ヂガミの家で見つけたよ
12.
「なんつーか・・・。また、まきこまれたな・・・」
ガットは編み椅子に身を投げ出すようにすわり、陽が沈んでゆこうとするむこうの海をながめた。
この島は、『いりぐちの島』である『イチの島』からだいぶ離れたところにあり、キエネが今夜はここで休んでくれと、いまはいない《ヂガミ》が住んでいた、床の高い大きな平たい家に案内された。
島の高台につくられたその家には、半分ほど壁がなく、鮮やかな色の布がしかれた床板に、椅子とテーブルがあるだけで、ここちよい風がとおりすぎてゆく。 ずいぶん前からだれもすんでいないという話だっが、きれいに手入れされている。
王族のナオたちのまえから勝手に《勇者一行》を移動させてしまったキエネは、これから夜に《ヂガミ》たちと話し合うというので、《勇者一行》も(ガットの『おれたちもいく』の宣言によって)同行することになっている。
この国の秘密をにぎってしまったのだから、腹を割って話すしかねえだろう、というのがガットの意見だ。ラフィーは、冷静にみてキエネたち《ウミ》のほうが人数が多いのだから、このままキエネのそばにいたほうがいいでしょう、と判断した。うんうん、ナオたちより《ウミ》のほうがいろんな魔法術つかえそうだから賛成、とラーラが諸手を上げ、ここの海って浅いから、キエネたちに教えてもらったら、おれでも泳げるようになるかも、とリミザも楽天的に両手をあげた。
「・・・まあ、事前にアチルゴ国の内部情報はまったくなかったわけですし、 ―― しかたないですね」ガットのむかいにおかれた編み椅子に座るラフィーも、大きなため息をつくことで、どうにか自分を納得させようと、法衣の胸当てをたたいた。
だが、事前に下調べして目にしたあやしい言い伝えのようなものは、いま考えてみると、ほぼ真実かもしれないと考え直しているところだ。
「そーそー。こうなったら《海の魔獣退治》するしかないんだからさ、気持ちをきりかえてアチルゴ国のためにがんばろうよ。みてよ。ラーラなんてすっかり腰すえて、眼鏡までかけてテスト勉強態勢だよ」
色とりどりの布を編んだような敷物が広げられる床に寝ころんだリミザが、部屋の隅でたくさんの書物にかこまれ、眼鏡をかけた顔を巻物に近づけている《魔法使い》をあごでしめす。
視線をあつめた《魔法使い》は、見ていた巻物をわきにおくと、積まれた紙束をひとつとりあげた。
「だって、見てよこれ。表紙もなになくて、紙をただひもでとじてるだけ。それがこんなに無事に残ってるなんて、テスト勉強なんかより身がはいるわ。帰ってからぜんぶおじいさまの研究所に持っていきたいから、見せてもらえる書物にはぜんぶ目を通しておきたいの。ちなみにこの眼鏡は『魔法道具』で、あたしがみたものを記録してくれるのよ」
ラーラがしめしてみせた大量の紙類は、この家を隅から隅まで探るようにまわったリミザが奥の部屋でみつけてきたものだった。
「でも、ナオが古いものは残っていないと言っていましたし、新しい書物なのでは?なにが書いてあるんです?」
ラフィーの質問に眼鏡を指でおしあげたラーラは不敵な笑みをかえし、すこし声をひそめた。
「 ―― あのね、ここにあるのはそれぞれの島の『ワニ』たちが書いてきた、日記みたいなものよ。みたところかなり古い紙だし、文字がまだよく読めないから内容は帰ってからくわしく調べるけど、アチルゴの国内でおこった事とか、《ヂガミ》とのかかわりとか、かなり昔からのことが書いてあるみたい。それに、病気の見分け方と薬のつくりかたの医学本もこっちにあるし、《ウミ》たちが調べてつくったこのたくさんの地図なんて、ハバーツ王国どころか、大陸沿いにかなり遠方まで行ってつくってるわ」
この言葉に、椅子にだらけて座っていたガットが身を起こした。
「あと、この国のほんとうの《ヂガミ》の力についてとか、も書いてあるみたい」
ラフィーが、ほう、といって椅子から立ち上がろうとしたとき、法衣の胸当てから、ぼてりと白いものが敷物に落ち、一拍おいて、のそりと動くと、リミザをめざして歩きはじめる。
「おいおい、なんだよこりゃ・・・。こんな広範囲で海の水深から岩礁、海流、注意生物まで調べてあるじゃねえか・・・。この国の小舟でこんな方まで出たってのか?大陸沿いの地形だけの地図なんてのもある・・・」
ガットはラーラの横にすわりこみ、何枚もつくられた地図を手にとっている。
「ああ・・・ここの《ヂガミ》は、こっちでいう《大地の聖なる力》みたいなものでしょうかね。でもそうすると、ここの魔法術を研究しても、けっきょくこの島の外ではつかえないのでは?」
ラフィーの問いに、眼鏡を下へずらしたラーラがにやりとして、立てた指をふってみせた。
「だーかーら、こっちの《大地の聖なる力》と、どう組み合わせたらおなじような《魔法術》になるか、片っ端からためしてやるわ」
「 ―― なるほど。 そういえばあなた、かなりの研究バカでしたね」
「ああン?そのバカのおかげでおまえら《司教》がいろんな《魔法術》がつかえるんじゃろが」
「まあ、そうです。 ―― わたしもここの《術式》が気になって仕方がないところでした。こちらの書物と手分けして、大事なところをさがしてみましょう」
「・・・・ま、そういうなら、任すわ」
めずらしく《魔法使い》と《賢者》は仲良くすることにしたらしい。
《戦士》は何枚もの地図をひろげ、ぶつぶつつぶやきながら並べ始めている。
「 ―― で? てめえはなにもしねえのか?」
ラフィーの法衣から落ち、リミザのもとにたどり着いた、《白いトカゲ》がその膝をのぼりながらきく。
「おれ? だって・・・もう陽がしずむから、泳ぎをおしえてもらうのにむかないだろ?」
「なんだあ?ほんとに泳ぐ気か?」
「まあね。せっかく島国にきたんだし、海なんてひさしぶりだし」
白いトカゲがあぐらの足のなかにおさまったのをなでながら、むこうへ広がる、夕陽に照らされた海をながめる。
《ヂガミ》の家はすべて島の高台に建ち、海をのぞむ島の向こう側は、きりたった崖だった。反対側のはこの高台につくまでに、おなじような平たい家ならび、屋根の赤い瓦が、島の緑に映えて美しかった。
「・・・この島にはもう《ヂガミ》はいないっていうんだから、《ウミ》たちがこの家に住めばいいのに」
リミザがつぶやくと、トカゲがわらうような息をもらし、からだをゆらした。
「手入れはしてるが、住む気にはならねえんだろ」
「う~ん、そうなのか」
「だから、 今晩おれは、ここで留守番しててやる」
「なんだよ?まさかおまえ、今夜の話し合いで、《ウミ》と《ヂガミ》のケンカがはじまると思ってンの?」
「ケンカってのは、突然はじまるからな。おまえもせいぜい気をつけろよ」
「そっか。おまえを連れて行って、さわぎにまぎれて、油で揚げられたらこまるもんな」
リミザがわらいながら白いトカゲの腹を押し、トカゲはその指におもいきりかみついて、ケンカしはじめたのを、ラーラの怒声でとめられる。
夕陽はすべりこむように海へ消え、たくさんあるランプに火をともしていると、約束通り、キエネがむかえにやってきた。




