第60話 薬師《妻》 2
分かっていたことじゃないか。
薬師の子どもは、何故か体が弱い。
何故か病気に弱い。
自分たちの子どもが弱くないとどうして思えただろう。
そうでないことを祈ったけれど、叶わぬ願いだった。
元々弱い体に、風土病が発症したのは生まれて一年目だった。
その後も次から次に病が襲い掛かる。
だから、だから、だから、私は必死で薬を作った。
愛しい我が子が少しでも苦しみから逃れられるように、穏やかに眠れるように、ほかの子たちと同じように走り回れるようになることを願って、私財を投げ打って薬の材料を探し、研究と実験を繰り返した。
仕事の間を縫って子の様子を見に行くと、
「お母さん。苦しいよ」
愛しい子はそう言って手を伸ばす。
その手を握って、
―――大丈夫よ。すぐに良くなるわ。
そう言いたかったのに、笑顔のまま固まってしまった。
自分たちの元を訪れる患者さんたちには簡単に言える言葉が、子を前にするとどうしても出てこなかった。
本当にこの子を助けられるのか。
この苦しみから解放してあげられるのか。
頭に浮かぶ不安に、その言葉を口にできなくなった。
どんな薬を作るときでも、必ず治せると信じて作っていたし、たくさんの人を救ってきたと胸を張って言えるのに……
子の前ではどうしても言えないのだ。
一度、二度……幾度となく眠れぬ夜を越えるたび、ほっとする気持ちと一緒に得も言われぬもやもやしたものが心を占める。
口を開けばきっと違う言葉を言ってしまう。
だから、精一杯笑顔を作ることでごまかし続けた。
寂しい表情も、その声も、見て見ぬふりをして……そうして一日も早く子の病を治す薬を作ることだけに邁進した。
そうしているうちに、資金はどんどん少なくなっていった。
手に入る薬の素材も目新しいものがなくなり、子の命が消えるのが先か、薬ができるのが先か……否応なくそんな現実を突きつけられた。
夫は事業のすべてを売り払うと言った。
家も土地も薬の処方も。
「それで駄目なら、諦めよう」
そんなことをしたって、奇跡が起きるはずがないと思っていた。
こんな田舎の村を買う人間がいるはずないと思っていたのに、奇跡が起きた。
奇跡?
違う。きっとまた準備していたのだ。
現れたのは、学園で世話になった顔見知りの商人で、当時から未開の海の向こうまで薬草を探しに行く力を持っていた。
商人は、資金と、新種の薬草と、摩訶不思議な滋養薬を私たちにもたらした。
余命いくばくもなかった子は見る間に健康になり、自由に動けるようになった。
儚げで、美しい姿に、幼子のような無邪気さで、子は村人たちと、命を救った商人によく懐いた。
私たち夫婦が、よそよそしくそれでも何とか親子らしいことをしようと、近づこうと努力していたのに、可憐な笑顔で避けられた。
伸ばした手を拒絶され、途方に暮れる私たちに、子は商人と一緒に外の世界へ行きたいと言った。
「いいでしょう? お母様」
満面の笑みでそう問われて、村人たちも、弟子たちも娘を後押しするから、駄目だとは言えなかった。
子は商人と旅立った。
落ち込む私に、本当に寄り添ってくれるのは夫だけだ。
村人たちはみんな表向きは優しい。
―――あの子も年頃だ。きっともう、親は必要ないんだよ。
ずっと子の面倒を見ていてくれた人たちが、当たり障りのない慰めを言う。
でも、彼らはこっそりと囁くのだ。
―――薬も大事だろうが、あんなに弟子もいるんだ。どちらかが側で手でも握っててやればよかったんだ。こんな奇跡が起きる子だ。きっと薬が無くとも生き延びたさ。苦しい時、一番側にいてほしいのは親だろうに。だから、捨てられたのさ。
その通りだ。
新しい薬が誰かを救い、それを希望に次こそはとまた新しい薬を作る。
そんな風に夢中で動いていたのは、苦しむ子の姿を見たくなかったからだ。
あの姿を見るたびに、その足元に跪き許しを請いたくなるのだ。
けれど、それは決して口に出してはいけない言葉だった。
貴女を………
貴女を………
貴女を………
もし私がただの村人だったら、
あの子を健康に生んであげられただろうか?
もし体が弱くて、苦しんでいたら、ずっと側にいられただろうか?
ああ、でも。
あの子はいつから私をお母様と呼ぶようになったのだろう?
あの子の手が、私に伸ばされることがなくなったのは、いつだったのだろう?




