015 バルガス工房となんとやら……
ティアに連れられて店の奥に進むと、そこにはだらしなく両足をカウンターの上に乗せて暇そうに鼻をほじくる見覚えのある男が座っていた。
そう……それは昨日冒険者ギルドの入口で殴り倒した、あのスキンヘッド男だった。
「あっ、昨日ドアにぶつかってきた人」
「ぶつかってきたのはテメェだろうが!!」
「えっ? でも俺、ドアを開けただけだし……」
「勢いが殺人級だったんだよ!」
おおう、朝から元気だなぁ。
昨日は白目を剥いてぶっ倒れてたから心配……してはなかったけど、どうやらすっかり回復したらしい。
うんうん、若いっていいよね。
いや、年齢は知らんけど。
「ちょっと、ハンス! カトルに絡まないでよ!」
「絡むってなんだよ!? 俺はコイツに殴られたんだよ!」
「どうせハンスがバカなことしたんでしょ! いつものことじゃん!」
「だから、被害者は俺なの! 俺は悪くないの! コイツが悪いの!」
ハンスと呼ばれたスキンヘッド男は、カウンターをバンバン叩きながら俺を指さす。
うーん、なんか喚いてるけどその指先にくっついてるハナクソが気になるなー。
なるほどね。コイツがティアの言っていたバカ息子だったのか。
確かになんというか、第一印象からしてバカ息子感がすごいな。
しかも、ドワーフ族三大懲罰のグラッツェだっけ? その頭は見事なまでにツルツルピカピカ。
これで3本毛が生えてたら完全につるセコだな。
「ティア! お前、なんでこんな奴と一緒にいるんだよ!」
「今日はティアがカトルに村を案内してるの。ハンスには関係ないでしょ」
「関係あるだろうが! 昨日のことだって聞いたぞ! お前、バカじゃないのか!?」
「それ、ハンスに言われたくない! いいから、早くその指先についてるハナクソなんとかしてよ! 汚いじゃん!」
「ぐっ……!」
ティアの言葉にハンスは分かりやすくダメージを受けた。
うーん、これは見事なクリティカルヒット。
もしかして、ティアって意外と口撃力高いのかな?
俺がそんなことを考えていると、店の奥からゴンッ、ゴンッという重たい金属音が止み、代わりにズシリズシリと床板を軋ませる足音が近づいてきた。
「朝っぱらから何を騒いどる」
低く響く声と共に奥の扉から現れたのは、俺より少し背が低いくらいのずんぐりとした体格に、胸元まで伸びる見事な灰色の髭を蓄えたドワーフの男だった。
その太い腕は丸太のように逞しく、煤と油で汚れた革の前掛けからは、長年鉄と向き合ってきた職人特有の重みみたいなものが滲み出ている。
うわぁー、すごい職人感。
あの腕で鍛えられた武器とか、絶対に強いじゃん。
というか、あの腕で殴られたら普通に武器より強いんじゃないかな?
「親父! ちょうどよかった! コイツだよ! 昨日俺をぶん殴った奴!」
「ああ?」
ドワーフの男はギロリと鋭い目で俺を見た。
こ、怖っ!?
何この眼力!?
おじさん、そんな目で見つめられたらオシッコちびっちゃうよ!
俺は慌てて背筋を伸ばした。
「は、初めまして。カトルです。昨日の件はついつい手が出てしまいまして……、そのなんというか……」
「気にするな」
「えっ?」
「どうせコイツが先にろくでもないことを言ったんだろう」
「親父!?」
「違うのか?」
「ち、違わねぇけどよ……」
違わないんかい!
ハンゲくん……あれっ? ハンスくんだっけか? 意外に正直者だな。
バルガスさんらしきドワーフの男は、呆れたように大きなため息を吐くと、ハンスの襟首を片手で掴み上げた。
「お、おい、親父? 何すんだよ?」
「何度言えばわかる。誰彼構わず喧嘩を売るな」
「喧嘩を売ってきたのはコイツ……」
「言い訳は聞かん」
次の瞬間、バルガスさんの拳がハンスの脳天に振り下ろされた。
「ごべっ!?」
なんとも言えない悲鳴を残してハンスは白目をむいた。
えっ? 今の音、人体から鳴っていい音だった?
完全に鍛冶場で熱した鉄を叩く音だったんですけど。
そのままバルガスさんは気絶したハンスをズルズルと引きずって店の扉を開けると、慣れた手つきで外に放り出した。
「あとで拾う」
「拾う前提なんですね……」
「いつものことだ」
いつものことなんだ。
なんかもうハンスの扱いが店先の古新聞みたいなんですけど。
「はぁー、懲りないんだから……」
ティアも呆れて首を振っている。
どうやら本当に日常茶飯事らしい。
まぁー、昨日の冒険者ギルド前に続いて今日も店の外で気絶することになったハンスには、心の中でそっと合掌しておこう。
手と手を合わせて、なーむー。
「ティア、昨日のことはドナテロから聞いた。無事で何よりだ」
「うん。心配かけてごめんなさい」
「謝る相手はワシじゃない。ドナテロと、命の恩人にちゃんと返せ」
「わかってる。この人が命の恩人なの。今日はお礼にこの村を案内してるんだよ」
「そうか」
バルガスさんは短く頷くと、改めて俺の方を向いた。
「ワシはバルガス。このバルガス工房の主だ。ティアを助けたそうだな?」
「いえいえ、偶然通りかかっただけですから」
「偶然で命を拾わせられる奴は少ない。胸を張れ」
「あ、ありがとうございます」
うーん、渋い。
めちゃくちゃ渋いぞ、この人。
昨日のドナテロさんもそうだけど、この村のナイスミドル勢は圧がすごいな。
しかも、筋肉と髭の説得力が半端じゃない。
俺もあと何十年かしたら、ああいう渋みのある大人になれるだろうか。
……いや、実年齢的にはもう十分その域にいるはずなんだけどね。
「それで、今日は何の用だ?」
「バンカーです! バンカーを買いにきました!」
思わず食い気味に答えてしまった。
だって仕方ないじゃん。
目の前の棚に、男心をくすぐる油臭いロマンが所狭しと並んでいるんだもん。
「バンカーか」
「はい! 昨日、冒険者登録をしたばかりなので、ちゃんとした武器を用意したくて」
「鉄等級か?」
「はい」
「なら、まずは普通の剣か槍で十分だ。悪いがここに普通の武器はない。よその店に行ってくれ」
「えっ……」
俺の胸の中で膨らみかけていたロマン風船が、プスンと音を立てて萎んだ。
いやいやいや、ちょっと待って! プレイバック! プレイバック!
ここまで来て普通の剣? 槍?
それはそれで悪くはないけど、俺はもっとこう、ガシャコンとか、ギュイーンとか、ドゴンとか、そういう胸の奥に眠る中学二年生が歓喜の雄叫びを上げちゃうような武器を求めてるんですけど!
「バルガスさん、そこをなんとか……俺、どうしてもバンカーが欲しいんです!」
「欲しいってだけで、簡単に扱えるもんじゃない」
バルガスさんは棚に掛けられていたバンカーを手に取ると、俺の前のカウンターの上に置いた。
それはくすんだ深緑色の鞘に収められた長剣型のバンカーで、剣背から鍔の辺りにかけてエンジンのような厳つい部品が組み込まれていた。
しかも、てっきり金属で作られているかと思いきや、部品によっては黒ずんだ鱗のような部品も使われている。
おおっ、チョロモンさんや女冒険者さんの持っていたバンカーに比べると、少しばかりゴツさが物足りない感じがするけど、これはこれでカッコイイぞ!
「よく聞け。バンカーは魔核から作ったシェルを使う。こいつが炸裂すれば、この魔導燃焼機関の中にあるピストンが走って刃に衝撃を上乗せする。属性によっては火も吹くし、雷だって撒き散らす。水なら水飛沫、土なら砂塵、風なら突風だ」
「うおおお……」
な、何それ。
説明だけでもうカッコイイんですけど!
「ただし、扱いを誤れば腕が飛ぶ。反動を逃がせなきゃ肩が外れる。シェルが詰まれば暴発もする。新人が見た目だけで飛びつくと、だいたいろくなことにならん」
「腕が飛ぶ……」
そりゃそうだよね。
ロマンと危険はだいたい紙一重。
元の世界でも、チェーンソーとか大型バイクとか、カッコイイものほど扱いを間違えたら危ないもんね。
「それでも欲しいか?」
「欲しいです!」
そりゃ欲しいに決まってるじゃん!
目の前にこんなロマンの塊がぶら下がってて手を伸ばさなかったら男の子じゃないっしょ!
バルガスさんは俺の顔をじっと見てから、口の端をわずかに上げた。
「良い目だ。なら、まずは適性を見る」
「適性ですか?」
「ああ、裏に試し振り用の場所がある」
そう言うと、バルガスさんは店の奥にある扉へと歩き出した。
「ついて来い」
「はい!」
俺は高鳴る胸を押さえながら、バルガスさんの後に続いて奥の扉をくぐった。
扉の先は、石壁に囲まれた広い訓練場になっていた。
床は硬く踏み固められた土で、壁際には木製の人形や分厚い丸太、古びた鉄板なんかが並んでいる。
その一角には試し振り用なのだろう、大小様々なバンカーが無造作に立て掛けられていた。
工房から流れてくる熱気と油の匂い。
金属の軋む音。
どこかで冷却水が蒸発するような白い湯気。
うわぁー、たまらん。
まるで秘密基地じゃん。
子供の頃に近所の資材置き場の片隅に作った基地とは規模も匂いも危険度も違うけど、男心の奥にある何かがビンビン刺激されている。
「カトルと言ったな。お前の得意な武器種は何だ?」
「長剣です」
「それなら……、まずはこれだな。訓練用の模造バンカーだ。普通に構えてみろ」
「わかりました」
俺は差し出された模造バンカーを受け取った。
模造バンカーといっても、形はかなりシンプルで剣背から鍔にかけてそれっぽい膨らみがあるだけで、普通の長剣とあまり変わらない。
ただし、かなり重い。スポチャンの長剣とは比べるまでもなく、普通の長剣や日本刀よりも明らかに重いぞ。
まぁー、どっちも模造品しか持ったことないんだけどね。
けれど、振れないことはない。
俺は自然に左足を前に出し、剣先を相手の中心に向けて構えた。
その瞬間、バルガスさんの眉がピクリと動いた。
「……ほう」
「んっ? どうかしました?」
「お前、どこで剣を習った?」
「えっ? えーと、昔ちょっと……あっちで」
「あっち?」
「あー、カトルは『アッチ』から来たんだよ」
ティアが横から補足してくれる。
それに対してバルガスさんは、どこか納得したように顎髭を撫でた。
「秘境育ちか。妙な納得感があるな」
また通じたーーー!
いや、本当に便利だなアッチ村!
俺、もうアッチ村にふるさと納税でもしようかな?
「趣味でやってただけですよ」
「趣味でその構えになるか」
「えっ?」
「剣先が揺れてねぇ。肩にも余計な力が入ってねぇ。足運びも悪くない」
「そ、そうですかね?」
うーん、スポチャンだと構えや間合いは基本中の基本だったし、小さい頃に剣道やってた時は爺ちゃんから散々叩き込まれたからなぁ。
「振ってみろ。そこの丸太に寸止めでいい」
「はい」
俺は軽く息を吐き、踏み込んだ。
スッと間合いを詰めて、肩の力を抜いたまま模造バンカーを振り下ろす。
刃は丸太の表面すれすれで止まった。
空気だけが鋭く裂け、丸太の表面に薄く土埃が舞う。
「……」
「……」
ティアとバルガスさんが黙った。
えっ、何?
俺、なんか変なことした?
「カトル……、今の何?」
「えっ? 普通に振っただけだけど」
「普通じゃないよ! 全然普通じゃない!」
「そうかな……?」
スポチャンの得物はエアーソフト素材だから、当てても大怪我はしない。
だからこそ、寸止めよりも当てる競技だったけど、剣道の癖もあって止めるのは得意だった。
それに相手が丸太なら、向かってくることもないしね。
「もう一度だ」
バルガスさんの声が少し低くなる。
「次は横だ」
「わかりました」
俺は今度は半身を入れ替え、横薙ぎに剣を走らせた。
これも丸太の表面ギリギリで止める。
ピタリと止まった刃の先から、微かな土埃だけがこぼれ落ちた。
「……カトル」
「はい」
「お前、鉄等級の新人だよな?」
「昨日なったばかりです」
「そうか」
バルガスさんはしばらく俺を見てから、ニヤリと笑った。
「面白ぇ」
次回は7月10日午前8時20分の投稿です。
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