耳が忙しい
「お久しぶりです、アニスさん」
「お久しぶりです!申し訳ありません、お見苦しいところを……」
アニスさんと久々の再会の挨拶をしていると、いつの間にかアニスさんの拘束を解いていたアルディスがコンとひそひそ話していた。
「うわ、アニスまた猫被りモードだぜ」
「コルヴィネッラに来る前の話はあんまり聞いた事無かったから知らなかったけど……ミーヤ、アニスと知り合いだったのか」
「知り合いっつーか、アニスがあの猫被りモードって事は普通に受付嬢として接したって事だろうが……大丈夫だよな?ミーヤ、アニスに騙されてたりしねえよな?」
「ミーヤは嘘に聡いから大丈夫だろうが、あのアニスだからな……」
「ああ、金にうるさくて金が好きで好きなタイプは金持ちって公言するあのアニスだからな……」
「ちょっとアルも名無しも人前でそういう事言うの止めてよ!」
あ、アニスさんにストップ掛けられた。アニスさんは二人の肩に手を置いて、少し怒ったような顔をしていた。それでも可愛いから猫獣人凄いな……と思って見ていると、
「「いでででででででで!」」
コンとアルディスから悲鳴が上がった。
………あ、よく見ると二人の肩に置かれたアニスさんの手から爪が見える。しかもガッツリと二人の肩に食い込んでる。
二人が「ギブギブギブ!」「ごめんなさい俺らが悪かった!」と叫ぶと、アニスさんはパッと両手を離した。
「もうああいう事言わないでよね!」
「「はい……」」
コンとアルディスは耳を垂らして頷いた。アニスさん強い。
……というか、
「あの、アニスさんってコン達と同郷だったりするんですか?」
「え?あ、はい!そうです。アルと名無し……じゃなくて、今はコンですね。この二人とは小さい時からよく遊んでたんです」
成る程、アニスさんも幼馴染なのね。意外なトコで縁が繋がってるもんだな。
そんな事を考えていると、
「ちょっと!王城に出す書類文字ガッタガタ過ぎて読めないんだけど!?誰よこれ書いたの!」
「すみません私です!ちなみに徹夜三日目の時に書きました!」
「徹夜三日!?過剰労働は禁止されてるでしょ!?」
「あ、いえうっかり実家の新薬飲んじゃって」
「ああ、アンタの実家薬屋だっけ。何の薬飲んだわけ?」
「見張りの人もこれなら余裕!一週間強制不眠のギンギン薬!です!ちなみに試作品だったので四日目に気絶しました!」
「まず大前提として人体の健康を優先した薬を作りなさい!」
「なあなあ、このファイルの九ページ目に入ってたはずの書類誰か見てないか?」
「ああそれ不要になったんで捨てておきました」
「マジかよいつ不要になった?」
「昨日先輩が武道大会の会場スタッフやってる時ですね」
「成る程サンキュー」
「飯食う時間も勿体無いから干し肉と糖分確保でジャム食ってるけど口の中が喧嘩してる気がする」
「お前その食い合わせはねーわ」
「こういう時勇者様伝説のアイテムとか欲しいって思うよな」
「例えば?」
「一粒で一日分の栄養が取れる実とか」
「アレな。でもアレ確か腹は膨れねえから普通に飯食いたくなるし、飯食うと栄養過多で太るって伝記に書いてあったぞ」
「マジか。世の中楽じゃねえな」
「ちょっと依頼ボードの方に助っ人お願い!内容シャッフルされちゃってるみたいでGランクにCランクのが貼ってあったりする!冒険者の人達昼には来ちゃうし、それまでにこれどうにかしないと!」
「悪い俺応接室の掃除しないとだから他の手が空いて…る奴は居ないだろうが余裕が比較的ある奴依頼ボード手伝ってやってくれ!」
……とても忙しそうな職員さん達の声が耳に入って来た。うわあ、皆忙しそうだ…。
同じく聞こえたらしいアニスさんがハッとした表情になり、
「アル!その書類さっさと持ってってよ!その後すぐに依頼ボード整理の手伝いね!」
とアルディスに言い、「すみません、私ちょっと仕事してきますね!それじゃあ!」と私に声を掛けてから依頼ボードの方で依頼の確認をしている職員さんの方へと走って行った。
アニスさんに言われたアルディスも、
「まあ、バイト扱いで給料出るしな。どうせならコン達と王都の観光したかったけど仕方ねえ。じゃ、俺も一時的なギルド職員として働いてくるぜ」
と言って、書類を持って行ってしまった。
おおう、まるで台風のようだ……そんだけ忙しいんだね。
「……アルが元気なのは知ってたけど、アニスも元気だったみたいで……良かった」
微笑みながら、コンはぽつりと呟いた。…うん、そうだね。良い事だ。私は特に何も言わず、笑ってコンの頭をわしゃわしゃと撫でる。ええはい、背が足りないからコンにはしゃがんでもらいましたよ。
こういう時は背が高ければ良いのにと思わざるを得ない。イケメンで背が高いスーパーダーリンになりたいね。届かない夢だけどさ。
それはさておき、
「とりあえず受け付けに居るメルヴィルさんに声掛けて、良い依頼ないか聞いてくるから待ってて」
と、私は皆に言う。他の冒険者が少ないとはいえ、職員の人が走り回ってる時に受付付近を占領しちゃうのは良くないからね。それがわかっているのか、イースを始めとする全員が頷いた。助かる。
うーむ、でも良い依頼無かったら……どうしよっかな。今依頼ボードに貼られてるやつは貼り直し中だし、おすすめ依頼が無かったら今日はオフって事でまた屋台巡りでもしよっかな。うん。
そんな事を考えながら、私は受付に座りながらも書類仕事をしているメルヴィルさんの元へ行って声を掛ける。
「おはようございます、メルヴィルさん」
「お、おはよーミーヤ」
少し疲れた様子のメルヴィルさんは挨拶を返してから、ハッと気付いたように、
「今日も可愛いね!まるで朝露に濡れ、朝日に照らされた可愛らしい花のようだ!」
とキメ顔で言った。
……ふむ。
「今日は芸風変えてきましたね」
「うん、これどう?被ってない?」
「被ってないです」
「よっしゃ!台詞頑張った甲斐あった!」
そう言い、メルヴィルさんはガッツポーズをした。
被りを気にしたり、疲れてても新ネタ試したり……本気で芸人だよね、メルヴィルさん。見た目は図書委員っぽいし大人しそうなのに相変わらずギャップが凄い人だ。もう既に私の脳内では芸人って印象が根付いてるから違和感抱けないけど。
「それで本日の御用は?」
「あ、そうだった」
うっかり新ネタに意識持ってかれて忘れるトコだった。
「あの、良さげな依頼ありませんか?」
「良さげな依頼?依頼ボードの確認……は」
メルヴィルさんは依頼ボードの方をチラリと確認し、
「待って下さいこのパパパラパラパラパパラッパのブラッシングって依頼どこに貼れば良いんですか!?てかパパラパ何とかって何!?」
「パパパラね、パパパラ。さっきのゴチャスモギャって感じの名前の猫飼ってるトコと同じ家からの依頼よ。ちなみにパパパラの方は犬」
「ネーミングセンスがぶっ飛んでません!?またお孫さん!?」
「いや、これは確か姪っ子が名付け親だったはず」
「ちなみにその家、飼ってる鳥の名前はハンナラプルトラスで、最近飼う事になった子猫はメリリメリーメリリゴラって名前らしい」
「駄目だその家!」
「アル、ちょっとその上の方の我が家の掃除を頼みたいって依頼取って。それ貴族の家の掃除だから細かい条件書き直さないとまずい」
「了解」
「やっべーです先輩!Cランクの依頼ボードが何かグラグラしてるなって思って一旦取り外してみたら裏に呪いっぽい御札が!これ何ですか!?仕様ですか!?」
「んなわけねーだろうが新人!てか何それ怖っ!ちょ、今解呪出来る人呼ぶ時間も無いからとりあえず依頼ボード付け直せ!そして夜まで忘れろ!はいさんにーいちぽんっ!はい忘れた!はい俺忘れた!」
「うわああああこの怖いの嫌い野郎自分だけ安全圏に非難しやがった!一人でやれってか!?一人で付け直せってかこの野郎!しかも臭い物に蓋をするつもりだし!」
「うっせえもう何も覚えてない俺にそんな過去の事を言うんじゃねえ思い出しちゃうだろうが!後で!後でやるから今は隠せ!」
「そういうのが汚部屋作るんですよ!やべ、染みに…ま、布で隠せば良いや。とか言って!こないだ先輩の家に忘れ物届けに行って上がらせてもらった時のあの異臭まだ覚えてますからね!?」
「異臭!?異臭だとこの野郎!」
「お前らきゃっきゃうふふと話してないでさっさとその依頼ボードどうにかしろや!!」
依頼ボードの近くで騒ぎまくってる職員の人達を見て一瞬目が死に、すぐに頭を軽く振って何事も無かったかのような爽やかな笑みを浮かべた。
「今依頼ボードはちょっと無理っぽいからちょっと待っててくれ。良い依頼あるか確認するから」
「お願いします」
私も今の依頼ボードには近付きたくないし。
何だよ依頼ボードの裏から出てきた呪いっぽい札って。それ旅館なんかの額縁の裏に貼ってあったりするアレじゃないの?うっかりやらかすとホラー展開になるアレじゃないの?どうなの?
「あ?何だこの札か」
「え、パイセン知ってるんですか」
「パイセン言うの止めろや。これ見た目は呪いっぽいけどただの糊代わりの札だから心配すんな。黒い靄が出てるって事は接着力が弱まってる証拠で替え時のサインだから」
「そうだったんですね」
「そうだったのか…」
「新人はともかくとしてお前には既に何回も説明したはずだが?」
「多分怖かったから説明聞かずに記憶消してた」
「お前マジ一回それで痛い目見れば良いのに。とにかく替えの札持って来るからそれまでお前は依頼ボード抱えて待機な」
「え、これ結構重いんですけど。床に置いちゃ駄目っすか」
「頼りになるヘタレな先輩が隣に居るだろうが。一人で持てないモンを持つ為に人は群れるんだよ。空いてる手は利用しとけ」
「だそうです先輩」
「今俺の両手は俺の目を塞ぐのに手いっぱいだから無理。手だけに」
「寒い」
「死ねば良いのにコイツ」
「酷え!先輩呼びどこ行った!?」
あ、何か大丈夫っぽいね。ホラー案件では無かったようで一安心だ。両面テープ的な感じなのかしら。まあ問題が無いようで何よりだ。そして職員同士の仲も良いようでとても何より。良い事だ。
「うーん……あっ」
ファイルを捲って良い依頼がないかを確認していたメルヴィルさんは、ふと思い出したように声をあげて受付についている引き出しの中から一枚の紙を取り出した。
「そういやミーヤに指名依頼来てるよ」
「マジか。てか忘れてたんですか?」
「いやちょっと臨時とひと悶着あって忘れたくなってたから忘れてたみたい」
「ギルド職員は自分の記憶操作が出来るの必須科目なんですか?」
私の言葉に、メルヴィルさんはふっと憂いを帯びた表情で「口外すんなって仕事もあるからさ…」と呟いた。あ、はい、そういやここ王都ですもんね。セレスも普通に依頼出してましたもんね。自分の記憶操作くらい出来ないと命の危険があったりするのか。ギルド職員も楽じゃないね。
「何の依頼ですか?」
「えーとね、獣人部隊からの依頼。隊員の隊服を洗濯して欲しいっていうのと、ちょっとした怪我を治したりして欲しいって。期間は一週間」
「ほう」
獣人部隊って事は、レオンさんかな。本当に指名依頼出したんだ。しかも昨日の今日で。有言実行は良いけど行動が迅速。
でもやっぱり怪我を治して欲しいって感じの依頼か。考えてた通りだ。
でも期間が一週間か……。今の宿屋は一週間泊まれる。つまり七泊八日で、私達は既に一泊してる。うーむ……。
「宿屋の宿泊期間的に六日になりませんかね」
「その辺は俺ら職員じゃなくて本人に言って。そして許可してもらって」
「わかりました」
確かに本人に伝えた方が早いよね、と私は頷いた。レオンさんならその辺ちゃんと説明すれば融通利かせてくれそうだし。
「にしても、何で洗濯?」
アレか?獣人は力が強いから力加減が出来なくて破いちゃったりするとか?
「ああそれ?何かね、今までは下っ端が洗うしきたりだったんだけど、今回の武道大会で実力不足なのがわかったからちょっと鍛錬に力入れようぜってなったみたい。だから洗濯してくれる人が欲しかったって書いてある」
メルヴィルさんは紙を見て、「ミーヤって光魔法も使えたんだ」と呟いた。
……怪我の治療、と、服にクリーンの魔法を掛けて欲しいって感じなのかな?光魔法が出来るって事で指名したなら、多分そんな感じなんだろうな。
「で、受ける?」
「そうですね、受けます」
「おっけー、じゃあ連絡入れておくね」
メルヴィルさんが頷いてそう言った瞬間、
「駄目よミーヤ、その依頼はおすすめ出来ないわ」
「ぐえっ」
グレルトーディアの受付嬢であるはずのエルフのシルヴィアさんが、メルヴィルさんの頭を押さえつけてそう言った。……あ、シルヴィアさんも臨時職員として働いてたのね。
「お久しぶりです、シルヴィアさん」
「ええ、久しぶり、ミーヤ」
シルヴィアさんはふわりと微笑んでから、眉を顰めた。
「話を続けるけど、この依頼はおすすめ出来ないわ。ミーヤには特に」
「何でですか?」
「だって………」
シルヴィアさんは言う。
「これ、獣人部隊からの依頼なんだもの。獣人部隊は兵士の集まり。彼らが居るのは基本的に王城の中よ。………ミーヤは、王族に関わりたく無いって、言ってたわよね?」
あっ。
そっか!そういやそんな事言ってたね私!シルヴィアさんにそう言ってたね私!おじいちゃんがそう言ってた作戦で王の剣のメンバーとの会話イベントを回避したんだったよ忘れてた!
私は王族と話してみたら結構問題無かったですという事を、慌ててシルヴィアさんに説明する。
「あの、確かにおじいちゃんは王族マジで危険マジでやばいって言ってましたけど、あくまでご先祖様の経験でしたし!それにこっち来て偶然王族の人と会話する機会があって、話してみたら結構普通で」
ええいクソ、私の語彙力の無さが恨めしい。
「いやえっと、めちゃくちゃ頭良くて良い人っつか良い子だったから普通とは違うんですけど、とにかく問題は無くて、私も話してて結構楽しかったし、聞いてたような怖い感じじゃ無かったし、武道大会で見た王様は茶目っ気がある感じでもありましたし、そう、つまり」
纏まらないが、つまり、
「勝手な偏見で王族とかの偉い人=とても怖い人って思ってましたけど、そうじゃないってわかりました。だから大丈夫です。もうあんまり怖く無いです」
そう、こういう事だ。
そんな私の纏まらない詰まり詰まりな言葉を聞いたシルヴィアさんは、心配からか顰めていた眉を安心したように少し緩めた。
「……そう、それなら良いの。本当はミーヤがこの依頼を聞いたらとても怖がるんじゃないかと思って握り潰そうと思ってたけど、しなくて良かったわ」
シルヴィアさんの言葉に、未だ頭を押さえつけられて受付の机に頬をくっつけているメルヴィルさんはぽつりと呟く。
「……しなくてってか、出来なかっただけど」
「長い時間を生きるエルフなのに、せっかちなのは良く無いわね。これからはもうちょっと色々な事を考えて行動しないとだわ。人間はエルフと生きるスピードが違うから、変化も速いものね」
「あがががががが」
くすくすと綺麗に微笑みながらシルヴィアさんはそう言うが、めちゃくちゃ手に力がこもっている。メルヴィルさんが机にめり込みそう。
「それじゃあ、この依頼を受けるって事で良いのかしら?」
「あ、はい。お願いします」
「ええ、手続きをしておくわね。貴方は連絡をしておいてちょうだい」
シルヴィアさんはメルヴィルさんの頭から手を離し、そう言って奥へと戻って行った。解放されたメルヴィルさんはしくしくしくと口で言いながら泣き真似をしている。
「ううう……違うギルドからの臨時職員にいじめられてるんですが相談に乗ってもらえませんか」
「すみません、私先に受けた依頼があるので」
「うわあん仕事をキッチリこなす冒険者の鑑かよ!良いもん!後でGランクの依頼に俺からの依頼として貼っておいてやるんだから!」
そう言ってから、メルヴィルさんは「で、依頼に関してだけど」とケロリとした様子で話し始めた。切り替えが早い。
「とりあえずミーヤは王城行って獣人部隊と合流して、依頼内容を確認して仕事スタートって感じかな。王城には門があって、門番がいる。門番には普通に獣人部隊に依頼されて来ましたって言えば通してくれるから」
「ぐっどらっく」、とメルヴィルさんはサムズアップをした。
「わかりました。じゃ、ちょっと王城まで行って来ますね」
「ちょっとパン屋行って来ますのノリで王城に行くその性格嫌いじゃないよ!」
メルヴィルさんの言葉に思わず笑ってから、手を振りつつ従魔達のトコに戻る。さて、仕事頑張ろ!
モブ楽しい。




