あのときつくった
34.
「リミザ!! てめえ、」
「はいっちゃだめだ!!」
思ってもいないほどの強い声で近寄るのをとめられる。
「ガット、 ―― 下をみて」
命じられて、もうすこしで入りそうだった柵のなくなった円の中が、地面ではなく水面だというのに気づく。
「 その《黒い海》の中に落ちたら、おれでも助けられないよ」
そういって腕をくむリミザの背には、また黒い翼がでてひろげられている。
自分がかいた《魔法陣》の中は地面のままなようで、とりかこむ黒い水をみている。黒い水面は波うつこともなく静かなままだった。
これが『海』なのか?
海だというその水は、地中から出る油のように黒い。
だが、そんなことより、テモモだ。それに、キエネはどうした?
「リミザ、てめえテモモをなんで《アイリド》に喰わせやがった。魂だけ喰わせりゃよかっただろ?」
角と翼をもつリミザが、《前のリミザ》のまぬけな顔をして、ガットをみてきた。
「あ~、あれは、ほら、面倒だからさ」
「はあ?面倒だからって、」
「あの《アイリド》なら喰ってくれるって。きのうから準備しといたんだから」
「きのうって・・・、 そういやおまえ、《これから『練習』する》って言ってたのって・・・」
「そうなんだよ。なかなか難しかったけど、これも才能かな。ここまで準備できちゃったからさ」
立てた指を額につけ、顔をかたむけてガットにウインクしてきた。
ナイフを持ってたらその眉間めがけてとばしていたところだ。
「あ、いまガット、おれに殺意もったよね? あのさあ、いっとくけど、 みんなに怒られないよういっしょうけんめい考えた結果だよ?」
「これがか?」
「そうだよ。だから、 ―― あ、ちょっと待った」
リミザが額にあった指をガットのほうへだす。
《黒い海》が、すこしゆれた。
・・・でてくる・・・
ガットが腰の剣に手をかけると、リミザが立てた指を横にふった。
ゆれた黒い海が盛り上がる。 だが、本物の海のように水を分けて中から何かが現れるのではなく、盛り上がった黒い水じたいが、何かの《かたち》になりながら、ゆっくりと立ち上がってゆく。
水は、一滴も飛び散ることがなく《かたち》をなしてかたまってゆき、かたまったそれが『頭』だとわかったときに、みたことがある黄色い模様が目にはいった。
「 ・・・しま・・・ へび・・・」
ガットのつぶやきに、リミザが「あったり~」と指をならした。
「あのとき『つくった』やつが、こんなかたちで役に立つとはおれもびっくりだったよ~」
リミザの声がひびき、目の横に黄色い眼玉模様のある、巨大な黒いヘビがあらわれた。
「 ―― 『つくった』?」
ガットは自分の声が裏返るのをきいた。
あのとき船をおそってきた《巨大な島ヘビ》は、テモモでもキエネでもどこかの魔族でもなく、目の前のこの、魔物になりかけのクソ勇者が、『つくった』?
「いや、ちょっとここの国、変わった磁場があるから試したいことがあってさあ。それにほら、キエネをちょっと脅かしたら、なにか変わるかな~、とか思って」
さっきの《アイリド》よりも大きい頭を上にもちあげたヘビが、お辞儀をするようにリミザへ頭をさげる。
「 っく、っそ、」こめかみで脈打つ血管が切れそうだった。
「ガット、落ち着いてよ。こいつがびびっちゃうよ。あのさあ、こいつが出たから、シードラゴンとかも来たんだし、結果よかっただろ?あ、まって、もういいかな。ほら、だして」
リミザが頭をさげるヘビの、あごの部分をたたいた。
島ヘビはうながされるように、リミザを喰おうとするように大きなくちをあけた。
そのまま喰ってくれとガットがおもったとき、蛇のくちから、人が転がりおちた。
「ああっ!テモモ!!」
蛇から出て、リミザのそばにうずくまるのはテモモだった。
巨大な島ヘビは仕事をおえたようで、しずかに黒い海へと沈みもどっていった。沈みきると、《海》はまた《地面》にもどる。
「だいじょぶだった?あの《アイリド》なら残さず喰ってくれただろうけど、よけいなとこまで喰われてない?」
のんきな声でリミザがテモモに手をかしながら声をかける。
「おお、・・・ここまでがあんたの《術》か? ―― この世はまだまだ、おれらの知らぬことばかりだ」
テモモはかすれたわらいごえをもらした。
「まあ、国をひらいたばっかりだから、しかたないよ。おれだってこの国にはびっくりさせられたしね」
「そうか。それで、・・・キエネはどうなった?」
テモモがきくのに、ようやくガットも思い出す。
眉をしかめたリミザが、こちらをみて情けない顔をする。
「・・・キエネは・・・ おれが魔術をかけたから・・・」
言葉をにごすリミザと目をあわせていたガットは、さっきの黒い海にキエネがのみこまれる姿を想像し、のどの奥がつまった。
「・・・練習したけど、自信ないよ・・・。 うまくいってたらラフィーのところにいってるけど、ちがうところに移動させちゃったかも」どっかの木のてっぺんだったらごめんね、と恥ずかしそうに角をなでるリミザのようすは、出会ったばりのころを思い起こさせた。
胸をなでおろしたガットは思った。
このリミザとパーティーを組んでいる限り、この先、おれの心臓に平穏は訪れず、きっと寿命は縮まってゆく一方だろう。




