海は広くて大きいが海の男は時と場合により縮む
っしゃ王都を出れた!長かった!
ざざーん、と波の音がする。もしくはザルに小豆入れて波の音に似せたあの音。いや、普通に潮の香りもするし、というか船の上だから波の音以外ありえないんだけどね。
あれから早くも数日経過し、私達は魔王国へ出発する事になった。現在は海を一望出来るデッキの上でまったりとくつろぎタイムである。
いやあ、こうして思い返すと王都では色んな事が……色んな…うん、本当色んな事がっつーか色んな事があり過ぎたっつーか…。とりあえず王様との会話イベントだけは必死で回避したし、回避しきったから良いけどね。ただ他が濃かった。
「ふぅ……」
出発する時も大変だったもんな、と思い出して私は溜め息を吐く。
セレスが一国の姫だってのに、
「お見送りに行きますわ!」
って言い出したらしいし…。それに関してはタバサが説得してくれたお陰で諦めてくれたから良かった。一国の姫に見送りさせるとか私は何者なんだよ。レア者だって一国の姫に見送りさせんわ。
…………まあ、タバサは見送りに来てたけど。
「姫様が「色々お世話になったのですから、せめて、せめてお土産だけは…!」って。つーわけでひとっ走りここまでパシられて来たんすよ」
「付き人兼その他諸々をパシリにする姫…」
「まあいつもの事だけどな。その他諸々にパシリも入ってるから。で、これが土産っす」
そうして渡されたのはしっかりした箱に仕舞われた宝石でした、っていうね。しかも謎の冷気を放ってたし。宝石もデカいしで全力の受け取り拒否をしようとしたけど、
「姫様のごこーいなんで、ちゃんと受け取ってくださいよ。受け取り拒否されたんで持ち帰ってきましたとか、俺がクビにされちゃうじゃないっすか」
って言われたらね…。直後に「まあクビにはされないと思いますけど」って言ってたけど。
「でも受け取らなかったら姫様がミーヤを追いかけて家宝を五個くらい渡しにまおーこくに行っちゃう可能性があるんで、マジ受け取ってくれないと俺とか俺の同僚従者が泣く羽目になる」
「マジでか」
「マジっすよ。姫様の行動力は知ってのとーりすげーんですから」
……うん、ミサンガがまったく反応しなかったからもう受け取るしかルートが無かったよね。何年もセレスの面倒見てきたであろうタバサが本気でそうなるだろうなって思うレベルだもん。受け取るしかなかった。
まあ船乗ってから改めて宝石を確認したら、箱の蓋部分に手紙が仕込まれてたんだけどね!しかもその手紙がまた……。
「ローランからの報告で、ミーヤ様が魔王国のあちこちを巡るらしいとお聞きしました。その中には、万年雪山であるデリートゥノール山もあると。どうやら最近の異常な寒さを解決する為に行くとの事でしたので、お力になれればと思いこの宝石をお渡しさせていただきます。この宝石はデリートゥノール山の核であり、そして万年雪山である原因でもある氷水晶があるとされる空間に入る為のカギのような物です。寒さが悪化しているという事は、恐らくその氷水晶に原因があると想定されます。ですのでこの家宝の一つが、ミーヤ様のお役に立てるかと」
って、書いてあったんだよね。
何と言うか、うん、正直言って、ローランが見聞きした事がセレスに報告されるとか聞いてないんだけどとか、お力になれればで宝石をポンと渡しちゃ危ないでしょとか、とんでもない宝石をお土産感覚で!?とか、家宝の一つなの!?とか、でもセレスの言う通りだったらこれが無いと詰むよねとか、何かもう感謝とツッコミが私の内側でぐるんぐるんと最高速コーヒーカップ状態だったよね。寧ろ感情のジェットコースターとでも言うべきなんだろうか。遊園地かよ私は。
でも実際助かりそうなのも事実だからありがたく受け取る事にしておこう。既に受け取っちゃってるから受け取る事にも何も無いけどね。
「ミーヤ、そろそろ、そろそろ良いか?」
そんな風にセレス達の事を思い出していると、コンが涎を垂らしそうな表情でそう言った。
…ああ、レオンさん達が餞別にってくれた寮のコックさんに作ってもらったらしいお弁当ね。しっかりとした肉の匂いが潮の香りの中でも漂ってきてるから、鼻の良いコンにはとんでもないお預け状態だったかも。申し訳ない事をした。
「うん、食べよっか」
「よっし!」
「…わくわく」
どうやらラミィも待ての状態だったらしい。言っている通りのわくわくした様子でお弁当を開け始めた。
……うーん、二時間くらい前にお昼ご飯食べたはずなんだけどね。イースがチケット取ってくれたこの船、その辺がちゃんとしてる船だったからとても美味しい食事だった。
もしや足りなかった?いやでも、お代わりしまくってたよね二人共。いつもと同じくらいの量食べてたよね二人共。……まあ、船の上って特別なシチュエーションだとお腹が空きやすいのは仕方ない…かな?
海だとお肉とかのコテコテメニューが凄く美味しいのも事実だし、そう考えると肉の匂いで腹が減るのも当然か。
わくわくの様子で重箱っぽい大きなお弁当を広げる二人を微笑ましく見ながら、私は言う。
「そこにある分しか無いんだから、丸呑みや犬食いはしないようにね」
「うぐっ」
「……ん。…気をつける…」
二人が頷いたのを確認して私も頷く。ラミィは丸呑みする事が多いし、コンはちょっと犬食いしがちなトコがあるからね。よく噛まないと消化に悪い…っていうのは、種族の違いから注意し難いけど……でも噛まずに食べると満腹中枢が刺激されないってのは種族が違っても一致してると思うんだ。
なのでいつもはスルーしてる二人の食べ方にもちょっぴり注意。そのお弁当はお代わり無いんだよ。肉だけならイースのアイテム袋に入ってるけど……これは言わないでおこう。
……そういや蛇はどうか知らないけど、犬科は満腹中枢が鈍いらしいんだよね。狼時代の名残だとか。コンは狐だけど犬科だし、養父とはいえ父親は狼獣人であるガルガさん。だからコンも大食いなのかね?
「…ハニー、アレク……ご飯、食べる……?」
「イース、ハイド!お前らも食うか?肉!」
さっき食べた分があるから、とハニーとイースは断っていたが、魔力に返還する為満腹が無いアレクとタンパク質を多めに取りたいハイドはお弁当タイムに参加するようだった。
……まあ、ハニーは甘いのしか食べられないもんね。ガッツリしててコッテリした味付けの肉オンリー弁当は無理か。デザートにフルーツが入ってれば良かったけどね。
私もちょっと摘まもうと思ってお弁当を見ると、作ってくれたコックさんが海である事を考慮したのか、お弁当の中にはから揚げや焼き鳥などがぎっしりと入っていた。申し訳程度に入っている野菜はフライドポテトくらい。海の家かよ。焼きそばと焼きとうもろこしがあれば完璧だった。
「お、こっちのから揚げとそっちのから揚げ味付けが違う!」
「焼き鳥…も、タレ、塩、ピリ辛………味、沢山…」
「ミーヤは何が食べたい?」
「あ、じゃあそこのフランクフルト取ってくれる?」
「ああ」
それぞれ好きな食べ物を食べ始め、私はハイドに取ってもらった獣人用サイズなのか記憶にあるのよりも大きめなフランクフルトをパリパリ齧る。
「そういえばさ」
カツサンドをもぐもぐと頬張りながら、ふよふよと浮いているアレクが思い出したように言う。
「……改めて思ったけど、僕って幽霊なんだよね」
「今更?」
肉体死んでるし、透けてるし、鎖骨から下骨だし、下半身無いし、壁とか擦り抜けれるし。これで幽霊じゃなかったら何なんだ。そりゃ日の光とかには強いけど。というか普段から生前の僕はーとか言ってるのにどういうこっちゃ。
そう思って怪訝な目でアレクを見ると、アレクは慌てたように最後の一口だったカツサンドを飲み込んで「あ、違うよ!?自覚はある!そういう事じゃなくて!」と骨の両手を横に振った。
「僕、そういや怖がられる存在だったんだよなーってね、思い出しただけ」
「ああ……」
アレクの言葉に、私を含めた全員が頷いた。この船乗る時大変だったもんね…。
「おう、嬢ちゃんが魔物使いっつー……キャーーーーーーッ!!」
「野太いっ!?」
……うん、どうもね、船乗りさん達ってジンクスを大事にする人達?らしいんだよね。
「イカが大漁の時は他の魚は取れん」
「漁師は蛇を大事にしないといけない。殺すのもいじめるのもいけない」
「酸っぱいモンを船に持って来ると素網になっちまう」
「そんなわけで俺ら漁師はそういった験担ぎを大事にするしきたりがあってな」
「そしてそんな俺らは縁起が悪いっつーのが何よりも恐ろしくて」
「つまり迷信に弱いっつーか、何つーか」
目を逸らしながら船員さん達皆こんな感じでもごもご言ってたんだよね。そしてアレクがちょっと動く度に全員がびくびくしてたから、
「…………幽霊が怖い、と?」
って言っちゃったんだよね。いやー、失敗だった。
「怖くねーし!ただちょっとビクってなるだけだ!」
「お、おっおおおおおっれだってべっつにーーー!?」
「ぶっぶぶ物理で殴れねーのが怖いだけで呪い殺されるんじゃないかとか髪の毛で首絞められるんじゃねーかとかそんな幽霊話に怯えてるとかそんな事はっばばらばらば!」
「っひ、ヒイズルクニ付近に出る幽霊には底が抜けたバケツ渡せば良いって知ってるしーーー!!」
「ゆっゆゆ、幽霊なんて別に!?なあ!?水場に出るって聞いて風呂場で後ろが気になったりするだけだし!?」
……ガタイの良い日焼けした健康そうなおっちゃん達がガタガタブルブル震えながらこの有様だったからね。一部腰が抜けかけてて他の人にしがみ付いた状態で辛うじて立ってるって感じだったし。
しかも皆さん腹から声を出す事が多いからか、発声がしっかりしてるせいで声うるさかった。
その後時間は掛かったけどどうにかうちのアレクは害の無い幽霊ですって説得して乗せてもらったんだよね。出発時間が遅れちゃったから他の乗客の人に謝ったら、
「いや、あれはお嬢ちゃん達に非は無いから」
「逆にいつも男前でドーンと構えてる船乗り達の弱弱しい姿が見れて私としてはプラスだったわ」
「なあなあさっきの一部始終を魔道具で撮ってたんだけど一枚要る!?船長達が原形わかんねーレベルでブレブレの一枚が最高の出来なんだけど!」
……うん、まあ、心の広い人達で良かったと思おう。ツィツィートガルの人達は毎日を全力で楽しみながら生きてて良いよね。一緒に居て楽しいし。
そんな風に遠い目で船に乗る時の事を思い出しながらフランクフルトの最後の一口をもぐもぐと噛んでいると、
「ああ、ここだったか」
件の船員さんがやって来た。日に焼けた、そして鍛え上げられた屈強な体の持ち主である船員さんが私達に近付きながら話し掛けて来る。
「お嬢ちゃん、ちょいとこれから危ない場所通るから従魔達と部屋ん中に、ってイヤアアアアアアアおばけーーーーーー!!」
「声たっかっ!?」
しかも涙目で女座りて!男前がどっか行ってるけど良いんですか!?
「な、なななななんだ、お嬢ちゃんの従魔か……ふぅ、お嬢ちゃんの従魔に引き寄せられて違う幽霊が来てこの船を沈めようとしてるのかかかととっととと」
「ミーヤ、僕が着てるローブって宝石が散りばめられてて凄く目立つと思うんだけど。一目で僕だってわかると思うんだけど」
「よしよし、拗ねるなアレク。怖い人からすると足が無くて透けてるって情報だけで怖いものだから仕方ないんだよ」
「むー」
幽霊違いをされたからか、引き寄せられて悪霊が来るかもと思われてたのが嫌だったのかアレクは不機嫌そうに頬を膨らませた。とりあえず被っているフードの中に手を入れて透けている水色の髪を梳くように撫でると、アレクはすぐに破顔した。可愛い。
…こうして見るとやっぱ死んでるんだよね、アレク。青い髪だったのが透けて水色の髪になってるし。というか骨のボディな時点で死んでる事に間違いは無いんだけどさ。でも頬を染めたりは普通にするからふとした瞬間死んでるって事を忘れそうになる。何ていうか、最初からアンデッドだったかのような錯覚をしちゃうっていうか。
いや、これ単純にアレクがさっぱりし過ぎてるからだな。死後の今を謳歌しまくってて違和感が無いんだ。生前に対しての未練が無いから死んでる感少ないんだね。腑に落ちた。
ふにゃふにゃくねくねしているアレクの頭を撫で続けていると、落ち着いたらしい船員さんが小鹿のように足をガックガクさせながら立ち上がった。
「お、俺がお嬢ちゃん達を呼びに来たのはな、これからちょいと危険なトコを通るからなんだ」
小鹿のようってか、貧乏揺すりの凄いバージョンみたいで気持ち悪い足の動きになってるね。
でもまあ流石に本人に向かってそんな事は言えないのでツッコまないでおこう。
「そういえばそんな事言ってましたね」
「危険な所、ですか?」
「どういった危険があるのですか?」とハニーが聞くと、船員さんはガックガクの足で必死にバランスを取りながら、
「海の魔物達が戦争を始めようとしてるって噂が広まってるんだ。海の魔物は大きく分けて二種類居て、海の王が率いる人魚や魚などの魔物や生き物。そして深海の王が率いる魚人やタコやイカなんかの魔物や生き物、って感じでな」
と言った。
「その二つが戦争始めるっぽくて、海が荒れててな……今日はここから少し行ったトコの海域で喧嘩してるらしくてその辺りの波が荒れてるんだ。ちょいと揺れが大きくなるから、落ちたりしねえように部屋ん中入っててくれ、っつーのを伝えるのがジャンケンに負けた俺の仕事」
「敗者に押し付けるレベルで幽霊が駄目なんですか?」
「無理。駄目。怖い」
屈強な海の男が片言&涙目になる程なのか…。
流石に可哀想になってきたし、慣れない船の上で荒波であわわわわはお断りなのでさっさとお弁当を片付けて部屋に戻った。相部屋用なのか広いしベッドも複数あるお部屋なので従魔達に狭い思いをさせなくて良いので助かる。特にラミィは狭いと下半身が嵩張っちゃうからね。
うーん、にしてもこっちの世界では海に王が居るんだね。しかも海と深海で二人の王が。その上戦争まで起こしそうらしいし……魔王国までは船で数日掛かるし……うん、
「この船が海の戦争に巻き込まれませんように。無事に魔王国までたどり着きますように」
とりあえず神様に祈っておこう。これからの試練を考えて、ここで足止めは勘弁でやんす。




