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被害報告はきちんと提出



「…やっほー、セレス」


「ミーヤ様!」



 駆け寄ってきてそのまま椅子に座っている私の胸の中へとセレスはダイブしてきた。一国のお姫様がそんな行動に出て大丈夫なのだろうかともちょっと思うけど、まあオフレコって事で。まだ10歳だもんね。

 ちなみに膝に乗っけてた畳んでる途中のシャツはさっと上にあげる事でぐしゃぐしゃを回避しましたとも。こういうのって大事だよね。

 とりあえずシャツを机の上へと避難させてから、私は私の胸に顔を擦り付けているセレスの頭をゆっくりと撫でる。



「ええと、どうしてここに?」



 撫でながらそうセレスに聞くと、



「それがうっかり聞いちゃったからなんすよねー」



 と、休憩所の扉の方からまた一名新規でお客さんがいらっしゃった。はい、付き人兼その他諸々を兼任しているタバサですね。知ってた。

 その後ろからは状況がよくわかってないらしいコンが休憩所内を窺ってるし。他の獣人さん達も鍛錬を中断して覗いてるから、まあ、うん、仕方ないかな。



「コン、こっちおいで」


「お、俺は別に俺だけ除け者扱いされてたんじゃないかとか、俺無しで楽しい話をしてたんじゃないかとかって考えてちょっと不安になんかなってねえんだからな!?」


「うんうん、正直言って全然楽しい話は出来てなかったから安心して。どうせ鍛錬再開まで時間あるだろうからこっちおいで、コン」


「……ミーヤがそこまで言うなら仕方ねえな!」



 ふん、と鼻を鳴らしながらも尻尾が喜びを隠せてない。可愛い。しかも駆け寄ってくるのちょっと早足だったし。可愛い。

 流石に注目が集まってる中で私の隣に来るのはちょっと恥ずかし過ぎたのか、コンは洗濯物が積まれている方の机の空いている椅子に座った。そしてチラチラを私を確認しながら洗濯物を畳み始める。こんな状況でも鍛錬しないならきちんと仕事をこなそうとするって凄くない?



「で、タバサ。聞いちゃったって?」


「まー大した話じゃないんすけど」



 タバサは私の胸に顔を擦り付けているセレスの襟を掴んで引き剥がそうとするが、セレスは無言でいやいやと首を振った。そして私の背中に回されている細い腕に一層力が篭もった。



「…………仕方ないですね」



 はあ、と溜め息を吐き、タバサは私からセレスを引き剥がすのを諦めたのか近くの椅子に腰掛けた。



「聞いちゃったってのは、単純に使用人から「そういえば獣人部隊がミーヤって名前の冒険者を雇ったらしいですよ!洗濯とか治癒とかを頼んでるらしいです!姫様ミーヤって子わかります?ほら、あの、武道大会でキワモノと戦わされた子!」って聞いちゃったってだけなんすけどね」


「キワモノと戦わされたのは事実だけどそういうイメージで名前が広がるの地味に嫌だな!あとタバサ声真似上手いね!?」


「その言葉が欲しかった!」



 グッ!と、タバサはキラキラな笑顔でサムズアップした。タバサって声真似を評価されるのが好きなんだろうか。でも声真似が上手いのは事実なんだよね。付き人に必要なスキルなのかはまったくわかんないけど。



「で、獣人部隊の鍛錬場まで来たの?それだけで?」


「いや、流石にそんなどこ情報かもわかんねーのを鵜呑みにしたりしませんって」



 タバサはヘラヘラ笑いながら手を横に振り、



「ちゃんと調べてガチで獣人部隊にミーヤが居るって情報を確保してから来ましたよ」


「居るってわかって即行来たの?」


「本当は仕事終わりの夕方頃が良かったんすけどね、俺は。ホーコク聞いた途端姫様が走り出しちゃったんで仕方なく、です」



 走り出したのか、セレス。



「仕方ないじゃない」



 ある程度満足したのか、セレスが私の胸から顔を上げた。そしてそのまま私に背を向ける形で私の膝に座った。……いや、良いけど。別に良いけど。良いけどなんか気分はチャイルドシートだ。もしくは座椅子の気分。

 セレスが落ちたら怖いし、一国の姫に何かあるのも怖いのでセーフティとしてセレスのお腹に手を回して固定しておく。私の腕はシートベルト。



「タバサは武道大会の時にミーヤ様とお話したから良いけれど、わたくしは他の貴族と顔合わせだったり試合を見ていないといけなかったりで全然お話する機会が無かったんだもの!私だって控え室でミーヤ様とお話したかったわ!」


「いやー、それはミーヤからすると嫌がらせになっちゃうんじゃないっすかね」


「そう言うから大人しく伝言を任せるだけにしたんじゃない!」



 ぷんぷん、という擬音が聞こえるくらいにセレスはタバサに対して怒っているらしい。だがしかし内容は武道大会の時に私と会話したとかしてないとかその辺っていう。そんな些細な事で怒らなくても良いと思う。

 とりあえず左手でセレスを固定しつつ、右手でセレスの頭を撫でてみる。



「!」



 あ、よし静かになった。



「ところで」


「ん?」


「姫様がぶっ壊しちゃいましたケド、さっきまでの重っ苦しい空気は何だったんだ?」



 タバサの問いに、そういえば、とセレスが来る直前までしていた会話を思い出した。そうだそうだ、そういや獣人部隊が経費を横領されてるって話をしてたんだったわ。



「それがね、今ちょっと困った事が……」



 まずは獣人部隊の隊長であるレオンさんが説明した方が良いかな、と私はレオンさんに視線を向ける。と、



「………………キュゥン…」



 あら可愛い。

 ……じゃなくて!

 どうやらいきなりこの国の第四王女が突撃獣人部隊をしたせいで怯えてしまったらしい。レオンさんは雄々しいオスライオンとは思えない程可愛らしく弱弱しい声を出し、壁を背にして小さく縮こまっていた。しかも腹をこっちに見せてる体勢だし尻尾が完全に股の間を通って腹の方に、というかもう尻尾を抱き締めちゃってるし。

 …………そんなに?



「あのー………レオンさん?」


「キャン!」



 声を掛けた瞬間に悲鳴を上げられました。しかも背後壁なのに頑張って下がろうという動きを見せられました。紳士に怯えられるという経験は初めてでまあまあのショック。これは辛い。



「……レオンさん、あの、大丈夫ですか?」


「だ、だっだだだだだ大丈夫だ……!」


「大丈夫じゃないですよね!?」



 とりあえず落ち着けと背中を……撫でたいけど私の膝の上にはセレスが座ってるし、レオンさんが怯えてる対象は多分セレスとタバサとそして私っぽいんだよね。つまり近付くのは良く無い。

 という事でメンタルが落ち着くハニー印の蜂蜜入りドリンクをレオンさんに、……私は近づけないからイースが渡してくれた。

 ドリンクを一口飲み、レオンさんは少し警戒を緩めた。



「……あー、その、ミーヤ……は」


「はい」



 落ち着いたレオンさんは、距離を取りつつもごもごと言い難そうにしながら私に言う。



「……王族なのか?」


「違います」


「ならば、貴族?」


「ノー。アイアム一般人。Eランク冒険者。魔物使い。田舎者。おーけー?」


「なんで片言?」


「お黙れタバサ」



 とにかく簡潔に事実を伝えなければ!って思った結果こうなったんだよ!簡潔ってつまり単語だよねって思考なんだよ私は!まあ結果的にただの片言になっちゃったけどね!進化した猿か私は!

 私の言葉を聞き、レオンさんは視線を右往左往させながらおずおずと問う。



「……ならば、何故姫様とそんな親しげに…?」


「正体隠した依頼人でした。先日真実を告げられました。まあでも依頼受けた時と同じ様に気負わない友好関係で行こうぜいえーいって感じで」


「…………そうか、いえーいって感じなのか…」



 レオンさんは考えるのを止めたのか、すんっとした表情になって椅子に座り直した。…そっか、思考放棄した顔ってあんな感じなのか。私ってばいつもあんなすんって顔になってんのかな。



「それでミーヤ様、困った事というのは?」


「ああ、そうそう」



 脱線が多くて申し訳ない。



「実はこの獣人部隊、経費を横領されてるらしいんだよね。しかも他にも嫌がらせされてるっぽくて」


「まあ!」



 セレスは驚愕で開いた口をお嬢様らしく手で押さえ、「一体誰がそんな非道な真似を…?」と、怒りを抑えているのか酷く静かな、それでいて低い声で問いかけて来た。子供らしい大きな瞳も眼光鋭くなってて中々に怖い。



「何かね、騎士団の副団長が犯人らしいのね。しかも自慢げにそういうのを話してるらしくて」



 と、そこまで言った瞬間。



「ラチェス!何処までお父様の顔に泥を塗る気!?」



 セレスが怒りの表情でドレスの裾を握り締めた。あわわ、お高そうなドレスが皺になっちゃう。慌ててセレスの頭を撫でつつ握り締めている手を離させる。高そうなドレスを皺にしちゃいかんよ。



「えっと……知ってる人?」


「お忘れですか?!ミーク様の孤児院を陥れたクソ貴族です!」


「マジで!?」


「マジです!」



 力強いセレスの肯定に、そういえばそんな事言ってたね…とあの時の会話を思い出した。部外者だしあんまり聞いちゃいかんかなと思って聞き流していたからド忘れしてたけど、そうだった。そんな名前だったわ。



「……ん?って事は、もしかしてこの情報ってセレスが欲しかった情報だったりする?」



 確か、悪行を全て調べ上げてーとか言ってたよね。



「はい!急を要すると思い外部の方の被害報告を受けていたので内部の悪事はあまり集まっていなかったのです。騎士団内部で庶民の出の者を迫害しているらしいという情報は手に入れていましたが、まさか獣人部隊にまで手を出しているとは……!」



 「太陽の下を歩けなくする程度では生温いようね……!」と、セレスは10歳の姫とは思えない気迫で呟いた。気迫が何かもう、女帝っぽいんだよね。怒ってる時のセレス。



「獣人部隊隊長、レオン!」


「はい!」



 セレスの言葉に、レオンさんは立ち上がってビシッと敬礼した。顔面は蒼白だけど。毛皮があるはずなのに顔色がわかるの獣人の謎だよね。



「レオン、貴方達獣人部隊があの男にされた被害は?」


「はっ」



 レオンさんは敬礼しながら返事をし、説明を始める。



「まず経費を横領されました。それを王に報告しましたが、その際ラチェスは我々獣人部隊が豪遊していると虚偽の情報を王に渡し、我々が厳重注意をされるという結果になりました」


「あ、それと次に同じような事があったら獣人部隊の経費削減とも言われたって」


「お父様は本当にもう……!」



 レオンさんの報告、そして私の追加情報によりセレスは顔を覆った。



「人を信じたいのはわかりますが、信じる相手を間違えればその瞬間からただの愚か者でしかありませんのに……」



 ……確かに。悪人を信じて善人が被害に遭っちゃってるもんね。



「他には?」



 顔から手を下ろしてそう言ったセレスに対し、レオンさんはまた「はっ!」と返事をしてから報告を続ける。



「正面から堂々を悪口を言われたり、ラチェスの取り巻きと思われる貴族に陰口を叩かれたりしました。一応これらは訴える時の証拠になると思い、少ない経費をやりくりして買った魔道具に録音してあります」


「英断ね。後で聞かせてちょうだい。そういった証拠があった方がラチェスを追い詰めやすいもの」



 レオンさんの報告に、セレスはふふふと美しい花のように微笑んだ。

 あー、膝の上に10歳の美少女が乗ってるから温かいはずなのに、子供体温のはずなのに、何故か背中側からひんやりとした寒気が漂ってくる。背後からアレクが抱き憑いてるわけでも無いのに何この寒気。怖い。



「後は……そうですね、仕事の際、嘘の通達をされた事もあります。本来の時間より一時間遅れた時刻を伝えられました。その時はウサギ獣人が本当の情報を聞いていたので事無きを得ましたが」


「……あの時の祭典かしら?」


「恐らくは」



 五感で察する獣人と一を聞いて十を理解する聡明な少女の会話が理解出来ません先生。どの祭典だよ。そしてそれだけでお互い理解してるの何なの?凄くない?私ってばただの椅子でしかないんだけど。シートベルト付きの椅子に一時的なジョブチェンジってか。椅子の給料って幾らだろう。



「それと最近は物理的な攻撃を受ける事もあります。鞘付きの剣で殴られたり、躓かされたり、脛を蹴られたり、肘で腹を突かれたり。どれも一晩で治る程度の怪我ですし、偶然を装っての攻撃でしたので……」


「……それでも到底良い行いとは言えないわ。頑丈さが売りの獣人、そして治癒力の高さも売りである獣人が、治るまでに一晩ですって?普通の人間なら骨折しているであろう怪我じゃない」



 ああ、確かにビルさんの怪我は酷かった。レオンさんに上から蹴られたとはいえ結構な怪我だったもん。……あ、これって報告した方が良いのかな。状況的にした方が良いよね。



「あのね、セレス。私武道大会の一回戦が終わった後に道に迷って、レオンさんとビルさんに案内してもらったんだ。で、その時ビルさん、怪我してたの。足を。治るのに夕方まで掛かる級の怪我」


「………っ!」



 私の言葉に、セレスは息を飲んだ。



「…それは、ラチェスの一味に、ですか?」


「さっきセレスが来る前にレオンさんが「出会った時のビルの怪我もそれだ」って言ってたんで確実にそうかなーと」



 しばし無言の後、セレスは腹の底から捻り出したような声で「ラチェス……!」と呟いた。



「戦争が無く平和である事の象徴、そしてお父様を含め沢山の方が楽しみにしている武道大会を台無しにするような真似をするとは……!」



 セレスの怒りがてっぺんまで行っちゃってるのか、怒りのオーラがもう般若の顔になってきてる気がする。さっきから地獄の炎がチラチラと視界の端に見えてる気がする。幻覚だけど。

 とりあえずセレスの頭を撫でてクールダウンさせる。あの、落ち着いて。別にその副団長とやらに怒るのは良いんだけど、私を椅子にした状態でその怒りは勘弁して欲しい。

 つかさっきからタバサ全然助け舟出してくれないの何なの?いや、でもずっと紙に何か書いてるから仕方ないか。色々と重要な会話を書き出しているのか忙しそうにペンを動かしてるし。喋る暇も無いレベルなのかな。



「大体、我々獣人部隊が受けた被害はこの程度ですね」



 報告をし終わったレオンさんがそう言うと、セレスは静かに首を横に振った。



「いいえ、この程度、という事は無いわ。貴方達は必要以上の、否、不必要なはずの被害を受けていた。一つだろうが五つだろうが、被害を受けている以上「この程度」などはありません。加害者がどれだけ非道な事をしたかを皆に知らしめる為にも、被害者がそのような事を言ってはいけないわ」



 凛と背筋を伸ばし、10歳とは思えない風格でセレスは言う。



「被害を受けたのだから、こんなにも非道な扱いを受けたときちんと証言をしなさい。被害報告が無ければ、加害者は加害者で無いと言い張れてしまうのだから」



 …………セレスの言葉に、私は確かになと思って頷く。

 日本も痴漢被害は多いけど、痴漢された側が恥ずかしがったりして報告出来なかったりする。そうなると痴漢が出たという事実が他人に知られる事は無く、加害者は今も誰かに被害を負わせるという……。

 そう考えると、きちんと被害報告をするのは大事だよね。被害者が黙っているままじゃ、加害者に正当な罰を与える事が出来ないんだから。

 ……にしても。



「ではレオン、早速ですが証拠品をこちらに持って来ていただけますか?その間に私とタバサ、それとミーヤ様達に協力していただいて書類から証拠を確保いたしますので」


「了解しました!」



 セレス、マジで凄いね。頼もしい。



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