第61話 女 11
目が覚めると、石造りの牢獄の中だった。
明かりは天井付近の小さな窓から漏れる日の光だけ。
木製の寝台と、高さのない机とそれに合わせた椅子が一脚。衝立の向こうは、多分お手洗いがあるのだろう。
私は謁見の間で悲鳴を上げて倒れ、そのまま国王陛下によって投獄されたと言う。
そう教えてくれたのは、一面の格子の向こうで私の目覚めを待っていた聖女だった。
もう、聖女が何か知っている。
私が何かもすべて思い出した。
だから、初めて見た時のような胸のざわつきはなかった。
反発も不安も恐怖も希望もなく、あるのは諦め……だろうか。
ここは寒くて、湿った匂いがして、とても居心地がいいとは言えない。
―――でも、あの白い場所よりずっと良い。
私は、聖女に求められるまま記憶のすべてを口にした。
過去から今まで、あの子の事も、私の事も、白い世界と黒い世界と、とりとめなく、私が覚えていることを何もかも。
長い、長い時間をかけて。
壁に寄りかかって私の話を聞いていた聖女は、話が終わると、
「……ふうん」
と、気の抜けた声でそう言った。そして、
「まあ……そうね、そう。話は良く分かったわ。内容も教えられた事と一致するし……そうね……」
と、ゆっくりと頭を振った。
長い銀髪がさらさらと揺れて、薄暗い場所なのにきらきらと輝いた。
―――なんて、きれいなんだろう。
「そうね、まずは……どうしてこうなったのか、からね。この世界は、貴女がいた世界とは違う世界。世界が違うと、当然だけど、神様も違う。貴女の世界には貴女の世界の神様がいて、この世界にはこの世界の神様がいる。 それはもう理解しているわね?」
ぼんやりと聖女を見ていた私は、その言葉に頷いた。
「貴女のいた世界はもうすぐ終焉を迎える予定だった。神も世界ももう存続できるだけの力がなくなっていて、貴女たちはいつも悲鳴を上げ、泣き叫んでいた。貴女のいた世界は、たまたまこの世界の隣にあって、うちの神様はそれをかわいそうに思って、貴女の世界の神様に声をかけたの。貴女たちの世界は、力がなくなれば自然と消えてなくなるはずだったのに、そのせいで、秩序が壊れて正しい崩壊が出来なかった……」
「正しい……なに?」
「正しい、崩壊、よ。うちの神様が、それでは駄目だって言ったせいで、貴女たちの神様はこの世界を真似て新しい世界を創り始めたの。でも、真似ただけで世界をどうするべきかは理解していなかったのね。その上、貴女の世界の神様は、自分の世界を支えるものを知らなかった。貴女だって知っていたでしょう? あの世界の大切なものが……何であったか」
そうだ。知っていた。
聖女の言葉で、懐かしい影が頭に浮かぶ。
白い光を背にして私をのぞき込む二つの嬉しそうな口元が見える。
顔はもうはっきり思い出せないけれど……私の大切な……
―――お父様とお母様。
あの世界で、神様に守られるべきだったのは、私ではなくお父様とお母様だった。
それを、私はずっと、ずっと、ずっと、最初から知っていた。
「うちの神様も、貴女の世界の神様がいつだって最後まで生き残っていた二つの魂を大事にしていたから、知らないなんて思わなかったらしいわ。まさかあの状態で、神の力を貴女に与えるなんてって、言ってたわ」
聖女はそう言って肩をすくめた。
「とにかく、本来与えられるべきでない魂……貴女に神の力が溢れて、あの世界は上手くいかなくなった。
上手くいかなくなったから、貴女の世界の神様は、力しか送れない世界に直接手を加えようとして、結局世界を崩壊させてしまった。
本当ならそのままきれいに消えるはずだったのに、神より大きな力を持った貴女が逃げ出したせいで、世界は消滅したけれど、神様は生き残った。
そして、運良く神様がこの世界を覗くために開けた穴から、貴女はこちら側に入り込んだ。……神様と一緒に。
違う世界の魂が入り込むなんてありえないのに、貴女の世界の神様がこちらを覗いていた時に、貴女の世界の苦しみがずいぶん長い間に流れ込んでいたみたいなの。そして、貴女のその体の持ち主が生まれた周辺に降り注いでいた。
その子は、その境遇から貴女の世界の苦しみをすべて受け止めることになった。
受け止めて、苦しみながらこの世界に同化させた。
貴女がこの世界に入り込めたのも、その子に成り代わることができたのも、貴女と同じ力に満たされていたから。
この世界に降り注いだ力は、貴女の世界の神が持っていた原始の力。
もともと奪うことが当たり前の世界の本能が目覚めたのね。
その上、貴女の世界の神様は、貴女の願いを叶えようとして、さらに貴女に力を与えた。その力は、うちの神様の力を凌駕して、限定的とはいえ、この≪国≫の神様のような存在になった。
貴女自身は、その時そんなこと覚えても考えてもいなかったんでしょうね。
本能の赴くまま、生きるために、そうしたのでしょう?」
答えを求めているのではないのだろう。
でも、思い出した今なら、私が何を望んでいたのか、分かる。
分かっている。
「自分がこの世界で生き残るためには何が必要か……分かっていたから、貴女は、対となるべき存在を求めたのよね」




