019 ネコミミとなんとやら……
「いやぁー……鎧欲しかったなぁ」
「うん。残念だったね」
昼食後、防具屋に立ち寄った俺たちは、次なる目的地である道具屋へ向かって通りを歩いていた。
結論から言うと、鎧は買えなかった。
いやぁー、防具ってお高いのね。
ここにきて、先のカブ改1500ラグバがガッツリ効いとります。
とはいえ、何も買わなかったわけじゃなくて。
防具屋のおばちゃんに
「鎧は無理でも、最低限これくらいは着ときな!」
と勧められて、防御力の上がるインナーとグローブだけは買いました。
そうそう、インナーってのは、ゲームとかで初期装備の鎧の下に着てそうな、ピチッとした全身タイツみたいなアレのことね。
まぁー、ケンゲやキペンベと戦った時なんて普通の服だったわけだし、服の下に着るだけでも少しはマシ……だと思いたい。
インナー300ラグバ。
グローブ100ラグバ。
締めて400ラグバのお買い物。
そんなわけで現在の所持金は300ラグバ弱。
……なんだけど、昼飯代やら何やら考えると、実際に使えるのは200ラグバくらいってところだろうか。
うん。なかなか世知辛い。
まぁー、幸いなことに宿代は今日から3日間無料。
その後もしばらくは1割引きで泊めてもらえることになっている。
ドナテロさん、最初は
「金なんざいらん! 気の済むまで泊まってけ!」
なんて言ってたんだけど、さすがにそこまで世話になるのも悪いってことで、押し問答の末にそういう形に落ち着いたんだよね。
だから当面の寝床は心配ない。
問題は――。
残りのお金で冒険に必要な道具がどこまで揃うかだな。
「大丈夫?」
隣を歩いていたティアが心配そうに覗き込んできた。
「うーん……。正直ちょっと不安」
「ごめんね。ティアがちゃんと今日の買い物の予算聞いておけばよかったね……」
「ううん。ティアは気にしなくていいよ。というか、ティアのおかげでバンカーもかなり安く買えたんだから。ありがとう」
「そう? えへへ……」
そんな話をしながら通りを歩いていると、ティアが1軒の店を指差した。
「ここだよ」
この村にしては比較的新しめの木造建築。
入口には縄やランタン、薬草っぽい束なんかが吊るされていて、なんというか……おしゃれな雑貨屋さんって感じだ。
「おっ、いい雰囲気じゃん」
「ここ、冒険者もよく来るんだよ」
ティアが扉を開ける。
カランカラン――。
軽やかな鐘の音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
そう声を掛けてきた人物を見た瞬間、俺は思わず目を奪われた。
……えっ!? 何この人……!
さらりと流れる金髪に、陶器みたいに白い肌。そして、透き通るような青い瞳。
超絶美形のイケメンなんですけど!?
……って、そこじゃない! ネコミミ!? なんでイケメンにネコミミが付いてるの!?
タイタニックに出てた頃のレオ様にネコミミ付けちゃいましたみたいな感じ!
船首で「I’m the king of the world!」って叫んでる後ろに、こんな猫耳イケメンいたら、もうタイタニックじゃなくてタイタにゃークなんですけど!?
「こんにちは、ジャックさん」
「やぁ、ティアちゃん」
わおっ……声まですんごいイケボやん!?
……って、どうやらティアの知り合いみたいだ。
「あっ、こちらカトル。昨日ティアを助けてくれた人」
「初めまして。ジャックです」
「ど、どうも、カトルです」
「今日は何をお探しですか?」
「あっ、冒険者になったので必要な物を揃えたいなと思いまして」
ティアが店内を見回しながら口を開いた。
「カトル、最低限なら背嚢、水筒、コンロ……えーと、小さな鍋とナイフはあった方がいいかな。あっ、あと干し肉もちょっと! ……回復薬は、おじいちゃんが昨日ベンジョン草でいっぱい作ってたから、それ貰っちゃおう」
「回復薬は助かるけど、結構あるね……」
俺が遠い目をしていると、ジャックさんが口を開いた。
「ちなみにご予算は?」
ちょっと悲しくなる質問である。
「実質……200ラグバくらいで」
「なるほど」
ジャックさんは少し考えると、奥から茶色い革の背嚢を持ってきた。
「まずは背嚢ですが、1番お求めやすいのはこちらですね。中古品なんですが、ほとんど使っていなかったので良品です」
派手さはない。
でも作りはしっかりしてそうだ。
肩紐も太くて丈夫そう。
「あの、お値段は?」
「350ラグバ……と言いたいところですが、ティアちゃんのお知り合いということですので280ラグバでいかがでしょう?」
終わった。
予算終了のお知らせである。
「ちなみに背嚢以外も合わせると、全部でいくらになりますか?」
「安く見積もっても480ラグバほどですね」
足りない。
普通に足りない。
うーん……。
どうしたものかと悩んでいると、
「あれ?」
ジャックさんの視線が俺の肩掛け袋へ止まった。
「その革、少し見ても?」
「革?」
言われて見たのは、肩掛け袋をまとめるのに使っている革ベルトだった。
「どうぞ」
渡すと、ジャックさんはじっと確認する。
猫耳がピクッと動いた。
「……変わった革ですね。それに加工も良い」
「えっ?」
少し驚いたような顔をしたあと、ジャックさんがふっと笑った。
「僕、いろいろな革を集めるのが趣味なんですよ」
えっ、そうなの?
猫耳イケメン、そんな趣味まであるの?
「もしよければ、この革ベルトと背嚢を交換しませんか?」
「えっ!?」
マジで?
ティアも驚いている。
いや、だってそれディスカウントショップで買った安物の牛革ベルトだよ!?
でも正直――。
今の俺には背嚢の方がありがたい。
「……本当にいいんですか?」
「はい」
ジャックさんは爽やかに笑った。
いやいや、そんな笑顔向けられたら惚れてまうやろ!
「それじゃ……お願いします!」
「ありがとうございます」
そんなわけで、背嚢ゲット。
必要な物も何とか最低限揃った。
うん。かなり助かった。
「ありがとうございました!」
「またいつでも来てください」
爽やかな笑顔。
猫耳ぴこっ。
……やっぱりキャラ濃いーな……
そうして俺たちは、道具屋を後にした。
◆◆◆
あれから、ティアにいろいろと村の中を案内してもらっているうちに、気づけば辺りは夕暮れ時になっていた。
少しずつ灯りの増え始めた通りを抜けて、俺たちはダヴィデ亭へと帰ってきた。
「ただいまー」
ティアが扉を勢いよく開ける。
カランコロン――。
聞き慣れ始めたドアベルの音。
「おかえりなさい」
カウンターの奥から顔を出したのは、落ち着いた茶色の髪を後ろでひとつにまとめた女性だった。
ダヴィデ亭で宿帳の管理や客室の清掃なんかをしている、エイプリルさんだ。
「エイプリルさん、ただいま!」
「あら、おかえりティアちゃん」
「カトルさんも、おかえりなさい」
「あっ、ただいまです。朝はありがとうございました」
「ふふっ、いえいえ。どういたしまして。たくさんお買い物したみたいですね?」
「はい。なんとか最低限は揃いました」
「それは良かったです」
歳の頃は30半ばくらいかな?
昨日、紹介してもらった時も思ったけど、すごく物腰の柔らかな人だな。
なんか、この人と話してると小学校の頃に担任だった先生のことを思い出すんだよね。
先生、元気にしてるかなぁ。
「どうぞ。お部屋の鍵です」
「あっ、はい。ありがとうございます」
まだ夕飯には早いし、とりあえず荷物を置く前に、食堂で一息つこうかな。
「ティア、食堂で少し休まない? 飲み物、ご馳走するよ」
「うん! 何、飲もうかなー? カトルは何にする?」
「俺は果実水がいいな」
「はーい!」
食堂に移動するとまだお客さんはまばらだった。
とりあえず空いていた席に腰かけると、飲み物を両手に持ったティアがやって来た。
「今日はありがとね。ティアのお陰でバンカーも手に入ったし、いろいろ揃ったよ。それに村の中も見て回れたしね。楽しかったよ」
「えへへ、よかった! ティアもカトルのお陰でワンピースもらっちゃったし、ありがとう! ティアも楽しかった!」
「ほいじゃ、カンパーイ!」
「かんぱーい!」
ほどよく冷えた果実水が一日中歩き回った身体に心地良い。
そのまま今日行った店の主人たちの小話を聞きながら休んでいると、厨房の方から何やら慌ただしい音が聞こえてきた。
「おっ、カトルさん達おかえりっす!」
元気な声と共に厨房から顔を出したのは、赤い髪を短く刈り上げた青年だった。
ダヴィデ亭で料理人見習いをしているケーシーくんだ。
「おっ、ケーシーくん。ただいま」
「おかえりっす! ……って、おおっ!? そのバンカー買ったんすか!? めっちゃカッコいいっすね!」
「おっ? わかる? わかっちゃう?」
「わかるっす! ここのエンジンのゴツゴツ感がたまんないっす!」
「おおっ! ケーシーくん、わかってるじゃん! そうそう! このゴツゴツした感じ! 最高だよね!?」
うんうん。やっぱり男の子ってこういうの好きだよね。
ケーシーくんとはいい友達になれそうだな。
「おう、帰ったか!」
ケーシーくんも加わってバンカー談義に花を咲かせていると、豪快な声が食堂に響いた。
振り向くと、そこには真っ白なコック服姿のドナテロさんが立っていた。
うん。相変わらず声がデカい。
どうやら、置いて行かれたことは気にしてなさそうだ。
「お爺ちゃん、ただいま!」
「おう、ティア。どうだった? ちゃんと案内してやれたか?」
「もちろん!」
「わはは! ならよし!」
ドナテロさんが豪快に笑う。
そして俺を見ると、その馬鹿デカい手を耳もとに寄せてきた。
「カトル、お前さん……その、なんだ。ティアとは……そういうことはしておらんよな……?」
「えっ……? いやいや! だから何もしてませんって! その話はもう勘弁してくださいよ!」
「わっはっはっはっ! すまん! すまん! そう、むくれるな!」
「まったくもう……」
いっそのこと、妻と子供3人いますって言っちゃおうかな?
どうせ信じてくれないだろうけど……
というか、そんなに背中をバンバン叩かれると骨折れちゃうからやめようね?
「で、買い物はどうだった?」
「ティアのお陰でバンカーと最低限必要な道具類は買えたんですけど、鎧までは手が回りませんでした」
「鎧?」
ドナテロさんが眉を上げた。
「買えなかったのか?」
「はい。バンカーが思ってたよりも高くて、手持ちが足りませんでした。一応インナーは買ったんですけどね」
「ふむ……。まぁ、バンカーは高いからな」
「はい。高かったです」
「んっ? そういや……ちょっと待っとれ」
そう言って、ドナテロさんは顎髭を撫でながら奥へ引っ込んでいく。
「なんだろ?」
「さぁ?」
ティアも首を傾げる。
言われた通りに少し待っていると、戻ってきたドナテロさんの手には、1着の革鎧があった。
「その鎧……?」
「何年か前にな」
ドナテロさんが鎧をテーブルへ置く。
「宿代払えなくなった冒険者が代金代わりに置いてったやつだ」
「へぇー……」
ティアが少し覗き込む。
「あっ、まだあったんだ」
「物置で眠っとっただけだからな」
ドナテロさんが俺を見た。
「お前さんの体格ならちょうどいいだろう。よければ、こいつをもらってくれ」
……えっ。
いや、めちゃくちゃありがたい。
ありがたいんだけど――。
えっ、そんな簡単に貰っちゃっていいの!?
「いや、でも……」
「物置で埃をかぶっているよりは、お前さんに使ってもらった方が、鎧も喜ぶだろ」
やっぱり、この人かなり優しい。
というか、普通に良い人すぎない?
「それじゃあ……お言葉に甘えて大事に使わせてもらいます。ありがとうございます!」
「おう!」
ドナテロさんが満足そうに頷く。
ティアも嬉しそうに笑った。
「よかったね!」
「うん!」
改めて鎧を見る。
軽装だから動きやすそうだな。
細かな傷はあるけど、ちゃんと補修されていて状態はよさそうだ。
何よりカブ改と同じくすんだ深緑色っていうのも統一感があって良い。
なんというか、結構カッコよくない?
……うん。何はともあれ装備は揃った。
背嚢もある。
鎧もある。
そして、相棒のバンカーもある。
財布事情はかなり危険だけど……
なんだかワクワクしてきた。
よし。明日から本気で稼ぐぞ!
異世界冒険者生活。
いよいよ本格スタートである。
次回は7月24日午前8時20分の投稿です。
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