Ep7-21 Y2ターミナルコンテナ埠頭
左右にコンテナが高々と積み重なる広い中央通路を速度を落としてバイクが進む。ほぼ正面の位置にあるガントリークレーンの足元に見覚えのあるコンテナトレーラーが停車していた。
珍しい水色をしたガントリークレーンの高い脚の間にはエンジ色のコンテナが釣り下がっている。足元までバイクを寄せて、バイクから降りる。トレーラーには人の気配はない。俺はヘルメットを外して釣り下がったコンテナを見上げた。
小さく金属音が聞こえ、人のような影がコンテナの上で動くのが見えた。
「漣!」
「リーダー!」
ユナさんと俺が口々に声を上げた。
地表では無風に近くてもあの高さだと常に風が吹いているはずだ。ここから見上げたコンテナは十五階建てのビルほどの高さにぶら下がっているように見える。リーダーなら落ちても無事に乗り切りそうな気もするけれど、それでもあの高度での肉弾戦は危険が大きいだろう。
「英太君はオペレーター室を押さえて。私は直接援護に回るわ」
「えっ、どうすれば……?」
いち早く状況を見極めてガントリークレーンの外階段に駆け寄るユナさんが振り向きつつ大声で伝えてくる。
「エレベーターがあるわ。それ横梁まで昇って制御室のある箱に向かって。コンテナを船に積ませてはならない。それだけは阻止するのよ」
「わ、わかりました」
返事をしながらユナさんの後を追う。
ユナさんはそのままむき出しの非常階段のような頼りないタラップを駆け上がっていく。
「エレベーター……エレベーター……って、これかぁ」
無意識にマンションにあるような扉付きのエレベータを探していたけれど、どうやらガントリークレーンの高脚に張り付くようにして設けられた工事現場用の小さな縦型エレベーターだったようだ。今は上の階に行っているらしい。Downのボタンを押すとどこかでウインチの動き出す音がした。
「早くしろー、早くー」
じれったい思いで籠が下りてくるのを待つ。
もう十分も待ったような気がする頃、ようやく貧弱な籠が下りてきた。大人が二人も乗れば満員になりそうな小さな籠で、壁はなく柵のような手すりに囲われているだけの代物だった。一瞬たじろぐが、今は作戦中だ。ビビっている暇はない。
籠に乗り、手すりを閉めてロック機構だと思われるものをかちりとはめる。緑色をしたUPのボタンをこぶしで叩き込む。
ウィィィンと音がして籠がゆっくりと上昇を始めた。
早く早くと急く心がすぐにもっとゆっくりという気持ちに塗り替わる。
「これ以上速いと小便漏らしかねないな」
むき出しの籠を頼りないワイヤーが引っ張り上げていく様は見ているだけでちびりそうだ。
そのとき、俺はあたりが妙に薄暗いことに気付いた。小さな籠に揺られながら頭上を見る。
皆既月食が始まろうとしていた。
真円だった月は地球の影に喰らいつくされ、わずかに右上に輝きを残すのみであった。
エレベーターに揺られるわずかな時間で、ついに月は影に食われ、明るい部分を失う。
だが日食と異なり月食は完全な闇にはならない。代わりにどす黒い血のような不気味な赤に染まった丸い月があとに残されていた。
ユナさんに追いつくころにはほとんどコンテナの高さまで上っていた。息を切らしたユナさんが無言で「よろしく頼むわ」と目線を送ってくる。俺も一つうなずいて上を見上げた。
コンテナの上部を通り過ぎるとき、リーダーと細身の男が対峙している姿が見えた。遠すぎて声は聞こえなかったが、今はやり合わず互いにけん制しながら言葉の応酬を繰り広げているらしい。風が男の服をはためかせている。
やがてようやくエレベーターが上階へ到着する。ここからさらに手すりだけのキャットウォークを歩いてオペレーター室までいかなければならない。足元が見える網の目の床に不満の声が漏れる。
「なんでわざわざ下が見えるつくりにするんだよぉ」
俺はありえない高さに腰が引けつつ、周囲に空気の床を設置して万が一にも落ちないように保険をかけてキャットウォークを進み始めた。
***
『ターゲットは臨海トンネルに入った。令和島に向かっているようだ。ここからは気取られないように無線封鎖をする。オーバー』
トレーラーが海に沈んでいくのを見届けたショーはピックアップトラックの運転席に戻ってコンソールを確認した。
「令和島か。稼働しているエプロンはこちら側だけだな」
地図を確認するとショーはゆっくりとピックアップトラックを走らせ始めた。
ショーの車はもとの場所に戻って貨物ターミナル駅の出口を通り過ぎる。貨物線との立体交差を越えてすぐにY字路になった道を右に進んだ。この道路は道なりに令和島へと渡る臨海トンネルに続いている。だがショーは海底へと続く下り坂を行かずに側道にそれていった。
ショーの車は何度か道を曲がった後、柵のある広場の前で停車した。
柵の向こうは広々としたアスファルト敷きの何もない空間が広がっており、オレンジ色の三角コーンがいくつも転がっている。柵には白いプレートがかかっており、「警視庁白バイ訓練所」と記されていた。
「ちょいとお邪魔しますよ」
柵の閂を止める南京錠を鍵も使わずに簡単に開場して大きく観音開きにする。ショーはそのまま奥へと車を進めていった。
白バイ訓練場の一番奥にピックアップトラックを停めたショーは、先ほどと同様、道をふさいでいる柵の閂にかかった南京錠を難なく開場しゲートを開けていく。さらにそこから進んで公園の敷地と見られる通路を抜け、海の見える広場に出た。
正面には鈍色のタイルが貼られた武骨な建物が視界を塞いでいる。
窓がなく海空を背景にしているせいで小さく見えるが、横幅の広い建屋部分だけでも五階建てはあるであろう大きな建物で、横幅は二十メートルを越える。よく見ると真ん中の正面に深緑の高さ三メートルはあろうかという大きな鉄扉が左右二枚ついており、太い蝶番の軸が支える扉の重さを想像させる。
どっしりした建屋の上に、白い石膏ボードを思わせる色合いの長方形の筒が空に向かって伸びている。手前の短辺にあたる位置にターコイズブルーの三角柱の外観をした非常階段が添えられている。この建物には大きな鉄扉以外の入り口が見当たらず、侵入者を拒むような鉄柵まで備わっていた。
臨海トンネル城南島側換気所。それがこの建造物の名称である。
ショーは換気所の柵ぎりぎりに寄せてピックアップトラックを停めた。
荷台のトノカバーを開け、中から長めのトランクケースを取り出すとその場でロックを開けて中身を一瞥する。そこには狙撃用のライフルが収納されていた。
再びトランクケースにロックをかけて、ショルダーストラップで斜め掛けにし、ピックアップトラックの荷台から屋根へ、屋根から柵の上へとよじ登っていく。段差の縁を越えて姿を消したショーはしばらくすると三角柱に囲われた非常階段に姿を現した。そのまま換気所の屋上へと進んでいく。
屋上に上がったショーは換気所の反対側へと向かい、擁壁に手をかけて対岸を見た。
「1.6キロメートルってところか」
対岸には青いガントリークレーンが六機並んでいるのが見える。エプロンの中央にコンテナを積んだ貨物船が停泊していた。
「風は秒速三メートル、そよ風みたいなもんだな。そのうえ雲ひとつない晴天とくれば絶好の狙撃日和だ。もっとも月夜じゃなく昼間なら最高だったんだが」
手早くスナイパーライフルを組み立てて狙撃陣地を整える。
漣が残した最後の交信。そこにあった『無線封鎖』のキーワードは実際に無線の使用を控えるという意味に加えて、ショーだけに伝わる狙撃準備を指示する隠語だった。




