島ヘビ
キエネは海に投げ出されるのを想像したのに、逆に浮遊感をあじわい、靄のようなものに押されるように、からだが上にのぼっていった。眼下では船が完全にひっくりかえり、割れたように飛び散る水の中から黒い生物の背があらわれ、水をきっておよぐと、またもぐりこむ。
「シーワーム、・・・じぇねえな」
むこうで浮かんでいるリミザに両手をもたれてぶらさがるガットが、船をひっくり返した巨大な生き物の正体をみきわめようと目をこらす。
「でも、からだがながい感じでしたよ。 あ、また来た」
キエネと同じようにうすい靄に包まれ浮いたラフィーが、下をのぞき、ひっくり返った船をまた攻撃しようとでてきたそれをゆびさした。
「やだ。あれ、うろこだよね?うろこだけど魚じゃなくって、ほら、あれの、」
ラフィーの横で杖をかかえたラーラも、下の海をゆびさす。
「・・・島ヘビだ・・・」
櫂をきつく握ったキエネは、靄にこもった自分の声が、信じられないことを言うのを耳にした。これは、『ありえない』と続けたいのをどうにかのみこむ。
「え~、ここってあんなでっかいヘビがいるの? 泳がなくってよかった~」
のんきに笑う《勇者》の背中に黒いハネが生えているのにもキエネは驚いたが、それよりも、眼下にひろがる海で一度ひっくりかえった船がもどり、それをねらうように海から頭をだした巨大な生き物の姿を目にしたほうが、驚きがつよかった。
「 いや、あれは・・・だって、『島ヘビ』は、土のうえにしかいない。海ヘビは白っぽくて島ヘビよりちいさい。・・・あの、黒くって目の横に黄色い偽の目玉みたいな模様があるのは、『島ヘビ』だ。あんなにでかくもないし、海にもぐってるなんてみたこともねえのに・・・いったい、 ・・・ありゃあ、なんだ?」
キエネがだれにともなく聞いたとき、船にあきたのか、獲物ではないと認識したのか、巨大な『島ヘビ』は船にかみつくこともなく、ゆっくりと海の中へともどっていった。
無事に残され、海面でゆれる船には、はいった水がきらきらと光っている。それでも沈みそうもないし、巨大な生物の気配はうそのように消えた。
「どうする?あのヘビがまた来るかもしれないけど、続けんの?」
つかんだガットの手をもちあげるようにしてリミザがきく。
「そりゃそうだろ。どっちにしろ調べねえとな」
ガットは無事だった船へ頭をふってみせる。
「そうね。浮いててもムダだしね」
ラーラがうなずくと、靄につつまれたラフィーとキエネが、ゆっくりと下へおりはじめる。
「 ま、まってくれ。あんなでっかい『島ヘビ』なんているわけねえのさ。おかしいんだ。あんなもん、いるはずねえ」
キエネは知り尽くしてるはずの海にあんなものがでて、このままもどろうなんて、とても思えなかったが、からだをつつんでいた靄は消え、足先が水の溜まった船に着いてしまった。
先に船に着いていた《勇者一行》はお互いの顔をみて、ふしぎそうな顔をしてキエネをみた。
代表して頭をかきながらガットがくちをひらいた。
「『おかしい』ことってのはいろいろ起こるだろ。よその国の船をどっかの年寄りが沈めたり、作り物のドラゴンを誰かが《狂暴凶悪》って呼んでみたりな。 それがこの世界だ。みたこともきいたこともねえもんに出くわしたからって、それがどうした?」
キエネをはげますように、ほほえんだ《戦士》のよこで、さっきまで背中に黒いハネがあったはずの《勇者》が、そんなもの生えていない背中をみせ、「ねえ、誰かカップとかもってない?」といいながら、両手で水をかきだしていた。




