Ep7-2 夏の終わり
ピンポーン。
玄関のチャイムを鳴らす。
呼び鈴ボタンのすぐ上にある無機質なレンズの前で無意識に前髪を直す。
『はーい。あら、いらっしゃい、桔花ちゃん』
「こんにちは、おばさま。英太君は御在宅でしょうか」
『ええ、すぐに呼びますね』
インターホンがブツッと切れたあと、扉の奥から英太のおばさんの声が小さく聞こえる。
「えいたー、桔花ちゃん来たわよぉー」
「わかってるよ、かあさん。そんな大声で呼ぶなよ」
「いちいち二階まで呼びに行くの、面倒なんだもの。嫌なら身支度してリビングで待っていればいいでしょ。毎日迎えに来てもらってるんだから」
「べ、別に迎えに来てもらってるわけじゃ……」
「たまには英太が迎えに行ってあげなさいよ」
「あっちが勝手に来てるんだよ」
「へぇ、なあに?英太、照れてるの?」
「違うって」
「ほらほら、炎天下にいつまで桔花ちゃんを外で待たせるの?それとも上がってもらった方がいい?」
「かあさんがごちゃごちゃいうからだろう。もう行くからいいって」
「そ?でも自分からお迎えに行く件は考えておいた方がいいわよ」
「うるさいなあ、もう行くよ」
廊下をドタドタと急ぐ気配に、前髪をそっと直して待つ。
「行ってらっしゃい。熱中症には気を付けるのよ」
「わかってるって!」
いささか乱暴に扉を開けて後ろに向かって声を張りながら玄関を出てくる英太を見て思わず顔がニヤつく。
片梨さんは厚底のハイテクスニーカーにカーゴパンツ、襟ぐりの開いたインナーにトラックジャケットを羽織った装いだ。親には予備校の夏期講習だと言っているが、遊びに行く気満々に見えないだろうか。
眩しさに目を細める俺に向かって桔花がからかうように言った。
「英太、その歳でまだお母さんに起こしてもらってるのね」
「違うって。二階で宿題やってただけだし。すぐに出て来たろう?」
「そう?三分はかかったと思うけど?私が来ることが分かってるんだから、身支度して待っていなさいよ」
「そっちが勝手に迎えに来てるんじゃないか」
「はあ?あたしだって暇じゃないのよ。用事がある中、わざわざ迎えに来てあげてるのになんて言い草かしら」
「だから頼んでないだろ、そんなこと」
もともとはリーダーの指示で民間のスキューバーダイビング教室に通うことになった際に桔花が道案内をしてくれることになってうちに迎えに来たのがきっかけだった。教室への道順は一度で覚えたけれど、なぜが桔花はその後も毎日迎えに来て普通にノクターナルの拠点へ行くときもいっしょに行動するようになっていた。
桔花の顔にムッとした表情が浮かぶのに気づかずに畳みかける。
「それに用事ってレイドの訓練だろ?それなら用事は俺と同じじゃないか」
「二人そろわないと訓練を始められないから一緒に行くようにしているんじゃない。効率の問題よ」
「現地集合でいいじゃないか。わざわざうちに寄るほうが非効率的だろ」
「そんなに変わらないわよ」
「そんなわけないじゃん」
「なによ……あたしといっしょに行くのがそんなに嫌なの?」
しまった、言い過ぎた。
「そうじゃないよ。迎えに来てもらうのが申し訳ないっていうか、忍びないっていうか。ほら、真夏の紫外線はお肌の天敵っていうだろ?」
慌ててフォローする。
「……じゃあ、英太が迎えに来なさいよ」
「へっ?」
「あたしを待たせたくないんでしょ。なら明日から英太があたしを迎えに来なさい。いいわね!」
びしっと指を突き付けられる。
あう、どうしてこうなった……。
まあ、いいか。機嫌も直ったようだし。
鼻歌交じりに先を行く桔花の背中を見て、仕方がないなと笑いながら息を吐いた。
前回のレイド以降、ノクターナルの活動としては基礎的な技術の収得を目的とした訓練が中心になっている。リーダーの玖条さんが右手の治療のために不在になることが多いため、民間のスクールで修得可能な技術を夏休み中に取ることになったのだ。
海に関する技術でいえば、先に挙げたダイビングライセンスの他に二級小型船舶操縦士/特殊小型船舶操縦士の教習所に通って資格を取得した。
空に関していえば、スカイダイビング体験を通じて高高度からの落下を経験し、パラグライダースクールでは空中機動の体験を得た。これらの技術に関する免許は年齢制限に引っかかって取得できないけれど、安全に関する基礎知識や器具の操作方法、実際に空を飛ぶ感覚を体験することでVRシミュレーターなどでの訓練効率が向上するらしい。
陸上の技術は主に乗り物の操作方法になるが、さすがに自動車運転免許は高校を卒業してからということで教習所には通えなかった。その代わりフォークリフトやクレーンの操縦、玉掛け、パワーショベルやブルドーザーといった特殊車両の運転技術をショーさんに教わった。
「運転免許証は他の資格と違って警察がしっかりと確認するからな。偽造したり年齢を偽って取得すると厄介なことになる。それにレイドで一般道を走り回ることは少ないから必要になるケースもまれだ。まあ、車の運転は大人に任せとけ」
工事車両の類は現場で臨機応変に使うこともあるということで夏休み以降も継続して訓練していくらしい。
「サバイバル訓練みたいなのはしないんですか?」
「おまえは傭兵を目指すわけじゃない。レイドは都会で行われるものがほとんどだ。生き延びるのに雨風から身を守ったり水や食料の確保に血眼になる必要はない。それに術師は火起こしにマッチなんか使わないからな」
ガハハと笑いながら背中をどやされる。
確かに映画で見るような兵士たちとレイダースでは生き残りの意味が違うか。
「ま、ロープを使ったクライミングの技術はあったほうがいいだろうな。よし、いっちょ鍛えてやろう」
ひえー、藪蛇だったぁ。
そのあとのクライミング訓練では腕がパンパンになるまでしごかれる日々が続いた。




