Ep7-8 未完成交響曲
待つこと約一時間。リーダーの車両と合流し、ターゲットの位置分析を共有する。
「ターゲットの位置が分かったわ。秩父よ」
「くそったれが。敵はのうのうと関越自動車道に戻って俺たちの前を走っていやがったのか。どんな連中か知らんが、舐めた真似を」
普段飄々としているショーさんが珍しく憤りをあらわにする。
「ターゲットは停車しているのか?」
「ええ。ビーコンの加速度センサーにも移動再開の兆候は無いわ。そこが目的地のようね」
「よし、ユナとショーを交代。ユナは俺の車両で引き続きターゲットの動向把握。ショーはそちらの運転を頼む」
「あいよ」
合流したノクターナルの車両はドライバーを交代して大型トラックが向かったと思われるポイントへと走り出した。
「強奪犯が秩父へ向かった目的は何でしょうか?」
「さあな。狙っていたのは国外勢力との情報もあったし、奪ったロスト・アセットは海外に持ち出すと思ったんだが……」
「真逆の方向ですよね」
「ああ。わざわざ内陸の袋小路みたいなところに逃げ込む理由がわからん」
「ひと気のないところで別のトラックに積み替えるんじゃないの?」
「それなら山の上までわざわざ運ばなくても、どこか郊外の倉庫を借りればいいんじゃないか」
「なによ。否定ばかり。文句があるなら別の意見を出しなさいよ」
『桔花ちゃんの意見もあながち的外れじゃないかも知れないわ』
スピーカーから流れるユナさんの声に桔花はほらぁとばかりにドヤ顔になる。
「というと?」
ショーさんが前方から視線を外さずに聞き返す。
『秩父って都心から見たらもともとの目的地、中神音楽大学入間キャンパスの真っすぐ延長線上にあるのよ。あまり近いとは言えないけれど、ルートのどの場所で護衛を振り切ったとしても大きく進行方向を変えずに向かえる位置なのよね』
「でもさ、トラックは全部で八台あるんでしょう?俺たちの一台だけ襲ったってロスト・アセットを奪ったことにはならないんじゃないですか?」
「だな。もともと八台全部奪うつもりだったのか、それとも一部だけ奪ってロスト・アセットが再現できなくすることが狙いか……」
「ラグナロクが護衛している七台は問題ないの?」
『いまのところ襲撃があったという連絡は入っていない』
『ちょっと待って……。やられたわ。ラグナロクの護衛対象のトラックが目的到着と同時に溶解、中身とともに消失ですってよ』
***
「ええい、くそっ、何とかならないのか」
目の前の異様な光景を見つめながら野島が歯噛みする。
「ダメです。水をかけた車両はより早く腐食が進んでしまっています」
駐車場に並んだ七台の四トントラックが荷室部分から白煙を上げていた。火災ではなく薬品か何かの化学反応で金属が腐食しているのだ。一番最初に煙を上げ始めた一台は、すでにボディ部分がほとんど溶けてぐにゃりと曲がっている。荷室の中身も同様に原型をとどめない状態で白煙を上げていた。
野島はなすすべもなく立ち尽くしたまま爪を傷めるほど強く拳を握り締めた。
***
「強奪ではなく破壊が目的か。ますますわからん」
「現場に着いたら敵の包囲網の中、とか勘弁してよね」
言葉に反して桔花は不敵な笑みを浮かべている。戦闘ジャンキーだなあ。
不安が募るが何を口にしてもフラグになりそうだ。俺は黙って車窓を眺めた。
市街地から山間部へと入っていくと一気に湿度が増し、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。空は星もなく、真っ黒な闇に塗りつぶされていた。
丘陵の尾根に近い辺りに広がる秩父ミューズパークの中ほどに野外音楽ステージがある。日をまたいで、すでに未明という時間帯にもかかわらずステージには照明が入っていた。
「あそこだな」
何も隠す気が無いあからさまな敵の姿勢に気を引き締める。俺たちはステージから見えない場所に車を停めた。
装備を確認し全員車両から降りる。
周囲に目を配りながら明かりのほうへと慎重に進む。開けた屋外の公園は身を隠す場所がない。だが、人の気配は不気味なほど感じられなかった。
やがて丘を越えた芝生の先に円形劇場を模した屋根付きの野外ステージが姿を現す。
ステージ奥の壁一面に大小無数のパイプが立ち並び、異様な光景を形作っていた。
「なにこれ、パイプオルガン?」
桔花が思わず声を漏らす。
ステージの中央で制御盤のような箱に向き合っていた長身の男が振り返った。少し距離はあるが間違いない。事前に通達のあった十トントラックの運転手だ。
「やあ、皆さん。ようやく来ましたね」
運転手の男が声の割に子供っぽい口調で話す。円形劇場の音響効果か、張り上げているわけでもないのに相手の声がはっきりと聴こえる。
「何者だ?」
漣がハンドガンを向けて誰何する。
「おやおや、いけないなあ。この国では小銃の所持は禁止されていますよ」
「積み荷を返してもらおう」
運転手の男が小ばかにしたように肩をすくめる。
「そこから撃ったらあなた方の大事な積み荷に傷がつきますよ?」
「ちっ、小憎ったらしいわね」
銃器が使用できないならと桔花が両手に術式の先触れのような光の筋を浮かび上がらせて一歩前に出る。
それをリーダーが抑えていった。
「どうやって全部のパーツを手に入れた?他の七台の積み荷は溶解したと報告があったが」
「知りたがり屋さんですねぇ。いえ、僕も自慢したいから助かりますよ。あちらには荷室にちょっとばかり仕掛けをしておきました。それを使って走行中に全部のパーツを3Dスキャンしたんですよ。データにしてしまえばあとは3Dプリンターでいつでも、どこにでも再現できます」
運転手の男は優雅な身振りでステージ上に展開されたパイプ群を示す。
「データ化すれば現物を海外に持ち出す必要もないというわけか」
「ええ。ですがあなた方の積み荷はそうはいきませんでした。さすが、ロスト・アセットですねぇ。このコアの部分。オルガンの風箱ですが、物理的な構造だけでは再現が不可能なんです。なのでより詳しく調べるためにこれだけは持ち帰らせていただきます」
「はいそうですか、っていうわけないでしょっ」
桔花が拳を打ち合わせ、漣の視線が強くなる。
「もう一度言う。積み荷を返してもらおう」
「どうぞ。ポケットに入るならね」
「ふっざけんじゃないわよっ!」




