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何イベントなんだよこれは

何故かシリアスっぽくなってしまいました。



「えーと…」



 寝惚けた頭を起こす為に私はとりあえず頭を掻き乱す。髪がぐしゃぐしゃになった。指先が絡まって少々不快な気分になった、が、まあ多少頭が覚醒したので良いとしよう。うん。

 ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で梳きつつ、私はベッドの端に座った。



「で、何でローランが居るの?しかも正座で。警戒してる皆に囲まれて」


「…………」



 私の問いにローランは少しの間無言で何かを考えてから、床に正座しながら上目遣いで言った。



「怒らないでくれる?」


「可愛い仕草や声出しても内容によるかな」


「くっ、ガードが固い!」



 はっはっは、嫁を愛する私に対しては攻撃力が低かったね。その程度じゃ揺るがんぜ。

 ……いや、まあ、一瞬揺らぎそうになったけど。うるうるの瞳と可愛らしい声って攻撃力高いね。さっきと意見が矛盾しているけど寝起きだから勘弁してつかあさい。



「えーと、ローランは言う気無いっぽいから他の誰か説明プリーズ」



 そう言うと、ずっとカチカチという警戒音を出していたハニーが挙手した。



「はい、ハニー」


「夜中に屋根裏からこちらの気配を窺っていたので不審者と断定しました」


「わお」



 それは不審者だわ。



「他の部屋を窺ってたって可能性は?」


「いや」



 ハイドが首を横に振った。



「我がミーヤに覆い被さるようにハンモックを吊るしてたからか、屋根裏からミーヤが見えなかったらしい。その時見える位置に体勢をずらそうとして移動したのか、物音がした」


「最初はネズミかと思ったけど、匂いが不自然なくらい無かったんだ。なのにミーヤの匂いが少しするから変だなって」


「で、僕が天井擦り抜けて覗いて見たらローランが居たってわけ」


「逃げようとしたみたいだからぁ、事情聴取も兼ねて捕まえたのよぉ」


「……ローラン、捕まえた……から、って、ラミィ……起こされた……」


「ほ、ほほーう?」



 まったくもって理解出来ん。

 えーと、コンが言ってる匂いってのは私が渡したプラチナ鉤爪の事なのかな。多分そうだと思う。

 でもハイドの言葉がちょいと問題だよね。もしハイドの言う通りだった場合、ローランは私目当てで来たって事になるし。それは流石に無くない?やっぱ違う部屋目当てだったんじゃないの?



「それがハイドの言う通りなのよねぇ」


「マジか」


「マジよぉ」



 私の心を読んでのイースの返答にうっかり目玉が落ちるかと思った。あっぶね。私がゾンビだったら落ちてたよ生きてて良かった!

 それはさておき、え?



「ローラン、私目当てで来たの?」


「……えへ」


「可愛く笑っても誤魔化せて無いからね」



 というか口布があるから笑顔での誤魔化し効果半減してるし。

 えーと、でもどういう事だ?何でローランが?

 ……実はさっきから一つの可能性がちらほらしてるんだけど、当たってなければ良いな。外れてて欲しいな。え、どんな可能性かって?……ほら、ローランって暗器っぽいの使うらしいじゃん。匂いがしないってコンが言ってた事もプラスすると忍者とか暗殺者とかその辺のご職業っぽいじゃん。

 つまり私の命をいただきに来たぜコースの可能性が、高い。



「……ローラン、質問良い?」


「良いよ」



 正座していたローランが足を崩して胡坐を掻いたのを見て、見た目綺麗なのに精神図太いなーと思いつつ、私は聞く。



「もしやラチェスとか言う男に暗殺頼まれて私のお命を頂戴しに来たとか、そういう…?」


「何でそうなった!?」



 あ、良かった違うらしい。ローランが本気でツッコんだからその線は消えた。あー良かった、私の首が繋がった。

 想定外の質問だったのか、ローランは胡坐を掻いている自分の膝に腕を置き、頬杖を付くというリラックス状態かな?というような体勢になって話し始めた。



「俺が来たのは、そういう仕事じゃないんだよ。…いや、仕事は仕事だけど」


「じゃあ、どういう仕事?」


「えーと……」



 ローランは視線を泳がせた。シンクロナイズドスイミング級に泳いでいた。え、そこまで視線泳ぐレベルなの?怖いんだけど。暗殺よりもやばい事なの?

 一体どんな仕事なんだ、と怯えていると、ローランは腹を括ったのか口布に隠されている口を開いた。



「…………盗撮…」


「おい待てそれは仕事なのか!?」


「そりゃ言い方は沢山あるけど簡潔に纏めるとこうなっちまうんだよ!」



 私の反射的な叫びに叫び返し、ローランは両手で顔を覆った。



「最初は……最初は俺だけの為だったのに……。夢中で見つめてたらセレスティーヌ姫様に見つかったのが運の尽き」


「どういう事なの」



 そしてまたか。またセレスなのか。というかこの文脈だとセレスからの命令でローランが盗撮をする事になった、って事になると思うんだけどマジでどういう事なの。

 とりあえずどういう経緯でそうなったのさ、と聞くと、ローランは顔を覆っていた手を下ろしてゆっくりと話し始めた。



「……最初は、王城でミーヤを見かけたから……つい、魔道具で盗撮しちゃって」



 つい、で盗撮しちゃうメンタルがよくわからないけど、まあ良いとしておこう。続き大事。



「で、手に入れたミーヤの横顔微笑みバージョンを人気が少ない王城内の図書室で眺めてたら、セレスティーヌ姫様とタバサがいつの間にか来てたらしくて」



 「俺、暗殺者なのに写真に夢中になってたせいで気配に気付けなくて……」と、ローランは少し落ち込んだ様子で言った。ああうん、やっぱりローラン暗殺者だったんだ。察してた。



「…写真、見られて。そしたら姫様が」



 ローランはそこまで言って一旦区切り、喉に手を当てて咳払いをした。



「………ミーヤ様の写真!?ああ、何て愛に満ちた微笑みでしょう…。これは従魔の方々に微笑んでいる瞬間ですのね」



 再びローランは咳払いをし、



「で、色々と話し合って」


「ストップ」



 続けようとしたのにストップを掛ける。



「あの、ローラン?今のセレスの言葉の時、声がセレスじゃなかった?」


「そうだよ」



 そうだよと言われても!



「俺、暗殺者だからさ。声帯模写は得意なんだ」



 「まあ魔法使った方がクオリティ高いんだけどな」と何でも無い事のように言うローランに、私は暗殺者凄いなとしか思えなかった。それ以外のコメントが浮かびゃーせん。

 ローランは「で」と言って話を続ける。



「色々と話し合い…ミーヤと知り合いなのかとか、ミーヤの魅力とか好きな所を語り合って」


「待って」


「ああ、いや確かにちょっと盛り上がって声大きくなったから図書室から移動したけど。でもその後姫様の部屋で話したんだ」



 私がツッコミたかったのはそこじゃねえんですわよ。何で私の話で盛り上がって姫様ルームでお茶してんのよローランは。



「そして色々と話し合った結果、俺達はミーヤを愛する同志だとわかり」


「だから待って」


「協力関係を結ぼうという事になった」



 待てっつっとろーがお前の耳は飾りか何かか!?

 ああ駄目だわからない!そしてツッコミ所しか無い!愛する同志って事もわからんし協力関係って一体何ぞや!……いや、ローランは好きって言ってくれてたし、セレスも私を慕ってくれてるっぽいし……わからん事は無い、のか…?

 寝起きでとんでもねえ話をされて絶賛混乱中の私を完全スルーし、ローランは続ける。



「まず俺が撮った写真の一割を姫様に渡す、という契約が結ばれた」


「契約て」


「ただ俺としては出来るだけ独り占めしたいし、魔道具だってタダじゃないし……って思って最初は渋ったんだよ。でも姫様ってば太っ腹でさ、写真撮れる魔道具を幾らでも仕入れろって言ってくれたんだ。金は出すからって」


「セレス!?」



 何故そんな思い切りの良い事をしたんだセレス!お金の使い所絶対間違ってるよそれ!

 頭を抱える私を無視し、ローランはしみじみと「本当姫様凄いよな」と呟いた。確かに凄いけどその「凄い」で良いんだろうか。これ良く無いタイプの「凄い」じゃない?

 ローランは再び喉に手を当てて咳払いをし、セレスの声で恐らくその時の会話と思われる言葉を紡ぐ。



「良い?貴方はとにかくミーヤ様の写真を撮りなさい。その中から一割、わたくしに譲っていただくわ。勿論、残りの九割は貴方の取り分だから好きにして良いわよ。…わかる?貴方が写真を撮れば取る程私の取り分も、貴方の取り分も増えるのよ」



 「んんっ」と咳払いをし、ローランは元の男の声へと戻った。



「とまあ、こんな会話をして。ついでに姫様に渡した一割の中からさらに一割を欲しがる人に渡そうって事になって、何か正式な仕事になって、魔道具を沢山受け取って」



 「で、早速寝顔を盗撮に来て捕まりました」とローランは項垂うなだれた。



「成る程…」



 うん…、うん。いまいち納得は出来ないし腑に落ちないが、まあ、うん、何故盗撮をしに来たのかってのはわかった気がする。とても丁寧な説明だったはずなのにどうしてこうも理解が及ばないんだろう。私の頭がポンコツだからだろうか。



「まあ、確かにミーヤ様の笑顔の写真が一枚あるだけでもやる気が違うでしょうし…」


「………ミーヤ、見つめてたい…の、……わかる…」


「ま、まあ、ミーヤの写真を懐に入れたいって気持ちもわかんなくはないっつーか……いや違うぞ!?俺は本物のミーヤの隣に居るからそれで充分だし、というかこっちの方が上だし、ただちょっとお守りみたいだよなとかそんな事を思っただけであって!」


「写真、写真かぁー…。あの時は先が短いだろうなって自覚があったから写真撮るとか考えなかったな。写真撮ってれば僕の墓に僕の遺体と共にミーヤの写真が埋まってたかもって考えるとちょっと惜しい事したかも。一緒のお墓とかロマンなのにー…」


「我は写真なんかがミーヤの代わりを務めれるとは思えないが、まあ嫁では無い立場からするとそれ以外無いか」



 イース以外の言葉を聞いて、私の頭がポンコツだから理解出来ないという事が立証されちゃったよ。というかアレクはくねくねしながらブラックなネタ言うの止めなさい。アレクが言うとシャレにならん。

 もう何か寝起き早々疲れたし、結論出すのめんどいし、もう解散して二度寝しちゃ駄目かな。そう思っていると、さっきの会話に参加せずに何かを考えていたらしいイースが口を開いた。



「聞きたいんだけどぉ」


「ん?」


「セレスの取り分から一割分、欲しがる人にって言ってたけどぉ……誰にあげるのぉ?」



 あ、そういやそんな事言ってたね。

 ローランはさらりと答える。



「孤児院とか、獣人部隊とか、後は冒険者とかかな」



 もう何か、プロマイドみたいだね。私アイドルになった覚えは無いんだけど。というか顔をあんまり売りたくないんだけど……まあ、今更か。諦めよう。異世界人だって事がバレなきゃ良いやの精神で行こう。割り切り大事。



「それでさ、ミーヤ」


「?」



 ローランは音も無く立ち上がり、私の前で跪いてベッドに座っている私と目線を合わせた。



「……盗撮の許可、貰える?」


「許可を得たら盗撮とは言わないと思うんだけど」



 盗撮って確か、許可なく写真を撮る事だよね。許可ゲットしたら盗撮じゃないから、隠し撮りの許可が欲しい、ってのが正しい言い方なんじゃないだろうか。……いや、正しい言い方とかあるのかコレ。

 にしても撮影、撮影ねー…。

 まあ良いとは言いたくないけど……減るもんじゃないし。増えもしないけど。

 ……うん、セレス関わってるし、良いか。王都に居る時だけ限定で良いならって言えば……と、そこまで考えた辺りで、



「…………やっぱり、やっぱり駄目なのか…。このままじゃ、この姿のままじゃ……」



 ローランが、瞳からハイライトを消してぶつぶつと呟いているのに気付いた。



「…ローラ」


「ミーヤ!」



 ン、と言う前に、ローランは大きな声で私の名を呼び、縋るかのように左手で私の右腕を掴んだ。



「何でもするから……」


「ほわっつ?」



 ローランはハイライトが消えた瞳のままで、私の腕を握り締めながらそう言った。



「対価は払う。だから、許可してくれ…」



 焦点の合っていない目で、ローランは私を見る。いや、焦点が合ってないから見てないのか。



「ミーヤの望む姿になるから。ミーヤの望み通りにするから。何だってするし、何だって出来るから」



 そう言ってから、ローランは口の中で何かをもごもごと呟き、空いている右手を自分の緑の髪に当て、



「ほら、色なんて幾らでも変えられるから」



 なぞるように手を動かすと、まるでイラストツールでも使用したかのように緑の髪が金髪に変わった。

 え、あ、さっきのもごもごした呟き詠唱!?もう消えちゃったけど、よく見たらローランの手の平に手の平サイズの魔法陣浮かんでたし……色変えの魔法かこれ!



「俺、闇魔法と光魔法が得意なんだ。特に肉体操作が得意でさ、髪色や目の色なんて手を叩くのと同じくらい簡単に出来ちゃうんだ」



 「他にも」とローランは必死さが滲み出ている声色で続ける。



「体格だって、骨格だってミーヤの好きに変えられる。声だってさっきの通り好きな声に変えられるんだ。暗殺者だから成り代わったりも得意で、性格だって望むのなら好みの性格に作り変える事だって出来るんだ」



 「それに、それに」とローランは焦点の合っていない、ハイライトを失った、そして泣きそうな瞳で私を見つめたまま続ける。



「俺、暗殺者だから。汚れ仕事も得意だし、エッチな事だって出来るし、書類仕事なんかもやれるし、他にも大体の仕事は出来るし」



 ローランは、視線を下へ移動させた。俯いて、「だから」と言う。



「だから、許可して。俺を認めて。受け入れて。拒絶しないで。裏切らないで。俺、何でもするから。何でも出来るから。どこまででもしてみせるから」



 「だから」「だから」「だから」と呟き続けるローランのつむじを見つめながら、私は少し遠い目になる。何で私と関わる男は皆闇を持ってるんだよ。女の子達みたいにもうちょっとさらっとしていて欲しい。いや、タバサはさらっとしたサッパリ系の男だったわ。流石のハイスペック。

 うーん、どうもローランもまた何らかのトラウマだか強迫観念があるって事でファイナルアンサーなのかね。王都は地雷だらけなのか畜生。

 とりあえず、と私は握られていない左手でローランの頬に触れ、思いっきり上を向かせる。



「うぇっ!?」



 向かせた。首に負担が掛かるとか知るか。こちとら寝起き早々にトラウマになりそうなトラウマ見せ付けられたんだよ。昨日の夜もイベント発生したっちゅうに翌朝までイベント発生とか盛り沢山か。王都はイベント発生の宝庫かコラ。疲れるわ。

 さて、と私は息を思いっきり吸って、



「別にそういうの要らないから」



 ハッキリと、本心だと伝わるように静かにそう言い切った。

 こういうのは本当に本心なので、っていう態度を見せないと伝わらない事多いからねってお姉ちゃんも言ってたからね!きちんとノーと言いますよ!



「い、要らな、いら……」



 いかん、ハッキリ言ったらローランが本気で泣きそうな顔になってガクガクと震え出した。本当にもう、もう少し潔くはなれんのか。豆腐のようにサッパリさんになりなさいよ。何でルーを山盛り入れたカレーのようにドロドロしてんのよ。粘着シートか。

 仕方ないのでローランに顔を近づけ、間近で目を見つめながら言う。



「私が要らないって言ったのは、ローランが提示した対価の方。暗殺だのエッチだの書類だの、必要無いから」



 別に殺したい程恨んでる相手も居ないし、エロい事に関しては嫁達に対して私の方が待ってください心の準備が状態だし、書類はそもそも他の誰かの手伝いをする時くらいしかお目にかからん。

 大前提として好みに関しては嫁が居るし……てかさ、



「というかまず、見た目変えようとすんな」


「え…………」


「言ったでしょうが。見た目変えようがローランはローランだって。性格変えれるっつったって結局それは演技とか自己催眠でしか無いだろうし。そういうの止めなさい」



 コスプレ程度ならともかく、好かれる為に、許可を得る為に相手の好みの別人に成りきっちゃえ!とかさ。正直コメントに困るわ。真正面から来い。確かに好みの相手の方が商談は上手く纏まりやすいけど、だからって完全に自分を失ってまで相手に合わせようとすんなや。



「でも……」



 納得していないらしいローランに、溜め息を吐いてから私は言う。



「ローラン、私と酒飲んで私にプラチナ鉤爪を貰った男は何処の誰だ」


「え、俺」


「即答出来るんじゃん!」



 しかも完全に断言してたし!さっきまでの呆然モードどこ行った!

 ま、まあ話がしやすいから良いとしよう。



「で、私がその時言ったローランの特徴は?」


「緑の髪をポニーテールにしてて、ハイライト小さいのに大きな瞳で、口と首を布で隠してて、露出度高いのに低い服で、初対面のミーヤ達と酒飲めるメンタル」


「その通り。で、私はローランを友人だと思ってるわけだ。一緒に酒飲んだしね。だから、ローランという友人の頼みなら、そしてセレスという友人の望みなら、別に良いかなーと思ってたわけよ」



 「で?」と、私はローランの少し長いサイドの髪を持ってローランに見せる。



「ローランがただ金髪ってだけなら気にしないけど、この金髪はローランじゃない誰かになる為の金髪だよね?」



 私は目を細めて、少し厳しい声を頑張って出して、言う。



「私が友人と思ってるのはローランであって、幾ら好みだろうと見ず知らずの相手じゃそれはローランとは到底言えないでしょうよ」



 「で」と再び私は言う。



「私の友人であるローランは、今目の前に居るお前しか居ないわけよ。色変えようが髪型変えようがツラ変えようが体格変えようが服変えようが性別変えようが声変えようが性格変えようがそれがローランなら別に良いけどさ」



 「それがローランじゃない別人・・だって言うなら、私にとってはただの他人だ」と、ローランの目を見ながら私はハッキリと言い切った。



「ローラン、一緒に酒飲んで話したり、プラチナ鉤爪の譲渡とかさ、それはローランとの思い出なわけよ。もし別人になるってんなら、それはもう違う誰かとの思い出扱いになるよ。だって別人に思い出を引き継げるわけ無いんだから。新しい思い出を作る事は出来るだろうけど、今までの思い出は無かった事になるんだ」



 ふぅ、と息継ぎの為に一区切りしてから、



「………ローランは、それで良いの?」



 言った。

 目を合わせながらの私の言葉に、ローランは息を飲んで、



「……嫌だ…」



 呆然としたままそう言ってから、口布を下ろしてぐすぐすと鼻を鳴らしながら、泣き出した。

 ローランはしゃくり上げながら詠唱を唱え、金髪に変えた髪を緑の髪へ戻した。



「……俺の思い出なのに、違う俺になったら、もうそれは俺とは違う誰かの記憶になるの、嫌だ…!」


「でしょ」


「新しくミーヤの好みの人間になっても、俺自身ローランとの思い出が無くなるのは、嫌だ…!」


「だよね」



 ぐすぐすと無くローランの頭をぽんぽんと撫でながら、納得してくれたようで良かったと私は胸を撫で下ろした。

 いや、うん。要するにさ、前の自分を捨てて新しい自分になるから!って事だったじゃん?今までの自分は完全に消すから!って事だったじゃん?

 わかりやすく言うなら、コブジトゥのストーカー野郎ことクアドラードみたいな感じ。前のクアドラードはストーカーのクソ野郎だったけど、今は記憶を無くした少年だ。見た目も完全に違うから、あの少年はもう前のクアドラードとは完全に別人。同一人物だなんて思えない。前のクアドラードと今のクアドラードは、完全に違う存在として切り離されてる。

 つまりはそういう事で、ローランが別人になると今のローランとの繋がりが消える。今までの私とのメモリー全部消して新しいアバターで最初からやり直しますか?ってやつだ。それまでの記録は引き継げないしメモリーだって消える。

 ゲームならともかく、現実でそれはちょっと…ね。



「………………ぐすっ」


「泣き止んだ?」


「ああ……」



 ハニーの蜂蜜入りジュースを飲ませないと泣き止まないかなーと思っていたが、そこは大人。十分程掛かりはしたがちゃんと自力で泣き止んでくれた。

 鼻水で鼻が詰まっているから口布をすると呼吸困難になると判断したのか、ローランは口布を下ろしたまま話し出す。



「……俺、もう相手の好みに合わせるの、止めておく」


「うん、そうして」



 どうもローラン曰く、惚れっぽいから今までも何回か惚れた相手に同じようなアタックを仕掛けてたらしい。そしてそいつら全員が好みの姿になって欲しいと言ったらしい。ローラン自身を見てやれよ。しかも最終的にローランの甘やかしで調子に乗ってしまったのか、ローランを裏切って他の相手見つけてどっか行っちゃうんだとか。

 ……ローラン、駄目人間製造機か何か?



「なあ、ミーヤ」


「うん?」



 泣き止みはしたが、目元が赤いままのローランは穏やかな表情で言う。



「盗撮許可、くれる?」


「だから許可取ったら盗撮じゃ無かろうよ」


「まあそうなんだけどさ」



 ヘラッと微笑むローランに、私は危うさが無くなったようで何よりだと思いながらニッと笑う。



「王都に居る間ならご自由にどうぞ。トイレや風呂は流石に勘弁だけどね」


「よっしゃあ!」



 思いっきりガッツポーズを決めたローランに、本当に色々吹っ切れたようで何よりだ、と私は思う。

 ギルドの皆さんとか結構な楽天家だけど、やっぱりこういう闇を抱えた人間も居るっちゃ居るんだね。……いや、私と関わる人だけ闇が深いとかそんなまさか。ホラ、セレスとかタバサとか闇無いし。うん、無い無い。

 ローランは立ち上がり、はだけている胸元…というか腹の辺りに手を突っ込み、カメラと思われる魔道具を取り出して構えた。



「良し、早速一枚ゲット!それじゃあ俺今鼻ずるずるだし目元腫れてるしでちょっとアレだから、一旦帰る!また後でな、ミーヤ!」


「ちょ、ローラン!?」



 あ、フラッシュ無くても撮れるんだソレ。盗撮に最適かよ。

 とか思ってたらまくし立ててローランが窓から飛び降りたよ!?

 慌てて窓から下を確認するが、早朝だからか外を歩いているのは店の準備をしている人達ばかりだった。その中にあの目立つ髪色と服は無い。うわあ、流石暗殺者……というか最早忍者かよ。



「何か魔法使ったっぽい気配はあったけど、何の魔法だったんだろうね」


「さあ…」



 背中に抱き憑いてきたアレクを受け止めつつ、私はぼんやりとした返答を返す。認識阻害とかかな?



「ところでミーヤ?」


「ん、何?イース」


「そろそろ準備しないとぉ、お仕事までにお腹いっぱい食べられないわよぉ?」



 どうやら思ったより長い事ローランと話していたらしい。

 気付けば、もういつもの起床時間になっていた。



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