第七話「観測者は邂逅する」
人類文化研究部に所属してから、数日が経過した。
放課後の部室で白羽から押し付けられる生徒会のデータ入力や書類整理等の雑務をこなしながら、月城とのくだらないやり取りに付き合う。
帰宅してからは日々の筋トレとベースの練習に没頭する。以前の完全な「ぼっち」生活に比べれば、多少のノイズは増えたが、直接的な人間関係のトラブルに巻き込まれることはなく、俺の『観測者』としての立場はギリギリのところで均衡を保っていた。
その日の夜。
夕食と日課のトレーニング、宿題を終えた俺は、自室のベッドに寝転がりながら、無心でスマホの画面をスクロールしていた。
ネットの海は、俺にとって最も心地よい場所だ。誰とも直接的に関わることなく、ただ世界中で起きている事象を観測し続けることができる。
動画アプリのショート動画をスワイプしていると、ふと、ある一つの動画が目に留まった。
『みんなー! おははるかー!ハルカだよー! 今日も元気に活動していくよっ!』
画面の中でピョンピョンと跳ね回っているのは、青い髪に猫耳をつけた可愛らしいアニメ調のアバター。
最近、飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びている個人勢の中でも人気のVtuber『彼方ハルカ』だ。
俺も特別ファンというわけではないが、ゲーム実況の切り抜き動画などで何度か目にしたことはあった。ハイトーンで少し舌足らずな声と、リスナーを煽りつつも時折見せるポンコツっぷりに個人勢ならではの攻めた配信が人気の理由らしい。
「へえ、Vlog風の実写との合成動画か」
動画の内容は、彼方ハルカのアバターが、実写風景の中で雑談をしているという短い切り抜きだった。
何気なく眺めて、次の動画へスワイプしようとした、その時。
『――そうそう! 今日ね、のっぽパン食べたの! 細長くて、キリンの絵が描いてあるやつなんだけど……』
ピタリ、と。
俺の親指が画面の上で止まった。
……のっぽパン。それは静岡県民のソウルフードであり、つい先日、白羽凛凪が旧倉庫裏で狂ったように貪り食っていたパンでもある。
「まあ、のっぽパンくらいなら通販でも買えるしな……」
全国にリスナーを抱えるVtuberだ。珍しいご当地パンを企画で取り寄せることくらいあるだろう。
少し、配信の内容が気になり、URLを踏んで、大元の配信アーカイブ動画までたどり着く。
動画を見続けていると、彼女のハイトーンボイスの裏に微かに混じった『環境音』が薄らと聞こえてくる。
――タタン、タタン……プァーン。
「…………踏切の音?」
電車の特徴的な走行音が聞こえてくる。電車の音なんて、どの路線も同じようなもののはずなのに。この音はなんだが、聞き慣れているような…そんな気がする。
それに加えて、遠くの方から微かに聞こえてくる地域特有の同報無線のメロディ。
「こちらはこうほうふ……」
全部を言い切る前に、音声が途切れる。
そして、「ごめん!ちょっと、音声トラブルがあって、止まっちゃった!」という声とともに配信が再開された。
俺は起き上がり、動画を一時停止して画面を見つめる。
「おいおい……嘘だろ」
偶然の一致にしては、要素が重なりすぎている。彼方ハルカの中の人は、この静岡県に、それも同報無線の音からして、ここ富士宮市に住んでいる可能性が高い。それによく見ると、この実写風景もなんだが見覚えがあるような……
さらに言えば、いままでの配信の内容やSNSアカウントの情報から恐らく、学生であり、俺と年も近い可能性が高く、高校生なのではないか?ということまで分かってしまう。
ネットに一度、放出された情報は一生消えることはなく、電子の海を漂うことになる。きっと、彼方ハルカも例外なく、この情報を元に詮索されることになるだろう。
「……まあ、俺には関係のないことだ」
この地域に人気Vtuberが住んでいる。その事実を知った所で俺には何も関係が無い話だ。相手が人気Vtuberだろうが同じ年の学生だろうが、直接の関わりなんてあるはずもないのだから。
そう、そのはずだったのだが。運命という重力はなぜか都合の悪い部分を引き寄せてしまうという特性をこの時、俺は完全に忘れていたのだった。




