Ep7-22 死者の呼ぶ声(2)
リヴィオの楽し気な笑顔がすっと剥がれ落ち、最初のアルカイックスマイルに戻る。
「ユナを返してもらうよ」
「……本人の意思は確認したのか」
漣はユナの過去にリヴィオが深く関係していることは知っていた。だが名前だけだ。実際にどのような背景があるかは知らされていない。
「ああ。でも断られた」
「……」
「今の居場所が心地いいんだってさ。住めば都ってやつかな。まあ、少し留守が長かったから仕方ないかな。でも大丈夫。ボクと一緒に来ればすぐに里心がつくさ」
「……マインドコントロールか」
「失礼だな。ユナはボクの家族だよ?彼女にそんなひどい真似をするわけないじゃないか。ただみんなと一緒に過ごした日々を思い出してもらうのさ」
そのとき、リヴィオの背後からユナの声が響いた。
「漣!」
長い階段を上り、ようやくコンテナの天井の高さにたどり着いたユナが手すりにつかまりながら荒い息を整えている。
あたりが妙に薄暗かった。
「ようやく着いたようだね」
漣にだけ向けてつぶやいたリヴィオの顔に悪魔の笑みが浮かぶ。
再び漣に向けられた銃口を見て、ユナも拳銃を取り出してリヴィオに向ける。
「ダメじゃないか。この国では銃は違法だって忠告しただろう?」
「ふざけないで。銃を下ろして」
「君こそそんな危ないものは下ろしなよ。ユナはあんなに嫌っていたじゃないか」
「ユナ、撃て。この男の言葉を聞いてはいけない」
聞けば何らかの形でユナは操られることになるだろう。漣は明確な予感を感じた。
「くっ」
「ねえ、ユナ。ボクと一緒に来るっていう話なんだけどさ、もう一度考え直してくれないかな?そうしたらこの銃を下ろすよ」
「黙りなさい」
駆け引きだとわかっていてもユナの心がぐらつく。
「聞くな。すぐに撃て」
「私は、ノクターナルのユナよ。リーダーの指示に従う!」
だが銃口が揺らぎ、引き金が引けずにいる。
「ねえ、ユナ。もう一度、ボクたちの言葉に耳を貸してくれないかな?」
「ぼく、たち?」
リヴィオは漣に銃口を向けたまま、数歩下がって体をユナに向ける。
嫌な予感が増して漣が動こうとする。その出鼻をくじくように、こちらを見ずに放たれたリヴィオの銃弾が足元をえぐる。
リヴィオが左手をユナに向かって誘い入れるように差し出す。その動きに合わせてリヴィオの周囲に無数の魔法陣が展開される。
「!」
息を飲む観客を楽しませるようにリヴィオが手を振りかざすと、その先の魔法陣から垂直に円筒状の光が立ち上がり、それぞれ高さの異なる光の柱を描き出す。
「まさか。ロスト・アセットは破壊したのではないのか?」
「ええ、誰にも手に入れられないように破壊したよ……だってもう、ボクは手に入れたからね。『オルフェウスの鍵盤』を!」
くすくすと笑うリヴィオの周囲に光のパイプオルガンが完成し、曲の演奏が始まる。
「さあ、セドリックに尋ねてみてよ。ユナ」
青ざめるユナの顔が魔法陣の放つ光に照らされる。
光の向こうから音の奔流がユナの魂に浴びせ掛けられ押し流していく。
光と音の奔流にさらされたユナの心はいつの間にか夢のような暖かい空間に囚われていた。
『……ユナ、ユナ、起きて。ユナ、時間がないんだ……』
『セドリック兄さん……』
『ああ、ようやく目が覚めたかい。相変わらずお寝坊さんだね』
『そんなことないわ。いつもオリバーよりは早起きよ』
『そうだね。でもユナのほうがお姉さんなんだから、オリバーと比べるのはフェアじゃないよ』
『むー』
『あはは。さあ、むくれている時間はないよ』
『どうしたの、兄さん。そんなに急いで』
『残された時間は少ないんだ。リヴィオの力になってやってほしい。ここにいる、みんなのためにも』
『みんなって?』
促されて意識を向けると、床に車座になって懐かしい兄弟姉妹たちが座っていた。なぜか全員膝を抱えて眠り込んでいる。
『ペトラ!……シグリット、ベラ、イヴォンヌ、ゾフィア。グザヴィエ、クエンティン、ウルス、それにビルとオリバーも。リヴィオは?どこにいるの?』
あたりを見回してもほかに人影はない。
『みんなどうして眠っているの?』
『まだ死んでいないからだよ』
『えっ?』
『ここにいるのは死んだ人間だけなんだ。でもみんなはまだちゃんと死んでいないから目を覚まさないのさ』
『じゃあ、目を覚ましたら死んじゃうの?』
『そう。だからそうなる前に手を打たないと。そのための準備をリヴィオが進めている。だから彼を手助けしてやってほしい。君にしかできないことなんだ』
『でも、リヴィオは大勢の人にひどいことをしようとしている。そんなのだめだわ』
『大丈夫。彼は君が悲しむようなことはしないよ。だから彼が迷わないように君が支えてやってほしい。生きて目覚めている彼の仲間は君だけなんだ』
『セドリック兄さんは?兄さんも起きているのに……』
セドリックは何も言わずににこっと笑った。少し困ったような微笑みは、彼が弟妹たちになんといって説明すればいいかわからないときに浮かべる表情だった。
『時間がない、ユナ。急いで……リヴィオを信じて……』




