Ep7-5 コンボイ
八月三十日 22時30分 複合庁舎展望ラウンジ
明かりの落ちた地上二十五階の展望ラウンジにピアノの音が響く。
眼下に広がる都心の夜景がほのかにラウンジ内を照らしており、演奏者の顔がわずかに識別できる。青味がかった灰色の髪がさらりと流れ、色素の薄い滑らかな肌が青白く浮かびあがる。性別を超えた美しさと年齢を伺わせない均整の取れた顔だちに、常に浮かべているアルカイックスマイルが相まって大理石の彫像を思い起こさせる。
曲がクライマックスを迎えたとき、演奏者が目を開いた。南極の氷床深くの清水を思わせるアイスブルーの瞳。底の知れない青が冷徹でいて鮮烈な印象を放ち、ますますその者が男なのか女なのか、成人なのか未成年なのかをわからなくする。
「時間だ」
ボーイソプラノの声が鈴のように響く。
声の割には長身のスレンダーな影がピアノスツールから立ち上がり、窓辺へ向かう。
「役者も揃っているようだね。さあ、始めよう」
人影は眼下の交差点を行き交うヘッドライトの海を見つめながら、大理石の笑みを深めた。
背後に流れるピアノ曲は途切れることなく演奏が続いている。
ピアノの鍵盤の上には両方の手首から先だけが残されており、白い指がステップを踏むように踊り続けていた。
***
23時00分 春日町交差点付近
目の前のビルの地下駐車場からごつい四輪駆動《4WD》車に挟まれて次々と大型トラックが姿を現す。四輪駆動《4WD》車の窓は濃いスモークガラスになっており、装飾のないツートンカラーの車体が警察車両と同類の威圧感を放っている。
「なんでラグナロクの連中は駐車場に入れてあたしたちは外で待機なのよ」
七台のトラックとその倍の数の警備車両の列が捌けていく光景を見つめながら、桔花が不満気に唇を尖らせた。
俺たちノクターナルの車両は大通りに路上駐車をして護衛対象の出発を待っていた。じっと待っているのが性に合わないのか、桔花は不満たらたらである。
「あれだけの隊列を組むなら、彼らは午前中から現場に詰めていたと思うわよ」
十二時間も地下駐車場で待ちたいの?という言外の指摘に桔花が視線を逸らす。
『そろそろ時間だ。桔花、油断するな』
こちらの車内を見ていたかのようにリーダーからの無線が入る。桔花はしまったという顔で口をつぐんだ。
「それにしても遅いわね。最後のが行ってからもう五分は経っているわよ?」
緊張しながら待つ時間は長く感じるものだが、それにしても遅い。桔花だけでなく俺も焦れてくる。だが普段から後方待機が多く待つことに慣れているユナさんは気に留めていない様子だ。と、ユナさんの視線が携帯端末の画面に向いて手早く操作を行う。
「漣、首都高でトラブル発生。竹橋ジャンクションで車が横転し現在通行止めになっている模様」
『……了解した。管制に状況確認を行う』
リーダーからの声がしばらく途切れた後、応答が返ってきた。
『ルート変更の指示が出た。最新データをダウンロードしてくれ……OK。五分後に出発』
「了解」
会話と並行してキーボードを操作していたユナさんが最後にエンターキーを押して端末を押しのける。
「妨害工作かしら?」
『さあてな。よくある事故なんじゃないか?』
「だといいけど」
ショーさんとユナさんの会話が続く。
『来たぞ』
『おー、結構でかいな』
「こちらも視認しました。追尾を開始します」
駐車場出口からずるりと長いボディのトラックが公道に顔を出す。折よくすぐ先にある交差点の信号は青で、ウインカーを出しながらのっそりと左折していく。こちらの大型ミニバンもハザードランプを止めて発車する。ユナさんが数台の車を素早く追い抜き、護衛対象の十トントラックに追いつくとその背後に着けた。
「位置に着いたわ」
『了解。こちらもポジションを確保した。このまま首都高五号線を池袋方面に向かって北上する』
「了解」
リーダーとの交信を終えてユナさんが運転をしながらミニバンの後部座席に座る俺と桔花に向かって話しかける。
「ルートBに変更になっているから今のうちに地図を確認しておいてね」
「わかりました」
事前に頭に入れていた予備ルートの情報をもう一度復習する。首都高五号線を北上し、美女木ジャンクションで外環道を関越自動車道方面へ進み、関越道自動車道に入ったのち鶴ヶ島ジャンクションでさらに圏央道に乗り換え、入間インターチェンジで降りる。そのあとは最初のプランと同じ道順だ。もともとのルートと距離はそう変わらない。むしろちょっと近いくらいだ。経由するジャンクションが多いからトラックでの集団走行には向かないと判断されたのだろう。
それにしてもでっかいトラックだな。今までロスト・アセットと言ったら手で持てる程度の大きさしかお目にかかってこなかったので、あの長い荷台の中になにが入っているのか想像もつかない。
「ユナさん。今回護送する荷物の中身がどんなものなのか情報はないんですか?」
「残念ながらないわ。今回はちょっとヤバい筋からの依頼なのよね。こういう場合、運営がリークしない情報を勝手に掘り返すとろくなことにならないから自重しているのよ」
「そうなんですね」
知らぬがホトケという言葉もある。そういうことなんだろう。
「ただね。行き先が音楽大学ってことと、トラック何台分もパーツがあるってことを加味すると、だいたいどんなものかは想像つくけどね」
「えー、何なの?めっちゃ気になる!」
「うふふ……教えなーい。自分で考えることを習慣づけておかないと馬鹿になっちゃうわよ?」
うーん、何だろう?
中にロスト・アセットが入っているなら量子結晶の気配で何かわからないかな?
ヒントが得られないだろうかと、前のトラックの荷台に意識を向ける。複数の量子結晶体の気配があり、大きな箱の中に並んでいるようだ。なかなか大規模な装置のようだけど、分かるのはそれだけだった。
目をつぶって量子結晶の気配を探っていると、桔花から叱責が飛んできた。
「後ろと右側は英太の担当なんだからしっかり見張ってよね」
「わかってるよ」
慌てて目を開けて後方と側面の窓から外に不審な動きがないか見張りを開始する。ともあれ、大型トラックはそのまま何事もなく首都高の入り口に到着し、月がとっくに沈んだ漆黒の夜空に向かうようにランプを上がっていった。




