Ep7-20 令和島上陸
「コマンド・チームステータス、リーダーの位置情報……現在位置からの最短経路……OK、コマンド終了。英太君、急ぐわよ」
「了解」
駆け足で階段を上りながら腕につけたコンソールでリーダーの現在位置をチェックする。
二階通路で待っていた俺は駆け抜けるユナさんに続いて外へ出た。
バイクにまたがり、エンジンを始動する間に車体と俺たちの体を包み込む術式を用意する。
「行くわよっ、しっかりつかまって!」
予想通り、ユナさんは最初からスロットル全開でバイクをスタートさせた。
思ったより細い腰と革製のドライビングスーツ越しでも感じ取れる女性らしい柔らかな感触にドギマギする気持ちが一瞬で後方に置き去りにされる。
空気の繭が二人の体を一体のものとしてシートに縛り付ける。
落ちないように背中に形成した空気の壁が、加速の反作用の強いGを伝えて押し返してくる。
強力すぎるトルクが前輪を持ち上げるウイリー走行で最初のコーナーに突き進む。
ユナさんの体をぎゅうっと抱きしめて、必死にフロントに荷重をかける。
カーブ前の減速でようやく前輪が接地すると、今度は広い駐車場をいっぱいに使ったコーナーリングで後輪がずるずると滑る。
俺は初めての体験に心臓が飛び出そうになりながら、ギリギリのドライビングに集中するユナさんの邪魔にならないようにお地蔵さんになった境地で身動きしないよう強く念じた。
クォォォォーーーン
自分自身のエンジンの唸り声を置き去りにしていくような圧倒的な速度で直線を駆け抜ける。しがみつくだけの俺には途中の交差点の信号が何色だったかさっぱりわからなかった。
「どこに向かっているんですかっ?」
インカム越しでも会話が聞き取りづらいほどのエンジン音の中、ユナさんに目的地を確認する。
「令和島よ。Y2ターミナルに漣がいるわ」
『令和島』
そこは令和二年に誕生した東京湾に浮かぶ人工島である。
東京湾を浚渫工事や建設残土などで埋め立てて造られた人工島で、面積は約一キロ平方メートルに及ぶが定住者はゼロ人、商業施設はもちろん自動販売機すらない最果ての地だ。
無人島ではあるが、広大なコンテナふ頭に巨大なガントリークレーンが立ち並ぶ、最先端の国際物流拠点として存在している。
島内へは三本ある海底トンネルと特徴的な構造を持つ巨大なトラス橋で上陸可能である。
「次の交差点を左折したらしばらく真っすぐよ。スピードを上げるから舌を噛まないようにつぐんでいてね」
えっ、今よりスピード上がるの?
交差点に信号待ちをする車がいないのをいいことに、右からくる車を無視して強引に左折する。クラクションが鳴らされたのか確認する暇もなく、ユナさんが直線を向くなりガバッとスロットルを捻り、バイクがはじかれたように飛び出した。
クアァァ、クァァァァン
どんどん甲高くなるエンジン音と矢のように後ろに流れていく風景。
空気で作った繭のおかげで、いっそ静かで官能的な滑らかさで動く機械の感触だけが伝わる不思議な感覚に浸る。
輪郭を失い色が混じって灰色に見える風景に対して、空にかかった月はそんな速度を嘲笑うかのように微動だにせずにそこにあった。
最高速度のまま海底トンネルに突入する直前に網膜に残った月は、左下が丸く齧られたように切り取られていた。
月食が始まっている……
コォォォォォォ
海底トンネルに響き渡る力強いエンジン音を聞きながら、今日が皆既月食の日であることを思いだしていた。
トンネルを抜け、アーチがかかる橋を過ぎてもユナさんはスロットルを緩めない。
外国の荒野のように何もない荒地に延々と続くフェンスの先に大きなカーブが見えてきて初めてスロットを戻して減速に入った。
法定速度ならのんびりと片手ハンドルで曲がれるような大きなカーブも、矢のように疾駆するバイクからの主観では壁に突っ込む自殺行為に見えた。思わず身を固くして目をつむる。ただただユナさんのコントロールの邪魔にならないようにバイクに固定された一塊の荷物に徹する。
鳥類最速の名を関した大型バイクがR150のカーブにフルブレーキングで飛び込む。
フロントフォークが限界まで沈みこむ。
全身を前方に投げ出そうとする強烈なGが襲いかかる。
シートを突き上げる小刻みな硬い振動がABSの作動を伝えてくる。
術式で空気の壁を形成しているはずなのに、焼けたタイヤの匂いがヘルメットに侵入して鼻腔を刺激する。
だがユナさんは眉一つ動かすことなく、限界速度ぎりぎりでカーブをクリアしていった。
次の交差点の右折もクリアして、すぐに開きっぱなしになっているY2ターミナルのゲートが見えてくる。
ユナさんは目的地までの6.9キロメートルを二分強で走破した。




