第59話 薬師《妻》 1
私と夫は幼馴染だ。
夫は薬師、私は薬草卸が家業で、その関係から家族のように育った。
夫は優しくて頭が良くて、村で村長に次ぐ裕福な家の、そこそこ格好いい男子だ。
当然、人気があった。
女子はもちろん、娘を持つ親たちも夫の関心を引こうとしていた。
夫は、私が夫を男として見るより先に、私に恋をしていた……という。
だから、私に対する周りの行動をよく見ていた。
夫に好かれようとする子たちが、誰かにそそのかされた男の子たちが、私に何をしていたかも、しようとしていたかも。
そして夫に対してすり寄りはしても、無理強いできない彼らの理由もよくよく分かっていたのだろう。
だから家族や村長が私たちの結婚を反対した瞬間、村を出る決断をしたのだ。
決断?
いいえ違う。
ずっと準備していたのだ。隣国へ逃げる準備を。
誰にも知られぬまま、隣国に家を買い、薬師として名を上げ、いつでも学園の教師となれるよう伝手を作っていた。
私にひそかに薬師としての知識を与えていたのも、そのためだった。
私たちは隣国に入ってすぐ結婚し、学園でたくさんの薬を改良し、いくつかの病の薬を開発し、爵位と財産を得た。
名声が村に届き、彼らが頭を下げてくるまで、あっという間だった。
戻る気はなかったし、戻りたいとも思わなかった。
それでも戻ったのは、夫が戻ると決めたからだ。
村長は亡くなっていた。後を継いでいたのは村長の甥で、娘は隣の村へ……私の婿になるはずの男のところへ嫁に行っていた。
夫にすり寄っていた家の娘たちもそれぞれ家族を持ち、彼らが私たちの関係を脅かす心配はなさそうだった。
夫は荒野を開拓し、新しい家と工場を作り、弟子たちを呼び寄せ、村人たちを雇用した。
運よく……と言ってはいけないが、その年流行した病に開発したばかりの薬がよく効いたおかげで、村人たちの懐も潤い私たちに向けられる目は劇的に変わった。
その後は何事もなく平和に過ごしていたのに、いつからか私と夫の間に子がないことが問題になっていた。
村人たちは親切という名を借りた、上から目線で余計なお世話が大好きだ。
年を取ると昔の悪いことは忘れるのか、昔とまったく変わらぬやり方で。
友人の顔ですり寄り、家族を巻き込み、より大きな力を持った人に意見させ、まるで私がそう望んでいるかのように、夫へ若い女性を近づける。
もし本当に私が夫に自分以外の女性を迎えろなんて言ったらどうなるか、思い出しもしなければ想像もしないのだろう。
ただ贅沢をしたい若い娘たちならなおさらだ。
あしらうことが面倒になった夫は私から片時も離れなくなり、そのおかげなのかとうとう妊娠した。
私が知っている薬師を生業としていた女性の中で、子が無事に生まれたのは半数くらいだった。生まれても体が弱かったり、ちょっとした病で命を落としたり……とにかく、普通の人たちの妊娠より、不安が多かった。
私も夫も、弟子たちも細心の注意を払って日々を過ごした。
何があってもいいように、たくさんの薬を用意し、町から産婆を呼び、聖女様の立ち合いも頼んだ。
陣痛が来たら来たで、早く早くと気が急くのに、先が見えない。
長い痛みと苦しみの間に、大丈夫だと励ます声が聞こえて、時間も意識も朦朧としたところで、か弱い泣き声が響いた。
弱々しい泣き声だった。
ヒューヒューと、嫌な音が混じっていた。
私と、私が愛する夫との、可愛い、愛しい子。
小さな体を抱いて、涙が勝手に流れてぼやける目でその顔を見つめる。
真っ赤な顔をして、大きく口を開けて、苦しそうに、それでも、必死で、生きていると泣いていた。
夫が泣きながら、私と子を抱きしめた。
「何故……」
と、繰り返しながら。
―――何故
夫の言葉は、私を打ちのめした。




