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他人から押し付けられる書類程憎い物は無いらしい



 武道大会が終わってからあっという間に三日目になった。

 昨日は朝からオルコットに絡まれるわで散々な一日のスタートだったけど、その後は普通だったから本当に安心した。獣人部隊での仕事は滞りなく済んだしね。初日に比べてネヴィルさんがとても生き生きしてたのが印象的だった。

 どうもネズミらしく生きるって言葉が気に入って吹っ切れたのか、ネヴィルさんは大きい獣人達を相手にしながら素早い動きで翻弄してた。軽業師みたいだった。良い事だ。

 そんな回想はさておき、



「ミーヤ、少し聞きたいんだが…」


「何でしょう?」


「ミーヤは計算が得意だったりはしないか?」



 絶賛大ピンチです。

 何かの書類を持ちながら、困ったような表情のレオンさん。状況から察するに恐らく仕事関係の書類で進みが悪いとか何かそんな感じだと思われる。だからこそ助っ人に入れないかという意味で聞いてきた可能性が大。

 だがしかし!誠に残念ながら私はポンコツガール!お勉強が駄目なタイプ!残念!!

 ……いや、足し算は出来るよ?引き算も出来るし。掛け算は辛うじて出来る。五の段が得意です。割り算は微妙。数学は知らん。私の中にあるのは数学じゃなくて算数です。

 私はそりゃ動物関係の知識とかはあるけどさ!あくまで興味を持って調べた結果手に入れた知識しかインプットされてないんだよね!つまり微妙に役立たない雑学しか脳に刻まれてないっていう!そんな感じ!意外な知識こそあれどお勉強まったく出来ないタイプです!!



「……ごめんなさい、私ちょっと計算は無理です」



 嘘を吐いても仕方ないから正直に言う。

 数学の先生には「お前はXやYを好きになるトコから始めろ。母親の再婚相手を嫌う子供のようにX達を黒塗りにすんのは止めろ。仲間に入れてあげなさい」ってよくお叱りを受けた。懐かしいな。でも別に思い出したくはなかった。



「そうか……」



 レオンさんは少し落ち込んだ様子で、自分のたてがみを撫でた。顎鬚を撫でるような感じなんだろうか。



「何かお困りですか?」


「ああ…」



 休憩所の椅子に腰掛け、レオンさんは手に持っていた書類を私に見せてくれた。



「……すうじがいっぱいかいてありますね」


「そうか、ミーヤもそういうタイプか……」



 恐らく私の顔にまったく理解出来ませんと書いてあったんだろう。レオンさんは悲しげに目を伏せた。



「これは上に出す報告書なんだが……まあ、その」



 レオンさんは気まずそうに鬣を撫でつつ、視線を逸らしながら言う。



「…獣人は、戦闘特化型でな」



 そういやそんな感じの事でコルヴィネッラの村長であるゴドウィンさんも悩んでおられたような。



「それぞれの報告書がまた…「敵が居たから倒した。ついでに魔物も狩った。まずかったが残さず食った」とか、そういうのばかりでな」


「わお」


「倒した敵、または討伐した魔物の種類と数を書けと言っているのに…」



 はあああああ………と、レオンさんは深い深い溜め息を吐いた。溜め息吐くだけでもオスライオンだと様になってるから凄いよね。格好良い。本人は部下の報告書に悩まされてるけど。



「それと経費を何に使用したかとかの報告書も書かなくてはいけなくてな。他にも計算系の書類が幾つか……」


「他の隊員さんじゃ駄目なんですか?」


「他の隊員に割り振ってたんだが、頑張った結果古代文字の方がマシだと思えるレベルの落書きに…」


「うわお」



 文字が下手なんだろうか。



「それは良いんだ!頑張った結果無理だったのだからな!後で文字や基礎を教えれば良いだけ!だが!」



 レオンさんは吠える。



「副隊長であり文字とかも書けるビルが書類の存在を忘れていたのが最大の問題なんだっ!!」



 獣人用だからかそれなりに広い休憩所内に、レオンさんの叫びが木霊こだました。



「そのせいで私がやれば間に合う書類が間に合いそうになくてな…。もしミーヤがそういった事を得意としていたなら報酬を足すから手伝ってくれないかと言おうとしていたんだが」


「それはマジすみません」



 ごめんなさい期待に答えられないポンコツで。あ、いや、でも、



「私は無理ですけど、従魔ならいけると思います」


「本当か!?」



 わお顔が近い。

 両肩を掴まれライオンフェイスが超至近距離だった。ライオンの顔をこんな距離で見たの初めて。

 レオンさんはすぐに距離が近い事に気付いて「す、すまない!」と謝ったうえで離れてくれた。なんて紳士的な良い人なんだ。謝罪の言葉もお礼の言葉も言わずに場だけ荒らして行ったオルコットに爪の垢を煎じて飲ませたい。百杯くらい。



「イース」



 私はラミィが火魔法でアイロン掛けしてくれたシャツを畳みつつ、イースの方へと視線を向ける。

 あ、今更だけどコンは他の獣人さん達の指導の下、剣の扱い方を習ってて休憩所には居ないよ。



「書類仕事って出来る?」


「勿論よぉ♡」



 魔法で洗濯物を浮かせて十着以上を一気に畳みつつ、イースは微笑んだ。



「300年くらい前に仕事を辞めるまではずぅっと書類と睨めっこしてたものぉ。……本当、気持ちはわかるわぁ。他人がこっちに押し付けてきた書類って凄く腹立たしいわよねぇ」


「ああ、これに比べれば多少の問題は笑って流せるくらいには」



 うふふ、はははとイースとレオンさんは笑い合っているが、目と声がまったく笑っていなかった。まあレオンさんの言葉からすると押し付けられた書類程腹が立つものは無いって事だろうしね。そんだけ嫌なんだろう。きっと。

 女子高生だった私にはいまいちピンと来ないけど、宿題を押し付けられた感じなんだろうか。



「でぇ、こなさないといけない書類はこれだけぇ?」



 レオンさんが持っていた書類に目を通しながらイースがそう言うと、



「……いや、これはほんの一部だ」



 と、レオンさんは死んだ瞳で答えた。

 その返答にイースは少しの間無言になると、パンパンと二回手を叩いた。



「ハニー、アレク、二人も手を貸してくれるぅ?」


「私…ですか?」


「僕も?」



 きょとんとした顔の二人に、イースはにっこりと微笑んで頷く。



「そうよぉ。ハニーは積極的に勉強してるから簡単なのならわかるでしょうしぃ、アレクは生前の経験からこういうのも出来るでしょう?」



 イースの言葉に、



「わかりました!頑張ります!」


「えー、僕ってばそういう書類仕事が嫌で脱走してたんだけど。でもミーヤの為にもなるならやっちゃおうかな!面倒なだけで出来なくは無いし!」



 ハニーは元気にそう答え、アレクは少し渋りながらも最終的にはにっこり笑顔で頷いた。

 成る程、ハニーは結構頭良いし、アレクは元領主だもんね。そしてイースは元魔王軍幹部で書類系を結構片付けてたらしいし……めちゃくちゃ頼もしいメンツだね。



「助かる!報酬は勿論足しておくから安心してくれ!ではすぐに残りの書類を持って来る!」



 そう言い、レオンさんは休憩所から出て行った。

 そして即行で書類の山を抱えて戻って来た。うっわ、ドン引きレベルの書類の山。これは酷い。



「……獣人は、脳筋が多くてな。私もそちら寄りだからあまり言いたくは無いが、これが事実だ」



 レオンさんは苦虫を噛み潰したような表情でそう言い、死地に赴くかのようなオーラを纏いながら椅子に座って書類と向き合い始めた。

 イースとアレクも同じ様に書類を嫌悪の目で見つめ、唯一書類仕事初体験なハニーだけがその空気におろおろしていた。可哀想。仕事終わったら服屋行くついでに屋台の甘い物を買ってあげよう。

 頭悪くて力になれないせいでこういう事しかしてやれない虚しさよ。スパダリへの道は遠い。



「……………」



 ハイドが服のほつれなどを直し、ラミィが火魔法でアイロンを掛け、そして私が洗濯物を畳む。違う机ではレオンさんが重要書類などを相手し、イースとアレクがそれ以外の書類を担当し、そしてハニーが比較的簡単な書類を片付けている。

 この空気の寒暖差どうにかならないかな!?グッピーなら死んでたぞ!休憩所がもう休憩出来ない場所になってるよ!洗濯物を畳む部屋、もしくは書類部屋かな?って感じになってるよ!休憩所さんが自分のアイデンティティを見失いかけてるよ!



「これはぁ?」


「ああ、これはこっちの書類を」


「わかったわぁ」


「アレク、これは何の出費なのかわかりますか?」


「んー?ああ、これは……経費では落ちないかなー…。レオンさん、流石に夜のお姉さんのお店で使ったお金を経費扱いは無理だと思う」


「はあっ!?な、誰だそんなふざけた領収書を出した奴は!」


「ビルさんのようですが…」


「覚えておけよビル!後で寮の裏に呼び付けてやる!」



 ガルルルルル、とレオンさんは唸り声をあげた。怖い。ビルさんライオンを怒らせちゃあかんよ。幾ら虎とはいえ百獣の王相手にそれはあかん。

 ……つか大前提として、ビルさんがエッチなお店に行ったって事だよね。いまいち理解してないっぽいハニーに対して答えをぼかしたアレクは後でしっかり褒めてあげよう。知るのも大事だけど知らなくて良い事って沢山あるもんね。



「……というかぁ」



 書類の山が少し低くなった辺りで、イースはポツリと零した。



「この経費、おかしくなぁい?」



 イースの言葉に、レオンさんが息を飲んで体を硬くしたのがサーチでわかった。



「あ、それ僕も思った」



 アレクはイースの言葉に同意の意味で頷いてから、



「経費の数字が合ってないんだよね。受け取ってる数字からするともう少し余裕があるはずなのに、他の出費とか見てるとかなりカツカツって感じ」



 「計算がまったく合わない」と、アレクは言った。



「そうですね……本来受け取っているはずの数字の半分以下だと仮定すると計算が合うので、これはおかしいです」


「レオンさん達が今まで計算違いしてたってんならともかく…」


「……そうじゃないって自覚、あるのねぇ?」



 レオンさんの心を読んだのだろうイースの言葉に、レオンさんが目の前にある書類をぐしゃりと握り潰したのがサーチでわかった。

 ……何やら不穏な空気だけど、どういうこっちゃ。



「あのさ、どういう事?」



 空気に耐えられずそう問うと、イースが簡単に纏めて答えてくれた。



「要するにぃ、横領されてるっぽいのよねぇ」



 「獣人部隊の中にそんな小細工が出来る隊員は居ないからぁ、違う部隊の人間ねぇ」とイースは続けた。

 ………って!



「それ凄く重要な問題じゃないの!?」


「そうよぉ」



 事態の深刻さを理解した私の言葉に、レオンさんは諦めたように深い溜め息を吐き、




「……仕方が無いんだ」



 と言った。



「仕方が無いって?」


「横領しているのが騎士団の副団長でな。立場の低い獣人部隊では立ち向かえんのだ」


「王様に訴えたりとか」


「既にした」



 「だが」とレオンさんは書類を睨みつけながら言う。



「副団長の方が王様からの信頼度が高いんだ。私達が金を使いたいが為にそんな事を言い出したのだと副団長が言えば、そちらの言葉の方が優先される」



 レオンさんは少しの沈黙の後、



「……された」



 と訂正した。

 ……そっか、既に申告したんだ。そして嘘だと言われたのか。



「そして私達は二度とこのような妄言を言うなと厳重注意された。次に言ったら経費を削る、とも。ただでさえ副団長に横領されてカツカツだというのに、これ以上削られては堪らない」



 「獣人は力加減が苦手だったり、大食いだったりで出費が多いからな」と、レオンさんは自分の手をグーパーグーパーしながら言った。

 ああ、それもゴドウィンさんが言ってた気がする。出費が多くて裕福になれない、って感じだった。



「きちんと王にこの事を、最初から最後までしっかりを話す事が出来れば……聡明で優しい王だから、理解してくれるはずだ。だが……」


「その副団長が、王様の護衛もしてるのねぇ?」


「……ああ」



 イースの言葉にレオンさんは頷いた。



「団長は冒険者を兼任しているから、副団長が代理で王の護衛をしているんだが………団長の留守を良い事にあの男!好き勝手しおって!」



 ぶわりと毛を逆立たせ、レオンさんは言う。



「被害を被っているのは私達獣人部隊だけでは無い!庶民の出である兵士や騎士は軽く迫害されているというし、その権力を使用し守るべき庶民から、彼らが生きる為に必要な金を娯楽の為に奪っている!ああ腹立たしい!」



 怒りのあまり力のコントロールが出来なかったのか、レオンさんが手を置いていた机がベキョリと嫌な音を立てた。レオンさんはそれを見て怒りを無理矢理静めたのか、無言のまま座り直した。



「えーと……そんなにも悪い噂がある人なんですか?」


「いや」



 レオンさんは首を横に振る。



「本人が自慢げにそう言っていた」


「言質取れてるじゃないですか!」



 本人の証言でクロ確定じゃないかそれ!

 しかし、そう簡単では無いのかレオンさんは再び首を横に振った。長い鬣が動きに合わせて揺れる。



「……王に、副団長がしでかした悪行を申告する必要があるんだ。一応証拠として今まで言われた悪口なんかは魔道具を使って録音しているが」



 あ、しっかり証拠ゲットしてた。



「だが、王に渡そうとしても確実にその前にあの副団長によって調べられる。安全の為には仕方ないとはいえ、本人にな。そうなると……」


「あー」



 自分の悪行が上司にバレるようなの、絶対見逃さないよね。



「中身を擦りかえられるならまだしも、爆弾が仕込まれてましたとかって冤罪を擦り付けられる可能性もあり、と」


「その通りだ」



 私の考えにレオンさんは頷いた。



「……いや、冤罪を擦り付けられるまでは考えた事は無かったが」



 ……小声で呟いた言葉は聞こえない。ええ、聞こえておりませんとも。教習所でも「かもしれない運転」をしろって言うじゃん?あれだよあれ。私免許持ってないけど。

 レオンさんは続ける。



「私達が大人しくしているのを良い事に、あの男はどんどんエスカレートしているんだ。……今までは陰口くらいだったが、最近では物理的な被害も出始めた」


「え、備品壊されてたりですか?それとも自傷したうえで「コイツにやられた!」みたいな擦り付け?机の上にジュース沢山零されて机使えなくされたり虫沸いたりとか?」


「…………偶然を装って攻撃されたり、だな。そこまで陰湿かつわかり難いやり口ではない」



 引かれてしまった。

 いや、だって嫌がらせだったらそんくらいするじゃん?しない?いやいや、嫌がらせっつったらこんくらいするって。お姉ちゃんが夢小説あるあるだとこんな感じだって言ってたもん。



「えーと、偶然を装ってってのは?」



 空気を読んだアレクの質問に、レオンさんは答える。



「そうだな…。さり気なく躓かされたり、偶然を装って肘で殴られたり、脛を蹴られたり、突き飛ばされたりだな。ミーヤと出会った時のビルの怪我もそれだ」


「え!?あれ結構な怪我でしたよね!?」


「ああ、だが獣人だからな…」



 苦い顔のレオンさんに、私も苦い顔になってしまう。

 あの時のビルさんの怪我、レオンさんに上から蹴られたとはいえ結構痛そうな怪我だった。というか怪我の治りが早い獣人なのに夕方まで治らないってのは相当だ。

 ……いや、普通の人なら相当の怪我でも、獣人なら一晩で治る。そこを狙っての物理的な攻撃、か?うっわ嫌な考え。顔は目立つから腹を殴れ級に嫌な考えだ。



「ある程度の証拠は揃っているから、後は王に報告するだけなんだが……私達獣人部隊からでは、王の下まで証拠が届くかどうか」


「王様に直にお目通りとかは?」


「大きい祭り事の時くらいだな。仕事中だし王も忙しいからそんな報告は不可能だ」



 はあ、とレオンさんは深い溜め息を吐いた。



「せめて王まで伝えてくれる関係者が居れば心強いのだが、私達獣人はあまり……な」


「良く思われてないんですか」


「ああ。副団長のように貴族としてのプライドが高い上に変に捻じ曲がっている奴は獣人を嫌うんだ。汚らわしいだの獣だのと、な」


「ほほうそいつは腹立たしい」



 関わりもせずにその言動か。私の嫁と恩人に対してその言い草マジでイラっとしちゃうね。上でふんぞり返るしか出来ない人間未満に言われたく無いわい。



「どうにかして王様にこの事伝えて、その副団長の悪事をお天道様の下に引き摺りだしてやりたいですね」


「ああ」



 うーむ、でも王様と対等な位置、そうでなくともそれなりの発言力がある人じゃないと厳しいよね。そうじゃないと副団長の野郎に踏み潰されちゃう。

 ギルベルト…は賞品で一泊二日&見学しただけだし、というかもう一泊二日が終わって私達が泊まってる宿屋に移動してきてるから無理か。未成年エルフだし。

 連龍さん……も駄目だね。連龍さんはヒイズルクニの代表として交渉に来てるんだから、こういった事に巻き込むのは良く無い。証拠があるとはいえ副団長の野郎に言い包められたら国交問題になっちゃう。

 他は……あ、ローランとルーク。あの二人王の剣メンバーなんだっけ。特にルークは困った時は言えって言ってくれてたし……あんまり関わりは持ちたくないけど、と、そこまで考えた瞬間。



「失礼致しますわ!」



 その声と共に、休憩所の扉が勢い良く開かれた。

 扉の向こうに立っていたのは、緩くウェーブした長い金髪をツーサイドアップにしている美少女。とても細かい刺繍が施された高そうなドレスを身に纏った、ぱっちりキラキラな水色の瞳の女の子。



「ミーヤ様がここにいらっしゃると聞いて!」



 私と目が合った彼女は子供らしく、しかし上品に頬を赤く染めて微笑む。



「ミーヤ様!お会いしたかったですわ!」



 扉の向こうに立っていたのは、セレスだった。

 ………あ、そういや王女様と関わり持ってたね、私。



姫の登場は勝利フラグ。

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