Ep7-6 すり替わり
「こちら第一班。高井戸インターチェンジを通過。ほぼ定刻で推移しています。送れ」
『本部了解。進行方向異常報告なし。そのまま遂行されたし。送れ』
輸送集団の先頭を護衛するラグナロクの車両で野島が定時報告を入れる。
後方では商業車両による単独事故が発生して通行止め区間が発生したようだが、幸いなことに一分早く現場を通過したので自分たちの輸送には影響が出なかった。
「あーあ、退屈であくびが出ちまうなぁ」
「こら。護衛任務も立派な仕事だぞ。気を抜くな」
とはいえ今回の護衛任務は形だけのものらしい。曰く付きのロスト・アセットの輸送ではあるが運営からの情報でも襲撃リスクはほとんどないと聞いており、いわば猿島要塞のレイドで負傷した隊員のリハビリのような位置づけだそうだ。前線で命を張っている者たちからすると気を抜くなというほうが難しいミッションだった。
「しかし、よくもまあ、古株ばかり集めたもんだ」
古株と言っても年齢層が高いという意味ではない。出入りの激しいレイダース業界の中でラグナロクもその例に漏れない。その中で古参と呼ばれるメンバーはチームへの忠誠心が高い者が多い。そういった連中が今回のミッションに多く集められているということだ。
「先のレイドの結果を受けてチーム編成の見直しが活発だからな。若手は再評価訓練などで予定が合わなかったらしい」
「けっ、ショボい仕事はロートルにやらせとけってことかよ」
「まあそう腐るなって」
実際のところ野島も今回のミッションには違和感を感じている。俺たちの隊の真価はよりハードな現場でこそ発揮されると自負している。護送任務の、それも比較的安全な案件に自分たちが割り振られるのはなんとも腑に落ちない。それだけこのトラックの中身が重要物だと言えなくもないが。
七台のトラックが十四台の警護車両に護送されて深夜の中央高速道路を疾駆する。
外灯の明かりを鈍く反射する銀色の車体の内部は真っ暗闇で、積み荷の輪郭さえわからない。だが、人間の目には暗闇に見えても特殊な光学センサーは天井の四隅から赤外線ランプが投げかける光を用いて無人の庫内の様子を捉えていた。
静かに人の目に映らない光で観察を続けていたセンサーが次のフェーズに移行する。
上位者の命令を受信しているかのように青いLEDが明滅し、それまでしんと静まり返っていた庫内にロードノイズとは異なる高周波の細かなノイズがそこかしこから小さく響く。一見何の変化もないように思えた次の瞬間、トラックの庫内の壁や天井がブレたように輪郭を失い、平坦だった天井が垂れ下がるようにたわんだ。変形部分に整然と賽の目に並んだ分割線が現れ、一センチメートルに満たない小さなブロック状に分かれてざわざわと動き出す。天井と壁が薄皮一枚を剝ぐようにしてバラバラと分解していき、小さなブロックが積み荷の周囲に小山を形成する。よく見るとそれらはプラスチック製の組み立て玩具のように整然と別の形に組み上がりつつあった。瞬く間にトラックの庫内は精密機械の群れが林立する研究施設のブースに姿を変える。やがてそれらの機械類が青いレーザー光を放ちながら積み荷をマイクロメートルの精度でスキャンし始めた。
伴走する警備車両ではトラックの庫内で起きている変化を知る由もなかった。
英太たちが護送するトラックは板橋ジャンクションを越え、ようやく順調に進み始めた。ここまで首都高速道路の合流と分岐が休む間もなく連なっていて、突然四車線に増えたかと思えば車線をまたいで進路を変更する箇所があったり鋭角に方角を変えるカーブがあったりで、まるで迷路のようだった。複雑な立体交差やビルの谷間を抜け、夜空が開ける。だが車両の密度は多いままで、深夜帯にもかかわらず比較的混んでいた。
時速八十キロで車間距離もそこそこに多数の運送トラックが並走し、相対速度ゼロの壁を形成している。先ほどから同じ車両に取り囲まれていてまるで停車しているようだ。ときおりギャップを越える振動がリズムを刻むように訪れ、走行中であることを思い出させる。
真後ろの車は少し古いクロスカントリータイプの四輪駆動車で、アウトドアが趣味なのかごてごてとグリルガードやルーフラックが取り付けられている。
あれにぶつけられたらこちらが吹っ飛びそうだ。
運転席の男は大学生風で、仲間たちと何やら楽し気に談笑しながら運転している。夏休みの最後の週末を深夜ドライブとしゃれこんでいるようだ。こちらへの害意はなさそうだと判断する。しかし、夜間に室内灯をつけて運転するのは危険運転で道路交通法に抵触しないのだろうか?まあ、こちらとしては中の様子が確認できてありがたいけど。
右車線には二台のタンクローリーが並走している。長いタンク部分はよく磨かれた鏡面になっており、俺たちの車が歪んで映っていた。
やがて外環道への分岐の標識が現れる。俺たちが行くルートは左の一車線の分岐路だ。
「もうすぐ美女木ジャンクションを左折よ」
「高速道路で左折って、なんかヘンな表現ですよね」
ナビゲーション情報を確認しながらつぶやく。
「あら、英太君はこのルートを走るのは初めて?」
「はい。あまりこっちのほうは来たことがなくて」
「なら、英太君、驚くわよぉ。この先には普通は高速道路でお目にかからないものがあるから」
何があるんだろう?聞いてもユナさんは勿体ぶって教えてくれない。桔花は知っているのか興味なさげな態度で外を監視している。
スピードを維持したまま左に分岐しようとしたとき、右車線を並走していた銀色のタンクローリーが遅いタイミングでウインカーを出し、護衛対象と俺たちの乗るミニバンの間に割り込んできた。ユナさんとしては護送対象との間に別の車両を入れたくなかったようだが、分岐の進入路の終わりがすぐそこに迫り向こうも譲る気配がない。
「ちっ、仕方ないわね」
事故を起こしては元も子もないのでタンクローリーを前に入れてやる。
「こちら後方車両。対象との間にタンクローリーが一台割り込みました」
『了解。ジャンクション通過まではそのまま追従し、外環道でポジションを修正しろ』
「了解」
リーダーとの交信が終わるか終わらないかのうちに後方から激しくクラクションが鳴り響く。急に速度が落ちたことに苛立った大学生風の運転手が抗議の声を上げている。
「デカブツを割り込ませてんじゃねぇ。トロ助がっ!」
何やら喚いているようだが聞こえない。ああいうヤツに限って自分は平気で割り込んでくるのだろう。
やがて分岐路が下道からのランプと合流する。合流ポイントには予想外のものがあった。
「信号機?」
「不味いわね」
ユナさんがつぶやく。同時に前方のタンクローリーのブレーキランプが点灯し、スピードを落としていく。ついには高速道路の上で停止した。




