Ep7-4 訪問
ピンポーン
事前に渡されていたメッセージを見ながらエントランスのインターホンに部屋番号を入力する。こちらの姿が画面に映し出されてさらに緊張が増す。
待つこと数秒、『はーい』という少し高い声がスピーカーから流れ出た。
「あの、石守と申します。桔花さんは御在宅でしょうか」
「石守さん?ああ、英太さんですね。どうぞお入りください」
ガチャン、とエントランスのオートロックが開く音がしてモニタ画面が暗転する。
「失礼します……」
誰もいないエントランスホールに小声の挨拶をしつつ、重いガラスの扉を押した。
エレベーターで指定の階まで上がって、『片梨』と書かれた表札の呼び鈴を鳴らす。
『はーい』
再び先ほどの声が軽やかに響く。すぐにドアが開いて、おさげに結んだ少女が顔を出した。
「初めまして。石守英太です」
「いらっしゃい。お姉ちゃんはまだ身支度できていないので中で待ってもらえますか?」
「あ、はい。恐縮です」
少女がドアを押さえながらくすくすと笑う。どうやら片梨さんの妹さんらしい。
「恐縮だなんて。お友達の家なんですから、そんなに硬くならずに上がってください」
「どうも……」
中学生くらいだろうか。よく似た整った顔立ちだけど髪色が桔花と違い落ち着いた黒髪のせいか、立ち居振る舞いが大人っぽく見える。俺よりしっかりしている感じだ。
リビングに案内されてソファで待つように促される。
「少々お待ちくださいね」
「あの、お構いなく」
この受け答えで合っているのだろうか?きちんと茶托に乗せられた汲み出し茶碗でお茶を出されて、これは菓子折りのひとつも持ってこないといけなかったかもと冷や汗をかく。扉の閉められた廊下の先からくぐもった声が聞こえる。
『お姉ちゃん、お客様来たわよ』
『……んぁ?お客?』
『石守英太さん』
『……英太!もう来ちゃったの?って、こんな時間!なんでもっと早く起こしてくれないのよ!』
『何度も声かけたよー』
『ちっ、まあいいわ。外で待たせておいて頂戴』
『もう家に上がってもらってるよ』
『なっ、どうしてそんな勝手なことするのよ!』
『だってお姉ちゃん、身支度に時間かかるじゃない。お客様をそんなに外で待たせるわけにいかないでしょう。さ、ほら、早く起きてよ』
『だーっ、もう。柚葉、アイツの相手しておいて。あたしシャワー浴びてくるから……』
『早くしてよー』
ドタドタと足音が響いて別のドアが閉まり、ごく小さくシャワーの音が聞こえてくる。
なんだかこちらのほうがイケナイことをしている気分になって身を堅くしていると、ガチャリとドアノブが動く音がして少女が戻ってきた。
「すみません、姉はもう少し身支度に時間がかかるようです。あの、これよろしかったらどうぞ」
お茶菓子の乗った小鉢をテーブルに置いて正面に座る。
「申し遅れました、片梨柚葉です。姉がいつもお世話になってます」
「いえ、そんな。こちらこそ片梨さ……桔花さんにはお世話になってます」
くすくすと笑いながら柚葉ちゃんが俺を見る。
「お姉ちゃん、あの性格だから石守さんにはご迷惑をおかけしているでしょう?」
「ええと、いやまあ、そんなことはないかと」
「うふふ。気を使わなくていいんですよ。お姉ちゃんはあれで人見知りなところがあるから、親しくない人には猫を被った対応しかしないんです。その代わり仲良くなった人には甘えるっていうか地が出るっていうか、とくに親しい相手にはわがままを言いがちなんです」
「そう、ですか」
あの横柄な振舞いが甘えねぇ……。まあわからなくもないけど。
なんと返していいか思いあぐねて気まずい沈黙が流れる。
「石守さん、お姉ちゃんの彼氏さんですか?」
思わずむせそうになって手にした汲み出し茶碗を茶托に戻す。
「いや、それは……」
どうしよう。友だちっていうべきか。でもそれも違うよな。相棒?そこまで対等な立ち位置でもない気もする。チームメイト?でもレイドチームのことを言うわけにもいかないし……。
「お姉ちゃんがお友達を家に連れてくることって今まで無かったから」
意外だ。クラスには友達も多そうだったし、猿島のときもウチの女子連中と楽し気に話していた気がするけど……。
「お姉ちゃん、外面はいいから頼られることは多いみたいなんですけど、頼ることは滅多にないんですよね」
確かに。学校ではそんな感じだ。
「でも石守さんの話になるといつも、ああしてやる、とか、こうしてくれればいいのに、っていうんです」
「ナルホド」
それって頼ってるんじゃなくて恨みつらみが溜まっているってことなんじゃ?
「あの……桔花さんにはいろいろと良くしてもらってます。分からないことを教えてもらったり、守ってもらったり……。まあ、せっつかれたりどやされたりするほうが多いですけど。とにかく、仲良くさせてもらってます」
レイドのことを説明せずに話せるのはこのあたりが限界か。命を狙われたことは……アレは本人の意思ではなかったようだし、内緒にしておこう。
柚葉ちゃんは俺の顔を覗き込むようにしてしばらく見つめたあと、くすくすと笑いだしていった。
「ごめんなさいね。石守さんのことを試しちゃいました」
「試す?」
「お姉ちゃん、私には割と何でも話をするんです。だからレイドのことも知ってます」
なんですと。
「ノクターナルでお世話になっている玖条さんやショーさん、ユナさんとも面識があるんですよ?」
パチンとウインク。第一印象よりも茶目っ気のある子だったようだ。
っていうか、ノクターナルの身内だったのかよぉ。
「それじゃ……」
「はい。お姉ちゃんの、特別な力のことも知ってます。お姉ちゃんのもう一つの人格のことも、石守さんがそれを知っていることも」
少し真剣な表情になった柚葉ちゃんに俺も背筋を正して向き合う。
「あの力は私たちの家族に課せられた使命に係わるものなのです。だからそのことでお姉ちゃんを嫌いにならないでください」
「うん、わかっているよ」
「良かった。今は詳しいことは言えません。ですが、時期が来たらお姉ちゃんの口から説明あるでしょう。それまでお姉ちゃんを、姉を見放さないでくださいね」
「もちろんだよ」
桔花のあの不思議な状態、神懸った姿にはやはり秘密があるようだ。気になるけど、いつか説明してくれるという言葉を信じて俺からは問わないようにしよう。
「それと、もう一つお願いがあります」
「まだあるの?」
「私も英太さんって呼んでいいですか?」
「……うん、もちろん」
「わーい、よかった」
この姉妹はまったく……。手玉に取られるというか、どうにも思い通りにあしらわれている気がする。
「すっかり仲良しね。何を話してたの?」
いつの間にかシャワーを済ませて身支度を整えた桔花が現れる。
「お姉ちゃんの彼氏さんですか、って聞いてたの」
「ばかっ、そんなわけないじゃない!余計なこと言わないでよねっ」
桔花が顔を紅潮させて柚葉ちゃんにつかみかかる。それをするりとかわしてキッチンに逃げ込んだ。
「お姉ちゃん、朝ごはんにするでしょ?英太さんも食べて行ってください」
「えっと」
「そうね。お腹が減ったわ。これから大事なミッションもあることだし、腹ごしらえしてから行きましょ。英太、特別に柚葉の手料理を食べさせてあげるわ。柚葉の料理は絶品よ。こんな栄誉、滅多に受けられないんだからね」
なぜか桔花がドヤ顔で胸を張る。キッチンからは柚葉ちゃんも笑顔で促してくる。
「それじゃあ、お言葉に甘えてご相伴にあずかります」
成り行きとはいえ、他人の家で手料理をいただくことになるとは……。
柚葉ちゃんが用意してくれたパスタ料理はとても美味しかった。




