アチルゴの変革
19.
「 ―― 出てこないなあ」
船に寝そべったままのリミザが穏やかすぎる空をみたままつぶやき、腹をラフィーにふまれる。
「まるで出てきてほしいようなことをいわないでください」船べりに腰掛けたラフィーはリミザを片足でふみつけたまま、あたりをみまわす。
この船にはリミザとラフィー、カテカがのっている。あとの三人はいま、また潜って沈没船を見にいっている。
「いや、だって、出てこないと退治できないだろ?それに、なんだっけ?退治したら、その魔獣のからだの一部を添付して《王様連盟》にださなきゃいけないんだろ?」
この《勇者》は、死んだせいなのかもとからなのかわからないが、《王様連盟》主催の『勇者とそのパーティーのための説明会』の内容をきれいに忘れている。そのせいか、アチルゴ国に着くのに、船の中に一泊しなければならない事実を知ると、船酔いした土気色の顔だが断固とした声で、『もうこのまま退治したことにして帰ろうよ』と言い出し、しかたなくラフィーは、《王様連盟》にだす『提出書類』の説明をしてやったのだ。
それを忘れずにいたので、ふんでいた足をどけて、よく覚えていたとほめるようにうなずいてやる。
「そうですが・・・、初日の騒動からの、いまのこの静けさがこわいですね」
カテカをくわえて海に出るようになってから、今日で二日たつ。
この二日間とも、空も海もおだやかなままで、海獣はおろか巨大生物も姿をみせない。
「ガットの読みがはずれましたね。わたしたちがおとりで出たほうが、むこうも出やすいというのは、わたしも同意見だったのですが・・・」
ラフィーが波もおだやかなあたりをみまわす。
「そうかもね。でも、―― あんた がここにいるから、出てこないのかもしれないよね」
ごろりと反転して腹をふねにつけたリミザが顔をあげ、カテカにわらいかけた。
「おれが? なんだよ、おまえら、『島ヘビ』を大きくして襲わせたのが、おれだと思ってるのか?《魔族》のしわざだっていうはなしはどうしたんだよ?」
カテカはばかにしたようにききかえす。
「そこなんだけどさあ、あんたぐらい強い魔力なら、ラーラも勘違いするんじゃないかっておれは思うわけ。なにしろあんた、『いりぐちの島』の『見張り番』なわけだろ?」
眉をあげてカテカを指さしたあと、肘をついたまま虫をとるように両手をパンとたたきあわせる。
「 ・・・おまえたち、キエネからなにかきいたのか?」
カテカがいままでとちがうこえできく。
「お。いい反応。もうここで言っちゃいなよ。実はいまこのアチルゴで実権をにぎってるのは自分だってさ。あんたって、《ウミ》たちみんなに育てられたんだろ?このまえいっしょに酒飲んだ《ウミ》のじいさんが、『カテカはテモモに盗られた』って怒ってたよ。そういうのもあって、いいかげんこの国内の身分差にいやけがさして、アチルゴ国の変革とか目指しちゃってるんじゃないの?そんで、ナオとイニグはもう手なずけてあるから、あとはテモモだけ?あ!まさか・・・じつはテモモはもうこの世にいないとかいうパターンだったり、っぐお、」
「推測がいきすぎてますよ、リミザ」
いきおいよくリミザの背中をふんだラフィーがためいきをつき、カテカをみる。
「 ―― わたしたちはただの《退治依頼》を受けてやってきただけの《勇者一行》ですから、その国がどういう状態だとか、問題をかかえてる、なんていうことには、まったく関係はありませんし、首をつっこむつもりもありません。また、知りえた情報を《情報屋》に売るなんてこともまったく考えてはいませんが、 ―― 自分たちの身の安全はつねに考えています」
「身の安全? ―― この国にはいったときから、おまえらの身の安全は、こっちがにぎってるって気づかなかったか?」
またどこかわらうようなこえでカテカがききかえす。
「もちろん、とっくに気づいていて、研究バカな魔法使いがいるおかげで、対抗できる魔法術の術式も徐々にしあげにはいっています。あなたがさいしょに招待してくださった《砂の部屋》の術式をこちらの術式にあてはめて解いたので、そこからほかの術への応用もみいだせました。なので、まえのようにわたしたちを勝手にどこかへとばしたりすることは、もうできないように、ラーラが先に手をうってくれています」
「おまえら・・・」カテカがたちあがり、船がゆれる。
リミザが悲鳴をあげてラフィーの足にすがりつくが、ラフィーは座ったままだった。
「・・・やっぱり、《勇者一行》って名乗るだけ、あるんだな」
どこかあきらめたような顔でつぶやいたカテカは、またゆっくりと座った。
「そうなんだよね~。おれたちってやっぱ、それなりに実力あるっていうかさあ」
「リミザは黙っててください。さあ、どうします?船を沈めた理由でも、告白してみますか?あなたはこの国をどうしたいと思っているのですか? ―― 首をつっこむつもりはありませんが、相談にはのれます。・・・外の国とこれから本格的に交流しようとするならば、わたしたちは相談役には最適でしょう。なにより、『口のかたさ』と『個別対応力』はポイントが高いですから」
ラフィーが足にまとわりつくリミザをふみながらきいた言葉に、カテカは眉をあげて驚いたような顔をしてから、おもしろそうにわらった。
「 ―― そうだな。アチルゴの変革か・・・。だがなあ・・・」
「 よっし、じゃあカテカの気がかわらないうちに、このままテモモのところに行こう 」
カテカの言葉を無視したように、突然リミザがたちあがった。
船が揺れるが、そのままリミザは立てた親指をじぶんにむけ、顎をあげて座るラフィーをみおろした。
「海にもぐってるやつらはおいていく。なにも《魔法術》でとばなくってもいいと思うんだよね」
「 リミザ!!なにをっ 」
ラフィーがとめる間もなく、黒い翼をだした《勇者》は、カテカが座る方とは逆の、船の艫を両手でつかんだまま舞い上がると、「うーおりゃあ」とゆるいかけごえで、海から船をひきはがすようにして、からだをひねった。
「 っの オ、 バっ カ がああアアアア 」
「 あ。やべ」
ほうりなげた船がラフィーの叫び声とともに遠ざかってゆき、みおくっていたリミザはあわてて翼をひろげておいかけた。




