Ep7-6 すり替わり(2)
「不味いわね」
ユナさんがつぶやく。同時に前方のタンクローリーのブレーキランプが点灯し、スピードを落としていく。ついには高速道路の上で停止した。
えっ?下道に降りたわけじゃないのに停止信号?追突されないの?
思わず後方車両を確認すると、四輪駆動車も仕方なく停車していた。大学生風運転手が何やら身振り手振りで苛立ちを示している。
「こちら後方車両。合流の信号につかまったわ」
『こちらは信号を抜けた。対象はそちらに残ったようだ。俺たちはこのまま最低速度で先行する』
「了解」
交信を終えたユナさんが視線を前に向けたまま俺たちに話しかける。
「これがあるからこっちのルートは避けたかったんだよね。せっかく高速道路を利用しているのに車列が分断されちゃガードが薄くなっちゃう」
「護送対象のトラックは俺たちといっしょに信号待ちしているんですか?」
「リーダーの報告だとそのようね」
フロントウィンドウにはタンクローリーの後部が迫っていてその前の車両までは観察できない。普段ならなんてことのない数十秒間がとても長く感じる。
もうすぐ信号が変わるというタイミングで、長い車体の大型トラックがランプを駆けあがってきた。
「うちらのとそっくりね」
左の窓を監視していた桔花が黄色信号に駆け込んでいく大型トラックを見てつぶやく。
それを見た後方車両の大学生風運転手がついに堪忍袋の緒が切れたようにクラクションだけでなくルーフラックに取りつけた大光量の作業灯を点灯させて煽ってきた。信号機があることに気づいていないのか、何台も大型トラックに割り込まれたと思ってイライラが爆発したらしい。
「うわっ、眩しい」
四輪駆動車のライトが後方の視界を奪う。その光が前方のタンクローリーの鏡面に反射して前方の視界も奪ってしまう。
「ちょっと、前が見えないじゃない」
光の洪水に見舞われる中、ユナさんは衝突しないように視線を下げて前方車両のテールランプだけを頼りに運転を開始する。進み始めた眼前のタンクローリーが進路を右車線に取って分かれていくまでの間、俺たちは眩惑されて監視の目を奪われていた。
合流の信号機を進んですぐに道幅が四車線に広がる。ユナさんは目的地方面の左車線にハンドルを切る。俺の目の前に信じられない光景が広がった。
「交差点?高速道路の上なのに?」
さっきの信号機がユナさんのいう滅多に見ないものだと思っていたのに、これはもう何というか、正しく目を疑う光景だった。高速道路の上で停車している車列の前をスピードをあげて通過していく直進車。合流地点から一気に三車線またいで進路変更してタイヤを軋ませる右折車。カオスだ……。
「あれ?あのトラック、護送対象のじゃ……?」
異様なスクランブル状態の交差点を見つめる目がタンクローリーの前を走る大型トラックを捉える。
「なに言ってんの?前にいるじゃない」
目の前には直角に進路変更する左折レーンに入って速度を落とす大型トラックの姿がある。外観はどちらも特徴のない銀色で、双子のようにそっくりだった。
「ちがうっ!ユナさん、そっちじゃない、量子結晶の気配は直進しているよ!」
「なんですって?」
急ハンドルを切り、オレンジのポールをなぎ倒しながら直進の車線に割り込む。
後方から急ブレーキを踏むスキール音が響く。
「くっ」
美女木ジャンクションの直進信号はすでに赤に変わっており、対向車線から右折してくる車がクラクションを鳴らして迫る。
「お行儀悪くてごめんなさいっ!」
ユナさんがアクセルを踏み込む。
ミニバンのターボチャージャーがアクセルの動きに応えて2.4L直列四気筒エンジンに圧縮した空気を送り込む。増えた酸素が燃焼室に噴射されたガソリン燃料と激しく反応し爆発的な加速を生みだす。ミニバンが衝突寸前の右折車の鼻先をかすめてぐんと前に出た。
ミニバンはさらに加速を続け、追い越し車線を走る護送対象の大型トラックを追う。間違いない、量子結晶の気配はあの車両から伝わってくる。
「エマージェンシー。対象がコースを外れて五号線を直進。こちらで追跡中」
『了解。そのまま追跡を継続。対象を見失うな。こちらも合流できないか検討する』
「了解」
「ユナ、左!」
桔花から警告の声が飛ぶ。
左車線からタンクローリーがこちらに幅寄せを仕掛けてくる。
「しゃらくさいっ」
負けじとさらにアクセルを踏み込み、ミニバンがギリギリの隙間に飛び込んでいく。
タンクローリーのミラーが弾け飛び、突き出たバンパーがミニバンの後部をかすめる。
「Shit!」
バランスを崩してタイヤからグリップが失われそうになる。ユナは即座にハンドルを切ってカウンターを当て、車体の制御を取り戻す。標的にかわされたタンクローリーがガードレールに運転席部分を喰い込ませて火花を散らす。タンク部分が連結部から折れ曲がり、横を向き大きく車線を塞いで停止した。
「まさか日本のハイウェイでカーチェイスをやるとは思わなかったわ」
「まだ来るよ!」
右車線を走る護送対象の大型トラックを左から追い抜いて前方に出ようと車線変更したが、大型トラックと並走していた四輪駆動車が速度を落としてブロックしてきた。
「やっぱりあいつら、敵だったのか!」
四輪駆動車のルーフラックに据え付けられていたカバーがバコッと外れて路面に落ちる。
落下物を避けてハンドルを切る間に大型トラックとの距離が開き、四輪駆動車が迫る。
「やばっ、撃ってくるっ」
ルーフラックから後方に突き出た筒状のものからマズルフラッシュが閃き暗闇を切り裂く。
「任せろ!」
突き出した手の前方に風の防壁を形成、弾丸を車体の左右に散らす。
高速で通過する車体の後ろにライフルの弾頭がカラカラと転がる。
銃撃が効かないと見た四輪駆動車が急ブレーキで前方を塞ぐ。
その動きを読み切っていたユナが華麗なステアリングさばきで車体を避けた。
後方に回った四輪駆動車はすぐにレッドゾーンまでアクセルを踏み込む勢いで加速し、体当たりを仕掛けてくる。
「それも想定ずみっ!」
俺は後方の路上に厚さ二メートルの空気の壁を設置する。
四輪駆動車は見えない壁にノーブレーキで激突し、ノーズをぺしゃんこにひしゃげさせて動かなくなった。




