああっ……俺のロマン砲が……
「何だ? そいつが欲しいのか? 訳ありの中古品だぞ」
「はい! これが欲しいです! ダメですか?」
「ふむ……」
バルガスさんはその立派な顎髭を撫でながら少し考えると、何かを思い立ったように口を開いた。
「……よし。売ってやる」
「マジですか!?」
「ああ。ただし、使い方を覚えるまでは毎日ここへ来い。危なっかしくて見てられん」
「毎日ですか?」
「嫌なら売らん」
「来ます! 毎日来ます!」
即答だった。
いや、だって。
バンカーを売ってもらえる上に、バルガスさん直々に使い方まで教えてもらえるってことでしょ?
こんなありがたい話、断る理由が一つもない。
「やったね、カトル!」
「うん! ありがとう、ティア!」
「礼を言うのはまだ早い」
バルガスさんは腕を組み、俺をじろりと見た。
「まずは金だ」
「あっ……」
そうだった。値段を聞くのを忘れてた。
俺は急に現実へ引き戻され、肩掛け袋の中のラグバ貨幣を思い浮かべた。
次回は7月17日午前8時20分の投稿です。
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