海の中
8.
うっすらとあおい景色がかなりむこうまでみわたせるそこが海の中だとは、色とりどりな魚がいなければガットには信じられなかった。
なにしろ息がふつうにできる。
「うっわ、なにあれ?でっかいさかなー」
リミザは仲間たちに触るなといわれた《膜》のようなものにぎりぎりに顔をつけて、ちかくまできた魚をよくみようとしている。
「ほんっと、ねえ、どういうこと?・・・あたしらの張る《幕》は、海の中になんて張れないよ?どういう術式なの?水に対する術ってこと?それとも、大気のほう?圧力のつかいかた?膜はなにでできてんの?術の方向は?外側から?内側から?息ができるってことは・・・いやいや、でも・・・」
ラーラはへたりこむように座り込み、杖にすがりついている。
「すさまじい『魔力』を感じました。あなたたち《ウミ》の祖先が魔法術でつくられた人間だと伝わるのも、わかる気がします」
ラフィーは法衣の襟をゆるめ、海の中に張られたこの《膜》がほんとうにこわれないのかどうか確かめるべきか、はかりかねている。
「まったく、こんどは海の中かよ。もういいかげんあっちこっち移動すんのは勘弁してくれ。それに、あんたらの国内のごたごたにまきこまれるのも遠慮したい。おれたちはうちの《勇者》のことだけで手一杯なんでな」
ガットは眉間をもみながら、片手をのばして勝手に動きまわろうとするリミザの後ろくびをつかんだ。
「まあ、そういうな。この島の中に来たってだけで、もうあんたらは十分この国にはいりこんでる。それに、さっきナオがいったように、あんたらはここで仕事しないと、もう外の国にはでられないぞ」
さきほどまでよりだいぶ緩んだ気配のキエネが、「まあすわれ」と先にあぐらをかく。
下は白い砂地だった。だが手でふれてみると、砂地にはさわれず、目に見えないやわらかい布にふれたような感じだけがする。ラーラがその感触にくちをあけ、おかしな声をだしながら撫で続けている。
「 ―― たしかに、外のあんたらにとっちゃここの術は珍しくてすごいものだろうが、逆にいえば、おれらはそっちの術を知らねえから、《外の国》にいったらきっと、くちがあいたままだとおもうぜ。 さっき、《賢者》のあんたが言ったろ?《蘇生の術》だったら、そっちのほうがたくさんしっかりしたのをつかえるんだ。そりゃつまり、そこで必要なものだから、長年つかわれてどんどん『磨かれて』いったわけさ。 おれたちの術の根本は、とにかく『島の護りをかためろ』ってところからはじまってる。だから、あちこち『移動』したり、離れたところのようすをみるのに『地図をみながら』はなしができたり、『かくれる』ために、『砂の中』に部屋をつくったり、『避難』するために『海の中』に部屋をつくったりする《術》ができたんだ」
立てたふとい指で、張られた《膜》をしめしてみせる。
「だいたい『ヂガミ』ってのはもとは、この島をまもる神のことだ。その『ヂガミ』の力をかりた術をつかえる者を、むかしは《シンデン》ってよんでたらしいが、いまじゃ『術』そのものを《シンデン》ってよんでる。ナオやテモモはむかしからの《シンデン》をつかう《ヂガミ》の家系だ」
「え?ってことは、じゃあ・・・、ナオも『王族』ってこと?」
リミザがあぐらをかいたままからだを左右にゆする。
その揺れをとなりでとめたガットが、ゆっくりとくちにした。
「 ―― で、その《シンデン》っていう術は、あんたもつかえるわけだ。『王族』じゃなくて『兵士』のあんたが?しかも、 ―― あんたのほうがずっと魔力がつよい」
「まあな」
『ワニ』の男はそっけなくうなずいた。
「ねえ、ナオはあたしたちに魔獣退治させたそうだったけど、あなたはちがうってことでしょ?なのにどうして、海にほうりださなかったの?」
ラーラは目に見えない《膜》をさぐるように、床をなでている。
「そうですよね。わたしたちが一旦ひきあげる案に賛成してくれたようでしたが・・・なぜこんな『海の中』に?」
ラフィーが強調したのは、さきほどの『ワニ』の説明のなかで、『避難』先としてあげられていた場所だ。




