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繰り返しのその先は  作者: 水瀬


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第58話 幕間 9





 薬師の夫婦は、二人ともこの村の生まれだ。


 妻の家が薬草を育て、それを薬にしていたのが夫の家で、二人が生まれるずっと前から仲良く家業を継いできた。


 二人は幼馴染として育ち、いつの間にか……当たり前のように恋人同士になっていた。


 いずれ夫婦になるだろうと、村に住むものなら誰もが思っていただろう。



 が、二人がいざ結婚という話になったところで、両家がそろって反対した。


 いや、両家と、村長の家だ。



 二人はどちらも一人っ子で、どちらの親にも兄弟姉妹がいなかった。


 薬草を作る家と、薬を作る家。


 二つが一つになり、もし二人に子供が出来なければ後を継ぐ者がいなくなってしまうのは良くない……と言うのが理由だった。


 どちらの家も将来に不安がある。だから二人にはそれぞれに伴侶を迎えてほしいと言うのだ。


 さらに、夫には村長の娘を娶れと言う。


 当然二人は反発し、喧嘩の末、そのまま村を出て行ってしまった。


 親たちは必死で彼らを探したが、見つからないまま何年も過ぎた。 


 二人の名前が隣国より聞こえてきたのは、村長が変わり、その娘もほかの村へと嫁に行き、両家も諦めたころだった。


 なんと、難病を癒す薬を創り出した夫婦として、爵位さえ与えられたらしい。


 両家は慌てて隣国に向かい、そこで夫婦となった二人に許しを請うた。


 二人は、どういう気持ちでそうしたのか分からないが、名声と技術と資金をもって村に帰ってきた。


 そして、荒野を開墾し、道を作り、立派な屋敷と工場を建て、村人たちを雇用した。


 村を捨てた二人だとはじめは警戒していた村人たちも、数年後には彼らの成功を喜び、村に帰ってきてくれたことに感謝するようになっていた。


 その頃にちょうど流行った病の薬を作ったことで、村人たちの生活がかなり良くなったからだ。


 だからこそ、今度は、村人たちが夫婦に子がいないことを不安がった。


 夫婦にはたくさんの弟子がいた。


 誰かが後を継げばいい、そう夫婦は言っていた。


 だが、村というのはそれでは済まない。


 立派な家こそ、その血筋が大切―――と、古い因習を年寄りたちが言い出した。


 両家の親も加わって、どちらにも新たな相手をあてがおうとしたのだ。


 夫婦は村を人質に、何とか抗っていた。


 そんな追い詰められた夫婦に吉報が訪れたのは、二人が村に戻ってちょうど十年後の事だった。











 この片田舎の村で子を産むのは命がけだ。


 つい最近も、妊娠中に一人、産褥で一人、死産で子も一人亡くなっている。


 聖女様をお招きしても、絶対と言うことはない。


 そして、何より妻の年齢が、初産としては高すぎるのだ。


 不安は尽きない。




 夫は痛々しいほど張りつめて妻を守り、妻はただただ自らの体をいたわっていた。


 出産のその日が来るまで、両家の親も、弟子たちも、村全体が、そんな夫婦を見守っていた。




 時が近づくにしたがって、ピリピリした空気が村を覆っていく。


 誰もが、暗い顔を隠し、影でため息をつき、ただ祈っていた。



 ―――無事に生まれるように、と。




 が、そんな心配もよそに、夫婦の子は、案外あっさりと生まれた。


 明け方に産気付いたようだと産婆が呼ばれると、昼には誕生の知らせが村を駆け巡ったのだ。


 夫婦に関係なく、宴があちこち開かれ、村は沸きに沸いた。


 村全体が、祭りのようだった。





 だから、村の誰も知らなかったのだ。


 夫婦の子が、ひどく弱く、息も絶え絶えで生まれてきたことを。


 夫婦が、その子の姿に、悲鳴を上げていたことを。






 それでも、その子は二人にとって希望だったのだろう。





 夫婦は、聖女様によって一難を免れた子を生かすために、子が生まれて数時間後には動き出した


 密やかに弟子が呼び集められ、子の命を繋ぎ続けた。


 そして、見た目は健やかに成長していった。


 けれど、なんと運が悪いのか―――一歳の誕生日を前に、この村特有の風土病に冒されたのだ。




 夫婦はかつての伝手を頼り、あちこちから薬草を、体に良いという木の実や野菜、肉、鉱物を取り寄せ始めた。


 子の為に新たな薬を作り出そうとしたのだ。


 しかし結果は芳しくなかった。


 一時的に良くなっても、すぐに薬は効かなくなった。


 作られた薬は子に効かなくとも別の病の薬となり、両親が次の薬を作るための資金を生み出したが、一年二年と時が経つうち、資金も目減りし仕事も少なくなっていった。


 彼らの子への散財は常軌を逸していた。


 村人たちへの分配は減り、当然、村人たちの間に不満が生まれる。


 面と向かって声を上げることはなかったが、そのいらだちは確実にか弱い命へ向かっていた。










 命、という人質は人々の心を蝕んだ。


 才能がある。

 金がある。

 美しい。


 そんな目に見える対象と違い、悪意を口に出しにくいのが、命に対する非難だった。


 皆、分かっている。

 分かっていた。


 あの子のせいではないことも。

 あの子の両親のせいでもないことも。

 彼らは彼らの持つものを出しているに過ぎず、彼らの一番大切なものはあの子であって、村や村人ではないのだ。


 村には正しく対価が支払われている。

 けれど、もっともっとと思ってしまうのだ。


 あの子が……いなければ……


 あの子が…………くれれば……


 そんな言葉が喉につかえる。


 村人たちの不安と不満は、爆発寸前だった。


 彼らが、広げた畑を、豪華な屋敷を、子の薬の為に売りに出すと聞いたからだ。


 この村を捨てるのか。


 良くなった生活が、昔に戻るかもしれない。


 今の生活を続けられないかもしれない。


 口に出せない不満が溢れ、夫婦に詰め寄ろうとしていた村に奇跡が起きた。


 畑と屋敷を買いたいと商人が現れ、驚く程の金銭を村にもたらした。

 それは薬師の夫婦が、今までに村にもたらした金額の数倍はあった。


 その上、商人が持ち込んだ新種の草がなんと風土病の特効薬だったのだ。

 さらに、商人は子の持病に効く薬も持ち合わせていた。


 子はあれよあれよという間に元気を取り戻し、骨と皮ばかりの体からそれはそれは儚げで美しい少女に成長した。


 夫婦も、村人たちも、その奇跡に歓喜した。


 もうなんの不安も心配もなかった。


 しかし寝台の上だけで生きてきた子に、世界はどう映ったのだろう。

 自らの力で立ち上がった子は、必死で止める両親を捨て、商人とともに村を去った。


 薬師夫婦は絶望した。

 村人たちは、嘆く夫婦を心から慰めた。


 弱る妻に、寄り添う夫。

 子を顧みず、病を治す事ばかりに邁進した結果、子に棄てられた可哀想な夫婦を。

 もう、消える命はないのだ。

 悪意が紛れ込んだ善意の言葉は、決して夫婦の心を救うことはない。


 王都で美しい少女がいる―――そんな噂話が聞こえてきた頃、夫婦は村から姿を消した。


 いつかのように、二人だけで、なにも持たずに。














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