Ep7-7 追跡
「すり替わりか。やられたな」
ユナとの交信を終えた漣が路肩に停めていた車をスタートさせる。
「運転手がグルだったってことですな。途中で乗っ取られたか、あるいは最初から仕込んでいたか……。そうすると、首都高の事故も敵の仕込みだな」
「だろうな。一台だけ切り離してこちらのコースに誘導したんだろう。完全にはめられたようだ」
「となると後ろの偽物は……」
バックミラーに護衛対象の大型トラックとそっくり同じ巨体が姿を現す。
「すり替わりに気づいたことに気づいたようだ。来るぞ」
最初は普通に合流する様子を見せていた大型トラックが、こちらとの車間が詰まっても加速を止める様子もなくぐんぐんと迫ってくる。
「こりゃあ、見ただけじゃわからねぇな。あとで英太をほめてやらにゃ」
空荷なのか大型トラックは乗用車に引けを取らない加速で一気に速度を上げて突っ込んでくる。漣がさらに速度を上げ追突を避けるが、車間はじわじわと詰まってくる。
ショーが後列シートを外して作られたラゲッジスペースに移り、黒いプラスチックケースのバックルを開けて中身を取り出した。
「開けるぜ、漣」
「問題ない」
時速百キロメートルを越えるスピードでチェイスを繰り広げるミニバンの後部ドアを押し開ける。空気抵抗が増え、大型トラックとの距離が一気に縮まる。
「近いほうが狙いやすいってもんだぜ。そうら、プレゼントだっ!」
ケースの中に折りたたまれていた物体を後方から迫る大型トラックのタイヤ目掛けて投げおろす。
伸縮式の構造が展開し、鋭く長いスパイクがベルト状に広がる。
大型トラックはよけきれずに右の前輪タイヤでスパイクを踏みつけた。
鋭いスパイクはトラックの分厚いタイヤをも貫いて突き刺さる。
展開したベルトははるか後方に弾き飛ばされたが、スパイクの部分はタイヤに刺さったまま残された。スパイクは中空になっていて、空いた穴からタイヤの空気が徐々に抜けていく。大型トラックががくんと速度を落とした。
「そうら、もう一丁!」
二投目を左の前輪タイヤに投下する。
今度はパンクさせただけでなくベルト状のスパイクがタイヤに絡まり、大型トラックの車輪をロックした。
ギャギャギャギャーッ
焼けたゴムの臭いを振り撒きながらタイヤが鳴り、つんのめるようにして大型トラックは停止した。
エンジンルームから白煙を上げる大型トラックを一瞥してショーが後部ドアを閉める。
「護衛車両を追うぞ。まずはユナたちと合流する」
「了解。っていっても、ちぃとばかし離れすぎたな」
高速道路ではそう簡単に進行方向を変えられない。ショーは単独でターゲットを追跡する桔花たちの身を案じて表情を険しくし、虚空を睨んだ。
『こちらは関越道に入る。ユナはそのまま護衛対象を追尾して行く先を見極めろ。合流ポイントはこちらで検討する』
「了解よ」
通信機越しに聞こえる漣の指示にユナさんが答える。
「あいつ、止めないの?」
桔花は拳を手のひらにバシッと打ち付けて不満を表明する。
「中身が大事だからね。急停車させたり無理な運転をさせるとロスト・アセットが破損する可能性が高いわ」
「そんなの、中身の空気ごと英太に固定させてクッションにすればいいじゃない」
「そんな無茶な……」
「できないの?」
「無理だよ。中がどうなっているか見たこともないのに」
空気を操る術式を直感的に放てるといってもイメージできないものは実現が難しい。壁の向こう側とかトラックの庫内とか、直接目視できない場所に作用させるとなるとさらに難易度が跳ね上がる。
「ちぇっ、使えないヤツ」
無茶をいいなさる。
「中身がわかっていたらできるの?」
「たぶん」
「すごいわね、英太君」
ユナさんは俺の能力を高く評価してくれているようだ。いつも桔花には口悪く言われているのでちょっと嬉しい。
「ユナ、甘やかしちゃダメよ。実際には出来てないんだから」
なぜか桔花が不機嫌になりフン、とそっぽを向く。
やれやれ、相変わらず桔花の俺への評価は低いな。ま、実際ノクターナルじゃ一番下っ端だからしょうがない。
「このまま張り付いて追跡するわよ」
前方の大型トラックは先ほどのカーチェイスのあと少し逃走する気配を見せたが、振り切れないとわかるとこちらを無視するように通常の巡航速度で左車線を走っている。こちらも前方に回って無理に制圧するよりは後方から追跡してリーダーたちと合流してから確実に仕留めるほうを選んだ。
「もうすぐ分岐ね。与野方面に直進するのか、大宮方面に回るのか……」
先ほどもジャンクションで仕掛けられた。今度の与野ジャンクションでも何か動きがあるかもしれない。
分岐の手間で大型トラックが速度を上げる。ゼブラゾーンに差し掛かり、あと数十メートルというところで突然大型トラックが右車線にハンドルを切った。
オレンジのポールを踏み倒し、分岐点の鼻先をかすめ、黄色いプラスチックの樽を跳ね飛ばす。盛大な水しぶきが周囲に降り注ぐ。
俺が水しぶきに目を奪われていると、大型トラックがどいた左車線の先から急ブレーキを踏んだ車が横滑りしながら弾丸のように突っ込んできた。厳密いえば速度を落とした車にこちらが高速で突っ込んでいったのだが、結果は同じである。
「ちぃっ」
ユナさんが反射的にスペースのある左側にハンドルを切り、横ざまに右車線を塞ぎにかかる車を避ける。一瞬の交錯で、俺たちの乗るミニバンは大宮方面のルートに追いやられ、与野方面に直進する大型トラックから引きはがされてしまった。
「漣、ごめんなさい。ターゲットに振り切られたわ」
『どっちに向かった?』
「与野方面、直進よ。でもこの先は一般道だから枝道に入られたら見つけるのは難しいわね」
『マーカーは?』
「GPSをジャミングされているわ。移動中かどうかくらいはわかるけれど、位置の特定は無理ね」
『わかった。ユナは大宮で待機、こちらから出向く。合流待ちの間にターゲットの推定位置を絞り込んでおけ』
「了解」
押し込められたルートは大きくループを描いて俺たちを強制的に東へ向かわせる。一番最初の出口で高速道路を下り、リーダーが設定した合流ポイントで車を停めた。ユナさんがコンソールを取り出してせわしなくキーボードを操作する。
「加速度センサーのログを見る限りターゲットはまだ移動中ね。あまり速度変化がないからバイパスを直進している可能性が一番高いわ」
コンソールに表示された地図上の赤い円がいびつに変形しながら刻一刻と広がっていく。この赤い範囲内のどこかに護送していた大型トラックがいるということらしい。
「GPSをジャミングされたのは痛いわね。マーカーのビーコンは量子通信を使って電磁波妨害の影響を受けないようになっているんだけど」
護送対象の大型トラックには事前に追跡用のマーカーを取り付けていた。一般に使われる電波を出すタイプのマーカーだと妨害電波で対策されて追跡不能になるので、マーカーにGPS機能を持たせて位置情報を収集し量子通信でデータをこちらの端末に送る方式を採用した。量子通信の妨害は不可能なのでマーカーとの通信は生きているのだが、GPSの周波数帯をカバーする妨害電波のせいで衛星をとらえることができないのだ。
「どうするの?このまま逃げられたんじゃ、ノクターナルの面子が立たないわ」
「ふっ、任せなさい。GPSジャミングは大型トラックに乗せてあるようね。妨害電波をばら撒きながら走っているってことは、マーカーだけじゃなく周囲のGPSにも影響が出ているはずよ」
ユナさんの眼光が鋭くなり、キーボードの上を指が踊る。
「あったわ」
「なにこれ?ただの数字の羅列じゃない」
薄暗い車内でユナの操る画面上を高速で流れるデータ表示が桔花の顔をほのかに浮かび上がらせている。
「プローブデータの収集ログよ」
「プローブデータ?」
聞き慣れない言葉をオウム返しで質問する。
「そ。渋滞情報の分析に使われるカーナビや携帯端末のGPS情報のことよ。カーナビとか地図アプリに表示される渋滞情報ってリアルタイムで収集した膨大なGPSデータを分析して多数のプローブが一斉に低速になっている地点を割り出しているのよ。そこのサーバを覗き込んでちょっとログを拝借してるの」
簡単に言うけど、それってハッキングじゃ……。
「ターゲット以外のGPS情報を見ても意味ないじゃん?」
「普通はね。でもビッグデータの神髄は個々のデータからは読み取れない情報を多数のデータを俯瞰してみることで特徴を抽出できる点にあるのよ。だからこうやってGPS衛星をロストしているプローブの情報だけを抽出してマッピングすると……」
ユナさんがエンターキーを押すと、先ほどの地図の上に薄い靄のようなレイヤーが描き加えられる。
「あっ!」
靄の一部が透明な穴あきになっていて、赤く描かれた範囲に重なる。
時間とともに広がっていく赤いエリアとは異なり、薄い靄の穴あき部分は一定の面積を保ったまま少しずつ北上していた。
「大型トラックに積まれたGPS妨害器が周辺の車のカーナビや歩行者の持つ携帯端末のGPSにも衛星ロストを発生させているのよ。その様子をリアルタイムで描くことでGPSジャマーの移動軌跡をとらえることができるってわけ」
「すごい……」
「もっとも、この方法は交通量の多い幹線道路か人口密度の高い都会でしか使えないのよね。このまま山間部に逃げられると厄介だけど……」
コンソールを見守るユナさんの表情は暗かった。




