この辺かな?
17.
目にしているのは現実だ。
白っぽい口蓋が迫っていることよりも、きれいに並ぶ小さくとがった歯で挟まれたら終わりだと思った。 噛みきるのではなく、潰し砕かれるだろうし、そういう傷は回復術でも治りにくい。
こういうときのガットの《判断》として、『歯がとどかないくちの内部へ入ってしまう』というのがいつものことだったので、からだが勝手に動いた。 動いて ―― シードラゴンのくちが閉ざされ真っ暗な中、腰にいった手が空振りになったところで、剣をおいてきたことを忘れていたおのれの馬鹿さ加減に、血が引いた。
・・・・おわった・・・・
いつものように腰に剣、または、船に置いてきた小剣、さらにいえばよく研いだナイフさえあれば・・・、シードラゴンの柔らかい喉にそれを突き立てて、この大量の海水ごと胃まで流されるのをのがれることもできただろう。 『あれば』・・・。
そのまま足先から、せまくつまった内部へと押し流されるのを感じながら、なすすべがない。
海にすむドラゴンの胃酸がどれほど強力なのか、残念ながらガットは知らない。
だが、あの速さで泳ぐ、あんなからだのでかい生物の消化が、そんなにゆっくりだとはとても思えない。いまはまだシードラゴンも水平な姿勢だが、海上をめざし縦になったとき、一気に胃へとながされるだろう。
溶けた脚の再生、治癒を、ラフィーなら《秘術》でできるだろうか?
そう考えながら、ただ流されてゆく真っ暗な先をみおろしたとき、とつぜんその先が明るくなったのと、逆流したような嵐のような渦巻に襲われたのが同時だった。
わけがわからないまま、いきなりの激しい衝撃におそわれ、もみくちゃにされてなにかにぶつかったが、あいだになにかやわらかいものがあり、痛くもなんともない。
いや、やわらかいって・・・
シードラゴンにのみこまれてその体内にいるのだから当然だ。
だが、見下ろした足の先は真っ暗ではなく、どちらかといういと赤味がかかっていて、ようやくそこにたくさんの血肉がただよっているのだと理解できた。
ゆっくりと足先からでれば、大量の血が霧のように漂うそこは、沈没船の残骸がちらばるあの場所だった。血と肉が煙幕のように邪魔をする視界の中、むこうでシードラゴンの身体が沈んでゆくのがみえた。振り返ると、いま自分が脱出した頭のほうが、おなじように揺れながら、海底へと落ちてゆくところだった。
血の幕がはられたようなむこうから、ラーラが近づいてくる。ガットのくちから息ができる魔法道具がいつのまにかなくなっていて、あわてて浮上した。
顔をだし、思う存分空気をからだにとりこみながらあたりをみまわすと、むこうにみえる船から、「無事か?」と心配そうなキエネの声があがる。ラフィーが胸に手をあて、リミザが、のんきに手をふっているのもみえた。
ガットの横に浮かんできたラーラが、「だいじょぶ?」と声をかけてくる。
「 ―― ああ、どうにも間抜けなことをやっちまったが、なんとか脱出ってとこだ。 ・・・念のため聞くが、いまの、おまえじゃねえよな?」
「のみこまれたガットがどのあたりにいるのかもわかんないのに、シードラゴンの首をぶった切るなんてしないわよ」
ふたりがにらんだ船の上の《勇者》は、ほめてもらえるのを期待したような顔をして、手を振り続けている。船のへりをつかんだラフィーは、ふたりの顔をみて安心したように指先で祈りをあげている。
だが、船はなかなか近づいてこない。
ガットとラーラが泳いで船に近づくと、二人が思った通り、キエネは櫂を持っておらず、《術》をつかいながら、手で水をかいて船を動かしていた。
「 ガット、無事だった? いや~、あぶなかったなあ。シードラゴンの首があんな長くってよかったよ、だいたいこの辺かな?ってかんじで、キエネが持ってた《船こぐ棒》を投げつけてみたんだけどさ、ほら、テモモが船を沈めたみたいに、《一点集中》みたいな感じで。 いや~、うまくいってよかったよかった」
得意げなリミザに、ガットが文句をいおうとくちをひらくまえに、腕をつかみ船にひきあげてくれたキエネがさきにほめだした。
「いや、ほんとリミザの《術》はたいしたもんだな。あんな小さい櫂じゃとても無理だろうっておれは言ったんだが、ほれ、またあの黒いハネでとびあがったとおもったら、すごい『力』で放ってな。海が割れるほどだったぞ」
となりでラーラをひきあげているラフィーも、しぶい顔でしかたなさそうにうなずいた。
きっと、止める間もなくリミザがキエネから櫂をうばい、とびあがって投げつけたのだろう。
そのおかげで、ガットはこうして無事にもどれたのだが、素直に礼を言う気にはなれなかったので、代わりのことをくちにした。
「 とりあえずいそいで戻るぞ。こんな海の色が変わるくらい血がただよったら、ほかのでかい生物も魔獣も来る」
ラーラが魔法で人数分出した櫂で漕いで帰るあいだ、リミザがずっと、「ねえガット、おれにいうことない?なんかわすれてない?」ときいてきたが、ガン無視で漕ぎ続けた。




